LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

20/9/11 遊戯王ZEXALの感想 ボス戦としてのデュエル

お題箱70

169.ZEXALについて語って欲しい

ZEXALはかなり好きです。中盤までは微妙でしたが、バリアン編に入ってからは毎週楽しみにしてました。

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ZEXALってデュエルの見立て方を一新しているのが非常に面白くて、具体的には決闘を「ボス戦」として再定義しているのが最大の特徴です。

ZEXALまでのデュエル構成は「序盤は小型モンスターで小競り合いをして、場が煮詰まってきた頃にお互いにフィニッシャーを繰り出す」というのが一つのテンプレートでした。
元々遊戯王は宗教的な儀式のイメージを背景としてスタートしたせいか、「数ターンがかりのギミックを経由してフィニッシャーを出す」というように準備の重さがモンスターの強さに繋がるところがあり、それはとりわけGXまで支配的でした。
莫大な生け贄を捧げて降臨する神を筆頭に、《ザ・ヘブンズ・ロード》から出てくる《アルカナフォースEX-THE LIGHT RULER》然り、《虚無械アイン》シリーズから出てくる《究極時械神セフィロン》然り、ボスモンスターは大抵やたらと手間をかけて出てきます。5D'sでは素材を選ばないシンクロ召喚が登場してフィニッシャーの登場はかなり簡略化されたとはいえ、先攻第一ターンでフィニッシャーをシンクロ召喚するキャラクターはほとんどいませんでした。

しかし、ZEXALでは逆にほとんどのデュエルで相手が第一ターンからフィニッシャーをエクシーズ召喚するようになります。「モンスターが2体……来るぞ遊馬!」という台詞が象徴するように、「同レベルのモンスターを複数揃える→エクシーズモンスターを出す」という開幕がZEXALのスタンダードです。相手がとりあえず最速で最強のボスモンスターを繰り出すことにより、以降の戦いは如何にしてボスを攻略するかという攻城戦の様相を呈してきます。
すなわち、一進一退の攻防を描くことをあえて放棄し、ボスを倒せるかどうかという「ボス戦」にデュエルを作り替えたのがZEXALです。この思想はナンバーズという設定にもよく現れています。他のシリーズでは各々のキャラクターが場当たり的に固有のフィニッシャーを繰り出すのに対して、ZEXALでは全てのボスモンスターに一貫したNo.が割り振られ、その場限りではなく作品全体に通底する立ち位置が刻印されています。

とりわけボスの描写に関して最も優れているのはナンバーズ召喚時の変身シークエンスです。これ考えた人、天才だと思います。
フィニッシャー登場時の迫力あるアニメーションは遊戯王アニメ全体を通じて気合を入れて制作されているポイントではありますが、ZEXALだけの特徴はナンバーズが必ず変態を経由して登場する点です。5D'sの《レッド・デーモンズ・ドラゴン》は最初からドラゴン形態で出てくる一方、ZEXALのナンバーズは必ず心臓やコアのような抽象的な形態からモンスターが出現する演出が徹底されています。

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これですね。ちなみにこれは《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》の結晶形態です。

この特徴的な演出って、要するにボスの「出現」の表現なんですよね。
古今東西、どんなゲームでも「ボス」と「出現」はライナスと毛布のように切り離せない関係にあります。例えばRPGでは『ファイナルファンタジー』から『デス・ストランディング』に至るまで、ラスボスが出現するシーンでは専用ムービーが流れるものと相場が決まっています。ボスの格は出現シーンで決まると言っても過言ではありません。
よって、デュエルを「ボス戦」と再定義する場合、その目玉であるボスモンスターの登場シーンは単に格好良さを見せるだけでは足りません。「出現」という、無から有へと転じる発生的イメージが必須です。ZEXALに限ってボスモンスターが卵的な形態から誕生するものとして描かれるのは、デュエルの開始時点ではなくボスモンスターの出現時点こそが本当の意味での「ボス戦」のスタート地点だからです。

また、中盤で登場したRUMもボス戦という文脈の中で理解できます。RUMとは要するにボスの形態変化です。
ボスの形態変化自体は、過去シリーズでも《ラーの翼神竜》や《ユベル-Das Extremer Traurig Drachen》などラスボス格のキャラがよく使うものでした。しかし、ZEXALでは全てのデュエルがボス戦として再定義されることに伴って、ボスの形態変化ですらもRUMという一つの普遍的なシステムを成すようになります。実際、RUMによる形態変化の最大の特徴は、それまでに登場した全てのボス(=ナンバーズ)が使えるという点にあります。決して《ラーの翼神竜》のように単発のボスだけが特異点的に使うものではなく、いわば「第二形態」の民主化・システム化を行ったのがRUMです。

こうしたRUMを用いて高度にシステム化されたボスバトルが頂点に達したのが、ほぼ同時進行した遊馬vsエリファスとⅣvsナッシュで間違いありません。この二つが遊戯王ZEXALのベストバウトです。どちらもエクシーズモンスターはRUMする(=ボスは形態変化する)という前提の下、そのシステム自体を変奏したボスラッシュが行われます。
例えばエリファスが使う《RUM-アストラル・フォース》《ランクアップ・アドバンテージ》はボスの形態変化システムを限界まで加速させ、二回や三回どころではなく無限に変態し続けるボスという究極系を提示します(これに対するアンサーが《No.39 希望皇ホープ・ルーツ》による「あえてのランクダウン」です)。このエリファスの戦略が形態変化を狭く深く掘り下げる垂直的なアプローチだったとすれば、Ⅳが取った戦略は広く浅く形態変化を展開する水平的なアプローチです。三体のフィニッシャーが立て続けにランクアップすることにより、ボスの形態変化が完全に一般化していることが示されます。

更に、こうしたボス戦の描き方をカードゲームの表現として見た場合、「先攻制圧」の建設的な描き方として捉えることもできます。リアルだと先攻制圧ゲーは(一進一退の切り返しゲーに比べて)しょうもないクソゲーと思われがちですが、物語的にはこれをボスを巡る攻城戦としてポジティブに捉えうるという契機がZEXALによって提示されています。
最近の遊戯王はよく知らないのであまり迂闊なことは言えませんが、このZEXALが提示したポジティブなイメージがOCGで結実したのはかなり最近ではないかという印象があります(2018年以降くらい?)。実際のZEXAL期に猛威を振るった《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》《ヴェルズ・オピオン》《エヴォルカイザー・ラギア》の対処方法が非常に少なかったことと比べると、最近では先攻制圧の存在を前提とした「捲りカード」がゲームシステムとして組み込まれているようです。壊獣なり《冥王結界波》なり《禁じられた一滴》なりを使って相手が擁立したモンスターを崩していくゲームはまさしく手を尽くして相手の牙城を崩すボス戦であり、ZEXALが提示したイメージがようやくカードゲームとして健全な形を成しているように思います。

補足328:全然関係ないですが、第138話で遊馬が真月を救おうとしたやつは本当に好きです。これは何度か言っているんですが、自死を前提としたTRUE LOVEって男女だと描けなくて、男同士か女同士でないとダメです。遊馬と真月、ロロとルルーシュ、カヲルとシンジでないと救えないものがあります。遊馬と小鳥、ルルーシュとC.C.、シンジとアスカでは到達できない領域。

20/9/4 2020年7月消費コンテンツ

2020年7月消費コンテンツ

7月は前半期に腐ったイクラを食って腹を破壊し、自然回復(リジェネ)するため普段の朝活と夜活の時間を睡眠に充てていたのでほとんどコンテンツを消費できなかった。
どうせ消費ペースが落ちるならと開き直って久しぶりに据え置きゲームに手を出した(普段、ゲームはコンテンツあたりの消費時間が掴めない上に時間コスパが悪いので避けている)。腹を壊したせいで映画を見るときにエアロバイクを漕げない状態だったというのもある。映画に払う時間の価値が落ち、相対的にゲームプレイの価値が上がったわけだ。

放送中アニメは基本リアタイで追っているので7月に全部見たわけではないが、細切れに記録するのも気持ち悪いため終了月に記録することにする。

メディア別リスト

映画(3本)

ジョン・ウィック
スプリット
ミスター・ガラス

アニメ・特撮(126話)

仮面ライダー555(全50話)
乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…(全12話)
かぐや様は告らせたい第二期(全12話)
かくしごと(全12話)
シャドウバース第1クール(全13話)
プリンセスコネクト!Re:Dive(全13話)
正解するカド(全14話)

書籍(2冊)

ポストモダンの思想的根拠
名指しと必然性

漫画(26冊)

ザ・ファブル(1~6巻まで)
食糧人類(全7巻)
カイジ24億編(7巻のみ)
ミステリと言う勿れ(1~6巻まで)

ゲーム(1本)

Civilization Vl

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

仮面ライダー555
名指しと必然性
ポストモダンの思想的根拠
かくしごと

消費して損はなかったコンテンツ

Civilization Vl
カイジ24億編
プリンセスコネクト!Re:Dive
乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

正解するカド
ミスター・ガラス
シャドウバース第1クール
ザ・ファブル
かぐや様は告らせたい第二期
食糧人類
スプリット

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

ジョン・ウィック
ミステリと言う勿れ

ピックアップ

仮面ライダー555

saize-lw.hatenablog.com

構図が混迷を極めておりドラマとしてはかなり面白いのだが、全体としては龍騎を超えていない。いつか龍騎を超えるライダーは来るのか。

ポストモダンの思想的根拠

saize-lw.hatenablog.com

かなり面白かった。自由を基調とした人権思想と資本主義の独特の共犯関係については、最近読んだ的場昭弘マルクスとともに資本主義の終わりを考える』も良かった。そちらは第七回サイゼミの記録参照。

saize-lw.hatenablog.com

名指しと必然性

名指しと必然性―様相の形而上学と心身問題
 

これも内容については第七回サイゼミの記事に書いた。

実はこの書籍は論文形式ではなく講義録形式であり、クリプキ渾身のジョークも織り交ぜられているなど表面的には取っつきやすい。ただ、話し言葉で論じることの長短がはっきりと出ている。クリプキ自身の正直な気持ちや意図が表明されていることが大いに理解を助ける側面がある一方、割と複雑な論証をきちんと整理することなく口頭で済ませてしまうので読み解くのには労力を要する(特に心身問題に関して論じる後半部は混迷を極めている)。

どの論理展開を見るにつけても、クリプキは可能世界論者の中では極めて常識的な見解を大切にしているのが印象的だった。中でも「可能世界は発見するものではなく約定するものである」はけだし名言であり、可能世界の実在について論じる中でも非実在側の極を取るだろう(とはいえ、もう一方の極にいる様相実在論者のディヴィッド・ルイスが実在を主張する主な理由は経済的な合理性であって、決して形而上学的な信仰告白ではないのだが)。

かくしごと

saize-lw.hatenablog.com

基本的には上に書いたファーストインプレッションと変わっておらず、主人公は最後までベタベタな父親像を貫徹して終わった。最後の記憶喪失周りもどこかで見たようなエピソードの詰め合わせであり、ベタを徹底している。

そんなことより、最終話で主人公がギャグ漫画家として失脚した原因が「死別した妻を捜索していることが美談として報道されたせいで、下ネタギャグを描き続けられなくなった」であるのには唸ってしまった。
一見すると陳腐だがその実かなり含蓄のあるエピソードだ。『かくしごと』という漫画自体がギャグ漫画でありながら美しい親子愛を描く人情漫画としての側面を持っていること、ひいては久米田康治自身がかつては下ネタとメタ表現だらけのギャグ漫画家だったのに最近はベタに生や死を扱ってしまうことへの複層的な自己言及として読めてしまう。言及の射程が非常に広く、久米田自身の独特なギャグ漫画観を感じる。

一般的に言ってギャグとは広範に流通している価値観をあえて外すものであり、本質的に反社会的な営みだ。その典型は行き過ぎたブラックジョークが一般倫理と衝突することだが(BLMな昨今、「『ブラックジョーク』っていうのは何も黒人のジョークのことじゃあないぜ」というジョークすらそれなりに過激なブラックジョークと化しつつある)、『かくしごと』のエピソードはもっとラディカルな事例を扱っている。衝突する社会通念が倫理や道徳の類ではなく美談や称賛であったとしても、それは十分にギャグに対する攻撃で有り得る。

また、よりよく似ている事例としては、去年の今頃に吉本興業が荒れていたときのビートたけしの発言も思い出す。

www.sanspo.com

ビートたけしは「涙を流して会見したやつの芸を見て、誰が笑うんだ」と語っているが、これは『かくしごと』のエピソードと全く同じで、「生き分かれた妻を捜す聖人の下ネタを見て、誰が笑うんだ」ということである。

ことギャグ漫画家のポジション取りという話題となると、(「作者と作品は切り離せるか」という浅薄な議論に深くコミットするつもりはないが)いまどき漫画家の多くがSNS上で自分のキャラクターをマネジメントをしているというのは事実だろう。特にギャグ漫画においてそれは顕著であり、「ギャグ漫画家がギャグ漫画的な人格を演じる」ということは他のジャンルに比べて起こりやすい。ちょぼらうにょぽみ然り、大川ぶくぶ然りである。

補足324:その点、最大にまでギャグ漫画的な人格としてTwitterでのキャラクターを自己規定していたカエルDXが百合漫画を描いているらしいことはかなり興味深く、『観音寺睡蓮の苦悩』は機会があれば読みたいと思っている(つまりまだ機会が無いので読んでいないということだが……)。

SNS上でのギャグ漫画作者のポジション取りの独特さを一番よく感じるのは、TwitterのPR漫画を読むときだ。Twitterでバズるのは主にギャグ漫画家なのでギャグ漫画家にPR漫画が依頼されることがよくある(そしてアナ雪ステマ騒動以降は #PR タグによってその旨が明示されるようになった)が、その漫画に独特の気恥ずかしさを感じるのは俺だけではないはずだ。
PR漫画なので最終的には商品なり作品なりのPRをしなければならないのだが、ギャグ漫画家という体面があるので直截に褒め称えるにはいかず、ちょっとスレたフリをしたりしてみるが、結局のところ契約上の都合で商品の印象を下げる程には振り切れない。この滑りっぷりは漫画として痛々しいだけでなく、PR漫画は作者自身の体験を語るという体裁でなされるが故に作者のキャラクターにまで爪痕を残す。この悲惨な切り売りの対価として作者が幾ら受け取れるのかは知らないが、いずれにせよPRギャグ漫画が漫画として成功しているのは今までに一度も見たことがない。

少し脱線した。そんなわけで、昨今のSNS情勢にも照らして「ギャグ漫画家のポジショニング」という話題にはかなり思うところがあり、それがよりにもよって久米田康治からの自己言及が出てくることには何か重いものを感じざるをえない。ひょっとしたら、初めて顔出しで神谷浩史との対談動画を公開したのにも何か関係があるのかもしれないし、別に何もないのかもしれない。

www.youtube.com

Civilization Vl

【PS4】シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI

【PS4】シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI

  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: Video Game
 

「せっかく久しぶりのゲームだしめっちゃハマるやつやろう」と思ってPS4版を購入したが、全くハマらなかった。何度か失敗したあと1回だけクリアしたが、次にやるのはいつになるかわからない。
ハマる理由を書くのに比べてハマらない理由を書くのは難しいが(「特にハマる理由が無かったのだが……?」)、強いて言えば、俺はこのゲームの遊び方がよくわからなかった。自由気ままに楽しむ箱庭系ゲームなのか、最適解を求める戦略ゲームなのかが最後までわからなかったというのがある。

ただ、これだけ成功したシリーズだけあって流石にゲーム設計はよく出来ていると感心する部分が多かった。例えば、様々なシステムに限界効用を逓減させる工夫が組み込まれているところがそれだ。つまり各リソースや各行動は基本的に一番最初に触れたときのリターンが一番大きく、同じ行動をしているとリターンが減っていくように設計されている。
具体的には科学ツリーや文明ツリーの「ブースト」がそうだ。ある要素を初めて使うときだけブーストが追加で入るというのは、最初に使うときだけリターンに下駄が履かされるということだ。他にも、人口リソースに対する都市の成長速度や生産リソースに対する生産速度が除算で与えられることも限界効用の逓減を表現する。数学的証明は省くが、生産リソースが増えれば増えるほど生産速度の伸びは減速するようになっている。

これら限界効用の逓減によって「色々な要素を広く浅く触る」というモチベーションが生まれる一方で、勝利条件を達成するためには「一つの要素を深く極める」という真逆の進行が要求される。この相矛盾する方向性の中でバランスを取るところにシミュレーションとしての戦略性があるのだろう。

