LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

22/1/15 お題箱回93:生活グッズ、表紙三枚ノートの現在etc

お題箱回93

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369.LWさんオススメの生活快適化グッズとか効率化グッズみたいなの記事でまとめて欲しいです(書見台とかbasebreadみたいな)

書きました!

saize-lw.hatenablog.com

あと最近買って本当に良かったと思っているのがAdidasの超ロングベンチコートです。

www.amazon.co.jp

(↑これではないですがこれみたいなやつです。店頭で適当に買ったので正確な商品情報がわからない)

前から「居酒屋のキャッチが着てるコートが欲しい!」ってずっと思ってて、この前オタク合宿に行く前にいい機会なので新宿を探して2万円で買いました。期待以上にマジで暖かくて、体感は布団着てる感じです。雪が降ってる日でも半袖Tシャツの上にこれ着るだけで出かけられます。

欠点はあまりにも断熱性能が高すぎて、少しでも日差しがあったり着たまま自転車を漕いだりすると暑くてすぐ汗をかくところくらいです。前を空けて冷気を取り込むことである程度はケアできますが、暖かすぎるが故に冬で特に一番寒いタイミングでしか着られないと思われます。三寒四温みたいな時期にはもっと貧弱な上着と併用する必要がありそう。

 

370.バス江121話めちゃくちゃ良くないですか!?

良かったと思います。実際レスバってああいうルールです。
ちなみにバス江読者向けに言うと、121話は戦隊ヒーローが敵に勝ったけど捨て台詞吐かれて釈然としない回です(6巻収録、ヤンジャンアプリなら無料で読めます)。

僕はバス江をかなり評価してて、全体的に良い中で特にその良さが出ている話の一つだと思います。バス江って普通ならサラッと流してしまう小さい取っ掛かりを絶対に捕まえて掘り下げるのが強みで、会話の解像度が高いです。題材選びもそうですし、細かい台詞の中でもいちいち「その喩えってどうなんだ?」みたいな引っかかりを放置しないので「確かに」と思うことが多いです。

 

371.20/3/10 お題箱回で、「人生って詰んだら自○すればいいだけなので、そんなに真面目に考える価値ないですよ。」とおっしゃっていましたが、具体的な手段は用意してあるのでしょうか。参考にしたいです

大抵の人は「僕の考えた最強の自殺方法」を一つは持っていると思いますが、それはロマンチックな文脈で生成された個人的な執着であって、他人のものを聞いてもあまり参考にならない気はします。

僕の場合は一番希死念慮が高まるのが大学と自宅の往復中だったので、「御茶ノ水橋から飛び降りる」というやつです(奥にある緑色のやつ)。

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この程度の高さで水面に着水してちゃんと絶命できるか微妙なところですが、あわよくばいい感じに斜めに飛んで橋から飛び降りつつ電車に轢かれるというプランまで考えているあたりがロマンの産物という感じです。

現実的なプランが欲しいならそれこそ『完全自殺マニュアル』がお勧めです。

思想的な文脈に置かれることの方が多いですが、普通にタイトル通り自殺マニュアルとして書かれているので素人の妄想よりよほど参考になると思います。様々な自殺手段について「苦痛・手間・見苦しさ・迷惑・インパクト・致死度」を算出し、強みや実現可能性を滔々と解説しています。

 

372.超右ページがある特注ノートってその後どうなってますか?(使用感の変化とか、買い直したかとか、長期的に使った感想とか聞きたいです)

これですね。

saize-lw.hatenablog.com

ほぼ1年経ちましたが順調に使用しており、いま76ページ目です。基本的に文字が小さいので情報量の割には使用ペースはかなり遅いです。

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使用感は特に変わることなく、想定した通りに使えています。ただ最近はコロナ禍で外出自体が少なくなっているので、「机が無くても筆記できる」というコンセプトはほとんど活かされることがなくなり、普通のノートと同じ使い方をしています。
あとこれは僕の考慮不足ですが、リングがでかいことだけは手が当たって邪魔になって不便です。次回以降は小さいリングで特注しようと思います。

 

373.LWさんは突き抜けた能力持ちだと思うのですが、LWさんの御両親はノーマルな一般人ですか?(何か受け継いだ特殊能力がお有りですか?それとも突然変異的な何かですか?)

そうですか? ありがとうございます。

いまどき東京23区内に家を構えているだけで相対的に特殊な富裕層ということになりそうですが、概ねノーマルな一般人だと思います。共に東大や京大の出身ではないですし、いわゆるハイランクな職業(医者、教師、社長、士業、地主など……)でもないですし、Wikipediaや辞典類に名前が載っていることもありません。
一応、片方は文章関連の仕事をしていますが、僕は親の仕事に全然興味が無くて親が書いた文章を読んだことは一度もありません。今「そう言えば読んだことないな」と初めて気付いたくらいで、勤務先とか何に関する文章を書いているのかすら知らないので、そのあたりで何かを受け継いでいることは特に無いと思います。親の書斎にある本も昔隠れて読んだ『シェイプアップ乱』以外は何があるのか全く知りません。
教育はSAPIX鉄緑会にアウトソーシングされていたため親から何かを教わった記憶もないですし、学習塾に通わせる程度の教育資金と教育モチベーション以上のものは意識的には特に受け継いでいないです。

 

374.フブキちゃんの記事に「命名儀式」を「命題儀式」としている誤植がありました(記事、とても面白かったです)

これですね。

saize-lw.hatenablog.com

ありがとうございます! 修正しました。
ちなみに誤植の類はお題箱回を待たずにただちに直してしまっていることが多いです。

 

375.LWさんにとって友人と親友の定義は何ですか?それぞれどれぐらい居ますか?

友人はプライベートで一対一の連絡ができる人、親友はなんかあったとき1万くらいならカンパしたりされたりできる人とかですかね? そう思うと友人は100人くらい、親友も20人くらいいるかもしれないです。
正直なところ「本当の友人とは、本当の親友とは……」みたいな話題への関心が薄いのでこれはかなり適当に答えています(自分以外は概ね等価に二次的存在なので割となんでもいい)。

 

376.ファーストガンダムZガンダムの感想を聞きたい。

一応全部見ましたが、全体的に何があったのか全然覚えておらず感想がありません。もうちょっとちゃんと見るべきだったなという後悔だけが残っており、どうすべきかわかりません。

 

377.他人の欲しいものリストから物を送ったことが一度もないんですけど、こんな自分が欲しいものリストを作成することに罪悪感があってまだ作ってません。これって余計な感情ですか?それとも正しい感情ですか?

欲しいものリストって全てが任意なのでギブアンドテイクではなくウィンウィンのシステムというイメージでした。送りたい人と送られたい人のマッチングサービスなので、送りたいときに送って送られたいときにリストを作ればいいと思いますが、どうしても気が咎めて立ち行かないということであればこのブログの欲しいものリストをご利用ください(→)。

 

378.LWさんが複雑な姉弟の4コマRTしてんの、なんか生々しさ感じちゃった

「あるあるやね」とか適当に言ったような気がしますが、まあ大抵のことは無いです。

22/1/9 2021年10~12月消費コンテンツ

2021年10~12月消費コンテンツ

この3ヶ月はアニメや映画を見る時間をほぼ全て統計学かネットワーク科学に回していたのでまとめます。
まだ結構読書を続けたい気分だが、これが一過性のブームなのかアニメや映画から卒業するときが来てしまったのかは不明。なんか冬アニメ始まってることに気付いてなかったのでもうダメかもしれない。

メディア別リスト

アニメ(短編115話)

ホロぐら(短編アニメ・1~115話)

漫画(40冊)

バトゥーキ(1~10巻)
僕のヒーローアカデミア(1~30巻)

書籍(17冊)

宇宙の眼
家屋と妄想の精神病理
不完全性定理とは何か

統計学関連>
日本統計学会公式認定 統計検定1級対応 統計学
日本統計学会公式認定 統計検定1級公式問題集(2012~2013, 2014~2015, 2018~2019)
現代数理統計学の基礎
やさしい実験計画法
東京大学工学教程 確率・統計Ⅱ

<ネットワーク科学関連>
観光客の哲学
「複雑ネットワーク」とは何か
私たちはどうつながっているのか
歴史は「べき乗則」で動く
スモールワールド・ネットワーク
新ネットワーク思考
複雑ネットワーク:基礎から応用まで
ネットワーク科学

 

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

ホロぐら(短編アニメ)

消費して良かったコンテンツ

僕のヒーローアカデミア(1~30巻)
宇宙の眼
バトゥーキ(1~10巻)
新ネットワーク思考

消費して損はなかったコンテンツ

スモールワールド・ネットワーク
ネットワーク科学
観光客の哲学
歴史は「べき乗則」で動く
家屋と妄想の精神病理
不完全性定理とは何か

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

「複雑ネットワーク」とは何か
現代数理統計学の基礎
東京大学工学教程 確率・統計Ⅱ
複雑ネットワーク:基礎から応用まで
私たちはどうつながっているのか
やさしい実験計画法
日本統計学会公式認定 統計検定1級対応 統計学
日本統計学会公式認定 統計検定1級公式問題集(2012~2013, 2014~2015, 2018~2019)

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

 

ピックアップ

ホロぐら(短編アニメ)

好きすぎアニメ。

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最近Twitterでホロライブに普通にハマっているのでホロぐらを評価するのはホロ贔屓じゃね?と思われるかもしれないが、それは原因と結果が逆である。ホロライブにハマっているからホロぐらが面白いのではなく、ホロぐらが面白いことがホロライブにハマった主な要因の一つになっている。

あまり知らない人もいると思うので軽く説明を書くと、『ホロぐら』はホロライブの運営会社が作っているホロライブのVtuberが登場する短編3Dアニメ。Youtubeで全話公開されているが、公式が作成している再生リスト(→)は何故か厳選セレクション扱いで抜けがあるため、有志がまとめた再生リスト(→)を参照した方がよい。
また、『ホロぐら』ではアニメーターが作った映像にVtuberが声を当てているだけで、アドリブやモーキャプは用いられていない。キャラがVtuberである意味はそれほどなく、あくまでもキャラIPとしてVtuberキャラクターを流用した3Dアニメに過ぎない。

定期的に言っているが俺は『ギャラクシーエンジェル』がかなり好きで、未だに毎期とりあえずギャラクシーエンジェルみたいなアニメを探している。具体的に言うと複数の可愛い女の子がけっこう勢いのあるコメディをワチャワチャやる美少女ギャグアニメが好きということなのだが、ホロぐらがそこに完全にバチっとハマってしまった。正直ホロぐらでアニメ欲がかなり満たされてしまうので深夜アニメモチベが下がっているというのはある。
特に3Dモデルの出来が有り得ないくらい良い。深夜アニメでよく見るのっぺりしたモデルから何ランクか上の水準、しかも全身がよく動くしデフォルメにも強い。もうここが美少女3Dモデルの到達点のような気がしてくる。作画技術的なことはよくわからないが、何故ここまで美少女モデリングがいきなり進化しているのか知っている人がいれば教えてほしい。

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(↑皆よく出来ているが特に白銀ノエルと常闇トワのモデルが頭一つ抜けている気がする)

内容も85点くらいの話をコンスタントに出し続けており、ズバ抜けて面白い回は特にないが外れ回も特にない(ただ、なんとなく第99話あたりから微妙に面白さが上がっているような気がする)。一応他より面白い気がする第101話を紹介用に貼っておく。

youtu.be

どれか1つでも見て面白い人は全部面白いだろうし、どれか1つでも見て面白くない人は全部面白くないと思う。俺は全部めっちゃ面白い。

補足408:新しいキャラクターとしてのVtuberのメディア展開についてはこのブログでも何度か取り上げたし、特に3DアニメとしてはVtuberの新しいコンセプトをそのまま活かそうとした『バーチャルさんが見ている』という惨劇について以前に論じた(→)。『バーチャルさん』と比べると、『ホロぐら』はVtuberに特有の魅力を特に活かすことなく作られた派生キャラクターコンテンツである。
また、ホロライブがVtuberを単なるIPとして(既存のキャラクターと同じ水準で)用いている例は『ホロぐら』だけではない。『ホロライブ・オルタナティブ』では

ようこそ、もうひとつのセカイへーー
ホロライブがおくるまた別の可能性――『ホロライブ・オルタナティブ

というキャッチコピーの下で、Vtuberたちが異世界で活躍している姿が描かれるOP風のアニメムービーが作成されている。

www.youtube.com

キャッチコピーの通り、この動画に登場するVtuberは配信しているVtuberとは別個体であることが明示されている。TwitterではVtuberたちも「続きが楽しみだねー」的な他人事スタンスで『ホロライブ・オルタナティブ』を消費者として楽しんでいる(「私が戦ってるところを見てくれたかな?」という自分事スタンスではない)。
こうした展開模様は少なくとも4年近く前に夢見られた黎明期のVtuber批評から見れば敗北でしかない。単に外見と設定を流用しただけのキャラクターIP展開なら誰でもできるわけで、実在人物と対応するアバターとしてのVtuberのユニークネスは完全に抹消されている。また、そうやって派生コンテンツが退化している一方、本編としての動画は何の挑戦もない広義の雑談枠に支配され、オフコラボや訴訟や炎上などの刺激的なリアルを定期的に提供してくれるイラスト付きゲーム実況者のコミュニティに成り果てた。少なくともメインストリームにおいては陳腐への二極化が留まるところを知らない。
ただ、この流れを憂う必要を俺はもう感じない。シンプルにどうでもよくなったからこうして補足に回している。誰が何を言ったところで『ホロライブ・オルタナティブ』も『ホロぐら』もエンタメとしてめっちゃ楽しんでるし、アバターやりたい人は自分でVRChatとかVtuberやってるし、白上フブキさんは萌え萌えなのである。

 

バトゥーキ

嘘喰い』作者の新作。嘘喰いはライフタイムベスト級に好きな漫画で、こちらも同じくらい楽しく読んでいる。基本的に絵が上手く、優れた格闘描写は健在。

嘘喰いが暴力と智略を併存させていた一方、バトゥーキではそれほど頭の回らない少女が主人公に置かれて格闘漫画と銘打たれている。基本線としては主人公を含む学生同士が結束して生き抜いていくという、嘘喰いと比べて値踏みのないシンプルな友情と連帯が描かれていることには少し驚く。ただ、それでも「誰かが何かの割を食う」という独特な縁の在り方によって一筋縄ではいかない利害の交錯が描かれるほか、何かあるとすぐに様々な思惑を持つ勢力が入り混じるあたりに単純な格闘では終わらない人間関係がある。

10巻でようやくキャラや組織が大きく増えてきた段階なので続きにも期待。


僕のヒーローアカデミア

相当面白い。正直なところ鬼滅や呪術やチェンソーマンの影に隠れて(特に一定年齢以上の男性オタクの間で)そこまで存在感を示せていない印象があったが、古参として今のジャンプを支えるだけの骨の太さがある。漫画としての完成度がすごい。

まず驚くのは、膨大なキャラと設定によって世界観が隅々まで管理されており、無数の能力と無数の人間がいる社会をきちんと描こうとしていることだ。
個々の能力設定をそれぞれ煮詰めてあるだけの能力バトルはたくさんあるが、それはもう前提として「様々な能力をどう扱うか」という二次的な扱いが異常に上手い。超人社会の中ではそれぞれの人間関係や事件や組織の中で能力が客観的に評価されており、単なる強弱ではない人間評価が綿密に描かれる。
これは「能力同士の相性を考慮する」というこれまた能力バトルの御約束ともかなり違う。各キャラの評価はいわゆる能力、すなわち「超能力としての能力」のみならず、思考法や経歴や性格まで含めた立体的な判断によって行われる。能力バトル的能力などステータスの一部に過ぎず、それを含めた総合的能力が社会の中でどう振る舞うかが常に問題になっている。
そしてこうしてネットワークの中で多角的な目線を受けて定位されるヒーローは現代的な英雄像でもある。一話から物語の前提になる「オールマイトの失効」は「誰か一人が全部解決する」という古臭いヒーローものないし少年漫画に対する明確なアンチテーゼであり、「一人のヒーローに全部やらせるのはもう無理なので連携でカバーする」という現実的で泥臭い戦略が無数の人間の協働を描くための原動力になっている。
もちろん群像劇的に背景や振る舞いが描かれるのはヴィランサイドも同様だ。現代ヒーローものらしく、ヒーローは完全無欠ではないためにそこから零れ落ちるものが常に存在する。ヒーローに救われなかったもの、救えないもの、救われたくないものが一定数いて、彼らがヴィランを組織する。

ただ、これは明らかに少年漫画の限界なのだが、少年であるところの主人公陣営がそうした世界のあり様に対してナイーブすぎるという点が優れた主題に対して決定的なボトルネックになっている。「ヒーローアカデミア」に所属する主人公たち少年少女はいつまでも「いわゆるヒーロー」になることばかりを考えていて、それが取り落としてきた事態を描いている世界設定及びヴィランと全く対応していない。どう見てもヴィラン側と社会状況が現代ヒーローにアップデートされているのに、主人公たち側が古典ヒーローから脱していないという非対称がある。
その象徴的な点として、トゥワイスが結局ヴィランとして死亡したことがある。トゥワイスは概ね善人でありながらもヒーローに救われたくない者であり、ヴィラン側にのみ生きる希望を見出していた。積極的にヴィランでありたい善人は皆を助けたいというナイーブなヒーロー観では絶対に救えない。トゥワイスをどう処理するのかと思っていたら、ホークスが汚れ役を全て引き受ける形でトゥワイスを殺害して終了した。これに限ったことでもなく、クリティカルなシーンでは主人公たち少年ではなく大人のヒーローたちが泥を被って事態を収拾することが多く、作者自身が設定した世界の複雑さと少年漫画の無垢さの折り合いが付いていないように感じることが多い。
その直後に出久が暴走した死柄木に対して「助けを求めてた」と一方的に判断したのは露悪的ですらある。そうやって上から目線で救うべきものを判断することがヒーローの問題としてヴィランとの軋轢を生んできたはずなのだが、未だにオールマイトに憧れる出久は一方的な独善から抜け出せない。

こうした主人公サイドの噛み合わなさはこれから主題化するのか、一貫して露悪的に描かれるのか、あまり自覚されていないのか、作者としてはヒーロー側の葛藤を描いているつもりなのか、いずれにしてもまだ途中なので続きを楽しみにしている。

 

宇宙の眼

なかなか面白かった。
パラレルワールドが超越的な存在ではなくかなり卑俗で個人的な妄想から引き起こされるのが良い。事故に巻き込まれて不本意ながらも構成された老若男女のコミュニティの中で、誰しもが一片の歪みとそれを実現しようとする渇きを持っている。各人を一皮むいた下にあるステータスはカルト狂信者・潔癖症患者・共産主義者陰謀論者など、誰もが狂気を孕んだ集まりなのである。
誰か一人の異常性によって他の全員がパラレルワールドに巻き込まれるたび、巻き込まれた人々は結託して異常者をボコボコにして解決を図る。そうするとまた結託していたはずの別の誰かが妄想を起動してパラレルワールドを展開し、今度はさっきボコった異常者も一緒に対抗してくれる(他人の妄想には興味が無く、有害なだけであるため)。
皆が皆素朴に病んでいて、持ち回りで異常を発動するたびに他の全員が腕力でどうにかしていく。各人の異常性は撃退はされるが治療はされないために恐らく温存されているのが良い。そのあたりは恐らくエンタメ小説であるためにあまり深く掘り下げなかっただけなのだろうが、登場人物たちがスピーディーに狂人になって解決されずに単に撃退されていくのは気持ちよかった。パラレルワールドでは誰もが狂っていて治療はできない。

補足409:大学入学当初にインテリらしく海外文学を嗜もうと思って有名どころの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』や『レッド・ドラゴン』を読んだが、全然面白くなかったので「海外文学ってこんなもんかー」と思って趣味にするのをやめ、それ以降は一切読もうとしなかった。多分あそこが人生の分岐点で、あのタイミングで『宇宙の眼』や『発狂した宇宙』を手に取っていたら今の趣味も少なからず変わったものになっていただろう。

 

統計学関連書籍

下記参照。統計検定がまあまあ面白かったのでまた何か資格を取ろうと思っているが、他の活動時間を食い潰してオーバーキルしすぎるのも良くはない気がするので、次は勉強時間に制限を付けたい(有利すぎるからハンデが必要)。

saize-lw.hatenablog.com

 

ネットワーク科学関連書籍

下記参照。ネットワーク科学は汎用性が高い上に身近なので暇なとき勉強する題材としてはけっこうお勧めできる。
今まさに東京がヤバくなりつつある感染症の蔓延条件とか、複数のカテゴリに分かれたオタクコミュニティの組成とか、バズるコンテンツの条件とか、色々な話題に派生しやすい。

saize-lw.hatenablog.com

saize-lw.hatenablog.com

 

生産コンテンツ

ゲーミング自殺、16連射ハルマゲドン

趣味で書いている小説の進捗報告です(前回分→)。10~12月は概ね第十一章「鏖殺教室」と第十二章「よくわかる古典魔法」を完了しました。遂に30万字を超えて終わりが見えてきた。
Picrewの「可愛い女を作るめーかー」(→)というやつがかなり良くて、今までのキャラ紹介を改めて画像付きで置きます(新キャラ紹介はお休み)。萌えキャラがいてなんぼの百合萌えラノベなのでキャラクターのビジュアルがあるのは大きい。ようやく紹介文に魂が入ったような気がする。

字数

247058字→305014字

各章進捗

第一章 完全自殺マニュアル【99%】
第二章 拡散性トロンマーシー【99%】
第三章 サイバイガール【99%】
第四章 上を向いて叫ぼう【99%】
第五章 聖なる知己殺し【99%】
第六章 ほとんど宗教的なIF【99%】
第七章 ハッピーピープル【99%】
第八章 いまいち燃えない私【90%】
第九章 白い蛆ら【99%】
第十章 MOMOチャレンジ一年生【99%】
第十一章 鏖殺教室【99%】
第十二章 よくわかる古典魔法【80%】
第十三章 別に発狂してない宇宙【1%】
第十四章 パラノイアエスケープ【1%】

キャラ紹介① 彼方ちゃん

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主人公の女の子です。
長身で切れ目で冷静で男口調、アークナイツにいそうな感じのかっこいい系JKです。ノースリーブの制服とホットパンツの上にトレンチコートとローラーブレードを着用しています。
頭脳も容姿も全体的にスペックが高いですが、特に身体能力は人外の域に達しています。リンゴどころかカボチャすらも素手で粉砕し、スパイクを履けば壁を垂直に駆け上がり、ヤクザキックで厚い鉄板を蹴破ることも容易です。それでいて脳筋というわけでもなく、暴力を自覚的に振るう方です。

闘争に足が生えて歩き出したような戦闘民族であり、対人ゲームが大大大好きです。VRバトルロイヤルゲームのプロゲーマーでもあり、日本トップクラスのユース選手です。持ち前のフィジカルを活かして相手を叩き潰すことを好みます。
彼女のゲーム好きは単なるデジタルゲーム好きに留まらず、あらゆる人生の問題を勝ち負けを決めるゲームとみなしている節があります。そしてその際、強者が弱者を蹂躙することを当然の権利と見做していることは彼女の悪癖の中でも最悪のものです。すなわち彼女は完全な自己責任論者であり、政治的にはネオリベラリストです。
とはいえ雑魚狩りは全く好まず、常に自分より強い敵を探しています。一番嫌いなものは弱すぎる敵、一番好きなものは強すぎる敵です。自己研鑽を愛し、困難な課題を乗り越えることを何よりの娯楽としています。

しかし、それは裏を返せば一度クリアしてしまったゲームには関心を失うということでもあります。実際、「ゲームに勝利したあとはもはや時間の無駄なのでフィールドから最速で立ち去る」という奇妙な信条を持っています。この信条はVRゲーム内では「勝利した瞬間に自殺する」という奇行に結実し、ゲームファンの間では自殺フェチのマゾヒストと認識されている節があります。

キャラ紹介② 立夏ちゃん

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メインヒロインの女の子です。
彼方と同い年の女子高生ですが、背が低く痩せ型で小さく、愛らしい容姿は小学生のようにも見えます。大きめのパーカーを羽織っており、手先は萌え袖状態です。貧弱な見た目通りに腕力も体力も無いに等しく、五十メートル走れば息切れで倒れ、ジャムの蓋を開けるのにも苦労します。
彼方と二人でタッグチームを組んでVRバトルロイヤルゲームに参加しています。立夏は戦闘を行えないため後方に待機して指示を出し、圧倒的な戦闘力を持つ彼方を適切な戦場に誘導することが仕事です。二人チームのゲームなのに彼方一人しか戦えないことは極めて大きなハンデですが、彼方の怪物じみた身体能力に加えて立夏の卓越した作戦立案能力がその無茶を可能にしています。

左目を中心に顔に咲くアサガオ立夏のトレードマークです。顔を覆う巨大な花が視線を遮るために彼女の表情はかなり読みづらいです。
この花はギミックやアクセサリではなく、自ら茎を目に刺して眼窩内の水分で生花を栽培しています。初めて刺したときに眼球破裂で失明したため、今は義眼です。この「義眼花」に対する彼女の執着には異様なものがあります。自宅の研究スペースでは人間の血や体液までも使って様々な栽培環境の対照実験を行い、理想の花を求めて日夜研究しています。

花に対する関心が高い代わりに人間に対する関心は著しく低く、他者に対する同情や憐憫は皆無です。表面的な物腰が柔らかいのも無関心さの裏返しに過ぎません。そのために弱者を蹂躙することに何ら抵抗がないという点では彼方と一致しています。
ゲーム外ではだいたい彼方にべったりくっ付いており、移動時には背中におぶられていることも多いですが、それは立夏が彼方に依存していることを全く意味しません。立夏は彼方の後ろに隠れることで他人との余計なコミュニケーションを避けたいだけです。それは彼方に対してすら例外ではなく、彼方から自分に向けられる熱烈な好意に対してもまともに取り合うことなくスルーし続けています。

キャラ紹介③ VAISさん

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主人公である彼方の師匠で、怪しいカタコトで喋る長身の外人お姉さんです。黒一色の外套と車掌帽を纏っており、長い金髪がよく映えます。
ただし、彼方とVAISが出会うのは現実世界ではなくVR空間です。VAISはハンドルネームだし外人の容姿もアバターのそれなので、実際にはVAISがどんな人間なのかは誰にもわかりません。

VR空間において、VAISは彼女が『次元鉄道(エルライン)』と呼ぶオリジナル違法MODを使います。
『次元鉄道』とは虹色のレールの上を走る漆黒の超巨大なSL列車であり、上に腰かけたVAISと共に出現したが最後、周囲に甚大で復旧不能な被害を巻き起こします。勝手に敷かれるレールとSLの巨体によってワールドの建造物は問答無用で破壊され、轢殺されたアバターたちのデータと共に全てデリートされます。
これが犯罪相当の悪質なハッキングであることは言うまでもありません。あらゆるセキュリティウォールを踏み潰しながら、VAISは『次元鉄道』に乗っていつでもどこにでも現れます。

VAIS自身は気の良い陽気なアメリカンお姉さんですが、彼方の師匠だけあって彼方よりも戦闘が強いです。そして彼方以上の暴力原理主義者であり、「人生とは暴力と想像力の両輪である」という思想を持つ強火のアナーキストです。
すなわち「想像したことを実現する暴力と、暴力を運用するための想像力の二つさえあれば何でもできる」という確信が彼女の人生哲学です。実際、彼女が『次元鉄道』で何もかも破壊しながら現れるのは、まさしく違法MODを作り出す想像力と、それがもたらす暴力の二つを誇示するために他なりません。

キャラ紹介④ 神威ちゃん

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ヒロインの一人で、巫女のアバターを使うプロゲーマーです。
肩から先がパージされた動きやすい巫女服を着用し、清廉で凛とした雰囲気を纏った長いツインテールの美少女です。落ち着いた丁寧な敬語を使いますが、常に自分の意見をはっきり述べる、融通が利かない堅物です。
タッグチーム式のバトルロイヤルVRゲームに単身で参加するという有り得ないハンデを背負いつつ、国内ユースでは十指に入る強豪として知られています。