プリンセスコネクト!Re:Dive

saize-lw.hatenablog.com

上の記事で書いていなかった性癖と萌え方面について書いておくと、虫食は非常に良かった。

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俺は別にもともと虫好きではなかったのだが、美少女が蛆虫を食いまくる萌えラノベ(→)を書いたりすると流石に虫食に対して一定のシンパシーが形成されてしまう。自分でも虫料理屋に行ったり、部屋に出現した蜘蛛を素手で捕らえることに抵抗が無くなったり、キャルが虫を食っていると嬉しくなったりする。

ただ、萌えアニメなのに萌えるキャラがいないのはかなり痛かった。いまどきの言葉で言うところの「推しキャラ」がいない。

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(適当にネットから拾ってきた画像、「ryonくん」さんのスクショ撮影に感謝)

アプリ版ではペコリーヌはこういう感じで割とドライだったりするのが好きだったのだが、アニメ版だと皆軒並み良い子になってしまって、道端で倒れている人を見たらすぐに駆け寄っていくようなキャラしかいない。

乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…

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ファーストインプレッションは本当に面白かったのに、後半は本当に面白くなかった。
マリアの攻略が終わってカタリナのハーレムが完成したあたりで実質的に完結し、残りは全てFD状態になってしまった。

補足325:全ての闘争や葛藤が消失して仲良くなったキャラが無限に戯れるだけの状態を俺はFD(ファンディスク)状態と呼んでいる。

こういう説もあるのだが、俺はこの状態に陥ったらコンテンツは終わりだと思っている派閥である。ストパン然りラブライブ然り二期がFDになるアニメが昔は多かったのだが、最近は一期の中盤からFDになってしまうアニメが多い。
キャラクターコンテンツとして一つの到達点であることはわからないでもないが、人気が出て初めてファン向けのディスクが作られるからファンディスクなのであって、一期の最初に想定しているとなると「最初からファンディスク的なコンテンツが好まれる」という事態が進行しているのだろう。

また、全く別の話題として、「カタリナって岡部のマイルド版だよね」「はめふらってシュタゲの変奏だよね」という話がある。
岡部とカタリナは、いずれも現実世界の周辺にある可能世界についての知識があり、世界で起こり得る事象=可能性について周囲よりも優越しているという点で一致する(ただし、岡部が実際にバッドエンドを踏んでからやり直すのに対して、カタリナは事前回避できるのでコメディで済む)。要するにはめふらはループものの亜種と見ることもできるわけだが、「ループもの」かつ「異世界転生もの」とするならばリゼロが最も近いことになるか。
さて、「ループもの」と「異世界転生もの」は一見すると全く別のジャンルに思えるが、『可能世界・人工知能・物語理論』でマリーロールライアンが指摘した虚構性と物語性の区別を導入することで論理空間内の距離関係という一元的な基準によって説明できるようになる。

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図があった方が直感的に理解しやすいので、前に俺が某所で講義したときのスライドを持ってきた。「虚構性=宇宙間移動」が「異世界転生もの」、「物語性=宇宙内移動」が「ループもの」に相当し、前者が比較的近い世界の移動、後者が比較的遠い世界の移動となる。
細かい説明は省くが、ループものと異世界転生ものはいずれも世界を移動する試みであり、その違いは結局のところ世界を移動する距離という定量的なところにしかない(定性的には同じ営みである)ということだけ直感的に理解してもらえればよろしい。実際、ループものの主人公も異世界転生ものの主人公も他の登場人物と比べて「別世界の知識」を持っているという点で優越しているなど、かなり挙動が似ていたりする(その優越を外部に開示できないところも同じだ)。

かぐや様は告らせたい第二期

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saize-lw.hatenablog.com

一期に比べると全く面白くなかった。すっかり恋愛頭脳戦が終わってラブコメになってしまった。かぐ告に対して思うところは上に書いたことから変わっていない。遂に偏屈な恋愛観を葬送して普通の恋愛と普通のラブコメを手に入れることができたのだろう。早坂の出番が多いのは良かった、早坂は好き。

ただ、二期でフィーチャーされた石上周りのエピソードはどことなくib的なセカイ系臭さを感じた。石上が助けようとした娘(名前忘れた)には全く真相が伝わっておらず勘違いしたままそれでいいじゃんと終わる、自己満足的な解決の仕方がかなりセカイ系っぽい。石上の救済で肝要なのはあくまでも白銀を代表とした生徒会の面々に認められることだけであって、一般大衆からは理解されないことが却ってその結束を強める。これは例えば『天気の子』で主人公たちが反社会分子になることによって、男女二人だけの世界に引きこもる恋愛をむしろ強化したのに似ている。

正解するカド

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みそ氏と会うときに話題作りのために見たのだが、シンプルにクソでビックリしてしましった。ピザハットから配達されたチーズピザみたいに話がどんどん悪くなっていくけど、脚本の人途中で死んだ?

補足326:どうでもいいが俺は『正解するカド』を『ファイ・ブレイン 神のパズル』と混同しており、第三話くらいまで「ザシュニナが真道にミニパズルを出して解くアニメなんだろ?」と思っていた。

今思えば一番良かったのは第一話で、そこで外交官である主人公が開示した「唯一の形而上学的な正解など存在せず、ステークホルダーの政治的な利害を考慮して考え続けるのが正解」という信条がヤハクィザシュニナの思想と対立する様子を描いたアニメなのだろう。そういう多文化主義vs一元論的な構図は現実でもよくせめぎ合っているものだが、『正解するカド』では世界のルールそのものから異なっている「異方」との接触としてファンタジックに描かれるという基本的な枠組みは十分に興味深い。
実際、中盤で「ワム」絡みの騒動を「オブジェクトではなく手続きの問題である」とひっくり返したあたりまではそこそこ面白かった(当初は神格化されていた技術が解体されて普及する過程が、一元的な事物の咀嚼に相当する)。「異方的な感覚を持つ者」として中間的な存在が一般に語られたり、異方の多次元世界を画的に頑張って描写していたり、圧倒的な異文化との接触はかなり上手く描いていたように思う。

補足327:我々の世界は三次元なので、超立方体のように四次元以上のオブジェクトを描写するためには一次元分を何とか工夫して捻りだす必要がある。ただ、これは見逃されがちなボトルネックなのだが、今のところ我々の説明媒体は主として画像や動画なので実際の表示は三次元ですらなくもう一次元低い二次元媒体で行われることの方が多い(黒板、モニター、紙、書籍、その全てが二次元のスクリーンしか持たない)。つまり、もともと二次元に三次元を表示することですら一次元分を何とか工夫して捻り出しているのであり、そこから更に四次元以上となると実際には二次元以上の跳躍が必要になる。それは『正解するカド』も同様だ。

ただ、ヤハクィザシュニナの真の目的に迫り始めたあたりから雲行きが怪しくなってくる(その切り替わり地点にある「異方存在……徭 沙羅花!」はこの作品の混迷を象徴する台詞として記憶に焼き付いている)。
「ヤハクィザシュニナが提示する正解とは単なる通過点に過ぎず、更にその先が無限にあり、その一つが子供という未来的不確定性である」という回答自体は、一元論を否定するという意味ではそれなりに一貫している(ただしここに限ったことでもないが、設定的には全く一貫していない。生物に普遍的な営みすら予測できないザシュニナの弱体化はあまりにも不自然)。
ただ、それに伴って異文化との利害調停という見どころは完全に破棄されてしまった。ヤハクィザシュニナは一気に小物化して狼狽えてないでお礼の一つくらい言うべきだし(ここでお礼が言えないあたりに一元論者の驕りと限界があるのだろうか)、真道もザシュニイナを倒して満足してないでそこで交渉するのがお前の仕事だろ。「お互いに利益を~」みたいな話はどこに行ってしまったのか。
最後に取って付けたように「(ザシュニナは)そんなに悪いやつじゃなかった」とか言って何となく和解完了みたいな雰囲気を出していたのにはかなり笑ってしまった。そんなに悪いやつじゃないならボコるな。

スプリット&ミスター・ガラス

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ウォッチメン』の感想を書いたとき、「じゃあ『ミスター・ガラス』はどうなの?」的なことを言われたので慌てて見た。普段ならこういうのは黙ってその日のうちに三部作を全部見てさも公開当初から見ていたようにレスポンスするのだが、たまには正直に告白することにする(もちろんしないこともある)。実は元々『アンブレイカブル』だけは見ていたのだが(これは本当)、全然面白くなかったので続きを見ていなかった。

『スプリット』も『ミスター・ガラス』も見ているのがかなり辛かったが、『ウォッチメン』や『ダークナイト』とのスタンスの違いはそれなりに面白かった。後者が「ヒーローが有効であるか」を延々とやっている横で、前者は「ヒーローの存在自体を認めるか否か」という少し前の段階の話をやっているというところに引用価値がある。

食糧人類

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ちょっと前に広告でよく見たやつ。俺はよく知らない漫画の一部だけが頭にフックとして引っかかっているのが気持ち悪くて機会さえあれば割と読んでしまう方なので、ゴリ押し広告としては成功している。

話自体は面白くないし矛盾だらけだが、別に精緻なストーリーを期待していたわけではないのでそれはいい。一発ネタ漫画にしては細かいツッコミどころを無数に出して勢いを保ち続けていたのは良かった。

また、最大限好意的に見れば、最後の方でカマホモが述べていた「変化し続けることが重要だ」という思想にはそれなりに一貫性がある。謎の支配者たちの敗因は同じ場所に留まってイケメンを食い続ける安住に至ってしまったからであり、「新陳代謝が無ければ立ち行かない」ということが取って付けたようなテロメア異常(だっけ?)で示されているのだろう。
この結論を手に最初から読み返せば何か整然とした理解が得られそうな気もするが、この漫画に対してそこまでの情熱は無い。

ミステリと言う勿れ

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本筋のミステリとヒューマンドラマは割と面白いのだが、主人公の蘊蓄が本当に鼻につく。このモジャモジャの主人公が状況と関係ないことをベラベラ喋り倒して周りの人を感化していくのが見どころというかキャラクターコンテンツとしての側面なのだが、あまりにも発言が浅い、クロエの流儀レベル。
例えば「女性に女性らしい仕事が押し付けられる」みたいな風潮を偏狭なジェンダーロールとして否定する割には、「女性には本来的に優れた資質がある」みたいなことを普通に言ってしまう(その二つは同根では?)。主人公のラディカルさなんてその程度でしかないのに、いちいち本質を突いたみたいな雰囲気になって周りが啓発されるあたりになろう系とTwitter漫画を融合したようないたたまれなさがある。
特に主人公が「本当に人を殺してはいけないんでしょうか?」って言って周囲が「何を言っているんだこいつ?」ってなる流れが一番厳しかった!

20/8/30 第七回サイゼミ 武器としての資本論 / 名指しと必然性

第七回サイゼミ

2020年8月29日に新宿で第七回サイゼミを催した。題材は話題書枠として白井聡『武器としての資本論』、古典枠としてソール・A・クリプキ『名指しと必然性』。

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(↑『武器としての資本論』について。過剰生産の受け皿として労働者を消費者化したフォーディズムと、独裁貧困国家を消費者化する中東革命は同じロジックだよねみたいなことを話しているところ)

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(↑『名指しと必然性』について。固定指示子の論理を心身問題に応用し、心身二元論を擁護する背理法について検討しているところ)

事前準備

俺は経済学をほとんど知らなかったので、サイゼミに向けて適当な書籍を7冊読んだ。いつもならもうちょっと権威のありそうな本を選ぶのだが、資本論はアカデミズムと同じくらいカルチャーでもあるような印象があるので、面白そうなものを乱読する方向で進めた。

1-1.坪井賢一『これならわかるよ!経済思想史

これならわかるよ!経済思想史

これならわかるよ!経済思想史

  • 作者:坪井 賢一
  • 発売日: 2015/06/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

ダイヤモンド社らしい経済思想史の概説。
まず最初に経済学全体でのマルクス経済学の立ち位置を定位しておこうと読んだが、その目的は十分に果たされた。これ一冊で経済史と思想史の対応と流れが完全に理解できる。具体的には、経済史としては(新)古典派・マルクス経済学・ケインズ経済学について、思想史としては右派自由主義・中道リベラリズム・左派社会民主主義について、それぞれがどのように結びついて変遷してきたのかわかる。
別にこの本である必要はないかもしれないが、この本に書いてあるようなことをきちんと整理する段階は欲しい。各論に入る前の枠組みを大掴みにできるので、今回読んだ中で一番役に立ったかもしれない。

1-2.木暮太一『世界一かんたんなマルクス経済学の本』

生協購買部に平積みにされてそうなマルクス経済学の入門書。
バカみたいな見た目に反して意外と解説が行き届いていてわかりやすかった。結局のところ資本主義の存亡において最もクリティカルな利潤率低下法則までを簡単に理解できるほか、その対応策として信用制度と擬制資本が発生するまでのロジックまで丁寧に追ってくれるのがありがたい。この本がベストかどうかはわからないが、入門書としては十分すぎる。

1-3.フランシスウィーン『マルクスの『資本論』』

主に資本論出版前後の歴史的な経緯についてまとめた本。
ざっくり分けて、出版前のゴタゴタ・資本論の内容・出版後の反響という感じの三段構成になっている。真ん中の理論的内容にはあまり独自性がなく、前後のエピソード集として読むのが面白い。エンゲルスマルクスのママ的立ち位置だったこととか、資本論が出版直後にはあんま売れずレーニンに良いように利用されたこととかがわかる。豊富な資本論の引用元を探ることを通じて、経済学でもアジテーションでもない文学としての価値に注目しているのも面白い。

1-4.白井聡『武器としての「資本論」』

武器としての「資本論」

武器としての「資本論」

  • 作者:聡, 白井
  • 発売日: 2020/04/10
  • メディア: 単行本
 

現代日本の日常を覆う新自由主義の覇権に引き寄せて資本論を論じた本。
平易で文章が上手いので読みやすいが、理論的に深堀りするというよりは広く浅い内容を卑近な例と共に紹介する入門書。システム全体の力学よりも労働者に直接訴えかけられる例を優先している。ややアジテーションが先行している節があり、それは別に資本主義の問題ではないのでは……?と思うところもあるが、日常的な不満を実例に挙げることで読みやすさを確保してくれるのは入門書としてはありがたい。

1-5.的場昭弘マルクスとともに資本主義の終わりを考える』

マルクスとともに資本主義の終わりを考える

マルクスとともに資本主義の終わりを考える

  • 作者:的場 昭弘
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

歴史的な人権主義の横行と新自由主義の覇権を結び付けて論じた本。
アラブの春に代表される人権を盾にした正義の政治介入と、過剰生産の受け皿を作るために市場を開拓したい資本主義の利害が共犯関係にあることを告発する。この共謀を遡ればフランス人権宣言での自由と私的所有へとたどり着き、そこから現代新自由主義の横行に至るまでの自由イデオロギーの功罪を問う。独裁政治がグローバル資本主義への防波堤になっていたという認識は『武器としての資本論』第11講で論じられている江戸時代の生産抑制やロシア封建主義へのノスタルジーにも通じるものがあり、その論点を現代中東情勢に敷衍していると言えようか。
かなり面白く、今回読んだ中で一番のオススメはこれ。

1-6.佐藤優『いま生きる「資本論」』

いま生きる「資本論」(新潮文庫)

いま生きる「資本論」(新潮文庫)

 

一般向けの講義録を本にしたもので、全体が話し言葉で書かれているタイプの本。著者の話が圧倒的に面白いので読み物としても楽しめる。
内容は概ね三種類に分けられ、①資本論の常識的解釈・②資本論で解釈が割れる事項・③脱線した雑談。この本が有益なのは③が面白いことと②を格調ばらずに地に足の付いた言葉で語っていることで、特に日本のマルクス界隈における思想の流れが掴めるのが有益。その反面、よく勉強している聴講者へのレスポンスが頻繁に混ざるせいで話のレベル感が乱高下しがちで、この本から読み始めるのはお勧めできない。他の本をある程度読んでから読むと面白い。

1-7.咲木英和『誰もが読める「資本論」』

誰もが読める「資本論」―起て、飢えたる者よ!

誰もが読める「資本論」―起て、飢えたる者よ!