神威のプレイスタイルは「病的な可能性フェチ」という評価に集約されます。
神威は「実際に現実化している事態」よりも「可能性として有り得る事態」を突き詰めて考えます。その思考はゲームにおいては優れた予測能力として発現し、実況解説に予知とまで言わしめる超人的な先読みを可能にします。また、どんなに劣勢でも勝ちの可能性を探して粘り続けるため、最後には針に糸を通すような逆転を実現する彼女の戦い方に魅了されるファンも少なくありません。
しかしその一方、怪物揃いのトップ帯においては神威の可能性フェチは勝率を下げる悪癖でもあります。というのも、彼女はほとんど負けが決まっている戦場でもコンマ数パーセント未満の細い細い勝ち筋を探し続けてしまうため、撤退という判断ができないからです。複数チームが入り乱れる長期戦のバトルロイヤルにおいて、「一旦撤退して仕切り直す」という大局的判断を行えないことは極めて重いハンデと言って差し支えありません。

主人公の彼方は神威のことをそこそこ気に入っていますが(強いので)、神威は彼方のことが大嫌いです。それは神威と彼方のゲームの勝敗に対するスタンスが真っ向から対立しているからです。
彼方はゲームの勝敗を絶対的必然として捉えており、たとえ何度繰り返しても勝者は必ず勝つし、敗者は必ず負けると確信しています。敗者が勝っていたかもしれない可能性などあらゆる意味で有り得ません。それは彼方の「勝者が敗者を蹂躙することは当然の権利である」という最悪な思想を構成する前提の一つでもあります。
その一方、神威にとってゲームの勝敗とは無数にある可能性の中でたまたま実現した一つに過ぎません。むしろ「実現しなかったが確かに存在した可能性」の方が彼女の関心事であり、敗者を可能的な勝者と見做して敬意を払います。とはいえ、それは時には極めて押しつけがましい慰めでもあります。実際、神威は自分が倒した相手に数万字に及ぶ長大な検討レポートを送り付ける奇行で知られており、それを綿密な死体蹴りと解釈してショックを受けるプロゲーマーも少なくありません。

キャラ紹介⑤ 樹さん

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若手女性警察官のヒロインです。
婦警の制服をきっちりと纏い、爽やかな敬礼が板に付いた綺麗なお姉さんです。若干身長が低くて可愛らしいところもありますが、正義感の強い市民の味方です。主人公の彼方たちとは顔を合わせる機会が多く、今では通報代わりに個人携帯で連絡を取り合う仲になっています。

樹はゲームには疎いですが、警官として身に付けた護身術に長けています。それは軽い組手ならばフィジカルモンスターの彼方を一応は無力化できる水準に達しており、直接戦闘能力はプロゲーマーにも見劣りしません。よって常に強者を求める彼方は、樹がVRバトルロイヤルゲームに参加することを望んでいます。
しかし、樹は自らの能力を勝敗を競うために使うことには全く関心がありません。模範的な警官である樹は、自分の高い能力は他の人々を守ることに使うべきだと確信しているからです。そして樹にとっては彼方もまた守るべき市民の一人であり、彼方との軽い組手に付き合うことはあっても、本気で戦闘を行うことは有り得ません。

樹は最小不幸社会を志向するタイプの人道家であり、概ね弱者の肩を持つことが彼女にとっての正義です。それが弱者を虐げるものである限り、強者の特権にも暴力の使用にも反対します。この点において、躊躇なく弱者を蹂躙できる彼方とは強く敵対しています。
しかしその一方で、樹は一方的に弱者を保護するパターナリスティックな振る舞いにも否定的です。つまり彼女が最も尊重すべきと考えるのは弱者の自己決定権であり、もちろん愚行権を支持し、本人の納得尽くであれば自殺でさえも容認します。人間の自己決定能力をラディカルに尊ぶという点では彼方と一致しており、その部分的な思想の一致が彼女たちをそれなりに信頼のおける知り合い同士にしています。

キャラ紹介⑥ 此岸さん

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主人公である彼方の実姉です。容姿は彼方とよく似ていてクールな美人です。

彼方が物心付いた頃から病気によって植物状態で、現在は彼方が住んでいる家の隅にある巨大ベッドでずっと眠り続けています。妹の彼方ですら、此岸と会話したことはおろか、目を開けている様子すら一度も見たことがありません。世界的な名医からも治療は不可能だと匙を投げられており、同居している彼方を除けば世界の誰からも忘れ去られた存在です。

しかし、彼方が家に帰ってくると此岸が作った夕食が用意されていることがよくあります。彼方が置いていったゲームを遊んだ痕跡があったり、家中の掃除が済まされていたりもします。それどころか彼女自身が寝ている布団の交換や点滴薬の補充までもが定期的に行われており、寝たきりであるにも関わらず介護は全く必要ありません。更には枕元に置かれた虹色の便箋を通じて簡単な意思疎通を行うことすらできますが、彼方が家にいるときは此岸は常に寝息を立てています。

彼方が見ていないところで此岸が明らかに目覚めて活動していることは一つの医学的な奇跡です。此岸の身体を研究すれば世界中で同じ病気で寝たきりになっている人がたくさん救われるかもしれません。しかし人間全般に関心が低い彼方は「そういうこともあるのだろう」くらいにしか思っておらず、この奇跡に大した興味を持たないまま放置し続けています。今日も彼方は此岸が作ってくれたオムライスを食べますが、彼女がそれをいつどうやって料理したのかは謎のままです。

22/1/2 お題箱92:ドグマブレード、接続詞、萌えetc

お題箱回92

359.とりでさんのドグマブレードシミュレーターが全くクリアできません
ドグマブレードを回すコツや定石を教えて欲しいです

これですね。

tsd0313.github.io

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コツはドグマブレードというデッキを信用しないことです。

僕も現代プレイヤーの感想を見て初めて知ったのですが、恐らく現代プレイヤーはドグマブレードの回転力をかなり過大評価する傾向があります。
ドグマブレードにはサーチやドローが大量搭載されており、綺麗に回ったときはするするとデッキを引き切って明確な終着点に向かっていくため、一見すると現代遊戯王を先取りしたオーパーツに見えるのかもしれません。つまり現代遊戯王において一枚初動から確立されたルートによって(妨害さえなければ)強力な先行展開が確定するのと同様、ドグマブレードも初動からゴールまで一直線に進めるデッキだと誤解されていることが少なくありません。

しかしそのイメージは買い被りです。ドグマブレードは古の美しい先行OTKとして神格化されがちですが、どこまで行っても欠陥綱渡りデッキです。
カスみたいな性能の手札入れ替えしかない時代に奇跡的に成立した引き切りコンボであり、常に一貫性を持って動けるように作られている現代のカードデザインとは大前提が違います。そもそも基本の動きがドローであり、確定サーチで保証された動きはほとんどありません。一手選択肢を間違えた瞬間に完全ストップして打ち手が無くなるため、動けているだけで御の字、欲張らずにとにかく動き続けることにだけ意識を割くべきです。

例えば「魔力倹約術+次元融合+混黒+ヴァリー」は揃えば勝ちが確定する無限ドローコンボですが、これを積極的に狙うのは危険です。特に動けるカードが少ない序盤で手札抹殺と魔力倹約術を持っていた場合、大抵は手札抹殺で魔力倹約術を捨ててドローに変換するのが正解です(いつか無限ドローが成立することを夢見て魔力倹約術を温存するべきではありません)。ベースが貧弱すぎてすぐにストップしてしまうドグマブレードにおいて、1ドローの価値は極めて重いからです。

よって回すときにそこまで終着点を意識する必要はありません。「ドグマガイを出すための生け贄を揃えて~」「墓地に魔法を何枚溜めて~」とフィニッシュを考えながら回すよりは、「ここでデステニードローの弾を引けばまだ舞える……」「ここでフェニブレ落とせばまだ舞える……」と最大効率で手札を回転させることだけ考えた方がいいです。途中で止まってしまったら完遂も何もないので、とりあえずデッキをだいたい全部引けるまで止まらないように動けることができるようになって初めてフィニッシュ時の調整を覚える感じでいいと思います。

ドグマブレードを無駄に神格化せず正しい温度感でよく論じている記事を二つ紹介しておきます。

①ンマルギルドーニさんのガイド

note.com

僕は心構えしか書きませんでしたが、具体的な回し方についてはこちらをご覧ください。よくまとまっています。

注意点として、ドグマブレードシミュレーターは1ターン一人回しでビートダウンプランが存在しないため、対人時とは定石が大きく異なる点がいくつかあります。
その中でも最大のものはシミュレーターでは原則エアーマンを通常召喚できないことです。対人時にはとりあえず1800でビートできるエアーマンを召喚して次のターンに本格的に動くのでも構わないのですが、シミュレーターではエアーマンを出すとアムホを打てなくなるのが痛すぎるので他に使えるカードがないときの最後の手段となります。

②遊史さんの歴史解説

yugioh-history.com

当時でも妨害一枚置かれるだけでキツかったしメインから手札誘発が入る環境だったので正直全然強くなかったという真相に加え、このデッキが生み出されたこと自体に対する考察が良いですね。

 

360.ダ・ダ・恐山、すきえんてぃあ、Lwの3人で「いけすかない人間」のリストを作っていつも見ています
この3人は見たい時にリストを開いて見る分には面白いのですが、フォローして常にTLに流れてくるようになると精神的なコストが高い気がします

ありがとうございます。
ダ・ダ・恐山は僕もたまに見ていますが、同じカテゴリですかね? 僕はまとまった文章はブログに書くので、Twitterは適当に萌えキャラをリツイートしていいね!とか言ってるだけでめっちゃ低コストな自己認識でした。

 

361.LWさんの文章ってめちゃくちゃ読みやすいんですが、なにか意識されていることってあるんですか?
それとも、単に読書量と書き手のレベルが、MARCHレベルの俺とは違うだけ!?

ありがとうございます。僕は「論理の筋が通っていること」が最大のコツだと思って常に意識しています。
読みにくい文章でも日本語文法が破綻していることは実はそんなになくて、大抵は論理の筋がわかりづらいのが原因です(正確に言うと「係り受け」を筆頭に文法が破綻している文章も多いですが、読みにくさへの影響は実はそこまで大きくない)。
書きたい内容が思いついた順序で書かれているため、「なぜ今この話をしているのかがわからない」という文が頻出し、読んでいる人が複数の情報を上手く結合できずに文脈を作れず、結局文の塊が何が言いたいのか全然わからないというのがパターンであるように思います。

「論理の筋」を可視化するのは接続詞ですから、一度全部の文章に接続詞を付けるのが一番簡単にできるトレーニングだと思います(他にも国語教科書を購入して「余計な文章を取り除く」「文章を適切な順序に並び替える」等の問題を解くのも良い訓練になると思います)。接続詞の意義に関しては以下の記事に全面的に同意します。

atsushi-ito56.hatenablog.com

補足406:まつがんさんってMtG界ではレジェンド的なライタープレイヤーだと僕は認識しているのですが、MtGプレイヤーがはてなブログ使わなさすぎて読者19人なのはヤバいと思います。20倍はいていいです。

一度全部の文章に接続詞を付けてみて、適切な接続詞が思い付かない文章は削除するか相当に丁寧な説明を加え、最後に無くても伝わる接続詞だけを省略すれば、論理の筋が整った文章が勝手に完成すると思います。使用可能な接続詞は国語教科書を読んでもいいですし、今適当にググって出てきたこのサイトでも十分そうです(→)。ただし、全然関係ないことを書けてしまう「ところで」「さて」「ちなみに」あたりはあまり多用しない方がいいです。
ちなみに僕が一番好きな接続詞は「というのも」です。というのも、理由を述べる際には「理由、だから、結論」という順序が基本ですが、「というのも」を使えば「結論、というのも、理由」という順序に逆転できるため、結論から言いたいとき使いやすいからです。

補足407:どうやっても適当な接続詞が付けられない(=文脈に貢献していない)文は本当は削除した方が良いのですが、補足に押し込むという裏技があります。「これ言いたいけど絶対関係ないな~いやでも絶対言いたいな~」というオタクにありがちな事態を処理でき、僕が異常な数の補足を用いるのはそれが理由です。

 

362.https://m.youtube.com/watch?v=Usa9cKsd2I0

www.youtube.com

かなり面白くてよく出来ていると思いました。続編もあってこちらも面白かったですが、このチャンネルはこの二本だけがやたら再生されていて他はそんなに伸びてないんですね。

www.youtube.com

日本がオリンピックを開催できる程度には先進国でありながらもその趨勢を自分で決められるほどの発言力はないために国際社会に翻弄されている様子が、中途半端に力だけ得ても精神が成熟していないために周囲と状況に振り回され続けるシンジくんと重なるという読みは、いかにもゼロ年代批評の亡霊にありそうな論ではあります。もう誰か言ってそう。

 

363.@satetsu4401

なんか昔からあるので何となく存在は認識していますが、どういう立ち位置なのか未だにわからない謎のアカウントです。
やべえミソジニーとかやべえ反アジアとかなら「ああそういう人なんだ」みたいな印象が一応は形成されるのですが、適当に思い付いたエビデンスのない逆張りをひたすら最大主語で発信しているだけで何の思想もなく、もしかしたらかなり優秀なbotとかなのかもしれません。

 

364.性欲と萌えを切り分けて暮らす感覚があまり理解できていません。何か思うところあればお聞きしたいです。(人それぞれ、で終わる話かもしれませんが……)
百合好きな方の語りを聞いていると、百合を接種することで生じる感情の動きは性欲と似ていて、片方だけを切り離すことはできないような気がします。しかし、実際の人たちは性欲を嫌悪しているように見えるのです。

僕も萌えと性欲が結合することは概ね自明であると考える方ですが、これは萌えというワードの定義問題であるような気がします。実際、性欲を忌避するタイプの百合好きの人は「尊い」みたいなワードを使いがちで、「萌え」という表現はあまり使わないように思います(「関係性萌え」のようなもはやキャラを指していない拡大使用は除く)。

大雑把に言って、オタク文化の普及によってかつて「萌えキャラ」と見做されていたようなキャラデザがもう「普通のキャラ」になり、それを生産するのも欲情したオタクばかりではなくなりました。それ故に僕のような旧世代のオタクが「萌え」と言って指すものはかなり広範な美少女キャラ全般である一方、現代的な感性で言う「萌え」はキャラクターの中でも特にエロゲーキャラのような一定のセクシャルな属性を持つものに限られる気がします(デカい目とかデカい胸とかデカい顔とか)。

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なんかだいたいこんな図のような感じで「萌え」が指しているものがズレていて、そのギャップの中に「広義の萌えキャラだが狭義の萌えキャラではないキャラ」がかなりの数存在しており、それをオールドタイプは性欲ベースで見ますが、現代的な感性からすると萌えキャラではないし況や性の産物ではない、みたいな感じのような印象があります。
「じゃあその広義と狭義の区別とやらはどうやって付いているのだよ」というのが話の核心になると、身も蓋もないですが、主に時代的な生育環境としか言いようがない気はします。物心付いた頃に教科書とかのオフィシャルな場で用いられていたキャラの描き方に応じて萌え水準も決まってくるのでは。

 

365.LWさんってバイトとかされてましたか?