  • 作者:咲木 英和
  • 発売日: 2009/06/01
  • メディア: 単行本
 

現代日本状況に絡めて資本論を要約した本。
学術的に(そして恐らく文化的にも政治的にも)バックグラウンドを持たない著者が謎の出版社から出しているよくわからない本。要約自体には誠実さを感じるものの、特に説明がわかりやすいわけでもなく、独特の文体からは素人の独自研究ノート臭が漂う。著者自身の主張があまり無いだけに、これを読むインセンティブが特に存在しない微妙な立ち位置。

武器としての「資本論

いつも通り、読んだ前提で話した内容について書く(要約はしないので各自で読んでほしい)。

第2講:万物の商品化について

資本論冒頭の「商品の分析」から話を始めるのは典型的な導入だが、そのあと「商品には使用価値と価値があり~」というお決まりの定義に進まずにひとまず様々な商品化の実例を出していくところに著者の心配りを感じる。
商品の増殖、特に生殖の商品化について語るあたりはマルクスというよりはボードリヤールだが、日常と結び付けて読者の食いつきを確保する上ではそちらの方が明らかにわかりやすい。ただ、その代償として商品の定義はかなり先延ばしになってしまい、しばらくは日常言語としての「商品」という認識で読み進めることになる。

第3講:後腐れのない無縁の原理について

ここも「無縁」というお気持ちに引き寄せた交換イメージを導入するのがかなり上手い。最終的にはこういう等価交換にまつわるある種の突き放しが新自由主義的な自己責任論に繋がっていく。
ただ、「商品交換=お金による交換の原理は『無縁』です」という記述のように、商品交換が本質的に無縁であると言い切ってしまうのは、ややコンフュージングなように思う。何故なら、第2講で商品経済そのものは資本主義以前からも存在していたとしているからだ。広義の商品経済には資本主義以前の、例えば文化人類学的な意味での女性をやり取りする交易も含まれるはずで、その段階においては共同体間の交易は無縁というよりはむしろ結びつきを確保するためのものであったはずだ。無縁というイメージは資本主義以降に支配的であるに過ぎないように思う。
もっと厳密に「資本制における商品交換=お金による交換の原理は『無縁』です」と書いてほしかったような気もするが、単なる言葉の使い方の問題なのでわかりやすさを優先したのかもしれない。

第4講・第5講:新自由主義が変えた感性について

「寅さんが理解できないのは読解力が無いだけでは?」という野次も出たが、俺は読みの精緻さと作品に感じるアクチュアリティは全く別の問題だと思う。寅さんの内容を完全に理解してもなおその階級意識には全くリアリティを持てないという人はかなり多いように思われるし、そのリアリティの無さこそが問題のはずだ。寅さんの無理解にせよマイルドヤンキーのマネタイズにせよ、新自由主義が色々な領域で「劣位の層があえてそのことに誇りを持つ」という文化を破壊していくというロジックは面白い。
労働者-資本家という対立を離れるが、ネット言論も明らかにそういう方向に進んできており、古き2ちゃんねらの「キモオタですが何か」的な開き直り態度は今では社会的弱者だとか反知性主義だとかに括られてまともに相手にされないことだろう。もっとも、それが新自由主義の間接的な影響というよりは、ただ単にオタクが多数派を占めるようになったことでカウンターカルチャーを構成できなくなったという方が実情に近いようには思うが、いずれにせよこの「逆説的なアイデンティティの持ち方」というロジックはオタクの変質にも相通じるところがあり、個人的には思うところ大だった。

第6講:資本の増殖について

教科書的には、資本の増殖については利潤率低落法則を持ち出して一定の利潤を確保するためには拡大が避けられないと議論するのが典型的な気がするが、ここでは単に資本は増殖する性質を持つとしか考えられていない(この本全体として、利潤率低落法則が説明されている箇所は無いようだ)。つまり、「資本家が強欲ではなかったとしてもなお、資本制は拡大しなければ維持できない」という説明はなされていない。
説明の局面において、資本が増殖する理由を「利潤率低落法則への対処」に求めるか、「金はいくらあっても困らないという資本家の欲望」に求めるかは非常にクリティカルな区別のように思う。前者ならば無人格的なシステムの構造問題として提起されるし、後者ならば人格的な階級闘争を引き起こす(ただ、この違いは最後の方で構造主義vs階級闘争という形でチョロっと触れられる)。

労働力の再生産にかかる「必要」の弾力性に注目するという戦略については、直感的には資本主義を温存するような印象を受けた。文字通りに「自分の生活に必要な賃金を確保する」という話であれば、社内で上司に「月給がもう1万円上がらなければ生活できない」と直談判して給料を上げるような局所的な営みでとりあえず解決としてしまえるからだ。ただし、それと引き換えに、労働者が満足したことで会社の賃金制それ自体は温存される。本質的に搾取されていること自体は変化しない。
ここに限ったことでもないが、著者は新自由主義を告発したあとの目標として、「資本制の中で賢く立ち回ること」と「階級闘争によって資本制自体を転覆させること」のどちらを目指しているのかはイマイチ判然としない。基本的には前者の論調で書かれているが、階級闘争の講では後者が見え隠れする。いずれにせよ、この書の主目的は新自由主義の告発であり、その後目指す地点については(あえて?)明言を避けているように思われる。

第8講:何故イノベーションは人々を幸せにしないのかについて

「何故イノベーションは人々を幸せにしないのか」について、特別剰余価値の性質から説明を試みるのには最初は少し違和感があった。というのは、俺が想定していた回答は労働力商品の価値からの説明、つまり「労賃とは本質的に分配の問題ではなく生産の問題だからだ。つまり、いくら資本家が稼いだかとは全く無関係に、稼ぎが生じる前の段階で労働力の再生産に必要なコストとして決定され、イノベーションは前者に関与するが後者に関与しない」だったからだ。
ただ、第8講を読んで思うことには、労働力商品の価値という観点からの説明は現代においてはあまり説得力がない。今では会社の業績が上がったら賞与の金額が上がるという形で労働者への分配が行われる方がむしろ典型的だ。資本論当時の最悪な工場労働に比べるとあまりにも人間的になった賃金に対して、「賃金とは分配ではなく生産の問題だ」などと言ったところで却って説得力を下げるに過ぎないだろう。

第9話:フォーディズムについて

大雑把に言って、フォーディズムの前後では労働者の扱いはダンピング→消費者化→ダンピングというプロセスで推移している。非常に乱暴に言えば、労働者に不幸になってほしい時期と幸福になってほしい時期が交互に来ているわけだ。冒頭でも紹介したので詳述はしないが、的場昭弘マルクスとともに資本主義の終わりを考える』はまさにこのプロセスのお尻に更に消費者化を付け加える段階として読むことができる。
となると、労働者の扱いについては波のように無限運動するという非歴史的な展望が何となくチラつくが、この上がり下がりがもう一巡するのかは何とも言いようがない。恐らく下がるフェイズは来るが、次に上がるフェイズは来るのだろうか?

第10講以降:階級闘争の再開について

第10講以降はざっくり歴史的な経緯がメインになって階級闘争について語られる。

最終的な主張として階級闘争は食から始めようというのは、ぼちぼち共感できる。少なくとも社会主義も含めて「俺の考えた最強の共同体論」に今更行き着くようなものよりは説得力があって良い。打倒ブルジョワルサンチマンで結束するのはちょっと時代遅れどころではないので、もっとリアリティのある問題を提起したいところ。

ただ、これは比較的瑣末な指摘なのだが、日本においてインスタント食の貧相さに憤りを感じることのできる労働者層はどれだけいるのだろうかということが気になった。実際のところ、日本のインスタント食品はかなりうまいからだ。食品メーカーの皆さんが資本主義の論理に従って頑張った結果、冷凍食品の餃子よりも旨い餃子を作るのは本当に至難の業となっている。主観的には美味しくても既に舌が破壊されて文化としての味覚が終了しているのだという説得は有り得るが、いみじくも著者自身が言うように"Don't think, feel"の領域であるだけに、皮肉にも資本主義の産物である日本の冷食がうますぎるという事実は如何ともしがたい。

もっとも、これは別に食についてのみ感性を磨けという話ではなく、感性的な領域において各人が譲れないものを見つけよということなのだろう。
ちなみに俺の場合には、観光資源の均質化がそれに相当する。いまどき、国内はどこに行っても同じ風景になってしまった。辛うじて差異があるとすればそれは発展度合いの量的な違いだけであり、発展の方向性という質的な変化はほぼほぼ消え失せた。ぼちぼち読書をしながら遠出するのが好きな身としてはつまらなく感じるところではあり、ここを起点にして感性的な憤りを育てるという戦略は有効かもしれない。

INVENTING THE FUTURE:ポスト労働社会について

さて、『武器としての「資本論」』では結局のところ感性領域の見つめ直しが階級闘争の火種として提示された。しかしそれよりももっと有力なアジテーションとして、「働きたくない」という不労への切実な欲求を火種にした方が見込みがあるのではないかという話をした。
非常に一般的に言って、「何故ここまで技術が発展したのに労働時間は減らないどころか増える一方なのか」という疑問には普遍的な訴求力とアクチュアリティがある。マルクス経済学の答えが「そもそも技術の発展と労働者の待遇は逆行するものだから」であることは周知の事実だが、ではどうすれば労働時間を減らせるのか。資本家を排除して労働者によるアソシアシオンで正しく利潤を分配することを目指したのはプルードン社会主義だが、別にそれで労働が無くなるわけではない。

ウィリアムズ+スルニチェク『Inventing the Future: Postcapitalism and a World Without Work』(まだ邦訳が無いので、とりあえず川村覚文『ポスト労働社会の想像と四つの要求』を経由して読んだ)では、「完全就労社会」に代わる「完全失業社会」が提示される。ここで行われる「四つの要求」とは以下の通りで、いずれも当たり前すぎるほど卑近なものとして挙げられており、直感的に理解できるはずだ(なお、UBIは給付金と引き換えに全ての福祉政策を市場原理に叩き込むネオリベ的な施策とする右派の見方もあるが、「左派としてはUBIは福祉国家の非市場的な活性化を大前提としてなされる」)。

1. 完全なる自動化
2. 労働時間の削減
3. 普遍的な基本所得(UBI)
4. 労働倫理の弱体化

とりわけ「『広く浸透した労働への憎悪が既に存在して』いることに注目し、その憎悪を吸収しながら労働への拒絶という一つの大きな欲望を構築することで、ネオリベラルな動員に対抗する必要がある」というアジりはなかなかに熱い。シンプルに働きたくないやつ・労働を憎悪しているやつがどれだけ多いかは語るまでもなく、少なくとも階級闘争をやり直すよりは社会運動としての可能性がありそうだ。
「仕事を完全自動化して労働時間を減らしてベーシックインカムを受け取って働かないことに胸を張る社会を作ろう!」という路線でアンチ資本主義セクトを再興するのは面白そうだな、などと言っていると本当にサイゼミが要警戒団体になりそうなのでこのあたりでやめておくか。

ソール・A・クリプキ『名指しと必然性』

名指しと必然性―様相の形而上学と心身問題
 

資本論とは一切関係ないのだが、あまり左翼みたいなことばかりやっているとウンザリするので、清涼剤として論理パズルを捻じ込んだ。俺はサイゼミの中では形而上学英米系の分析哲学に興味がある方だが、別に本気でコミットして何かを主張したいわけではなく、せいぜい頭の体操くらいで良いと思っている不真面目な方だ。

教科書的な話としては、『名指しと必然性』の功績は記述説への対抗として反事実言説に立脚した因果説を確立したことがある。
まず記述説とは、「バラク・オバマ」とは「第44代アメリカ大統領で黒人で民主党でリベラル派である」のように、指示を記述群として捉える立場を指す。これは一見すると極めて常識的な見解で「バラク・オバマ」の捉え方が他に有り得るのだろうかとも思われるが、クリプキは「もし『バラク・オバマ』が大統領でなかったら学者になっていただろう」という反事実命題が有効であることに注目する。ここで「学者になっていただろう」と言われるバラク・オバマからは「大統領」というステータスが欠落しているが、それでも「バラク・オバマ」は依然としてバラク・オバマその人を指しているのだ。つまり我々は実はバラク・オバマが大統領でなくてもバラク・オバマを指示できるという事実があり、それが記述説への反証となる。
よって、バラク・オバマが大統領だったり学者だったり農家だったりするような各可能世界によってバラク・オバマの記述はまちまちだが、それでも「バラク・オバマ」という指示は同じ対象は指すことが帰結する。可能世界によって変動するのは精々指示対象にまつわる性質程度で、指示自体はブレないのである。よって、以下の命題1が得られる。

命題1:名前は全ての可能世界で同じ対象を指す。

このように、全ての可能世界で同じ対象を指す指示子を固定指示子と呼ぶ。「バラク・オバマ」のような名前は固定指示子の一つだが、クリプキは固定指示子をかなり広く解釈しており、普通名詞である「熱」のような科学現象や「金」のような科学物質も含まれる。

ここでただちに問題になるのは、では記述に依らない指示は如何にして可能になるのかということだ。直感的に明らかな記述説を棄却してしまった以上、それに代わる指示の理論が求められる。クリプキ命名儀式とその連鎖で構成される因果説でそれに応える。
まず命名儀式とは、バラク・オバマその人を指して「これがバラク・オバマです」と述べるような主に直示によって行われる命名を指す。この後、親が「この子がバラク・オバマと名付けられた子です」と周囲に紹介したり、バラク・オバマ自身が「私がバラク・オバマと名付けられた子です」と自己紹介することで指示が受け渡されていくことで指示が可能になる。

補足320:記述説と因果説の最大の違いは指示にまつわる時間性の有無にあるように思われる。記述説が依拠する確定記述はどの段階でも正しい記述を列挙するという無時間的な営みだが、因果説では命名儀式が行われる段階とその後の連鎖的な受け渡しの段階が明確に時間的前後関係にあり、指示が本質的に手続きに依存した時間的な形成物となる。そして指示が混乱しない以上、この手続きの歴史は一回性のものでなければならない。クリプキは「可能世界は発見するものではなく約定するものである」と述べ、(ディヴィッド・ルイスとは異なり)現実世界の特権性を認めるが、このことにも歴史の一回性が関与しているように思われる。また、クリプキが強調する「必然的だがアポステリオリ」「偶然的だがアプリオリ」という独特の性質も時間的な解釈で了解できる。命名儀式のような時間的に早い段階で行われた営みがアプリオリ性を決定し、その後の科学的な検証のような時間的に遅い段階で行われた営みが必然性を付与するという、固定指示子に対するタイムラインのイメージを俺は持っている。

さて、命題1から以下が導ける。

命題2:同一の対象を指す固定指示子は必然的に同一の対象を指す

「ヘスペラスがフォスフォラスならば必然的にヘスペラスがフォスフォラスである」という呪文でよく知られたテーゼだが、サイゼミでは「夜桜たまが楠栞桜ならば必然的に夜桜たまは楠栞桜である」というもっとオタクらしく好ましい例文が提出されたのでこれで通そうと思う。

補足321:オタク的知見のない方は「一人の女性が持つ二つのあだ名」くらいに思ってくれればよい。ある女性が2019年10月までは「夜桜たま」と呼ばれていたのだが、2019年12月からは「楠栞桜」と呼ばれるようになったのである。いずれも同じ女性を指しているという意味で現実に「夜桜たま」と「楠栞桜」の指示対象は一致しているので、夜桜たまさんと楠栞桜さんが別人として存在していた世界は可能性としても有り得ないというのが命題2の主張である。

補足322:以下はオタク的知見のある方向けの補足だが、厄介なのは「夜桜たま」や「楠栞桜」が名前であり固定指示子であることは恐らく明らかな一方で、それが何を指しているのかには議論の余地があることだ。具体的に言えば、それぞれキャラクター寄りに解釈をすれば「現実に夜桜たまは楠栞桜ではない」が、演者寄りに解釈すれば「現実に夜桜たまは楠栞桜である」。まあそれは意味論的な問題であって、今回の統語論的な話題とは関与しないので一旦脇に置いておく。クリプキの因果説から見て『Vtuberの演者変更』や『演者のガワ変更』は名前の指示としては如何なる事態であるのか」という分析は多分そんなに難しくないが、その手のVtuberへのコミットに対する熱量は既に失われてしまった。

命題2は命題1から直ちに導ける。「夜桜たま」の指示対象をX、「楠栞桜」の指示対象をYとする。現実でX=Yであるとき、命題1から固定指示子は全ての可能世界で同じ対象を指すので、あらゆる可能世界でX=Yである。よって必然的にX=Y、すなわち「夜桜たま」の指示対象と「楠栞桜」の指示対象は必然的に一致する。