しておりませんでした。特にバイトをする必要がなかったのでしなかったというだけで何か強い思想があるわけではありません。

 

366.関連ツイートに出てたような冷笑っぽい人達への感情ってどんな感じですか

なんかのツイートをしたときの反応だと思いますが、当時のツイートが探しても出てきませんでした。出てきても「冷笑っぽい人達」への攻撃になってしまうので出てこなくてもいいですが、たぶんその話題の時のツイートは発掘しました。

まあSNS上で言ういわゆる冷笑主義ってもともとかなりネガティブなニュアンスで用いられていますし、僕がそれに比べて擁護寄りにも糾弾寄りにも特段に強いスタンスを持っていることはないと思います。

 

367.ラヴニカ次元に飛ばされたとしたら、どこのギルドに所属したい?

なんか今までで一番お題箱っぽい投稿来ましたね。ありがとうございます。

ディミーアが一番、次点でイゼットかゴルガリあたりです。青か黒が絡んで裏で何かをシコシコやっている陰の者のギルドが希望で、赤絡みの陽キャギルドや白絡みの秩序ギルドは厳しいです。

 

368.責任を負わない発言を人一倍嫌う印象があります。何故でしょうか

男子校育ちだからです。こればかりは育成環境としか言いようがなく、これからもあまり変わらないと思います。

正確に言うと、言説レベルではなくパフォーマンスレベルで無責任であることを嫌っています(言動に含まれるメタメッセージが無責任であることも後者に分類されます)。泣きながら「責任を取らせて頂きます」と言って何もしないよりは胸を張って「俺は絶対に責任を取らない!」と叫ぶ方がまだましです。不誠実に誠実であるよりは誠実に不誠実であってください。

21/12/27 統計検定1級とかいうゲームに勝利した

統計検定1級の勝ち語り

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統計検定1級に合格し、数理と応用の両方で優秀賞を取得したので勝ち語りをします。
4級・3級・2級・準1級・1級という区分を完全に無視して初手から最上位資格にいく賭けに出たが、大きく張った分だけリターンもデカい。

受験を思い立ったのは6月に遡る。
部屋にトレーニング用ベンチでも置こうかと思って本の整理をしていたところ、昔大学で買わされた統計の教科書を発見した。一応読んでから捨てようとしたが、しかしこれも何かの縁だしついでに資格でも取っとくかと統計学の勉強をスタートした。

そこから試験のある11月まで4ヶ月近くもタラタラ勉強していたことになる。俺の周りでは誰も統計に興味が無く、むしろ俺が統計などという説明のし甲斐もないクソつまらない勉強をしている間はサイゼミの開催が滞っていたため(元々コロナ禍で一旦停止していたが)、「まだ統計やってんの?」「いつまでやってんの?」などと心無い声をかけられながら一人で戦っていた。

saize-lw.hatenablog.com

試験は余裕だったと言いたいのは山々だが、実際のところ、かなり難しかったと言わざるを得ない。
統計検定1級取得には統計数理と統計応用という合格率20%程度のフル論述試験を二つパスする必要があるのだが、どちらの試験もいわゆる資格試験というよりは大学院入試に近い。理系学部教養レベルの解析学線形代数は自在に扱えなければスタート地点にも立てず、(試験範囲をまとめた公認教科書をわざわざ出版している癖に!)明らかに出題範囲表を逸脱した数学知識が要求されることもざらにある。「ここからここまで試験範囲なので勉強してください」などというお行儀のよいものではなく、「こんくらい常識でわかれよ」という設問者の顔が浮かんでくる。

さて、とりあえず合格した今、この数ヶ月が何だったのかを思い返してみると、俺にとって統計検定というゲームは長い人生の中で余暇を費やす遊びの選択肢としてどうだったかというような話になってくる。
別にこの資格は何か明確な夢とか目標があって取得したものではないし、取ったからどうなるわけでもない(一応仕事でも役に立つので評価や給与も若干上がるだろうが、評価や給与をどうしても上げたかったわけでもない)。サブスクやら無料ゲームやらで娯楽の選択肢も無限にあるこの時代、プライベートの貴重な時間を投資して参加するゲームは自分の適性を考慮して慎重に判断した方がいい。他の選択肢、例えば格ゲーとか映画鑑賞とかスポーツとかそういうものと並べたとき、資格取得というゲームはどうなのか。他のゲームと比べて楽に勝てるのか、ストレスはかからないか、快感に対する時間のコスパはどうなのか、得られる知見の汎用性はどのくらいか。

そこのところ、楽に勝ててそこそこ自尊心が満たされるゲームとして、やはり資格試験はかなり手頃な娯楽だという認識を新たにした。
「楽に勝てる」というのは「全然勉強せずに合格できる」という意味ではない。むしろ勉強時間自体は相当かけており、たぶん合計で数百時間は費やしたはずだ。平日は朝起きて2時間勉強してから出社して昼休憩で1時間勉強して帰宅して寝る前に2時間勉強し、翌休日は朝9時から夜7時まで図書館で缶詰みたいな過ごし方をしていた(もちろん数ヶ月ずっとそうだったわけではないが)。
それでも俺にとって数学書を広げて机に向かっているのは寝っ転がってシャドバをしているのと大して変わらないので、ストレスを感じたことは特になかった。「今年の目標:必ず1日1時間統計の勉強!」とかbioに書いて頑張ってる人よりはストレスなく毎日5時間遊びで勉強する人の方が勝率は高いわけで、どうせ娯楽でやるなら楽に勝てるゲームを選択した方がいいというのはそういう意味である。

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(↑勉強に使った紙は全部で157枚)

ただ本気でゲームをやるのは楽しい一方でかなり消耗するので、あまり頻繁にやるものでもない。
ゲームの定義に自己目的性を挙げたのはたしかホイジンガだったと思うが、俺の拡大解釈ではゲームとは何の外的な意味もないが故に全ての勝敗に対して自分自身で無限の責任を負い、勝ったときには全てを得る代わりに負けたときには全てを失うというルールの営みである。つまりゲームとは勝敗それ自体だけが唯一の目的でなければならず、例えば「ゲームに勝つとお金が儲かる」とか「ゲームに勝つ過程が有益だった」とかいうような評価軸は存在しない(それはノイズとか言い訳と呼ぶ)。常識的に考えれば資格試験に不合格でも得られる知識はそれなりにあるはずなのだが、ゲームの世界観の上に立つとそういうフォローが効かなくなってしまう。背水の陣をあまり長く続けると身が保たない。

補足405:このオールドゲーマーの美学は一見するとe-sportsプレイヤーのゲームへの真剣さと見分けが付かないが、その実情は真逆である。何も賭けられないが故に己自身を賭けざるを得ないオールドゲーマーとは反対に、e-sportsプレイヤーはむしろ名声や金銭や社会的地位に至るまでの他の利益全てを賭けている。オールドゲーマーは(自分自身以外に)評価軸が存在しないが故に負けられないのだとすれば、e-sportsプレイヤーは全てが評価軸であるが故に負けられない。いずれにせよ、何も賭けていないわけではないが全てを賭けているわけでもない中途半端なやつが一番弱い。

いずれにせよ統計検定の本質的な勝因は「これがゲームだったから」で、他に教訓的なものはあまりない。以下に共有する使用書籍も概ねテンプレ編成である。というのも統計検定に関しては「だいたいこの書籍が丸い」みたいなリストが既に流通しており、どの勝ち語りを見ても皆だいたい同じような編成が挙げられているものだ(特に数理で顕著)。

使用書籍まとめ

公式教科書類

統計検定を主催している統計学会が公式に出しているやつ。余程のことが無い限りはとりあえず目を通した方がいい。

日本統計学会公式認定 統計検定1級対応 統計学

役に立たないことで有名な公式教科書。これ一冊では戦えないせいでこの記事にもズラズラと他の書籍を書く羽目になっている。そういう学習のための探索を強いるという意味では教育的かもしれない。それでも基本的な確率分布と推定と検定くらいまではそれなりによくまとまっているのだが、それ以降の主に統計応用で出題される線形モデルの説明はかなり厳しい。

あとこの教科書にも出題範囲表にも一言も書いてない内容が全然出るので、試験場でこれを傍らにおいて問題を解いたとしても満点が取れるわけではないという謎の弱点もある。今はもう勝ったからそれはそれで緊張感があって良かったとか言えるが、それが敗因で負けてたらキレてた。

日本統計学会公式認定 統計検定1級公式問題集

公式問題集。研究室とかに在籍していれば多分シェアして買って印刷なりクラウドなりで共有するのだが、孤独だし図書館にも置いていないので買わざるを得なかった。2016・2017年はAmazonペーパーバック版が出ておらず高騰していたので買っていない。
出題範囲を知るにあたっては教科書よりも信頼できる。教科書に書いていなくても過去問に書いてあることは出るが、教科書に書いてあっても過去問に書いていないことは出ない。過去問を全部瞬殺できるようになれば合格は堅い。

統計数理向け

簡単な順。

統計学入門

高校生や理系以外も読めるように書かれた簡単な初学者向け入門書。これだけでは全く戦えないが、初手から手に取るのにはオススメ。

入門統計解析

昔大学の講義で買わされたやつ。元はと言えば部屋の隅からこれを発掘したのがきっかけだった。『統計学入門』よりは高度だがまだ十分ではない。より高度な数学書を読む前提の中継という位置付け。

現代数理統計学の基礎

統計数理のために最終的に使う教科書は久保川『現代数理統計学の基礎』と竹村『現代数理統計学』の二択ということになっており、こちらの方がやや簡素に感じる。俺は精読する本としては竹村本の方を選択したので、久保川本は後で流し読みして内容を確認した程度。
例題が充実しているらしいが、これを読むときは実際に手を動かして解く必要がある学習段階ではなかったのでパラパラ読んでみて解法を考えるくらいの使い方で済ませた。

新装改訂版 現代数理統計学

俺のメインウェポン。これで統計数理の全て、統計応用の半分をカバーできる。
久保川本ではなくこっちを選んだ理由はデザインが優れているから。久保川本はハードカバーの上に白くテカテカして若干サイズの合っていないカバーがかかっており、持ち歩くとすぐにカバーが破れたり汚れたりしそうなのが気に食わなかった。表紙にデカデカと書かれている「数学の魅力11」というサブタイトルもダサくて頂けない。
一方、竹村本はソフトカバーの上にぴったりフィットした厚手のカバーが使い込めばいい感じに柔らかく馴染んでいくことを予感させるもの。青一色の表紙にタイトルだけがデカデカと書いてあるのもかっこよく、金箔の装丁も華やか。

内容は全体的に久保川本よりも竹村本の方が詳しいように感じる。特に理論の目的や動機を詳しく説明しており、冗長でも背景にある気持ちをつらつらと書いておいてくれる方が俺の好み。

統計応用向け

俺は理工学を選択した。
主に線形モデルについての理論であり、個別のトピックとしては多変量解析、分散分析、直交表あたりをそれぞれカバーする必要がある(ただし多変量解析は試験には出ないっぽいのでやらなくても良い)。

図解雑学 多変量解析

多変量解析をやろうと思って図書館で適当に掴み取ったうちの一冊。
ナツメ社の図解雑学シリーズらしくあまり数学に詳しくない人でも読めることを目指しているが、その結果、固有値を変数で書き下した異常な複雑さの式が天下りに導入されたりと破滅的な内容になっているのが笑える。既に固有ベクトルとか主成分分析の大雑把な内容くらいはわかる人が流れを確認するのはいいが、そうでない人には厳しい。

多変量解析のはなし

多変量解析をやろうと思って図書館で適当に掴み取ったうちの一冊。
いきなり大した説明もなく飛躍したりしてわかりやすくはないが、コンピュータが普及し始めた頃に書かれた時代を感じられる味わいのある一節。コンピュータは自動で計算できるのが凄いんだというテンションは今見るとなかなか笑える。

他にも多変量解析の事例として選ばれるのが松田聖子みたいな当時のアイドルの人気投票だったり、ジェンダー的に終わっている文章が散見されたりと独特なポイントが多くてそこそこ面白く読める。

図解でわかる多変量解析

多変量解析をやろうと思って図書館で適当に掴み取ったうちの一冊。
参考書としては上に挙げた2冊よりは明らかにこっちの方がいい。説明もわかりやすくて標準的だが、それだけにこの本特有の笑いどころはない。

やさしい実験計画法

数学書ではなく実用書。実験計画法がいつどうやって使うものなのかがわかる本。数学的な厳密さは投げ捨てており、生産現場で実際に使う人が計算するのに必要な手順などが書かれている。実験計画法の数学から入るのが難しかった場合はこういう本から読むのも良い。

東京大学工学教程 確率・統計Ⅱ

分散分析と実験計画法の詳細な数理について。分散分析は結構色々なところで解説されているが、実験計画法と直交表については公認教科書にも久保川本にも竹村本にも十分な解説がないため、これかこれに似た本を読んでおきたいところ。

ちなみに東京大学工学教程(→)とはその名の通り東京大学が工学で必要な知識を体系的にまとめた数学書シリーズであり、ホームページにあるこの図がかなり好き。

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これはただ分野ごとの連関をまとめているのではなく、それぞれの四角が各工学教程シリーズ書籍のタイトルに対応している。例えば『確率・統計Ⅰ』を読了すると『確率・統計Ⅱ』が読めるようになり、『線形代数Ⅰ』と『微積分』を読了すると『ベクトル解析』が読めるようになり……というように必要な知識の順番がまとめられているのだ。
よって高校範囲までは学習指導要領に従って勉強し、それ以降はこの工学教程に従って順番に勉強すれば誰でも欲しい知識を入手できるようになっている。

この図が良いのは、これが完全にゲームのスキルツリーであることだ。

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(↑適当にググって出てきたPSO2のスキルツリー)

実際にはスキルツリーが用意されている方が稀なのでスキルを点灯させる作業とスキルツリーを作る作業はたいてい同時進行することになるが、「学問のスキルツリー化」というのはゲーム感覚で勉強をやるのにかなり強力な世界認識である。

21/12/20 【第11回サイゼミ】東浩紀『観光客の哲学』は数学的に妥当か

第11回サイゼミ

2021年12月20日に新宿で第11回サイゼミを催した。コロナ禍の合間で半年ぶりの開催となる。

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題材は東浩紀の『観光客の哲学』。これに決まった経緯はよく覚えていないが、動ポモシリーズ以降の東の動向を追う回そろそろやっとくかみたいなノリだったはず。

ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

Amazon

いつも通り読んだ前提で俺の関心が高かった点について書くので、内容が知りたければ各自で読んでほしい(これは解説記事ではない)。
特に今回は東が第四章『郵便的マルチチュードへ』でネットワーク理論をガッツリ援用して主張の正当化を試みていたため、俺は理系担当としてネットワーク理論を一通り勉強してその議論の妥当性を検討することにした。前回の複雑ネットワーク書籍群についての記事は『観光客の哲学』を読むためのものである。

saize-lw.hatenablog.com

第三章『二層構造』まで

第三章まではネットワーク理論は登場せず、主に人文系のゆあさが解説したので簡単にだけ触れる。

東の現状分析と図式化はいつも通り明晰で説得力のあるものだが、その上で東が何をしたいのかが少し議論になった。
第二章を読む限り、東はヘーゲルとそのフォロワーたち(シュミット、コジェーヴアーレント)には否定的であるように見える。二層構造は彼らの乗り越えとして導出されており、ヘーゲルクラスタが立脚しているナショナリズムが既に無効であることを指摘したり、彼らが否定的に切り捨てる観光客的な概念を擁立したりすることを通じて、ナショナリズムグローバリズムの並置が現れてくる。
だが、実は東の目的意識そのものはむしろヘーゲルと同一であることに注意が必要だ。あくまでも弁証法的上昇というヘーゲル的な手段を否定しているに過ぎない。このことは第四章の冒頭で明確に述べられている。

帝国の体制と国民国家の体制、グローバリズムの層とナショナリズムの層が共存する世界とは、つまりは普遍的な世界市民への道が閉ざされた世界ということだ。ぼくはそのような世界に生きたくない。だからこの本を記している。言い換えれば、ぼくはこの本で、もういちど世界市民への道を開きたいと考えている。(p154)

つまり、これは是非というよりは可否の問題だ。別にヘーゲルのやり方が有効であるならばそれでも構わないのだが、その前提になっているナショナリズムの世界観が事実として既に終わっているためにそれができないところに問題がある。「二層構造という新しいゲームボードにおいてヘーゲルオルタナティブは如何にして可能か」という文脈で東のモチベーションを捉える必要がある。

これはやや唐突にも思えるが、よく読めば東は別に観光客や誤配が満ちている(相対主義的な?)世界を理想としているわけではなく、ヘーゲルの夢を叶えるための置き石として有効であると述べているに過ぎない。
それは第四章で改めて提示されている。最終的に東は誤配を言い換えたソリューションである「つなぎかえ」をグローバリズムに抵抗するものとして位置付けている。それは二層構造を変革する目的意識を意味するが、観光客は二層構造の間を繋ぐ存在だったはずで、もし本当につなぎかえによってグローバリズムに抵抗することが可能であるならば、最終的にはグローバリズムと観光客は共に消滅していくのだろう。

 

第四章『郵便的マルチチュードへ』

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ここから数学的に見て東のネットワーク理論の運用が妥当かどうかを検証する。東はネットワーク理論の利用についてはまだ粗っぽいアイデア段階に過ぎないことを繰り返し留保しているが、読者側としては特に評価を差っ引かずに普通に読むしかない。

①小さい平均距離はナショナリズムを示すか?

数学的な性質と哲学的な解釈の対応付けについて、東はスケールフリー性がグローバリズムに、スモールワールド性がナショナリズムに対応するとしている。スケールフリー性はパレートの法則と概ね等価な資本主義の申し子であるから、それが経済的なグローバリズムに対応することは議論の余地なく正しいとして良いように思われる。よって検討すべきはスモールワールド性がナショナリズムに対応するかどうかだ。

スモールワールド性の二つの性質はナショナリズムと以下のように対応するとされている。

  1. 小さい平均距離について
    「一本の枝で結ばれたふたつの対等な頂点」「一対一で向かい合う対等な人間」「一対一のコミュニケーション」
  2. 大きいクラスター係数について
    国民国家の規律訓練は、クラスターの三角形を伝って頂点ひとつひとつに、つまり人間ひとりひとりに働きかける」

正直なところ、この辺はどうとでも解釈できるので賛成も反対もしにくい。例えば小さい平均距離を元にして訓練を捉えるならば(厳しい規律訓練ではなく)知り合いの知り合い同士の仲良しごっこかもしれないし、大きいクラスター係数を元にして対人コミュニケーションを捉えるならば(対等な人間同士ではなく)内輪で似通ったもの同士の同質でツーカーなコミュニケーションかもしれない。
とはいえ、現実のネットワークでスケールフリー性とスモールワールド性が成立していることは既に事実であるから、解釈が恣意的であることがモデル自体の妥当性を損なうことはない。実在するネットワークによる解釈を行おうというモチベーションからスタートしている以上、一意ではない解釈を挟むのもそこまで大きな問題はない。

ただ、直感的に言えば、「小さい距離」はナショナリズムよりはグローバリズムに対応させた方が妥当な気はする。地理的に遠く一見すると繋がりの無さそうな人でも実はネット等の人脈を通じてすぐに繋がれるというのは、まさしくグローバリズムの表現の一つではないだろうか。そしてそれにも関わらず依然として人々には近場で徒党を組む傾向がある、つまりナショナリズムが共存している様子が「大きいクラスター係数」に現れているというのが、最も安直なスモールワールド性の解釈のように思われる。実際、その後の対応においても規律権力との対応が語られるのは「大きいクラスター係数」だけで、「小さい平均距離」の方は近代的主体っぽいイメージを一度作ってからは放置気味だ。

総じてスモールワールド性とスケールフリー性という対置にこだわらず、グローバリズムが「スケールフリー性&小さい平均距離」、ナショナリズムが「大きいクラスター係数」に対応しているとした方が説得力があるような気もする。
ネットワーク理論での便宜的な呼称に引き摺られているのかもしれないが、数学的な生起状況を考えても、スモールワールド性自体に「小さい距離であるにも関わらず大きいクラスター係数」という逆接、二層構造的なニュアンスが元から含まれている。その二つは両立が稀で特殊な領域でのみ成立するからこそ注目されて呼称を持つのであり(例えばWSモデルで言えばパラメタpが大きすぎたり小さすぎたりしない特定の中間領域でのみ成り立つ)、個々の性質を切り分けて解釈するならば対置させても特に問題ない。

②ネットワークの性質は必然的ではない

数学的な必然性を語る以下の記述は概ね意味不明である。

もしそうだとすれば、国民国家と帝国の二層化は、数学的な必然で支えられた構造であることになる。人類社会がひとつのネットワークであるかぎり、そこには必ず、スモールワールドの秩序を基礎とした体制とスケールフリーの体制を基礎とした体勢が並びたつ。(p184)

「もしそうだとすれば」には「国民国家の秩序がスモールワールド性を活用し、帝国の秩序がスケールフリー性を活用するならば」というようなことが受けられているが、現実にスケールフリー性とスモールワールド性が存在することと、それが必然的であることは全く別のことだ。ネットワーク科学は必然性までは特に保証していない。

ネットワーク科学が主張しているのは「現在の人類社会をネットワークとして分析するとスモールワールド性とスケールフリー性という性質が出てきます」ということだけだ。スモールワールド性とスケールフリー性が両立していないネットワークはいくらでもあるし、現在両立しているからといって絶対に両立しなければいけない理由は特にない。「昨日収穫した林檎が赤かった」という報告は「未来永劫に林檎が赤いことは必然的だ」という主張を含意しない。そのレベルの話だ。

補足403:これは邪推だが、東自身が紹介しておりそのあたりに大風呂敷を広げるマーク・ブキャナンの一般書『歴史は「べき乗則」で動く』に感化されたのかもしれない。

補足404:指示詞の解釈を最大限好意的に取って「もしそうだとすれば」が「もしスモールワールド性を生成するWSモデルやスケールフリー性を生成するBAモデルのような機構が存在するならば」というような内容と考えるならばこの引用は概ね正しい。が、それはそれで「スモールワールド性を生成する機構が存在するならばスモールワールド性が存在する」というトートロジーを述べているに過ぎず、「数学的な必然」という言い回しにはやはり問題がある。それは数学的な必然ではなく文法的な必然である。

③つなぎかえは万能の特効薬ではない

東がソリューションとして提示する「つなぎかえ」について。
結論から言えば、第四章の終盤で東がソリューションとして提案する「再誤配の戦略」は少なくとも数学的に言えばあまり意味のある操作ではない。このアイデアはネットワークの生成モデルを援用した「神話」から生まれてきているのだが、その推論は概ね誤っている。
東自身も捏造した神話から現実の処方箋を取り出す論理展開が強引であることは自覚しており、「ネットワーク理論の論理的展開を、なかば強引に歴史的展開に置き換えて作った物語である」と気にしながら述べているが、要点はそこではない。仮に神話が実際の歴史的事実だったとしてもなお、神話から現実へのアナロジーは無効なのである。

実際のところ、俺は提示される神話自体には同意してもよいと思う。
散発的に作られていたクラスターが技術の発展に伴ってショートカットを得てスモールワールドネットワークとなり、資本の原理によってスケールフリーネットワークに行き着いたという描像にはそれなりに説得力がある(もし可能ならばそれを検証するのは恐らく数学ではなく社会学の仕事だろうが)。
そして、この神話モデルにおいて優先的選択が発生しないように押しとどめておけばスケールフリー性は生成しないというのも正しい。スケールフリー性を生成する操作を行わなければスケールフリー性が生まれないというのはほとんどトートロジーである。ただし一応注意すれば、これはつなぎかえの意義を積極的に主張するものではない。つなぎかえから優先的選択に移行するモデルにおいては、優先的選択を行わないということがつなぎかえを行うことと等価になってしまうというだけだ。

この留保を踏まえた上であれば、以下の神話に関する記述は概ね正しい。

僕が本書で提案する観光客、あるいは郵便的マルチチュードは、スモールワールドをスモールワールドたらしめた「つなぎかえ」あるいは誤配の操作を、スケールフリーの秩序に回収される手前で保持し続ける、抵抗の記憶の実践者になる。(p186)

問題はここから拡大解釈された以下の記述である。

だとすれば、ここでぼくたちは、グローバリズムへの抵抗の新たな場所を、(略)スモールワールドとスケールフリーを同時に生成する誤配の空間そのもののなかに位置づけることができるのではないだろうか。(p192)

二十一世紀の新たな抵抗は(略)誤配を演じ直すことを企てる。(p192)

つまり「再誤配の戦略」とは、神話において誤配(つなぎかえ)を行い続ければスケールフリー性が生じなかったという経験から、もう一度誤配をやり直せばスケールフリー性への抵抗になるのではないかという拡大解釈だが、これは二重の意味で誤っている。

まず第一に、先ほども注意した通り、神話においてつなぎかえを維持することでスケールフリー性が生まれなくなるのは「つなぎかえを行ったから」ではなく「優先的選択を行わなかったから」だからだ。たまたまこのモデルでは優先的選択を行わないこととつなぎかえを行うことがイコールになっているだけで、そもそも原因と結果が違う。

そして第二に、時間的な段階の違いがある。神話においてつなぎかえが劇的な効果を持ったのは、WSモデルが初期段階だったからである。つなぎかえはネットワークの平均距離が大きい状態においては極めて劇的に平均距離を減少させるが、その距離短縮効果は急速に漸減することが知られている。つまり効果的なのは最初だけで、既にスモールワールドであるネットワークで繰り返してもスモールワールド性への大局的な影響はほぼない。

このように操作の有効性がネットワークの状態に依存することは多く、操作そのものというよりは「その操作をいつどうやって行うのか」の方がネットワークの生成モデルにおいて本質的である。であるにも関わらず、つなぎかえという操作自体を数学的に意義深いものだと捉えてしまっているという点こそが、誤配をソリューションとすることの根本的な問題点であるように思われる。
つなぎかえ自体はシンプルな汎用操作に過ぎない。そもそもネットワークの操作など最初からリンクとノードの追加と削除で計2×2=4種類くらいしかなく、つなぎかえはそのうちリンクの削除と追加を行うだけだ。WSモデルが画期的だったのはつなぎかえを行ったことではなく、つなぎかえが劇的な効果をもたらす状況を提示したことだ。
実際、「つなぎかえでネットワークの性質を変える」と述べるだけでは何も言っていないに等しい。というのも、つなぎかえは任意の対象に対して任意の回数行うことで自由にネットワークを作り替えられるからだ(リンク数は保存されるが)。この意味では、理想的なつなぎかえがスケールフリー性を減じることがあるというのは事実ではある。ただし、それはチンパンジーシェイクスピアを書き上げるのを待っているのと大差がない。理論上は可能というのは当たり前で、厳密にどのような規則の下でつなぎかえを行えばスケールフリー性を減じられるのかを考えるところがスタート地点だ。
ちなみにBAモデルの発展として、ノードを除去したり老化の概念を組み込むことでスケールフリー性を失うことも含めた変化が起きるモデルは既に提案されており、つなぎかえについても適当な条件下でそうした性質の変化を起こすモデルを考案することは十分に考えられそうに思われる。

結局、つなぎかえを万能の特効薬だと妄信することは一度は追放したロマン主義の再雇用に他ならない。その残党と改めて決別し、数学の作法に従った具体的な手続きの中で泥臭くモデルを検証しない限り、つなぎかえが望む薬効を発揮することは永久にないだろう。

④ネットワーク(のクラス)と生成方法は一対一対応しない

これはわかった上で書かれていそうだし相対的に些細なポイントではあるが、一応神話の問題点をもう一つ指摘しておく。

一般的に言って、ある性質を持つネットワークを生成する方法は無数にある。ノードやリンクを足したり引いたりする操作を組み合わせて最終的に求めるネットワークが作れるならどう作ってもよいわけで、ネットワーク(のクラス)とその生成方法は一対一対応しない。
東はスモールワールドネットワークの生成方法はWSモデル、スケールフリーモデルの生成方法はBAモデルしか紹介しておらず、また、それらのみを用いてやや強引に哲学的な議論との接続を行っているが、実際には他のモデルも想定できる。スモールワールド性とスケールフリー性を併せ持つネットワークを生成するモデルもいくつかある(例えばHolme-Kimモデル、確率的な優先的選択)。
現時点での第一次近似としては誤りというほどではないが、生成にどのモデルを想定するかは「神話」の説得力にもダイレクトに関わるため論旨への影響がそこそこ大きい。ネットワーク理論に準拠した議論を進めるならば早晩きちんと詰めなければいけないポイントではある。

⑤東がやるべきことは?