また、命題2の対偶を取ることで、以下の命題3が自明である。

命題3:固定指示子の指示対象の一致が偶然的ならば、現実でもそれらは一致しない

この成果を心身問題に応用しよう。まず、「X氏の身体」と「X氏の心」は固定指示子、すなわちあらゆる可能世界で同一の対象を指すものである。これは「もし自分の身体が身長180cmだったら……」「もしX氏の心がもう少し邪悪だったら……」という反事実的言明が可能なことから、バラク・オバマの場合と同様に了解できよう。
そして、「X氏の身体」と「X氏の心」の一致はせいぜい偶然的である。つまり、我々は「X氏の身体」と「X氏の心」が分離している有様を想像できるということだ。これはわりとリーズナブルな想像であるように思われる。「もしX氏の心はそのままで身体だけがY氏だったら……」と考えることに特段の問題はない。ならば命題3より、現実でも「X氏の身体」と「X氏の心」は一致しない。すなわち、心身二元論が正しいことになる。

この論証について、サイゼミでは「循環論法では?」という疑問の声が上がった。つまり、さっき何気なく「我々が「X氏の身体」と「X氏の心」が分離している有様を想像できる」などと言っている時点で我々は心身二元論者なのであり、心身一元論者ならば最初からその前提を認めないだろうということだ。それは否定しない。
ただ、命題3を用いた論証の真価はそこではないのだ。命題3が優れるのは、「確かに心と身体が一致しない世界はあり得るけど、少なくとも現実には一致しているだろ?」というタイプの心身一元論者を殺せることにある。命題3によれば、心と身体が一致しない世界があり得た時点で、現実でも不一致であることがただちに帰結してしまうからだ。心身一元論者には想像における不一致にも責任を取る義務が生じる。

すなわち、命題3の本質は「事態が偶然的かどうか=可能世界において有り得るか=想像可能か否かという想像の検証によって、現実での事態を導出できる」という点にある。これは素朴に正しいと思える定理1から仮定無しで導ける割にはかなり強い主張であるように思われる。妄想大好きのオタクが現実的な言明にアクセスするための根拠として、色々と応用が利くかもしれない。

補足323:「現実に夜桜たまが楠栞桜であるならば必然的に夜桜たまが楠栞桜である」が正しいことは命題2で示した通りだが、この裏命題についてはどうだろうか。すなわち、以下の命題4である(ちなみに逆命題=「必然的に夜桜たまが楠栞桜であるならば現実に夜桜たまが楠栞桜である」は自明に真である)。

命題4:現実に夜桜たまが楠栞桜でないならば、必然的に夜桜たまは楠栞桜でない

命題4が真である状況は「現実に夜桜たまが楠栞桜でなく、全ての可能世界において夜桜たまが楠栞桜でない」だが、命題2は一致についてしか語っていないのでこの検証は難しい。よって、命題4が偽であるような以下の状況1を考えよう。

状況1:現実に夜桜たまが楠栞桜でないにも関わらず、ある可能世界においては夜桜たまが楠栞桜である

状況1が有り得るなら命題4は偽、状況1が有り得ないならば命題4は真である。状況1は命題3と比較すると理解しやすい。命題3によれば現実だけが特権的に「夜桜たまが楠栞桜である」ことはできない(現実に指示が一致するならば全可能世界で一致する)のだったが、状況1はある可能世界だけが特権的に「夜桜たまが楠栞桜である」ような状況である(ある可能世界で指示が一致するのに全可能世界では一致しない)。つまり、厳密には同値変形ではないものの、これは「現実世界における一致は全可能世界に波及する一方で、ある可能世界における一致が全可能世界に波及するか」という問題に帰着してよさそうだ。
だが恐らく、クリプキはこれに関しては語らないだろう。補足320でも述べたように、クリプキは明確に現実世界の特権性を認めている。全ての可能世界は現実世界の想像力が約定するものであり、そもそも可能世界からスタートすることを想定していないのだ。よって状況1は想定から外れており、命題4はせいぜい消極的に偽である程度に留まるように思われる。つまり、「現実に夜桜たまが楠栞桜でないならば、夜桜たまが楠栞桜でないことは必然的とも偶然的とも言い切れない」。

20/8/28 仮面ライダー555の感想 二階の排外主義者たち

仮面ライダー555

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平成仮面ライダーを全部見るプロジェクトもクウガ→アギト→龍騎→555の4作目に来た(これいつ終わるんだ?)。

龍騎では敵味方入り乱れての無秩序な乱戦が描かれたが、555ではオルフェノクと人間という軸が加わることである程度は派閥的に整理される。通底するのは乾陣営vs木場一派vsスマートブレインという三つ巴の構図だが、かといって各キャラが自分の陣営に固執するのではなく、ライダーやオルフェノクへの自在な変身を通じて常に揺れ動くので見ていて退屈しない。ドラマとしては間違いなく今まで一番面白かった。

まず555に一気にのめり込んだのは、第1話で一番最初に出てくる木場勇治が仮面ライダーではなくオルフェノクというところ。木場の「記憶喪失で人を疑うことを知らない」という設定をアギトの津上翔一に被せているのは明らかだ。俺は制作の目論見通りに「へーこの木場ってやつが今回の一号ライダーか」と思いながら見ていたので、怪人になって人を殺し始めて普通にビックリした。
序盤において木場と並んでショッキングなのは、菊池啓太郎が変身できないことだ。木場が「記憶喪失の良いやつ」として津上を受けていたように、啓太郎からは「底抜けの善人で人助けが大好きなやつ」である五代雄介を思い出さざるを得ない。この二人が変身できないというのは明確なクウガ・アギトへのアンチであり、「良いだけのやつは立ち行かない」という龍騎的な世界観を引き継いでいる。

補足317:龍騎の主人公である城戸真司は木場や啓太郎寄りの「良い人」だったが、最終的には自分自身を(バトルロワイヤルを外部から止める調停者ではなく)単なるバトルロワイヤルのプレイヤーの一人とせざるをえなかった。彼は死に際に述べた台詞で「闘いを止める」という自分の願いが浅倉や秋山と同レベルの個人的な願望に過ぎないことを認めている。

「やっぱりミラーワールドなんか閉じたい、闘いを止めたいって。きっとすげぇ辛い思いしたりさせたりすると思うけどそれでも止めたい。それが正しいかどうかじゃなくて、俺のライダーの一人として叶えたい願いがそれなんだ」

「正しいことをする」「誰にも辛い思いをさせない」という「良い人」のライダーはここで城戸と共に死んだ。木場と啓太郎が変身できないのはそのためだ。

木場と啓太郎という「良い人」たちの代わりに変身するのは、人格に難のある乾巧と草加雅人だ。
乾のパーソナリティで特に重要なのは「人を傷付けるのが怖い」という恐怖感を持っていることで、これは城戸の認識を一歩前に進めている。城戸は最終的に自分の願いが誰かに辛い思いをさせることを認めた。それはすなわち他者を傷付けることへの気付きであり、ここから浅倉にならないためには加害を正しく恐怖する必要がある。
第17話で乾は「戦うことが罪なら俺が背負ってやる」と一度は開き直るが、第34話では彼が昔からオルフェノクだったという作中最大の秘密が明かされることで加害のジレンマが再来する。「オルフェノクとしての加害性にどう対処するのか」が中盤以降の大きなテーマとなり、乾と木場が同じ悩みを抱える仲間として接近していく。乾と木場との対話の中では「人間らしくあること」「人間とオルフェノクの共存」の二つがソリューションとして提出された。

しかし、この二つのテーゼはよくよく考えると矛盾していて奇妙な感じだ。本当に人間とオルフェノクが共存できるのであれば、 別に人間でなくてもよくないだろうか。共存を掲げる割には、人間であることにこだわるのは何故なのか。実際、乾は口ではオルフェノクとの共存を語りながらも、行動としてはオルフェノクを倒すことを一向にやめない。

補足318:フィクションでの種族的な対立を人種問題に還元することには強い抵抗があるし、こういう喩えを用いることには慎重にならなければならないが、「白人と黒人の共存」を謳いながら「白人らしくあること」を求めると言えばその胡散臭さがわかりやすいだろうか。

また、ある意味では作中で最も「人間らしい」キャラクターは、人間の利益だけを考えてオルフェノクを憎む草加や南でありうる。しかし彼らはオルフェノクと共存出来ないというまさにその理由故にあっさりと死んでいった。彼らの死は「人間らしくあること」と「人間とオルフェノクの共存」が両立不可能であることを示しているのではないか?

この矛盾の原因は、「人間らしくあること」「人間とオルフェノクの共存」という二つのテーゼの中で思想と種族の区別が密輸入されていることにある。正確に言えば、乾と木場が言っているのは「(思想としては)人間らしくあること」「(種族としては)人間とオルフェノクの共存」という水準の異なる主張に過ぎない。思想と種族の区別を導入することにより、登場キャラクターは4種類に分けられる。

①「人間らしい思想の人間種族:乾(前半)や啓太郎」
②「人間らしい思想のオルフェノク種族:乾(後半)や木場」
③「オルフェノクらしい思想の人間種族:草加や南」
④「オルフェノクらしい思想のオルフェノク種族:スマートブレイン勢」

乾と木場の主張をまとめると、「思想が人間らしくあるならば、種族が人間とオルフェノクでも共存は許容できる」ということだ。つまり、①②は思想が人間らしいので人間とオルフェノクという違いがあっても共存できるが、③④は思想がオルフェノクらしいので共存できず排除しなければならない。
以下、555を前期と後期の二つに分けてこの分類をもっと丁寧に見ていこう。先に大まかな流れを示しておくと、放送前半では種族的な対立、つまり①③vs②④という構図が描かれたのに対して、物語が進むにつれて思想的な対立、つまり①②vs③④という構図にスライドしていく。

まず、前期555の対立は以下の通り。

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基本的には横軸にあたる種族間での対立が描かれた。ざっくり言えばシンプルに悪いオルフェノクが人間を襲い、人間はライダーとしてオルフェノクを退治するというヒーローものらしい構図がある。
まず人間種族陣営については、この段階では乾はオルフェノクであることを明かしていない。第17話での「戦うことが罪なら俺が背負ってやる」は人間としてオルフェノクを排除する罪をあえて甘受するという宣言であり、人間とオルフェノクの間にある種族的な溝を強めるものだ(少なくとも、この段階で「悪い人間」を排除することは含意されていない)。オルフェノク種族陣営についても、木場一派とスマートブレインはまだ決裂しておらず、交渉の余地アリとしてスマートガールを通じて一定の交流が行われている。木場や長田もちょくちょく人を殺したりするし、海堂も殺しはせずとも学校で暴れたりする。
しかしそんな中でも木場は「俺は人間だ」と繰り返し自分に言い聞かせており、スマートブレインと比べると何となく良いやつっぽいことが伺える。この段階で木場が言う「俺は人間だ」というのは「無闇に人を殺したりしない」という程度の消極的な意味であるが、ざっくり善人っぽいか悪人っぽいかという区別が木場一派とスマートブレインの間にある。

しかし、ドラマの複雑化に伴って後半では以下のような構図に収斂していく。

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やはり決定的なのは第34話で乾巧がウルフオルフェノクに変身したことだ。これによって、乾は種族的には人間であると同時にオルフェノクでもある両義的な存在、①②の繋がりを象徴するような存在として再定義されていく。人間種族vsオルフェノク種族という種族的な溝が実は最初から存在していなかったものとして遡及的に破棄されるのだ。これと呼応するように啓太郎は長田をオルフェノクであることを知ってなお受け入れ、やはり種族的な対立が無化されていく過程が描かれる。乾と木場は④スマートブレインに加入したり抜けたりという動揺がありつつも、最終的にはやはり二人が協調する形で①②の結束が描かれる。彼らが人間であるという主張には「人間を傷付けない」という消極的な意味付けに加えて「種族の壁を超えて協調する」という積極的な意味付けが付与され、協調路線の陣営が形成されていく。
その一方、度重なる暗躍によって「排外主義者」としての本性を現していくのが③草加雅人だ。草加オルフェノク種族を徹底的に憎んでおり、手段を選ばずに嘘と策略を駆使して乾と木場の間に種族的な分断を作り出そうとする。スマートブレインが人間を滅ぼそうとしているように、オルフェノクを滅ぼそうとする草加もまた木場と乾の間を引き裂く怪人として再定義されていくのだ。特に行動の水準では草加オルフェノクに大差がないことは、やはり第17話で乾の決意の裏面としてアルマジロオルフェノクとの戦いを通じて描かれる(「あの人はもう人間じゃない」)。草加があっさり死亡した理由も「限界を超えてオルフェノクと戦い続けたから」、つまり排外主義者であることを絶対にやめようとしなかったからだ。

さて、③草加と④スマートブレインは他種族に対して苛烈な攻撃を加えるという意味では同列の排外主義者であるものとして図式を整理した。では、協調路線を取る①②勢力はもっと穏当な交渉に赴くのかというと、別にそういうわけでもないのである。草加を殺したのはまさに木場だし、乾は最終話に至るまでスマートブレイン幹部の打倒をやめようとしない。つまり、木場と乾が種族を超えて協調するのは①②の枠内においてだけで、③④に対してはむしろ積極的に排撃していく。
つまり何が行われているのかと言えば、「協調路線を取るものとは協調する」「排外主義者は排外する」というほとんどトートロジーのような派閥争いなのである。乾と木場が協調するのは同じ勢力に属する者に対してだけだ。確かに草加は「オルフェノクオルフェノクというだけで許さない」という単純な排外主義だったが、乾もまた「排外主義者を排外主義者というだけで許さない」という意味では二階の排外主義者に過ぎない。ここに来て、①②勢力と③④勢力のカテゴリーは大して変わらないことがわかってくる。自分と異なる思想を持つものを許容するような、清濁併せ呑む本来の多文化主義的な寛容さは乾にも木場にもない。

こうした歪みは劇場版『パラダイス・ロスト』で更にはっきりと描かれた。冒頭から人間コミュニティと木場一派の共存が試みられる割には、クライマックスの闘技場シーンでは人間代表とオルフェノク社会の壮絶な闘争が描かれる。乾が全てのオルフェノクに対して敵対的な目線を向けながら闘技場を出ていくところで映画は終わる。
木場と乾は個人的に協調するものの、その協力関係はオルフェノク種族と人間種族の戦争状態には無関係であるどころか、戦争に際しては明確に人間種族側に加担するのだ。局所的な思想間の対立としては和解できるが、大局的な種族間の対立としてはむしろ敵対的な態度を取るという555のスタンスがはっきりと表れている。

補足319:テレビ放送版は全50話もあるので途中で錯綜することもあるが、劇場版は短くて一気に作られるだけにテーマが直截に描かれるらしいということがわかってきた。

結局のところ、555における倫理性とは「仲良くできそうなら仲良くするが、仲良くできそうになければ敵対する」という原始的な内輪の連携に過ぎない。表面的には共存を掲げている割にはその実態は相手によって態度を変えているだけという、二枚舌な欺瞞的態度として捉えることもできよう。
とはいえ、『龍騎』までを踏まえるならばあまりにも常識的な回答が提出されたことの意味はそれなりに重い。異なる信条を持つプレイヤー全てを守ることなどできはしないということは城戸の挫折によって既に示されているからだ。だからといって開き直って無秩序なバトルロワイヤルに戻るわけにもいかない、ならば、まずは協調できそうな相手を見つけて可能な範囲で地道に派閥を組んでいくという回答は建設的なもので有り得る。それがいかに幼稚な利害関係であろうとも、正義は少しずつ再建していくしかない。

20/8/19 ダブルマスターズドラフト攻略

ダブルマスターズドラフト

久しぶりに真面目にカードゲームをしたので書きます。この環境の実績は特にないですが3万字以上あります。

全体的な印象

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アーティファクト推しセット。アーティファクトが大量に収録されているほか、緑を除いた全色にシナジーがある。緑だけアーティファクトが無い代わりにディッチャが豊富。

・装備品も多い。マジックでは装備品というシステムが強いため存在感は大きい。小粒クリーチャーを強化して殴れるため2/2以下の賞味期限が長かったり、フライヤーを強化してお手軽にフィニッシャーを作れたりする。

・パックあたり2枚のレアが売りだが、性能がピンキリすぎて意外とボム環境ではない。レアのボムはアーティファクトクリーチャーだったり装備品だったりするのでディッチャで処理しやすいというのもある。

・公式記事で書かれていたほどアーキタイプ環境ではない。初手のピックでコンボを揃えてそれに突っ走ることはほぼないし、デッキ全体の一貫性よりも細かいシナジーと色の住み分けの方が重要。

・ディッチャが除去としてカウントできるため全色に除去がある特殊な環境。白と緑と赤がディッチャ、青がカウンター、黒がクリーチャー除去。ディッチャはメインから除去で使える上にボム処理の役割も担える。

補足316:アーティファクトとエンチャントの片方しか破壊できないカードをディッチャと呼ぶかは諸説あるが、このセットではアーティファクトが割れれば同じようなものだし、呼び分けるのも面倒なのでとりあえずアーティファクトが割れれば全部ディッチャと呼ぶ。

・多色は狙いにくい。緑や土地の多色基盤があまり強くない。アーティファクトからは色マナが出るが、使用回数が限られているものが多いのでタッチしたカードを引く前に使い切りがち。「後半でもいいから使いたいボム」をタッチする場合は基本土地を一枚は入れておく。土地絡みにはコモンにウルザトロンもある。

・クリーチャーのサイズ感が独特で、1/1が出やすく、2マナ域に2/1がやたら多く、上限はほぼ3/3、4/4以上は稀。特に素でデカいファッティがほとんどおらず、緑ですら4/5止まり。素のサイズだけだと3/3以下の細かい小競り合いになりやすく、相対的に装備品とフライヤーの存在感が大きいほか、ダブルブロックが発生しやすい。

アーキタイプ

大雑把に分けると、アーティファクト関連とそれ以外がある。

まずアーティファクト絡みのアーキタイプについては、キーカードらしきキーカードはあまりない。確かに強力なカードはあるものの、アーティファクトはいずれも汎用性が高めでデッキの特化を強く要求しない。また、アーティファクト自体の枚数が多い上、どの色にもあるので食い合いにもなりづらい。何か特別なキーカードを求めるというよりは全体のバランスやシナジーを意識する方が大事。

その一方、アーティファクト以外のアーキタイプには明確な指針とキーカードが存在しており、キーカードから入ってそれを活かす構成に向かうのが理想的。ただし、汎用性が高くシナジーの多いアーティファクトを混ぜて誤魔化せるため、デッキの要求完成度は緩めでアドリブもかなり効く。アーティファクトとのハイブリッドになることも珍しくなく、例えば緑白トークンでは装備品をトークンに付けて殴る動きが強いので、頭蓋囲いが取れたらアーティファクトを多くするのが望ましい。

全体的に、デッキ全体のアーキタイプというよりはもう少し小さな単位のシナジーパッケージでデッキを作るイメージ。アーティファクトパッケージを寄せ集めてデッキにしてもいいし、アーティファクト以外のパッケージにアーティファクトパッケージを加えることもできる。色と用途について汎用性が高いカードが多いため手を広く持ちやすい。まずは色によるポジションをしっかりと確保した上で、その中でシナジーのパッケージを組み合わせていくようなイメージ。

勝ちイメージ

具体的なアーキタイプの前に、だいたいの勝ちイメージは以下の通り。
これらの勝ちイメージのうちどれかは無いと辛い。ありがちな失敗が飛んでない良質なクリーチャーをマナカーブ通り並べるだけで勝とうとするデッキで、3マナくらいまでは有利を保てるがそれ以降は地上が固まってモジモジしがち。

装備品のサイズで上回って勝つ

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このゲームは装備品というシステムが強いためわかりやすい勝ち筋。特にファッティが不在の今回、適当な小粒に+2/+2も付ければ装備品のないクリーチャーを上から叩けるようになることが多い。装備品が強いのはダブルで受けられても不利なトレードにならないこと。主に膠着させてから止められないサイズを作って黙々と殴っていくパターンと、序盤からある程度ライフを削ってから装備品で押し込むパターンがある。

フライヤーで空から殴って勝つ

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ファッティがいない割に横並びしやすい環境なので地上が決定打を欠いて膠着しやすく、その上をフライヤーが駆け抜ける展開が少なくない。戦略としては装備品を付けて上から殴る場合とそう変わらず、止まらないクリーチャーをクロックにして押し付けていく。フライヤーに装備品を付けるのも強い。飛行のサイズ感は割と大きめで3/3くらいのやつがよく飛んでいるが、装備品一枚でひっくり返せる数値。

大きめのクリーチャーで淡々と殴って勝つ

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いつもならバットリのグルールか除去のラクドスあたりの得意技だが、今回は緑が特に強烈。緑にはディッチャ内蔵クリーチャーが複数存在し、ETBでアーティファクトクリーチャーを破壊して道を空けながらデカブツでアタックというネクラタルもビックリの動きでゴリ押せる。小粒の多い環境ながら緑だけはサイズも大きめで打ち負けにくく、アーティファクトに対するヒール役を確立している。

システムをガチャガチャしてアドバンテージで勝つ

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アーティファクトらしくコンボを組み合わせてガチャガチャする要素が用意されており、継続サルベージやサクり台ギミックや砲台を作って莫大なサイズやアドバンテージで勝利するパターンがある。一番わかりやすい例で言えば、マイアの回収者2枚で無限回収コンボを組み、無限に何かをしたりする。全色で可能。
汎用性の低い特定のカードを揃えて無限コンボを作るイメージではなく、単独でも使えるカード2枚で作れる小規模なアドバンテージコンボが雪崩れていくイメージ(1+1が3になり、3+3が8になっていく)。汎用性の低いカードを入れる必要はなく、むしろ汎用性の高いカードを最大まで上ブレさせていく。最終的には各カード評価に還元される部分だが、小さなシナジーを見逃さないようにしたい。

ハマれば強いカードをエスコートする

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最大値の大きいカードのブン周りパワーを押し付ける。五光のプリズムから一気に2マナブーストしたり、活性や地図でトロンを揃えたりする。レアが絡むことも多く、再現性は微妙なものも含めて多分まだ知らないものがいくらでもある。有名なものではソプターコンボやマリッドレイジもあり、暇なら相方を取っておくといつか成立するかもしれない。

各色アーキタイプ

上にも書いたように、アーティファクト関連デッキは独立したアーキタイプというよりは各色パッケージの寄せ集めの方が近い。それは各カードの使い方に還元されてくるので、特に各組み合わせ固有の要点だけ書く。

青白アーティファクト

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粘り強いアーティファクトデッキ。
フェアリーの機械論者や白のサルベージ系でアドバンテージを失いにくく、それらを活かすためにアーティファクトの量を確保することが重要。デッキのアーティファクト比重を高めたいので、盤面を作ったり戦闘で死んでサルベージ対象になったりするアーティファクトクリーチャーの価値が高い。一応サブギミックとしてブリンクがありそうだが、使わなくてもいい。

白黒アーティファクト

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万能型のアーティファクトデッキ。
白の粘りに黒の除去が加わり、高い対応力を持つ。この色特有のシナジーとしては処刑人の薬包が強力で、3マナ除去を白の豊富なサルベージで何度も拾っていけるため、黒の無い相手にはそれだけで完封を狙える。

赤白アーティファクト

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装備品寄りのアーティファクトデッキ。
装備品特有のギミックとしては血まなこの練習生やカズールの徴収者があるが、これらが無ければ成り立たないわけでもない。赤はいつも通り殴っているときに性能を発揮するカードが多いので、殴り続けるという前提の下、強引に殴って消耗したところを白でリカバーしたりフライヤーで押し込んだりできると良。

青黒アーティファクト

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アグロ寄りのアーティファクトデッキ。
コモンのカラーリング専用カード寄生的な大梟がライフレースでかなり強い上、青黒以外には取られにくいため集めやすい。また、霞の悪魔や秘宝を追う者で2マナからクロックを刻みやすく、普段はコントロールのカラーリングだが妙にライフレースしがち。
ただしこの色の組み合わせのみディッチャが無いため、通ってしまった装備品の対処に困ることには注意。装備品はシステムが強い上にボムはアーティファクトなことが多いので、ディッチャが無いビハインドはわりと重い。二色剣や殴打頭蓋が入ったデッキと当たった瞬間に詰みかねず、土牢やカウンターなどの数少ない対処札を大切にしておきたい。

赤黒アーティファクト

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アグロ寄りのアーティファクトデッキ2。
どちらのカラーも攻撃時・自ターン中に発生する修正が多く、積極的にライフを詰めていける。序盤からライフを詰めてブロックを強要させてから黒の陰鬱を誘発させる流れが強く、ハマったときは一瞬で押し込める。

赤青アーティファクト

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パッとしないアーティファクトデッキ。
多分アグロっぽくするのが良いのだが、青黒と違って青のライフレース最強カード寄生的な大梟が使えないのが痛く、この色だけの強みがあまり見えない。やるならアグロ寄り、赤で稼いだライフを青のフライヤーで押し込むような感じだとは思うが、青黒か赤黒で良さそう感が否めない。 

緑白トーク

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いつもならトークンを並べてバーランで押し込む面突破デッキだが、今回はバーランがほぼ無いのでその路線はやりづらい(今回唯一の全体バフである補強は弱すぎる)。オドリックの十字軍や森林の勇者を育てたり、トークンに強めの装備品を付けて相討ち上等の鬱陶しいアタックを繰り返す点突破の動きの方が強い。バーランに全てを賭けるデッキではないので、ハスクと組み合わせて髑髏覆いや選別の高座でサクることも多い。全体強化してフルアタックの勝ち筋が無いので適当に横並べしてても弱いことだけ注意。

青緑ランプ

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緑はともかく青のコモンに珍しくマナクリがいる。パーツは拾いやすいが明確な弱点が二つあり、以下をフォローできないと弱い。
まず弱点の一つ目はランプして出したデカブツがあっさり除去されて終わること。この環境のファッティはアーティファクトクリーチャーが多いのだが、ディッチャを含めて除去が強いためかなり殺されやすい。二つ目はせっかく出したファッティのアタックを適当にチャンプで凌がれてフライヤーや横並びに残りを削り切られること。防御力のあるファッティが少ないのでランプしている間に減ったライフを捲き返しにくい。
これらの弱点をフォローするためには、
・除去耐性のあるファッティを採用する(例:ギルドパクトのスフィンクス
・出たときにアドバンテージのあるファッティを採用する(例:砂岩の予言者)
・リアニを使って安くリカバーする(例:アーギヴィーアの修復術)
・盤面を支えられるマナクリを使う(例:エルフの逸脱者)
などを意識的に組み込む必要がある。マナソースとフィニッシャーしかいないような極端なランプデッキはかなり弱い。トロンについてもマナクリが土地サーチに置き換わるだけで意識することはだいたい同じ。

赤緑湧血

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序盤から殴っていき、バットリで安く相手クリーチャーを除去しながらトランプルダメージ込みで押し込んでいく古典的なグルール。今回は赤を中心に湧血パッケージが収録されており、クリーチャーにもバットリにもなるおかげで引きムラの問題に悩まされにくい。装備品のマナを食う弱点を突けることと、クリーチャーのサイズが小さめでバットリが有効に使いやすいことから、環境での立ち位置も悪くない。

緑黒ハスク

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緑でトークンを作って黒で投げるやつ。黒はハスクサポートのカードが多いがタッグを組めるのがほぼ緑だけで、黒緑専用のようなカードも多い。機能的には除去・フライヤー・アドバンテージ源などの要素が安いカードに一通り揃っているので組みやすいが、役回り的にはトークン・サクり台・サクったときリターンのあるカードをバランスよく取っておく必要がある。 トークンだけでは動きにくく、黒の陰鬱カードを強く使うにはサクり台が2枚くらいは欲しく、最終的にフィニッシャーになるカードも欲しいなど、珍しくデッキ全体の完成度を要求するアーキタイプ

青絡みのリアニ

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青の4マナコモンにアーティファクト専用リアニメイト呪文アーギヴィーアの修復術がある。リアニメイト対象のアーティファクトクリーチャーが多く存在すること、青にはファッティを墓地に送れるルーターが豊富なことから、青単独でのリアニメイトが成立する。
リアニはいつもなら黒と組むところだが、今回の黒は別に納墓系の呪文があるわけでもない。また、釣るのは大抵アーティファクトクリーチャーなのでアンコ以上にしかない黒のリアニをわざわざ取らなくてもアーギヴィーアの修復術で事足りることから、理論上はどの色との複合でも青リアニが成立する。赤にルーティング(安堵の再会)とリアニメイト(財宝発掘)があるので赤青で組みたくなるが、赤の前のめりな性質とはあまり噛み合っていない。
青はリアニに加えてランプもサポートしているのでつい複合したくなるが(別に複合してもいいのだが)、強み弱みはあまり被らない。ランプの弱みは大型が除去されやすく押し込まれやすい環境のため、大型を殺されたときにテンポ損・アドバンテージ損を取り戻せないことにある。一方、修復術を用いたリアニはアドバンテージ的にはルーティングで枚数損することがなく、テンポ的にも最速で4マナ以下で動き切れるためランプの欠点をケアして大型を構えやすい。
その一方、リアニはファッティ・ルーター・リアニの三枚コンボであり事故りやすいことが課題となる。コンボとはいえルーターでファッティを切っておいてリアニ呪文を待つという時間差が許容されることから、タッチ風に投入したり妥協でリアニする対象を持ったりすると安全(サイクリングで自発的に墓地に行けるガラス塵の大男が典型的)。

各カード評価

各色のコモンとアンコモンについて書いたあとその他についてまとめる。

安定した色。アンコ以下のクリーチャーの質が高く、癖が少なく使いやすい割にシナジーで上ブレしやすい。大まかにはアーティファクトシナジートークシナジーに向かうが、要求が緩いためハイブリッドっぽく使ってもいい。白にしては珍しくアグロというよりは継続戦闘能力に優れており、アドバンテージを失いにくく粘り強いカードが多い。

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アドバンテージを失わない小型クリーチャーだが今回は後半に装備品を付けて殴りにもいける。環境柄1/2というサイズがやたら強く、1Tにこいつが出るだけで盤面が強くなりやすい。1/1を打ち取り、2マナに多い2/1と相討ち、2/2の横に並べばダブブロで3/3を討ち取れる。
アーティファクトシナジーは見た目ほどは無い。特に白のアーティファクトサポートは唱えたとき・戦場に出たとき・墓地回収などの実体を要求するものが多いため。他の色と組み合わせてサクったりもできるが、調査トークンは普通にドローするのがかなり強いので無理しなくてもいい。

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強くはないが、安いコストかつタップ無しで何体にでも絆魂を付けられるのは絆魂付与システムとしてはかなりの性能。マナの余る後半に出てきてライフレースをひっくり返すことも珍しくなく、バニラだと思っているといきなり暴れ出す。 

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最強クラスの熊。2/2/2で適当に序盤を支えて中盤以降は安いコストで何でも強化できる。細かいクリーチャーが殴り合う環境でデカブツが少ないので+1/+1修正が相対的に強く、1マナという安い装備コストが光る。生体武器とは異なり武器を外してもトークンが死なないので、装備を他に付け替えつつ兵士はチャンプに回すこともよくある。

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2マナ域にしては強め。装備と組むと装備先を自前で作れるのが偉い。トークン生産カードではあるが、白緑トークンでなくても全然使う。逆に白緑トークンでもあまりアーティファクトが入らなかった場合は抜けることもある。

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二段攻撃のおかげで素でも概ね2/2換算、装備品が付いたときの有利トレードと大ダメージの二択による圧が強い。素でもぼちぼちながら上ブレに無限の可能性がある良カード。特にこの環境に多い2/2/1を一方的に倒せるのが偉い。代わりに1/2と相討ちになるが、検査官以外あまりいないので気にすることはない。

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見た目より汎用性が高い。適当に使っていても3/3/3くらいは狙え、それ以上になればラッキー。4マナ以上があまり大きくない環境なので要求ラインが低く相対的に上ブレしやすい。トークンデッキではフィニッシャーを務めるが、そこまでトークンに寄せなくても意外と活躍してくれる。

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多機能で強力な中堅コモン。小型の多いこの環境では3/3/3は上から叩かれにくい十分なサイズ。どっちのモードも割とよく使い、相手のボードが2/1や2/3なら強化モード、装備品を付けたりしたいときは生成モード。他色のカードと組んでもトークンをサクったり何かを誘発させたり細かいコンボも多い。