やや批判的なことばかり書いてしまったが、東が二層構造を整合的にイメージできるようなモデルを求めるにあたって、一つのネットワークが一見すると相矛盾するような性質を併せ持てることに注目したのは素晴らしい着眼点だと思う。可能な限り明確な描像を求めて抽象的なイメージに終始してきたポストモダンを葬送しようとしている点も好ましく、彼が自負する通り、少なくともリゾームのような雑なイメージでの議論とは一線を画している。

ただし慧眼だったのはそこまででもある。彼自身も自覚しているように、やはり数学の議論には精彩を欠く。
まだ発展途上のアイデアに過ぎないことを差っ引くとしても、読んでいて不安になるのは、数学的主張を拡大解釈をする際に留保するポイントが少しズレているように思われることだ。東は読者への哲学的な説得力が失われるかどうかということばかりを気にしているが、数学的なアイデアを膨らませる際に気にすべきことはそこではない。批評が半ば露悪的に元の文脈を無視した読みを加えることはよくあるし、実際、他の章でもカントの思想やドストエフスキーの著作や家族概念は過剰に展開されて持論の糧になっているが、数学だけはそのノリで扱うべきではないのだ。

どんな提案を行うにせよ、数学において絶対に正しいのは解釈ではなく数式の方だ。よって、少しでも解釈を拡大したい場合は、必ず数式に戻らなければならない。例えば、ある数式的な分析Aから解釈Aが得られたとする。解釈Aを拡大解釈して、解釈Bが妥当であるように思われたとする。このとき次にやるのは解釈Bを分析Bとして数式に差し戻し、数式の世界でその妥当性を検証することだ。解釈Aと比べて解釈Bがどう思われるか気にすることではない。数学の表現を借用した文学をやるのではなく、真剣に数学的な裏付けが欲しいならば、拡大解釈を行った瞬間にまず心配すべきことは再モデリングと再検証が可能かどうかだ。

とはいえ、その作業は東の手にはとても負えないだろう(すぐ下で述べるように、東が数学に秀でているわけではないことは伝わってくる)。よって、数学的な誠実さを保ったままで二層構造をネットワークで説明するという慧眼を活かしきるためには、アイデアを数学の言葉でモデル化して分析する部分は数学者にアウトソーシングするしか道は残っていないように思われる。
言うまでもなくネットワーク理論を専門とする理系の人間は無数におり、彼らならば東がソリューションとして提示しようとした「どのようなつなぎかえがスケールフリー性を減じるか」という論点を定量的に解決できるだろうし、もうされているかもしれない。そうして得られた回答を哲学的イメージないし(非)政治的実践へと結び付けるのは数学者には出来ない仕事のはずだ。

きちんとした数学者の後ろ盾を得て、今度こそ真に数学を味方に付けた観光客の哲学の完成版を読むことを楽しみにしている。

数学的に怪しい記述について

致命的に本論に差し支えるほどではないが、少し引っかかった怪しい記述についてまとめておく。誤りというほどではない微妙な表現レベルのものも含む。

「それ(クラスター係数)は、あるネットワークにおいて、理論的に成立可能なクラスターのうち、実際にどれほどのクラスターが成立しているかを表す指標である」(p164)

微妙な表現。

素直に読むとまるでクラスター係数が「ネットワーク上で成立しているクラスターの数」を「ネットワーク上で成立するクラスターの最大数」で割って定義されるような気もしてしまうが、一般にはクラスター数とクラスター係数は対応しない。
確かにクラスター数が増えるとクラスター係数が大きくなる傾向はあるが、定義からただちに従うわけではないので、「実際にどれほどのクラスターが成立しているかを表す指標になる」くらいの表現に留めておいた方が適切ではある。
ただ、この直後の「数学的には、その任意の頂点について、それと接続するふたつの頂点がたがいに接続している確率の平均として定義される」という記述は厳密に正しい。

「三角形が高い密度で重なることで構成されている」(p164)

微妙な表現。
クラスター係数が大きいことは概ね三角形の個数が多いことに対応するが、「重なる」ことまでは要請しない。例えば全く重なっていない三角形が敷き詰められているようなネットワークでもクラスター係数は高くなる。「三角形が高い密度で集まる」くらいの方が適切ではある。

「それでは、なぜ人間社会は狭いのか。じつはこの特徴は、数学では長いあいだモデル化することができなかった」(p165)

前後の文脈込みでやや微妙な表現。
「小さい平均距離」自体はネットワーク科学で一番最初に検討されたERモデルですら勝手に現れる性質であり、モデル化自体は全く難しくない。あくまでも「大きなクラスター係数」との両立をモデル化するのが大変なだけである。

「乱数を生成してそれがある特定の数よりも大きかったならば~」(p169,★5脚注)

内容自体は正しいが、「確率pで」とだけ言えば済むところを乱数アルゴリズムで説明してしまうところに数学に対する不慣れさを感じる。これは「牛乳250ml」とだけ書けば済むところを「牛乳を計量カップの250mlの線に達するまで注ぎ……」と説明するようなもので、あまり本質的ではない冗長な説明。

「ここで『確率』『つなぎかえ』『近道』といった言葉には、じつはそれぞれ数学的に厳密な定義がある。」(p169)

これ自体は正しいし親切な注釈だが、実は数学的に厳密な定義があることを注意する対象に「確率」まで含んでいるのはどういうニュアンスなのか少し気になる。確率が数学的に厳密な定義を持たないと思っている読者もいると想定しているのだろうか?

「スモールワールドグラフやランダムグラフでは次数分布は必ず偏る」(p170~171)

この段落の記述はほとんど誤っている。恐らく東は以下の3種類の異なる「偏り」を混同している。

  1. それぞれのノードが持つ次数が同一ではないこと
    図3aのグラフは偏っておらず図3bや図3cのグラフが偏っていると述べられるときの偏りの意味。
    この意味で、つまり各ノードが持つ枝数が均等ではないことを指して「次数が一様に分布していない」と表現されているが、数学的な言い回しとしては完全な誤り。
    文脈にもよるが、少なくとも統計的な話題における「分布」は確実に確率分布を指す。「一様な分布」とはむしろあらゆる状態が完全にランダムに生成されるような分布を指してしまう(ちなみにランダムネットワークの次数分布は一様分布ではなくポアソン分布に従うことに注意)。どうしても分布という言葉で表現したければ「それぞれのノードが持つ次数が同一であるような点が特異点になっているクロネッカーデルタ関数型の分布」あたりが妥当。
  2. 確率変数の実現値が変動を含むこと
    「スモールワールドグラフやランダムグラフでは次数分布は必ず偏る」という記述は1の意味では解釈できない。というのも、1の意味においてランダムグラフは「必ず偏る」とまでは言い切れないからだ。ランダムグラフは理論上は一応あらゆるグラフを生成できるので、運が良ければ各ノードが持つ次数が同一であるようなネットワークを生成することも有り得る。
    この記述を真とできるように最大限好意的に解釈するならば、確率変数の実現値に振れ幅があることを指していると考えられる。この意味では、偏っていないグラフとはクロネッカーデルタ関数のように一通りの実現値しかない確率分布によって生成されるようなグラフを指すだろう。それと比べるとスモールワールドグラフやランダムグラフの次数分布は様々な実現値が裾のように広がっているため、その変動を含むという意味で実現値が偏るというのは一応は正しい。
    とはいえ、この意味で分布が偏ると表現することは通常ない。何故ならばこれは(相当に特異な関数を除けば)確率変数全般に対して言えることであり、統計的な話題である時点でほとんど自明だからだ。
  3. 確率分布の形状が偏っていること
    一般的に「スケールフリー・ネットワークが偏っている」と述べる場合はこの意味である。実現値ではなくその背後にある確率分布の形状が他の分布とは著しく異なるというニュアンスにおいて、確かにべき乗分布は偏っている。
    ただ、この意味でスモールワールドグラフやランダムグラフは次数分布が偏っているとは通常は表現されない。むしろスモールワールドグラフやランダムグラフは次数分布が典型的な値を持つという意味で「偏っていない」ために平等なネットワークである一方、スケールフリー・ネットワークの次数分布は典型的な値を持たないために「偏っている」ところにその真価がある(そのことは東が紹介している『新ネットワーク思考』でもバラバシが散々強調していたはずだが)。

恐らく東は3の意味でスケールフリー・ネットワークが偏っていると表現する文章を読んだのだが、確率分布の扱いに習熟していなかったために日常的な用法を混入させてしまい、1や2の意味での記述をしてしまったように思われる。

ワッツたちのモデルでは枝に方向性がなかったが、バラバシたちのモデルでは枝に方向性が生まれることになった。(p173)

ほとんど完全な誤り。
BAモデルにおける「優先的選択」はノードが方向を持つことまでは含意していない。有向ネットワークでも無向ネットワークでも使えるし、どちらかといえば無向ネットワークの方が基礎的である。そもそも成長における優先的選択とは新規参入ノードが結合するノードを選ぶ際の確率の指定でしかなく、そこに方向性を読み取る解釈はドデカい飛躍を含んでいる。
一応、インターネットは有向ネットワークでもあるため(無向ネットワークとして分析されることも多い)、インターネットに限って言えば優先的選択に伴ってノードが方向性を持つという解釈は必ずしも誤りではない。とはいえ、一般的なBAモデルにおいて優先的選択という概念にそのまま方向性の概念を紐づける議論には大きな問題がある。
なお、文学的な表現ないしは哲学的な含意という可能性もあるが、いずれにせよネットワークの議論で「方向性」と言えば確実に有向性を指すため、非常に混乱を招く表現であることには変わりがない。

「ネットワーク理論は、全体の次数分布にのみ関わり、頂点の固有性には関知しない」(p178)

やや微妙な表現。
各頂点に固有の適応度(強さみたいなもの)を割り振ったモデル自体は普通に存在するし研究もされている(ビアンコーニ・バラバシ・モデル)。
とはいえそれは応用における話であって、ネットワーク科学の基本理念としては色々な特徴を持つ対象の固有性を一旦取り去ってノードとして匿名化するのは確かである。また、適応度の議論にしてもそれぞれの固有性というよりは全体の適応度分布で考えるのが標準なので、誤りというほどではない。

「富の偏りは、一部の富めるものがつくるのではなく、ネットワークの参加者ひとりひとりの選択が自然に、しかも偶然に基づいてつくりだしていくのだ。それが、バラバシたちの発見の教えである。」(p178)

微妙な表現。
最後の一文さえなければ許容できるが、「バラバシたちの発見の教え」というのは明らかに言い過ぎ(東の拡大解釈に過ぎない記述で数学者の名前を出して権威付けを図っているような箇所は他にもいくつか散見される)。
というのも、BAモデルにおいて偶然性が作用するのは、完全にフラットな初期配置から始めた場合に最初にたまたま誰が抜け出すのが分からないという局面に限られるからだ。それは初期配置依存であり、厳密に言えばBAモデルは初期配置までは指定していない。
最初からある程度偏りのある状況からスタートすればむしろほとんど偶然の余地なく先行者利益で古参が膨らんでいく過程になるし、偶然性がBAモデルの本質であるかのような解釈には疑問が残る。

「二一世紀のネットワーク理論では、むしろ木と格子が対置されている。」(p180)

微妙な表現。
確かに増田直紀の書籍では一般向けにわかりやすくそのような対置がなされている節はあるが、「二一世紀のネットワーク理論では」という前置きは言い過ぎ。
どちらも極端な事例としてたまに引っ張り出されてくるメルクマールではあるが、現実のネットワークからは程遠いため、そもそもそこまで重要な理論対象ではない(理念的なモデルの一つくらい)。また、必ずしも性質的に対極にあるというわけでもなく、例えば次数分布に関してはむしろこの二つは似通ったモデルである。

21/12/14 複雑ネットワーク科学入門書籍の感想

複雑ネットワーク科学

ここ2週間でネットワーク科学をザッと勉強したのでまとめておく。勉強する羽目になった経緯と結果は後日サイゼミの記事に書く。

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概ね難易度順。ネットワーク科学はかなり新しい分野でここ20年くらいの発展が著しいので出版年も書いておいた(訳書の場合は原著も)。理論を解説する記事ではないので気になった人は適当なやつを自分で読んでください。

①増田直紀、今野紀雄『「複雑ネットワーク」とは何か』

2006年出版、誰でも簡単に読めるレベルの入門書。

ブルーバックスらしい実に平易な書き口で初手から読むのには圧倒的にオススメできる。学術的な経緯よりも身の周りの事例ベースで紹介されているが、理論的に重要なネットワークの性質がそれぞれ事例とどのように対応しているかという核心がきっちり体系的にまとめられているのが嬉しいところ。
もともとネットワーク科学はいまやインターネットのみならず経営学神経科学に至るまで極めて広範な分野にまたがる学際的な理論だが、そうは言っても学術的な文脈で提出される限りは結局敷居が高く感じるものだ。その点、この本がネットワーク科学の入口として選ぶ宴会ゲームやネズミ講は実に馴染み深く真に裾の広さを教えてくれる。