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優秀なフライヤー。狙いすぎなくても自然にコンボになるカードが多く、白のコモンだけでもスレイベンの検査官や聖域のガーゴイルを飛ばしてアドバンテージを稼げる。ブロッカーを一時的に飛ばしてダメージを通したり、トークンを殺したり、蓄積カウンターを0に返したり、とにかく色々できる。単独の削り性能もなかなか高く、このセットに1/1フライヤーはほとんどいないので空中でモジモジすることも少ない。

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検査官と並んで単独でアドバンテージを稼ぐ白の優良コモン。更に白のコモンでは唯一のアーティファクトクリーチャーであるため、これ自身も含めてサルベージの対象にしやすい。倒れしものの記憶でこいつを拾ってから更に回収が連鎖していく動きは圧巻。

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能力とスタッツと環境が噛み合っており、見た目より遥かに強い。破壊不能&絆魂とは要するにチャンプアタックにならない限りは得なアタックが出来るということで、小粒の多いこの環境には素で3打点を止めるクリーチャーはほとんどいない(むしろ問題は1/1トークンの群れや2/1に足止めを食らうこと)。起動にマナがかからないため相手の除去に合わせた場合はその分だけテンポ得。
装備品が付いたときが真骨頂で、誰にも止められない破壊不能が大量回復してライフレースを破壊していく。サルベージに長ける白は手札コストもそこまで重くなく、むしろアドバンテージ戦略を正当化できる。

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数少ない4/4サイズを作れる。基本的には単独で強いカードだが、白と青にあるブリンクでゴーレムを増やすこともある。ゴーレムをバフしてくれていることを忘れがちで、適当にサクって取返しが付かなくなることが稀にあるので注意。

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強力なコンボマシーン。ハマれば大抵のレアより強い。自発的に生け贄に捧げられる軽いアーティファクトと組み合わせることで無限アドバンテージとなる。特にミシュラのガラクタとの相性は2マナ1ドローと凄まじく、回り出せば1枚でゲームを破壊する。他のアーティファクトでも決して悪くなく、彩色の星なら3マナ1ドロー、黄鉄なら3マナ2点火力。処刑人の薬砲や歩行バリスタと組むと除去が撃ち放題になる。

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2/2や3/3をちょっとだけ大きくして殴りたいカード。本体のフライヤー性能も悪くないので、無理にバーランとして考える必要はない。バーランと思って1/1トークンと組み合わせても2/2は普通にブロックされるサイズ。出るついでに上から叩いて5点くらい削れれば十分。

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白にありがちなバットリだがいつもより少し弱い印象。ダブマスでは白は珍しくテンポで殴っていくというよりは装備品で上から叩いたりアーティファクトでアドバンテージを稼いで勝つ形になることが多く、バットリが強い状況になることがそこまで多くない(ライフを詰めていてブロックを強要できる状況)。

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とにかく環境との噛み合いが悪い。この環境でタフネス4以上のファッティは装備品で出来ていることが多く、そいつを殺したところで装備品を他のクリーチャーに付け替えられるだけ。タフネスが3以下のシステムクリーチャーやフライヤーの脅威も多い。基本は取ってもサイドで、少なくともディッチャよりは優先しない。

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こちらは文句なく強い。だが基本的に強いという前提であえて注意点を書くならば、この環境はディッチャを除去にカウントできる&装備品環境である都合で相対的にウェイトが下がっており、これを流して他のカードを優先した方がいいこともままある。

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パスよりは弱いが、コモンなので見かける機会が多い。装備元を残してしまうことは気になるものの、3マナインスタントで何でも追放してくれるのは上出来。インスタント除去であることは環境的にもぼちぼち強く、相手の装備からの攻撃を見てから除去することで装備コストを無駄に払わせられたり、ダブブロを無力化したりできる。この環境は細かいクリーチャーが並びやすいのでダブブロが発生しやすく、インスタントで介入できるカードがいつもよりちょっと強く感じる。

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見た目より遥かに強力なアドバンテージカード。こいつで白いアドバンテージカードを拾って更に連鎖していく動きが凄まじく、アドバンテージではなかなか負けなくなる。一見すると2枚回収の条件が厳しく思えるが、どちらの対象にも含められるアーティファクトクリーチャーが大量に存在するため、2枚回収できない状況はほとんど発生しない。更にボムはだいたいクリーチャーかアーティファクトなのでボムの再利用もこなせ、白のアーティファクト戦略において勝利貢献度の高い一枚。

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いつもだったら2周目後半くらいで適当に拾うカードだが、今回は1周して残っていれば僥倖。この環境は回収カードが多いので追放するのは地味に偉く、ボムを拾おうとウキウキしているマイアの回収者くんを追放することも多い。

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打つだけでアドが取れる最強ディッチャの一角。リーサル以外タップで使うことはないが、逆にリーサルでタップ能力を忘れがち。

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トークンデッキなら非常に強力。最終奥義というよりは堅実な全体バフとして使え、あまり大型が並ばない環境なので2回も誘発すれば大抵は相討ちか上から叩けるステータスとなる。コジレックの捕食者あたり1枚で2回誘発させるカードを合わせたい。
とはいえ、単独で仕事をせず後引きのトップで使えない4マナエンチャの採用にはそれなりにリスクがあり、こいつを強く使うにはトークンデッキとしての高い完成度を要求される(具体的には1枚で2回以上戦場に出られるカードがたくさん入っているかどうか)。中途半端な出来なら、これを入れずにトークンの強化は装備品に任せた方が強い。

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かなり弱いバーラン。トークンデッキにも他に勝ち筋が無いときの祈り以外では入れたくない。パワーだけバフしたところで上から叩けないので相討ち止まり、中途半端なトレードでライフを削り切れない割には戦闘後の盤面がかなり弱くなってしまい、トークンでオドリックの十字軍を強化したりサクってリソースにしたり装備先にしたりなどの強い用途に使えなくなるのが痛い。

癖が強い色。アーティファクトシナジーが多いところは白と似ているが、カード単独での性能はそれほど高くなく、代わりにデッキに一貫性を要求するカードが多い。どのカードもきちんと活かすには意図を持ってピックしていく必要がある。また、見た目は強そうだが使うと強くない罠っぽいカードが多い。

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強くはないが地味にスタッツは高く、アーティファクトクリーチャーであることにも需要がある。サイズが細かい環境なので1/4というサイズはトークンを捉えたりダブブロに回ればほぼ無料でパワーを1加算してくれたりもする。2マナ域としてはギリギリ妥協で入れてもいいくらいのライン。
タップで強力な能力が起動するシステムアーティファクトはあまり多くないため、通電式キーのようにアーティファクトをアンタップしてガチャガチャやっていることよりはクリーチャーに疑似警戒を持たせていることの方が多い。

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青にたまにいるアンブロの中でも素の打点が2あるので割と強い方、装備品を付けると更にダメージは加速する。これを誘発させるためにアーティファクトを多く取っておきたいため、通路の監視者とかを取ることが正当化されてくる。後半は少しモジモジしたりもするが、アーティファクトを出すたびに2点+αのバーンと思えば悪くない性能。実は伝説で誘発することをよく忘れる。

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素でパワー2ありつつ無料でわりとコンスタントにルーティングしてくれる有能。単体で適当にルーティングしていてもかなり強いが、今回の青は修復術でのリアニができるのでリアニ対象を捨てておく役割もある。
黒の楕円競争の無謀者と強烈なシナジーを形成する。アーティファクトを唱えるたびに1ドローして楕円競争の無謀者を捨て、唱えたアーティファクトが着地したら楕円競争の無謀者を回収という流れでアーティファクトを唱えるたびに無料で1ドローできるようになる。

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効果が使えればライフレースを大幅有利にする優良フライヤー。4点はアタック1.5回分ほどの価値があり、ライフを詰める青黒をやる十分な理由になる。地味に生体武器の細菌トークンで誘発する。黒以外と組んだ青でもフライヤーが他に取れておらずアーティファクトクリーチャーの需要が高ければギリギリ使ってもいい。

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マナクリが珍しく青にいる。本体の異様な打たれ弱さからランプにしか需要がなく、卓内での位置取りに使いやすい(こいつが安く返ってこない卓でランプはやってはいけない)。ランプというアーキタイプを慎重に組むべきなのは冒頭に書いた通り。この環境には1点火力がないので適当に殺されることが無いのは幸い。

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シナジーカードっぽい見た目だが限りなく罠に近い。一見するとブリンクの亜種だが、毎回マナがかかるという負担はかなり重く強く使うのは難しい。「毎ターン簡単に出し直せるほど安い」&「出すたびに得をする(ただの維持コストにならない)」を満たすアーティファクトがほとんどなく、胆液の水源や組細工でギリギリだが、展開の手が止まるリスクを同時に引き受けることになる。
早い段階から出すと実質的なアップキープコストでこいつにかかりきりになってしまうため素早くクロックを刻んでいくのには向かない。マナが余っており使用済みアーティファクトがバラ撒かれている段階でおもむろに出てくるのが無難。

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激情の共感者と違って本体に一応戦えるサイズがあるのが嬉しいところ。アーティファクトが濃いデッキではフェアリーの機械論者の方が強いという説もあるが、重いボムを取れたランプかリアニでは採用圏内。

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下準備なく出すだけでアドバンテージが取れるコモンの強力フライヤー。こいつのために青絡みのアーティファクトデッキはデッキ内のアーティファクト比重を高く保つことが要求され、ダークスティールの城塞をピックしたり生物をアーティファクトクリーチャーで埋めたりする動機が生まれる。デッキさえ整っていれば素で出してよし、ブリンクしてよし、装備してよし、サルベージしてよしの万能カード。こいつを強く使えるデッキを組むのが青のアーティファクトデッキのコツ。

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シナジーカードっぽい見た目だが限りなく罠に近い。蓄積カウンターシナジー自体があまり強くない、出るタイミングが遅い、サイズが弱すぎてクリーチャーであるリターンが薄い、もっと軽い蓄積サポートが無色にある。

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コモンフライヤーの覇者。白や赤が5/3/3であるのに対して、飛行の色である青は5/3/4。素のサイズとしてはコモン以下の空中戦では一方的に競り勝て、フライヤーとしてかなり信頼できる性能。適当に付いている占術2もなかなか便利で、このマナ域では土地引きを弾いてくれるので実質アドバンテージを稼げる。

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罠というほどではないが、使うとなかなかコンボしにくい。よく読むと一般クリーチャーをブリンクできないのが致命的で、アーティファクトでブリンクして嬉しいカードはそこまで多くない。もちろんフェアリーの機械論者や生体武器をブリンクするのは悪くないものの、むしろ瞬速で出てきてブロックすることの方が本業のような気もする。

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アンコモンフライヤーの覇者、青いセラ天。中堅フライヤーとしては最大サイズ(7マナに5/5がいるがランプ以外ではあまり見ない)。装備品が付くと警戒も生かせて嬉しい。

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リミテでは基本的にデッキをシャッフルしないため、戻したカードはすぐに引くことになり1マナ1ドローをちょっとオシャレにしただけのカードに過ぎない。一応探検の地図や灰のやせ地と合わせて手札整理を出来なくもなく、最悪普通に打っても1マナ損するだけで済むので上ブレ狙いで使ってもいい。一応フェアリーの機械論者と組み合わせてアドバンテージを確定することも出来る。

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基本的に弱いものの使って使えないこともない。相手に打つと最大サイズのクリーチャーを与えるのがかなりの痛手だがそれ以上のファッティを除去できれば得ではあり、自分に打つと1枚損するのがかなりの痛手だがアドバンテージカードでフォローできれば得ではある。当たれば嬉しいパチンコカード。

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実質1マナカウンター、バウンスしても悪くない。ハマったときはこれ一枚でテンポの全てを掌握して勝つこともある。1マナなので非常に構えやすいが、それでも構え損になることが多々あるのが限定カウンターの宿命ではあり、こいつを無理して構えるよりは展開を優先した方が良いことが多い印象。マナが余ったら構えて、最悪バウンスで使うみたいな感じ。

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罠のカード。普段なら一応の除去だが、意図的にファッティが少なくされた環境であることが猛烈な逆風。結局のところ相手の脅威はただの3/3だったり、1/2に装備品が貼られたり、ハスク絡みの成長クリーチャーに+1/+1カウンターが乗ったものだったりすることがほとんど。それらをソーサリータイミングで1/1にしたところでうまみはほとんどない。クリーチャーを殺せずバットリとして使えないマイナス修正みたいなもので、テンポも取れないし除去ですらない。重いボムなど明確な付け先があるときのみサイドインする。

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よくある3マナの確定。オマケのように書いてあるライブラリーの上下に置ける機能が地味に使えて、これを構えたあと相手が雑魚呪文しか唱えなかったとき適当に打ち消してライブラリトップに置くことで実質的なハンデスとして使える。ボトムに送る方もサルベージ封じとして機能し、どうせ最終ターンにしか出ないカードは脅威ではないので使い回される心配もない。ただし無視できない裏目として、サーチカードで拾われるパターンと、古きものの活性のような更にボトムに送るカードを使われることで邪魔で沈めたカードが相対的に上にあがってくるパターンがある。

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適当に組んでいても即席を使いやすく、割とすぐ2マナになり、土地が4枚も並ぶ頃には1マナで打てるようになる。終盤には弱いので長期戦に強い青白よりは早めに動く青黒や青赤の方が強く、マスカンをキャッチするというよりは打ち消しながらクロックを刻むイメージを持てるデッキに向いている。

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順当に強い。ただしサイズ的な切り返しを装備品に頼っている場合、ドローでのテンポ損を取り返すのに時間がかかるので注意(クリーチャーを出して装備品を出して更に装備コストを払うのに大量のマナが必要)。大型の5マナ飛行など、大きめのカードで即座に切り返せるようにしておいた方が安全。これ系のカードが毎回言われていることだが、後半はアーティファクトがあっても土地2枚を捨てる選択肢を持つと良。青絡みのリアニでは大型アーティファクトを捨てて修復術に繋ぐルートを担う。

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知識の渇望の下位互換かと思いきや、土地1枚捨てで済むのが地味に嬉しくドロー感はもっと便利。これも知識の渇望もドロー枚数が多いので、2枚も打つとお互いに決め手を欠いたときにはまず間違いなくこちらが先にライブラリアウトすることは注意。

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青のリアニのキーカード。豊富なルーターから大型アーティファクトクリーチャーを落としてこれで拾うのが青のリアニ。キーカードだがコモンかつリアニデッキ以外での需要が低く、卓で喧嘩していなければ安く拾える(逆にこれが安くない卓ではリアニをやるな)。大型アーティファクトクリーチャーは7マナがアンコに2枚、コモンに1枚だが、せっかくならレアに大量にいるゴーレムやリバイアサンも釣りたいところ。クリーチャーでないアーティファクトが釣れることを地味に忘れるので注意。

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見た目よりはカードを引きやすい。CMC参照なのでマナカーブ通り動けば4枚引ける。とはいえ、5マナソーサリーともなるとテンポ損が許容範囲を超えてきており、これを安定して打てるのは盤面を放置している余裕のあるデッキに限られる。ランプやリアニではフィニッシャーの着地に成功したあと更にこれで追い大量ドローしたくなるが、都合の良すぎるオーバーキル感は否めない。

除去がやたら強い。質の高い除去がコモンとアンコに複数存在している。ただし素のクリーチャーサイズは大きくないので除去のリターンが小さめなこと、他の色にもディッチャがあることから、相対的に見た目ほど除去が強いわけではない。除去を山ほど抱えているのに装備品が割れずに敗北というのが黒にある寒い負けパターンで、相方の色からディッチャを摘まんでおいた方がよい。
クリーチャーにはそこそこ癖があり、強いカードが陰鬱に寄っている。ライフを詰めているときかサクり台があるときに真価を発揮するものが多い。

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最速で出てもカード1枚使う割に削れるのはせいぜい5点程度、装備品とも組み合わせられる殴るクロックカードの方が強い。マイアの回収者やオーリオックの回収者が回っているときに横に置くと強そうではあるが、その時点でこいつがいなくてももうかなり有利。

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別に強くはないが、早い段階から1マナジャンプできるのは2マナクリーチャーのオマケとしてはなかなか。黒絡みのハスクっぽいデッキを組むときに2マナ域として取ることが多いが、サクって嬉しいというよりはサクっても悲しくはないくらい。このセットに多い2/1連中は生きている限り仕事ができるシステムクリーチャーがほとんどだが、こいつは珍しく生きていても何もしない。

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実質バーンカードみたいなフライヤーで、序盤はアーティファクトが出るたびに2点ずつピシピシ入れていき、後半は装備品が付いたりアーティファクトを2枚出したりして誤魔化しつつ暇なときに上から殴っていく。相手ターンには0/1でチャンプしかできない殴り専用機なのでライフレースが出来るアグロ寄りのデッキにしか入らない。基本性能は完全アンブロの秘宝を追う者の方が上だが、こちらは黒なので寄生的な大梟に綺麗に繋がるのと、アーティファクトを唱えなくても誘発するので多欲なドラゴンに反応するなどの違いがある。

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別に悪くはないのだが、こいつにしか出来ない仕事は特にない感じ。付与するのは接死止まりでアンブロではない上にタフネスは上がらないので、気合を入れて強化すると普通にブロックされることが多々ある。自分自身にも修正を付けられるので相手の場次第ではそれなりにライフを削る。ちなみに瞬速アーティファクトは存在しないのでバットリとしては使えない。

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暗黒の深部とのコンボばかりが有名だが、単独でも2/2/1先制に加えてハイドラや蓄積カウンターを睨める悪くないスペックのカード。先制のおかげで装備品との相性も良いが、(遅く出てもサイズ不足なので)早く出したいカードの割には多色化しにくいこの環境では2ターン目の黒黒が意外と出ないことに注意。

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貴重なサクり台であり相対的にアーキタイプ需要が高い。サクり台としては基本的には選別の高座の方が強いのだが、そちらはアンコなのでコモンのこちらで妥協することはよくある。本家ハスクと比べるとインスタントタイミングで起動できないので見えないプレッシャーをかけられないのが痛いが、修正が永続する安定感でトントン。サクり台の強みは陰鬱を安定して誘発させることにあり、こいつは大きくなった結果として上から叩けそうなら殴るくらいの温度感でいい。

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黒のフライヤー。オマケのように付いている接死も装備品を付けたフライヤーを睨めるので悪くはない。
コストを軽減する場合、自ターンにクリーチャーが死ぬことが必要になる。この達成手段は主に二つあり、一つは序盤からライフを詰めて相手にブロックを強要すること、もう一つは自発的にクリーチャーをサクれるギミックを入れておくこと。これはカラーによって分かれる部分で、前者は赤黒、後者は黒緑で典型的。逆にほとんど軽減を望めないのはライフを詰められるデッキでもないのにサクり台を入れていない場合で、そういうデッキでは4マナで出すことを覚悟しなければならない。

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アンコっぽい雰囲気だがコモンで地味強い。このサイズならば素でも相討ち、装備しても前のめりに突っ込んでいける。損しないのでサクるのにも向いている。4マナの時間に2マナを蘇生してもサイズ的には弱いことが多いので、スレイベンの検査官やマイアの回収者のようなアドバンテージクリーチャーが拾えるとベター。最速でこいつを出したときに何かが蘇生できるよう、2マナクリーチャーが5枚くらいは欲しい。ただし生体武器は蘇生対象ではないことに注意。

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回収条件が非常に緩く、ほぼ無限リソース。ディスカードドローの多い青と相性がよく、特に謎鍛冶との相性は最高。次点で赤との組み合わせだが、青よりはディスカードの状況を選ぶのでやや強さが落ちる。捨てる予定がなければ戦場に出してもいい。環境にタフネス5以上のクリーチャーはほとんどおらず、スルーされても4点クロックは無視できないのでかなりの圧力をかけられる。戦場に出ないと割り切れば黒マナ源がなくても使えないことはないが、フィルターなどで黒が出る工夫くらいはしてやりたいところ。

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黒の安いフィニッシャー。一見すると小さく見えるが、1回パンプすれば青の5/3/4と並ぶサイズになる。適当なトークンが用意できるならとりあえず濫用して5/3/4速攻飛行として使うのも強く、見た目よりは使いやすい。ただし、大きくして本領を発揮するにはやはりサクり台で能動的にクリーチャーを墓地に送れるギミックが必要。他の陰鬱カードは相手に相討ちさせてから出すこともできるのだが、このカードは先に出す必要があるので出した瞬間に相手が相討ちを渋りがちになる。

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強力な黒いカヴー。ほとんどのクリーチャーを一撃で沈める。ただしホネツツキと同じで効果を使うには序盤からライフを詰めているかハスクギミックがあるかのいずれかを満たす必要がある。最悪なのが遅めのコントロールに除去要員として適当に採用することで、効果を一生発動できないまま終わる可能性が高い。

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見た目よりかなり強く安いフィニッシャー。とにかく環境に噛み合っており、こいつを一方的にキャッチできるカードも綺麗に除去できるカードも非常に少ないため、一度出たら安定して殴り続けられる。6マナでフルタップで出した返しが一番脆いが、そこを乗り切ればゲームを支配できると言っても過言ではない。この環境は競合する6マナ域のクリーチャーが妙に少ないのも追い風であり、腐ったら沼サイクリングにも回せるし6マナが空いていれば適当に入れていい性能。

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この環境ではスペル以外全部落とせる。黒は比較的コンボ寄りのデッキになりやすいためリソースをこいつに割くのは少し痛く、俺は自信があるときに入れて負け筋を消すのに使っている。後引きが弱いのはハンデスの宿命だが、腐ったときにルーターしやすい青と組むと少し入れやすくなる。

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環境最強除去。アーティファクトである点がとにかく偉く、サーチからサルベージまで様々な方法で手札に入り、除去とは思えない軽やかさで領域を飛び回る。オーリオックの回収者と組んだときが最強。黒を落とせないデメリットは軽くないが、黒単色デッキは存在しないのでメインに2枚までなら入れてしまってもよい気がする。生体武器のトークンは地味に黒なので落とせない。

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性能の高いバットリ。これでETBクリーチャーを相討ちにして蘇生してアドバンテージを稼ぐのが一番強い使い方で、環境的に+2/+0修正で相討ちできることは多い。ただ、アグロ寄りの青黒などはアンブロやフライヤーをよく使うのでグルールのようにバットリが活きる展開にはなりづらく、緑黒などの方が強い。非常に軽く構えられて2アクションに繋ぎやすいので、試合展開の速いアグロ相手にブロック用途でサイドインすることも多々ある。

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リミテッドでも見た目通り強いが、強く使うにはホネツツキと同じで以下略。ただし、他の類似カードと比べて陰鬱ではなく紛争なのが便利。死ぬのはクリーチャーでなくても良いし追放でも良く、条件が数段緩い。調査トークンをサクったり適当なクリーチャーをブリンクしたりするだけで条件を満たす。更にインスタントなので相手が殴ってきてブロックするのでもOK。

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ハスク専用と見せかけて意外と汎用性が高いカード。アーティファクトも投げられかつインスタントのため、余っている何かや除去スタックで適当に投げやすい。もちろんハスクに入れてもいいのだが、ハスクでモークラットのバンシーやシルムガルの腐肉漁りを活かせるのはマナを使わず何度でも使えるサクり台である。ハスクをやるならこれ以外にもちゃんとしたサクり台を確保しておいた方が良い。

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これがコモンなのは何かの間違いだ。アーティファクト環境だからコモンでもいいという理屈なのかもしれないが流石に強すぎる。このセットに伝説はあまり多くなく、とりあえず2マナの確定除去と思っていい。黒相手に重いクリーチャーを出すと喪心されそうで怖いが、ケアはほとんど不可能なので突っ込むしかない。
一応弱い点としては、アーティファクト特に装備品に全く対応できないこと。普通のセットならそれは難癖なのだが、このセットでは相手の脅威がアーティファクトのため喪心では対応できず負けという事態も起こる。

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よくあるハンデス。全体的にはそこまで早くない環境なので適当に入れても割と活躍できる方。トークンや生け贄に反応する緑と組んだときは強襲目当てみたいな唱え方をすることもある。

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一見すると忘却の輪の亜種だが、それより遥かに強力。クリーチャーを装備品ごと封印できるのが重要で、黒で唯一の疑似ディッチャ兼アドバンテージを取れる除去でもある。相手の装備品が適当なクリーチャーに装備されるのを待ってから土牢に送ることで、装備コスト分のテンポを取りながら1:2交換という凄まじいパフォーマンスを見せる。

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小粒が多い環境なのでこれで色々流せることは多い。ハスクをやっていても意外と強い、というのは上手く組めていれば流す前に強気な回収者や選別の高座で小型を食っておけるから。割と相手を選ばず有効、上ブレもしやすいのでメインに入れてもよい。

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恐らく青黒用リアニ。ただ、この環境で大きなクリーチャーとはアーティファクトクリーチャーのことであり、リアニをやるなら青のディスカードを用いるのが安定する。そして青がコモンにリアニを持っている以上、別に黒を合わせる必要がない。流れで青黒になったときにリアニカードを水増しできるのと、フラッシュバックが活かせる機会があるのかもしれない。やったことはないので想像だけで書いているが、緑黒あたりでコジレックの捕食者からすぐに墓地から蘇生を打てるのはなかなか強いような気もする。

いつも通りアグロする色。攻撃時や自ターンにのみ能力を発揮するカードが多く、前のめりな構成が必要。いつもより除去が穏やかな気がするが、大型の少ない環境なのでこれでも十分機能する。

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パワーの上昇値が高いおかげでほぼほぼ相討ちが取れるので、見た目よりは堅実にカード交換しつつダメージを押し込んでくれる。どの装備品もだいたいパワー+2くらいはかかるのでなんか付けたら5/1トランプル、自壊しないボーライ。どれだけ強化してもトークンと相討ちになってしまうのがアドバンテージ的には辛いが、その場合は大ダメージが入るはずなのでそれが得な取引になるようなデッキで強い。

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優良な湧血。湧血の強みはバットリとしてもクリーチャーとしても使えるため引きムラが生じにくいことにあり、どちらかしか引かず動けない最悪の事態を緩和してくれる。その代わりにどっちの性能もイマイチで、2/2/1も1マナ攻撃時+2/+1も決して強いとはいえない。相手が1/1/1を出してくる場合は2マナ域がこれしかなくても出さない(殴れる目途が立たないならバットリにした方がよい)。
大前提として殴り続けるデッキで採用するカードで、バットリとして打つなら上から叩きたい。となるとタフネスが1しか上がらないのが微妙どころに見えるが、相手が無駄にクリーチャーを差し出すことはないのでこれで事足りることがほとんど。ダークスティールの斧が付いたゴブリンの小槌打ちを相手が1/1トークンでブロックしてきたとき、こいつを投げるだけでほとんどゲームが決まる。

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偽ラヴァマンサー。このカードに限ったことでもないが、赤はアーティファクト確保に特に優れないのでアーティファクトシナジーを使う場合は意識してアーティファクトをピックするか白などの得意な色に手伝ってもらう必要がある。一見すると盤面製圧力が凄そうだが、タップする都合で毎ターン1回しか打てないので基本的にタフネス2以下しか焼けず、1回ならともかく2回3回起動するとなるとコストもそれなりに重く感じるようになってくる。
こいつがコストをあまり気にせず強く動けるシーンは二つあり、一つはこれを構えた状態でタフネスが2を切ったら焼く脅しをかけながら他のクリーチャーでアタックを敢行するとき、もう一つはライフレースで余ったアーティファクトを火力に変換しているとき。

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蛮行オークと使用感が似ているカード。こいつは実際にはアーティファクトをサクらずにいざとなったら上から叩きますよと脅しをかけながら殴っていることが多い。素のサイズが1/2であるのが非常に偉く、このおかげで1/1の前でも立ち止まらずに脅しつつアタックを繰り返せるし、1回使えば3/3に相討ちされなくなる。とはいえ、アドバンテージに直結しにくい瞬間火力のためにアーティファクトをサクるのは正直かなり重く、カードパワー自体がそこまで高くない説がある。せめてトランプルがあれば。

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赤の優良アタッカー。地味そうな効果だがかなり賞味期限が長く、終盤まで4/3トランプルで殴り続けていることがよくある。基本的なサイズ感が3/3止まりなので、アーティファクトさえ出るなら強気に殴れる。トランプルが付くのも偉く、アーティファクトが複数出ても無駄にならないし、下手にブロックすると湧血で上から叩かれた挙句大ダメージが入る恐怖を与える。

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地味に軽減率がすごく、平気で4マナとか6マナとか軽減してくるので爆発力は凄まじい。相手が装備品を付けて対抗してくる前にこいつで押し込めるメリットは大きい。そのままでも戦闘に使えるサイズであり、能力持ちの赤のくせに3/2/2とかじゃないのはかなり偉い。無限の上ブレが期待できる良カード。

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どちらの能力も強力。前半の能力は1/1でアタックを刻み、相手がフライヤーを出してきたら装備を付けるなりサクるなりすればよく、悪くないリソース。後半の効果は爆発力が凄いが、変に大型クリーチャーを走らせようとするとマナカーブが上手くいかなくなるので、アーティファクトクリーチャーを出すついでに走れるくらいの認識でいいと思う。陰極器あたりが走るのでもぼちぼち強い。

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湧血と本体は皮印のゴブリンより弱いが、後半の回収効果がシンプルに強力。中盤は回収効果よりも展開を優先し、相手が「ハァハァ、凌ぎ切ったか!?」と思っているあたりで回収したい。使い回せる強化と見るとマナ効率は装備品に劣るが、ブロックを見てから撃てたり場に出たりできるため押し込み力はこちらの方が高い。今回のグルールには全体アンブロ付与のような便利カードが無いのでこいつのように最終的に押し込めるネタを確保したいところ。

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損せず打てて毎ターン使える修正であり、装備品と性質がかなり似ているし使い方もほぼ同じ。本体も殴れることや毎ターン無料で付け替えられることは装備品より便利だが、アーティファクトシナジーが無いことが欠点。湧血は骨太なクリーチャーをバックアップする方が得意だが、こちらは小粒なクリーチャーを強化する方が得意。

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露骨なコンボカード。基本的には装備品とセット運用するカードで、装備品は一度置いたら基本的には場から離れないので同時に引く必要はなく、意外とコンボは成立しやすい。赤の強化である湧血とはコンボしないことに注意(殴っているときにはもうタップしているので)。バットリでも起動できないことはなく、特に緑の森の力はフラッシュバック付きで2回4点が飛ばせるので相性は悪くない。ただ、バットリ起動だと結局2枚使って4点飛ばしているだけでアドバンテージは稼げないので、構築段階では装備品を付ける想定で。

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赤のフライヤー枠。赤は6マナ以上へのランプも色タッチもあまりしないので宝物トークンは垂涎グレムリン系のカードをバフしたり蛮行オークで投げたりする方が強い。3/3フライヤーというサイズは青のフライヤーには打ち負けるが、逆に言えばそれ以外ではあまり負けない。空はライバルが少ないため湧血との相性も良い。

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1体サクって4点分割は地味なように見えて非常に強い。この環境は小粒がにらみ合う展開になりやすい割には他に安いAoEがあまりないので色々薙ぎ払える価値が相対的に高い。6マナが出る時間なら適当に投げられる何かが余っているのでコストも気になりにくい。本体サイズも6マナと考えると小さく感じるが、素では環境最大級なので普通に戦闘に参加できる。

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この環境で邪魔なのは3/3が多いのでそのままではイマイチ。真骨頂はやはり金属術達成後にあり、そんなに意識しなくても達成しやすい。本体に打ち込めるのがすごい。

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イマイチ使い道が見えない火力。普通に殴っていきたい赤にとっては手札一枚は普通にかなり重く、5点という火力もオーバーキル気味(3点くらいで十分)。青と組んでリアニできそうな気配はあるが、他のカードの戦略が噛み合わないので素直に青のルーターを使った方が強い。

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タフネス修正せず相討ち止まりであることをキャントリップで誤魔化したバットリ。トークン戦略なら相討ちでもいいのだが、赤だと結局せっかく出したクリーチャーが死んでしまって次のターンに殴れないのが痛い(クリーチャーのマナ分テンポ損をする)。

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地味バットリ。効力の割に超過コストが安いのは偉いが、修正値がささやかすぎて綺麗にアドバンテージが稼げる展開はなかなか来ないし、相手のタフネスがこっちのパワーよりも2高ければそれだけで何もできなくなる。基本的には湧血連中の方が強く、妥協で入れてもいいくらいのバットリ枠。

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単体だと概ね武器への印加より弱いので獰猛と合わせて超火力として使いたいところだが、パワー4以上というハードルが結構高い。この環境に素でパワー4あるクリーチャーは少ないため、強化の手間が必要で2枚コンボになりがちだからだ。あまり強くはないが、赤には自発的に大きくなるクリーチャーも多いので組み方次第ではある。