補足400:ただこの本に限ったことでもないが、数式が出てこないレベルのネットワーク科学の啓蒙書では数学的な厳密さが犠牲にされがちな点には注意。正確な定義については勝手に推測せずに数学書を読んだ方が安全だ。これは著者が悪いわけではない。ネットワークという理論的な対象自体がそこそこ複雑なために、厳密な定義は期待値などを含むそこそこ面倒な数式になる傾向があり、そのニュアンスを文章で漏らさず記述するのは難しいのだ。例えばこの本でもクラスター係数の説明は特にかなり微妙である。「ネットワーク全体の三角形を数えて、最も多いときを1、最も少ないときを0とするように調整して、クラスター係数を定義する」という記述を素直に読むと、まるでネットワークにおける三角形の数によってクラスター係数が定義されるように読めるが、一般には三角形の数とクラスター係数は対応しない(三角形の数が一致していてもクラスター係数が一致しないことは有り得る)。

 

②増田直紀『私たちはどうつながっているのか』

2007年出版、こちらも誰でも簡単に読めるレベル。

前年に出た①と同じ著者が出版社を変えて焼き直した本であり、内容のほとんどが重複していると言っても過言ではない。実質的な内容の差異としてこちらにしか書いてない話は中心性に関する議論くらいしかないはずだ。強いて言えばこちらの方が若干理論寄りなのと、タイトル通りネットワークの対象を主に人間関係に限定していることが挙げられる。
どちらかと言えば①の方がお勧めではあるが、誤差なので両方読めばよい。①を読んだあとなら20分もあれば読める。

 

③マーク・ブキャナン『歴史は「べき乗則」で動く』

日本語訳は2009年、原著は2000年。概ね誰でも読める難易度のキャッチーな一般書だが、物理学について多少の教養があった方が理解はしやすい。

補足401:とはいえ厳密に物理の議論をしているわけでは全くなく、物理系とそれ以外のアナロジーを展開するだけなので、物理学の知識があったところで結局類推以上には何を言っているのかはよくわからないという説もある。

一見すると挑戦的なタイトルですらまだ自重したものであり、歴史や絶滅や戦争のみならず自然災害や金融危機に至るまで全てネットワーク科学におけるべき乗則という普遍法則で説明できるとする大風呂敷を広げる本。一応著者は物理学の博士号を取得しているが、職業学者ではなくサイエンスライターとしての本であることは頭の片隅に置いておいた方がいい。つまりこれはアカデミックな主張ではなく大衆向けの思考実験である。

歴史と絶滅と戦争と自然災害と金融危機が同根であることを主張する理路をざっくりまとめると以下のような感じになっている。

①歴史と絶滅と戦争と自然災害と金融危機はいずれも予測不可能な現象である
②この予測不可能性は現象の規模がべき乗則に従うことから示せる(べき乗則に従う事象は典型的な値を持たないため予測不能
べき乗則は物理的にはあらゆるスケールで同等の物理法則が成立する臨界状態において観測される
④臨界状態は特定の性質を持つ相互作用を含む系でさえあれば具体的な対象によらず普遍的なクラスとして発生することが知られている
⑤歴史と絶滅と戦争と自然災害と金融危機も特定の性質を持つ相互作用を含む系で発生する現象であるから、臨界状態においてべき乗則に従って生起した結果、予測不可能であるものと考えられる

あまりにもスケールの違う分野を横断しすぎているために何を示せばこの論理が正当であると立証できるのかはよくわからないが、話としてはかなり面白い。脳内で実証主義者が喚く声に対しては一旦耳を塞ぐことにして、彼と反目しているところの文学的な感性にとってはそれなりに有益なアイデアである。

というのも、この本の主張するところによれば、いわゆる予測不可能な事象に対しては「ほとんど無限に近い値を動く一様分布だから=全くランダムに生起しているから」という見方だけではなく、「べき乗則に従う裾の長い分布だから=典型的な値を持たないようなやり方で生起しているから」という見方が可能であるし、実際それは真実であるように思われるからだ。べき乗則においては規模の小さい事象の方が起こりやすいという明確な傾向性があるにも関わらず、それは依然として予測不可能なのである(これ以上の詳説は本の引き写しになってしまうので気になったら自分で読んで頂きたい)。
恐らく、ランダムに生起する事象群やべき乗則に従う事象群は、予測不可能な事象群の部分集合である。言い換えれば、予想不可能な事象クラスなるものがまず存在し、その中にいくつか性質の異なる下位クラスが含まれているように思われる(その中には決定論的な世界観において「外乱に対して出力があまりにも敏感に反応するから」という俗な意味でのいわゆるカオスも含まれるだろう)。この知見はいつか何かについて本当に決定的な気付きを俺にもたらすような予感があるが、今はまだそのときではないようだ。

 

④ダンカン・ワッツ『スモールワールド・ネットワーク』

2016年出版だがこれは増補改訂新版。旧版は2004年、原著は2003年。一応は一般向けで数式こそ出てこないものの、質・量共に重めでやや難解なので初手から入るのはお勧めしない。

スモールワールド・ネットワークを発明した研究者本人が著者ながら、文章が抜群に上手いのでかなり面白い本。当事者の視点で理論的な発展を概観しつつ、半分はエッセーの入った自著伝としても楽しめる。例えば次数分布が正規分布に従うかどうかを確認しなかったことを後悔するこの一文はかなり熱い。

われわれは重大な間違いを一つおかしていた。確認をしなかったのだ! (略)ものの半時間もあれば確認できたのに、われわれは確認しなかったのである。

一般的な史実としては「スモールワールド・ネットワークの発見者はワッツ、スケールフリー・ネットワークの発見者はバラバシ」ということになっているが、ワッツ自身が語るところによれば、半時間の確認を怠っていなければスケールフリー・ネットワークの発見者もワッツだったのである。
他にも、現在はWSモデルとして知られているスモールワールド・ネットワークの最も典型的なモデルは本人的には「ベータモデル」であって、前身として「アルファモデル」があった話なども面白い。ただ教科書を読むよりも臨場感のあるエピソード込みで理論の発展を追うことができる。

さて、スモールワールド・ネットワークにせよスケールフリー・ネットワークにせよ、ワッツは一般に巨大な系における探索問題に対して社会的な文脈を導入しての解決を試みたことで数学から社会学へと転向したようだ。ただ、前半の数理モデル形成では彼自身の活き活きとした足跡が語られるのに対して、後半で社会的な話題になった途端に筆の勢いが落ちて散発的な一般論に終始しているようにも思われる。

補足402:ちなみに後のバラバシの説明(⑦)を読む限りでは、スケールフリー・ネットワークに関しては局所的な情報からでも生成可能であり、必ずしもネットワーク全体を探索する必要はないという結論が出ているように思われる。

この違和感については訳者あとがきで手厳しく指摘されていた。訳者曰く「社会学者としての彼は、数学者・物理学者としての彼よりも凡庸に思える」「各分野の教科書レベルの理解と時事問題の列挙というスタイルは、やや辟易してしまう」とのことである。
訳者の辻氏はワッツに対してやたら厳しく、謎の戦闘体勢はこの本のもう一つの見どころになっている。あとがきだけではなく訳注でも明らかに注意を超えた警告が入っており、ワッツが提出したソリューションに対して「次節で述べられる所属関係ネットワークという概念は至極当たり前」「訳者にとっては、(略)非常に大仰で、それ自体が滑稽に思える」とまでこき下ろしているのがかなり笑える。
極めつけに、あとがきによると「二度三度と彼(ワッツ)に日本語版への序文を書いてもらうように依頼したが(略)結局書いてもらえなかった」らしい。険悪で草。

 

アルバート・ラズロ・バラバシ『新ネットワーク思考』

2002年出版、原著も2002年。難易度は④と同じか若干簡単なくらい。

こちらもスケールフリー・ネットワークの発明者で知られるバラバシ本人の著。ワッツの④に比べると研究者が書いたにしてはところどころ他人事めいていて良くも悪くもこなれている印象を受け、バラバシが学生時代にサイエンスライターをやっていた経歴があるというのにも納得がいく。内容も一般的な解釈から逸脱しないスタンダードなものであり、パイオニアらしい古典の類に入ってくる。

ワッツが④で日本企業組織論などに脱線して中途半端な社会学を訳者に突っ込まれていたのに比べると、こちらは具体的な題材としては当時の変革著しいインターネットに深く言及している。
2002年の本であるから、WWWに関する記述は20年前の認識を伝える時事的なものとしても面白く読める。例えば、当時はウェブリンクを辿る検索エンジンクローラーがウェブページの1/3程度しかカバーできていないことが失望と共に語られているが、今の感覚からすると1/3カバーしているというのは驚異的な数値であるように思われる。それが事実かどうかはともかくとして、通常の検索手段で到達できる表層ウェブはネット全体の1%にも満たないということは一度は聞いたことがあるだろう。バラバシがWWWの全体をカバーすることは不可能だと嘆きを込めて語るとき、それが非自明であるということ自体が一つの主張ですらある。
また、20年前の時点で既にネットが分断を招くことが懸念されており、そのまま「断片化するウェブ」という章が設けられているのも興味深い。もっとも、彼が言うネットの不平等性とはいわゆるパレートの法則とほぼ等価であり、必ずしも現代的なインターネット特有のポピュリズムを原因としているわけではない。とはいえ、バラバシが当時どのような理由で「ウェブには民主主義など微塵もない」とまで断言したのかは一読の価値があり、また、ネットにおける民主主義に対して悲観的な論客としてキャス・サステインを引用するあたり、ネットワーク科学はその黎明期からインターネットの連帯に対しては冷ややかな目線を浴びせていたことが伺える。

そして911直後にテロ組織の恐ろしさについてネットワーク科学者の見地から論じる記述には光るものがある。ちなみに911については④でワッツは復興で活躍した人々の組織的繋がりをネットワークと捉えていたのに対し、バラバシはテロリストの繋がりをネットワークと捉えて論じるという対比が面白い。
テロ組織を「クモのいないクモの巣」と表現するバラバシの指摘は、東浩紀が15年後に『観光客の哲学』で「ふまじめ」な敵として位置付ける現代テロリズムの脅威を完全に先取りしていると言っても過言ではない。バラバシはイデオロギーを欠いて自然発生するテロリズムについてネットワークの特性に照らしてその頑健性を危惧しており、リーダーを討伐するだけでは全く有効ではないこと、社会的経済的政治的アプローチで自己組織化を止めなければテロリストとの戦争は終わらないことを数理的立場から正しく予見しているのである(ビンラディンの殺害は2011年である)。

 

⑥増田直紀、今野紀雄『複雑ネットワーク:基礎から応用まで』

2010年出版。①②を著したペアが書いた本だが、こちらは数学書数学書としては平易な方だが、最低でも理系大学前期レベルの教養がなければ歯が立たないので注意。

内容はかなり基礎的であり、啓蒙書でざっくり述べられているようなネットワーク科学における諸定義や性質やモデルを数式できちんと説明している以上のものではない。記述はそれなりに親切であり、やや技巧的な証明については飛ばしてもいいマークがついているのが嬉しいところ。

数学的な厳密さにはそれほど関心がなかったとしても、二章くらいまでは目を通しておいた方が良いかもしれない。補足400でも言及したように、ネットワークにおける諸特徴量の定義や扱いはそれなりに厄介であることが理解できるからだ。というのも、理論対象であるところのネットワークは静的で決定論的なものではなく動的で統計的なものであるため、油断するとすぐに微分や期待値が登場してきてしまうのだ。また、次数相関など、直観的なイメージは何となく浮かぶ割には厳密な定義がしんどい特徴量もあり、数式的な定義にも一度は目を通しておいて損はしない。

 

⑦バラバシ・アルバート・ラズロ『ネットワーク科学』

デカくてバカ高い(30センチ、そして10000円)。個人で所有するというよりは研究室の棚に一冊置いてあるタイプの本。⑥と同様、数学書の中では平易な方だが、数学の基礎が無ければ通読は難しい。

大学専門課程におけるスタンダード教科書として使う想定で大勢の人々が頑張って作った教育的な書籍であり、装丁にも気合が入っていてフルカラーで図やグラフがふんだんに使われている。
この手の教科書にしてはかなり実例志向であり、ネットワークにおける定理や性質を紹介するたびにそれが現実においてどのような現象に対応していてこれがわかると何が嬉しいのかみたいなことをきちんと図や写真も付けて説明してくれるのがありがたいところ。ネットワーク科学自体が様々な分野にまたがる学際的な性質を持っていることもあって、飽きずに読み進めることができる。
取り上げているトピックも⑥よりも若干広く、次数相関や頑健性についてはこちらでのみ深く取り上げられている。一応⑥でのみ論じられている話題としては同期現象や進化ゲームがあるが、ネットワークの性質に関する議論としてこちらの方がより基礎的であるように思われる。

高いだけあって非の打ちどころがないというか、入手できるならば数理レベルでの入門書としては概ね⑥の上位互換であり、ベストな選択肢と言える。

21/12/4 2021年買ってよかったもの

my new gears...

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★★★★★:これ無しではいられない
★★★★☆:常にあるとよい
★★★☆☆:あると便利
★★☆☆☆:なくてもいいがあってもいい
★☆☆☆☆:不要品

書見台:★★★★★

本をこの上に置いてページを開いた状態で固定できる台。両手が塞がったまま読むのに使う。
一番よく使うのは食事中。これでページを抑えておけばナイフとフォークでステーキを食いながらでも本が読める。今までは食事中に本を読みたいときは片手で食えるサンドイッチしか食べられなかったり、片手で開きやすいサイズか綴じ方の本しか読めなかったりという煩わしい制約があったが、これ一台でその全てから解放された。他にも本の内容を見ながらレジュメを作るときなどにも重宝する。技術書を読みながらコーディングしたいエンジニアの人とかにもお勧めできる。

欠点はわりと強く紙を抑えるので、しばらく置いておくだけで本に開き目が付いてしまうこと。俺は基本図書館で借りた本しか読まないので構わないが、高額で大事にしたい本を読むのには向かない。
また、紙書籍にこだわるなら書見台は必須というだけで、いまどき電子書籍をモニターに映す方が手っ取り早いという説もある。両手が塞がっていても足元に踏みEnterキーを置くとかやりようはいくらでもありそう。

 

肩掛け用スマホケース:★★★★☆

今使っているスマホケース。女性向けに「肩掛け用スマホケース」という商品ジャンルが存在し、これが定期券等のカード類を安全に持ち歩くのに重宝する(別に肩にはかけないので肩掛け紐は取り外している)。

大抵のスマホケースについているカードポケットは単にカードを縦に差し込むだけだ。使っているうちにポケットが緩くなってきて、スマホを振ったり逆さにしたりしたときにカードがすっぽ抜ける事故が発生する。俺はそれで一度Suicaを紛失した。

補足399:ただし実はSuicaはたった2000円でチャージ金額込みで再発行できる。もしスマホケースに入れるカードがSuicaだけであれば、2000円を払う覚悟だけ固めておけば別に失くしても構わないという考え方もある。

しかし肩掛け用ケースは肩にかけて持ち歩くことを想定しているが故に、ケースに入れたカード類が絶対に飛び出さないように工夫されている。カードが折り畳まれたポケットの中に入り、かつ、磁石ではなくかなり硬いボタンで止まっており、かつ、カードポケットが内側を向いているためにどれだけ振り回しても物理的にカードが落ちることはない。
反面、あまりにも収納が厳重なので頻繁に出し入れするカードを持ち歩くのには向かない。取り出さずに非接触で使うカードや、いざというしか使わないカードを入れるのが望ましい。

 

ゲオ 完全ワイヤレスANCイヤホン:★★★★☆

ゲオで見かけて安かったので購入。
ワイヤレスイヤホンを使うのは初めてだったが、コードの紐から解放されるのは予想以上に良かった。有線イヤホンを使っているときはそんなに不便に感じた記憶はないが、一度ワイヤレスイヤホンを使うと有線イヤホンを使っていたのがバカみたいに思えてくるタイプのアイテム。特に今はマスク社会なのでマスクの紐と絡まったりしないのも嬉しい。
初体験のANC機能とかいうやつも確かに周囲の雑音を劇的に軽減してくれていた。しばらくANCを使ってからイヤホンを外すと周りがうるさすぎて驚く。

しかしAmazon評価ではゴミ扱いであり、ワイヤレスANCイヤホン界では最底辺品質らしい。俺はワイヤレスイヤホンにもANCイヤホンにもこれで初めて触れたので、比較対象がないために満足しているだけというのが真相のようだ。
確かに、三時間くらいで充電が切れるので結局保険として有線イヤホンも持ち歩かないといけなかったり、ANC機能を使っている間は周囲の雑音が聞こえなくなる代わりに「サーッ」という小さい砂嵐のような音が鳴り続けていたりと妙に不便な気配はあった。とはいえ俺がそれらの欠点を「そういうものなのだろう」で済ませていたことからもわかるように、目が肥えることと満足度が下がることは裏表である。よってしばらくはあえて上位製品を買わずにこの低品質イヤホンで粘ろうと思う。

 

モバイルバッテリーAC充電器一体型:★★★★☆

よくあるモバイルバッテリーかと思いきや、本体にコンセントが生えていて直接壁にぶっさして充電器としても使えるというのが非常に重要。

もともと俺は持ち歩く用のモバイルバッテリーを持ってはいたのだが、「使うたびに家出充電して充電が溜まったら鞄に戻す」という運用は難しかった。いざ必要になったとき充電し直すのを忘れていたり、充電したあとに鞄に戻すのを忘れていたりして結局使い物にならないのである。

だが、「モバイルバッテリーが難しすぎて使えない」という悩みはこの充電器一体型タイプのモバイルバッテリーを二台買うことで完全に解決する(二台をそれぞれAとBとする)。
まずAは充電しておいてモバイルバッテリーとして持ち歩き、Bは家のコンセントに差して普通に自宅用充電器として使う。出先でスマホの充電が切れてAのバッテリーを使って家に帰ってきたとき、コンセントからBを抜いて鞄に放り込み、代わりにAをコンセントに差して充電器として入れ替える。これで鞄にはフルチャージされたモバイルバッテリーとしてのBが入り、Aは充電器として使いつつチャージされる。次の日にBを使い終わったらまたAとBを入れ替えればよい。充電器とモバイルバッテリーを切り替えて使うことで充電の管理から解放されるわけだ。

また、「本体を直接コンセントにブッ差せる」というのも大きい。巷のシャバいモバイルバッテリーは再充電時にもケーブルやらコンセントUSB変換素子やらの併用が前提になっており、いざ再充電しようとしたら周辺機器を繋ぐのが面倒だったり持っていなかったりして結局使えない事態が頻発する。このバッテリーならば直でいけるのでそういう煩わしさがない。

あと顔が描いてあるのも可愛くて高得点。俺は勝手にペンで描き足してジバニャンモデルにしているが、ピカチュウにしてもケロちゃんにしてもよい。

 

長財布:★★★★☆

大容量の財布が欲しかったので購入。

今まではずっと二つ折りの財布を使ってきていたのだが、経年劣化でポケットがガバガバになってしまいカードが飛び出しまくる事故が多発していた。また、俺はレシートを全て保存しているため、受け取った大量のレシートが財布に入りきらずにパンパンになるのも悩みの種だった。

だがファスナー付きの長財布なら絶対にカードが飛び出さないしレシートを入れてもゆったり使えて全ての問題が解決した。でかくてポケットに入らないという不便さはあるものの、でかいのは織り込み済みで購入しているので不満はない。

機能的にはこれと同じなのでどっちにするか結構悩んだが、さすがにキツくて日和ってしまった。心が強くなったらSimon Creativeバージョンを使いたい。

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HitBOX:★★★★☆

GGSTを始めるときに購入。今から格ゲー始めるならhitBOX以外有り得ないという有識者の意見を信じた。格ゲーをする可能性がある限りは必要なので要るとか要らないとかいう感じでもない、インフラ枠。

もともとレバーのアケコン(HORIのRAP2)を持っていたが、そちらはPS2でしか使えない時代の遺物なので入れ替えで売却。もともとレバーで大してやり込んでいたわけでもないためhitBOXでも特に不便なく操作できている。

 

Fire HD 10:★★★★☆

電子漫画読む用に購入。
例のDMM70%オフセールのときに漫画を100冊購入したのだが、スマホで読むには画面が小さく、PCで読むには体勢が悪く、Kindleで読むにはAmazon以外の購入元に対応しておらず、どれも一長一短という感じだった。FireHD10であれば大画面で寝ころびながらDMMアプリから読める。15000円程度とタブレットにしてはかなり安価であり、スペックは値段相応らしいが、漫画を読むだけなら表示や操作性に不便は感じない。

個人的には8インチで漫画を読むのはかなりキツイので10インチを強くお勧めする。スマホでの閲覧を想定してコマ割りを行うWeb漫画とは異なり、紙媒体で出ている漫画は見開き前提でのコマ割りも多い。Web漫画以外も読みたいなら横向きの見開きで使用できることはマストだと思う。

これを機に漫画の新刊購入は電子とレンタルにシフトして家から物理漫画を一掃したいところだ。

 

バイブレーションタイマー:★★★★☆

音ではなく振動タイプのタイマー、無音で時間を測れる。会社とか図書館で普通のタイマーを鳴らすのはうるさいので購入。俺は日常的にタイマーを使用する方なのでどこでも使えるのは重宝する。

タイマーが一台あると脳にメモリを外付けで一つ増やせる。「少し後に思い出したいが、それまでは覚えておく必要はない」という用事は割とよくある。例えば20分後にMTGがあるとか、5分後にコンパイルが終わるとか、40分後に何かがWeb上で更新されるとか、15分後には出かけないといけないとか。そういうときはすぐに時間をタイマーに入力してスタートを押し、その用事のことは完全に忘れる。タイマーが作動したときに「いま何らかの用事がある」というメッセージが過去の自分から伝わってくるので、そのとき改めて何を思い出せばいいのかを思い出せばよい。
つまりタイマーに想起を託すことによって一時的に脳からタスクを一つ追放できるため、その分だけ頭が軽くなって他の考え事にパワーを回しやすくなる。マルチタスクの必需品である。

 

アイマスク:★★★☆☆

なんか寝れなかったとき買った。無いよりはある方がいいが、一瞬で寝落ちできるみたいな劇的な改善があるわけではないので気持ち程度のグッズではある。

これがあると目を開けていても目を開けていない扱いになるのが気持ち的に楽。マジで眠くないときは瞼を閉じるのにも労力を感じるのだが、アイマスクをしていれば閉じていても開いていても闇なのでそこが気にならなくなる。

 

ジェットストリーム 4&1 0.38:★★★☆☆

水性1色ボールペンを長らく愛用してきたが、大雨に降られたときに「水性ペンは滲む」という欠点に気付いたのと、青黒赤を3本それぞれ持ち歩くのが普通に面倒なことに気付いたので買い替えた。

昔は4色ボールペンと言うとデブデブしてダサいデザインのやつしかなかったが、そこそこ細くてスマートな製品も出るようになっているのは時代を感じる。とはいえ水性ペンと比べて油性ペンの書き味が悪くて掠れやすいのは相変わらず。改善への期待を込めて星3つとさせて頂きます。

 

N95マスク:★★★☆☆

コロナ禍が全盛を迎えていた今年8月に購入。感染予防アイテムというよりは精神防衛アイテムという方が近い。

当時は頭がバグって世界認識が壊れてリスク見積もり能力が破綻し、家から一歩でも出ると感染するという妄想に囚われていた。パニック発作で酸欠になるくらい精神的に追い詰められており、ひと月間は玄関を決して跨がなかったのだが、唯一の例外がワクチン接種である。病院までは誰とも会わないように車で行くとして、問題は街中から人々が集まってくる病院内だ。無防備で行くと感染しなかろうが精神の方が壊れる(いよいよ何らかの病名が付く精神疾患を発症する)ことが目に見えていたので最強のマスクを装備することで防衛した。
俺は幸いにも今までにも何度か精神を壊しているおかげで異常思考の展開パターンと精神の守り方を把握できたが、そうでない場合は普通に陰謀論者になっていた可能性が高い。

医療関係者の友人から「それ感染病棟の人の装備だね」というお墨付きを頂いたこともあり、無事精神が壊れることなく8月を乗り切ることができた(感染もしなかった)。ちなみに当然ながら感染対策効果は目に見えるものではないので、精神を守る以上の効果があったかどうかは体感としては特にわからない。

使用感としては感染病棟で使われている(らしい)だけあって防御の硬さは通常のマスクとは比較にならない。隙間を密閉するので呼吸しにくいし鼻も痛く、一度これを装備して自転車を漕いで街に出たら呼吸できなさすぎて死にかけた。普段使いできるものではないが、マジでリスクの高い場所に行くときやマジで頭がイカれてきたときの切り札として数枚持っておいても損はしない。

 

BASE BREAD:★★★☆☆

本来はダイエットとか時短に使うやつらしいが、これもコロナから精神を守る用途で購入。
8月の終盤には(頭の)症状が更に悪化し家だけではなく部屋から出るとコロナに感染するという妄想が出現したため、なるべく部屋から出ずに食事を済ませるために完全食を一週間分買い込んだ(水も一ケース購入した)。部屋から出られないセルフ軟禁状態だったので一週間本当にこれと水しか口にできなかった。

味はプレーンだけが有り得ないくらい不味く、酸っぱい上に変なアルコール臭がするが、他はなかなかうまい。やたらずっしりしていて噛み応えがあることも含め食事としての満足度はそれなりに高い。
完全食は保存食ではないため賞味期限は短めで常食しない限りは常備することはできないが、一度くらいは一週間これだけ食う暮らしをしてBASE BREAD生活という選択肢を把握しておくことはお勧めできる。食事準備が面倒すぎるときやダイエットしたいときや部屋から出られない妄想に囚われたときなど、いざというときにとりあえずBASE BREADを1週間分頼めばなんとかなるということを身体で知っておく価値は高い。

 

感染予防アイグラス:★★☆☆☆

N95マスクと同時にコロナから精神を守るために購入。

マスクと比べて感染防止効果があるのかどうかよくわからず、精神防衛効果も微妙なところ。普通に隙間だらけでウィルスを素通ししてそうな気がするし、短期的に目を守りたいだけなら物理的に密閉できる水泳ゴーグルを付けた方が確実な気がする。

 

養命酒:★★☆☆☆

Twitterで寝れるとか疲れが取れるとかやたら推されていたので買ったが、全然効かなかったのでたぶん全部ステマ。そもそもが色々ボロボロになってる人に効くやつであって毎日筋トレしてる人が使っても大した意味はないらしい。
味は薬品味がすごいが、もともとアルコール自体がかなり薬品味なので巷で言われているほど不味くはない。美味くはないが飲めないほど不味くもなく、なんか気が向いたとき適当に飲むだけの酒になっている。

 

Echo Show 5:★★☆☆☆

いつかのセールで安かったので目的もなく買ってみたが使い方がわからない。電子機器を使いたい用事があれば、アレクサに話しかけるよりPCかスマホを触る方が確実で早い。
画面が光って時刻を表示してくれるのは便利なので、今のところ高級デジタル時計として部屋の隅で職務を果たしている。

 

ジェットストリームエッジ 0.28:★☆☆☆☆

極細ボールペン。俺のノートの紙との相性が悪いのかまともに書けず使い物にならなかった。ガチの不要品として机で死蔵されている。そういうこともある。

 

リストラップ:★☆☆☆☆

一度デッドリフトで手首を痛めて一ヶ月静養する羽目になったので手首を固定するサポーターを購入したが、正直別に要らなかった。二回くらいしか使ってない。
手首をがっちり固定するほど強く巻くと血管が圧迫されてトレーニングに差し支えるのが本末転倒だし、これで手首を守るよりはそもそも手首を極端に曲げるような重量を避けて無理のない範囲で動作するように心がけるべきである。