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謎枠。赤にはギミック的にはルーティングの需要はそれほどなく、2マナ使って手札整理したいかどうかという話になってくる(別にそんなにしたくない)。赤黒や赤青ではシナジー要素が増えるので、他色と組むときに強いかもしれない。

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環境最強除去の一角。大抵の除去には3点で十分であり、クリーチャーとアーティファクトを両方落とせ、コストが安くインスタントと非の打ちどころがない。

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これがアンコで削剥がコモンなのは嘘。総合的に見て削剥よりは弱いが、取れば使うくらいのパワーではある。本体に5点打ち込めるメリットは決して小さくない。

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謎リアニ。赤は安堵の再会も含めてルーター+リアニという青っぽいネタをちょいちょい仕込んでいるが、赤青リアニは色の戦略が致命的に噛み合わずあまり強くない。

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あまり強くはない方のディッチャだが、それでもディッチャなので点数は高め。追加効果を使う機会はあまりないものの、忘れた頃に蓄積カウンターを+1/+1カウンターに変換してゲームを決したりする。蓄積系カードへのカウンターカードとしても振る舞え、1:1交換しつつ+1/+1カウンターが2つも乗るならかなりの性能。

唯一のアンチアーティファクトカラー。豊富なディッチャで相手の場を荒らしながら太めのクリーチャーで殴っていく。緑内でも様々なシナジーが存在している割には、他の色には漏れなく緑と組む際のギミックが用意されている好待遇ぶり(白緑はトークン、黒緑はハスク、青緑はランプ、赤緑はバットリ)。反面、どのアーキタイプでも強みをきちんと意識していなければ中途半端に終わりがちで、完成度の要求値が高い。

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1枚で2枚になる貴重なトークンカードであり、単独で見ても概ね熊相当のバリューがある悪くないカード。1/1は環境に多い2/2/1と相討ちを取れるためいつもより価値が高い。アタックはすぐできなくなってしまうが、ブロックに回せばむしろ小回りが利く。

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緑の数少ない多色サポートだが、アドバンテージを損するので使いにくい。大抵は適当なクリーチャーをブロックして起動するのだが土地がアンタップインなので相手がメイン2に先に展開できるのも辛いところ。多色にせよランプにせよ、こいつを使うならテンポもアドバンテージも必ず捲るという覚悟が必要。

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緑しか出ないタイプのマナクリ。獰猛を達成するのがかなり遅いため活きるシーンはあまり多くなく、2段階くらい弱くなったラノエルという感じ。序盤はマナを出しつつ、使い道がなくなったあたりで何かでサクってアドバンテージに変換する動きが出来ると良。ランプでも使える。

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何でもできる熊。どちらかというと防御向きで、2マナか4マナと一緒に立たせておいて相手のアタックを渋らせるのが得意。大型クリーチャーには強いが、逆にトークンや2/1に対してはバニラでしかない。赤緑よりは黒緑などコンボがあり時間を稼ぎたいタイプの緑の方が向いている。

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トークンのキーカード。クリーチャートークン以外にも誘発するのがポイントで、みるみる大きくなりあっという間にフィニッシャーになる。手がかりトークンにも生体武器にも反応する。リスのお喋りやコジレックの捕食者やウルヴェンワルドの謎ですぐ+2/+2となり、緑内部での噛み合いも良。最もポテンシャルを活かせるのは緑白だが、緑とアーティファクトだけでも育つし最低でも熊なので緑絡みならとりあえず入れられる。

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森林の勇者に並ぶ優秀な自己成長型クリーチャー。見た目よりも遥かに育ちやすく、一度出れば終盤まで使える。ケツデカ寄りスタッツのおかげで1回誘発すればもう3/4となり環境標準サイズ3/3を超え、それ以上の上ブレも容易。クリーチャーでなくてもよいのは森林の勇者と同様で、ミシュラのガラクタや彩色の星でも誘発する。

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フィニッシャー枚数を水増しするカード。青のアーティファクト版と比べると本体の貧弱さが悲しいが、サーチ先があるデッキには普通に入る。レアのアーティファクトクリーチャーや緑のファッティを拾いたいところ。

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議事会の自然主義者に比べると見劣りするが、あちらが強すぎるだけでこっちも十分強い。3マナにしては小さいため殴るよりサクるデッキで強いが、出た時点で既に仕事は終えているので緑をやるなら適当に入れていい。

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緑がやりたいコンボを一枚で全てサポートする超万能コモン。森林の勇者と血茨を育て、髑髏覆いに生け贄を供給し、マナ供給で大型に繋げる。勇者→血茨→捕食者→髑髏覆いのマナカーブラインは芸術的。単独でもそれなりの本体サイズを出しながらチャンプブロッカーを出せるためライフレースが得意。エルドラージトークンで絆魂をブロック後に自殺して回復させない動きを覚えておきたい。

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環境の覇者。大抵のアンコより強い緑最強コモン。内蔵ディッチャが強力なのはもちろん、4/4というサイズはアンコ以下の全てのクリーチャーを上から叩けるか最悪でも相討ちに持ち込むサイズ。相手が4マナをアーティファクトに費やした返しにこれを出すだけでゲームが終わることもある凄まじいパワーカード。緑をやる理由。

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トークン収穫カードの最強格。絶対に損をしないのがシンプルながら強力で、リスのお喋りを筆頭に1枚で2枚出すカードが全てアドバンテージに化ける。1/1トークンだけではなくこの先殴れなさそうな2/1や2/2も全部サクってしまっていい。ボードのゴミをドローに変換しながら6/6か7/7くらいで君臨する流れが緑トークンの中盤のゴール。

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6マナから3マナブーストする謎カードと見せかけて実はかなり強い。ランプの弱みはランプ先が除去で弾かれたときにマナブーストするだけのカードがそのまま枚数損になって押し込まれて負けることにある。しかしマナクリでありながら戦闘力を持つこいつは本命が弾かれたあとも戦闘にも参加でき、盤面を粘り強くしてくれる。3マナ出るのはちょっと過剰だが、7枚目の土地を置くよりはこいつを置いた方が強いくらいに思っておけばいい。普段は6/6/6あたりがコモンにいるので小さく見えてしまうが、実は素のサイズではコモン以下最大級(7マナのアーティファクトにもうちょっとデカいやつもいるが、遭遇率は高くない)。

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X=2までは雑魚だが、X=3で7マナ出るあたりから突然強くなってくる。実はランプが抱える問題を一枚で解決しているランプ最強のフィニッシャー。除去と押し込みに弱いのがランプの弱点だが、ウーズは複数体出るので除去一枚では弾かれず、更に横に並ぶので押し込みにも耐性がある。X=5以上の上ブレもあり、少なくとも隔離するタイタンよりはこいつの方が強い。

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マナが足りなければ土地、足りていればアーティファクトという探し方ができるため柔軟性が高い。これでタッチした基本土地を拾う前提で多色化するのは勇気が要るが、5枚くらい入っているトロンならそれなりの確率で拾える。

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今回は横に並びやすいので比較的使いやすく、適当に打っても+3/+3くらいは見込める。大量の横並びからフルアタックで無理矢理引導火力にできることもあり、見た目より上ブレしやすい。その反面下ブレもわりと激しく、重ねて引くと厳しい。2枚は入れたくないが1枚は入れてもいいくらい。

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貴重な多色サポートだが、老練の探検者と同様に1枚損が厳しい。基本土地以外を探せるのでトロンサポートにもなるのだが、損しない探検の地図があるのにこれを使いたい理由は薄い。

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優秀なバットリ。2回はアタックをバックアップしてくれつつトランプルでダメージまで入る。少し修正値が小さいことは気になるが、今回は全体のサイズが小さめなので熊以上のサイズに打てればだいたい上から叩ける。グルールは湧血のおかげで安定してクリーチャーを展開できるのでバットリも活かしやすい。

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優秀な緑の除去。+1/+1修正で戦闘で勝ちつつ横のクリーチャーを落として1:2交換するシャクりパターンがあり、緑が3マナ立てて戦闘をしていたらまず疑うべきカード。ただしその反面、スタックで除去を受けると強化元を失って逆にシャクられ、特に黒相手だと喪心がコモンのため緊張感がすごい。また、所詮は+1/+1までしか落とせないのでファッティが出てきたときには役に立たない弱みもある。いくつか致命的な弱みがあるとはいえ、ベースが高いので基本的には強い。

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見た目より隙が無く、緑の負け筋である飛行と装備品を一枚でクリアしてくれる手堅い除去。地上クリーチャーを殺せないのが穴ではあるが、そこは緑のサイズでフォローしたい。

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条件を満たせないことはまずないので実質0マナのバットリ。3点回復の悲しさより0マナで打てる嬉しさの方が大きく、これで盤面を詰めながら展開もするという2アクションのテンポが異常。

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このセットでは数少ない強力エンチャント(他のエンチャントはレアにカスみたいなやつがたくさんある)。リスのお喋りや生体武器には反応しないが、あまりにもクリーチャーがいないのでない限りは気にせず入れて良い。トークンを出したりサクったりするので森林の勇者や血茨との相性も良く、コジレックの捕食者のように緑の様々なカードとのシナジーが強い便利カード。
ちなみにこの環境のディッチャはアーティファクトしか割れないものとエンチャントも割れるものが半々くらい。エンチャントのみ割るカードは存在せず、アーティファクトよりは少し頑丈くらいな感じ。

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ソーサリーなのでバットリではなく、実質的にはアドバンテージを損しない7点弱の火力みたいなカード。今回のグルールは最後の押し込みに使う全体ブロック不可が無いのでフィニッシャーとして需要がある。理想的な回りをすれば5マナの時間にこれを打てばゲームが終わるのがグルールのはず。
別に寄せ餌能力は無いことに注意(アドバンテージが稼げるわけではない)。相手の立っているクリーチャー全部にブロックさせてサンダーボルトみたいに使えるわけではない。大抵はどうでもいい一体が生け贄に差し出され、そいつに全力パンチして終わる。

アーティファクト

誰でも使える共有財産枠。とりあえずどのデッキに入れても使える汎用性の高いカードがほとんど。基本スペックは保証されているが、シナジーが多く有色カードと組むことで上ブレしやすい。強く使えるパッケージを作るような感覚で取っていきたい。

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多機能ではあるが、1/1と2/+1/+1はどちらもそのままではあまり強くはない。器用貧乏にならないように少なくともどちらか一つは強く使えるデッキに入れたいところ。トークンや軽い展開に需要がある緑や、フライヤーを+1/+1したい青など。

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汎用性の高い優秀コモン。軽い上にまず損をしないので装備品を付けて殴って良し、チャンプブロックして適当に拾っても良し。2体取れればお互いにお互いを回収するループが発生して無限リソースにもなる。ただし自然に墓地に落ちるアーティファクトとして、ミシュラのガラクタのように自主的にサクれるやつかアーティファクトクリーチャーのように戦闘で死ぬやつのどちらかを一定量取れていなければ一気に使いづらくなる。装備品との相性は良いが、装備品しか入っていないデッキでは活躍できない。

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壁。申し訳程度にトークンを出すがそれはそこまで役に立たない。何もしなくても結構地上が固まりやすいのとパワーだけを増やすギミックが豊富なため体感的にはいつもよりちょっと弱い。重い勝ち筋が入っているならマナブーストがてら時間稼ぎに入れてもいい。一応壁と装備品との相性は決して悪くはなく、2/6とかで待ち構えれば大抵の小粒をシャットアウトできる。

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ほぼバニラ。二人とも占術する効果はあってないようなものだが、相手が明らかに土地トラブルに見舞われているときは出さないこともある。このカードの強みは軽いアーティファクトクリーチャーであるという点にあり、フェアリーの機械論者やアーティファクトサルベージに繋ぎやすい。どの色でも使えるし、ただの熊よりは優先する理由がある。

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アーティファクトクリーチャーであることと+1/+1はそれなりに活きる環境ではあるのだが、本体が弱すぎる。実質カード一枚を使って+1/+1カウンターを乗せているようなもので、使用感はかなり悪い。装備品を付ければ威迫が活きてくるとはいえ、わざわざ弱いカードを装備品でフォローするよりは普通のカードに装備品を付けた方が強い。

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標準サイズのアーティファクトクリーチャー。歓待する構築物と同様、最良スタッツのアーティファクトクリーチャーであるという点が重要。どの色でも使えて丸いので取りやすい。マナブースト効果は自ターンのメインフェイズにサクれるデッキで少し活かされたり戦闘中に死んだあと起動型能力のコストに当てられたりすることも稀にあるが、大抵そのまま捨てる。

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どんなデッキでもアーティファクトクリーチャーをそこそこ取れていれば見た目通り強い。生体武器はバフされそうでされないので注意。

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フラッド受けができそうな3マナ域。とはいえ複製によってアドバンテージを得られるカードはそう多くなく、サイズの大きいアーティファクトクリーチャーを走らせてライフを詰めるのが最も強い使い方。となると「ファッティが着地している」「ライフを詰めている」という要求が意外と高く、見た目ほどフラッドを受けてくれるわけでもない。また、この環境の3/2/3はだいたい皆自分でパンプする能力を持っており、一生2/3のままのこのカードは相対的に少し使いにくかったりもする。

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環境を定義する装備品。損せず場に出て、大抵のクリーチャーを上から叩けるサイズに変える。2/2に鎌切りが付いた4/4が3/3を上から叩いていくというのが非常によく見る光景。少なくともバニラ同士の戦場において鎌切りを持たざる者が鎌切りを持つ者に勝つのは不可能であり、鎌切りを付けるところからダブルマスターズが始まる。

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環境を定義する装備品その二。鎌切りと双璧を成す、ダブルマスターズを象徴するコモン。こちらは重い代わりに飛ぶので更に決定力が高く、熊ですらあらゆるクリーチャーを上から叩けるフライヤーに変えてしまう。装備コストは重めだが、フィニッシャーが出るマナ域と思えばそこまで気にならない。皮羽根を付けるところからダブルマスターズから始まる。

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地味なようだが戦場に出たときに何かするアーティファクトクリーチャーは実はあまり多くなく、適当にサルベージしたりブリンクしたりするオマケとしてはそこまで悪くはない。一応地上で戦うサイズもある。別に全然強くはないが。

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光袖会の職工のちょっと弱いやつ。走っているメリットが活かされる機会はあまりなく、もっぱらトークン生成カードの妥協として採用される。本体もアーティファクトなのでアーティファクトが戦場に出たときに誘発するカードを一枚で二回誘発させることができ、垂涎グレムリンなどを大きく育てながら走るのが最も強い動き。

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4マナ出るタイミングでアーティファクトだけを1マナ軽減したいシチュエーションはあまり多くないが、マイアの回収者をサクったりオーリオックの回収者でガチャガチャするデッキで異常な活躍を見せることもある。本体も最悪2/2フライヤーなのでそこまで悪いわけではない。基本スペックが高くないのであまり使いたくはないが、稀に上ブレする。

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疑似続唱のかなり強いやつ。黒にも似たようなやつがいたが、状況を選ばずデッキから出してくれるのはやはり偉い。色を選ばない上にシンプルに単体のスペックが高くどう使っても割と強い。続唱と同じでパーマネント以外も唱えるので、何が捲れるかは頭に入れておいた方がいい。

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能力が自己完結しており、マナを注ぎ込める状況では縦横無尽の活躍をする。単体でも自分を飛ばして自分をバフすれば重めのクロックになる。罠の橋で盤面をロックしたあと1/1クリーチャーでアタックし、こいつでバフして一方的に削ってくるデッキに当たったことがある。

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上ブレの権化みたいなカードだが、ほとんど上ブレしない。そもそも5マナより大きなクリーチャーなんてデッキに3~4枚くらいしか入っていないはずで、4枚捲ったところでヒットする確率はそう高くなく、仮にヒットしたところで冷静に考えれば1マナジャンプくらいのリターンしかない。むしろ何もヒットしなかったり小型が出たりする下ブレの方が圧倒的に多く、オモシロカードの域を出ない。それでも使いたければ渦巻く知識とコンボだ。

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環境最大クリーチャー、マジででかい。どのくらいデカいかというと、コモンで次に大きいのがエルフの逸脱者6/4/5なので3周りくらいでかい。このサイズともなると装備品が付いたクリーチャーですら上からなぎ倒していく。更にアーティファクトなので拾いやすく、やっと倒したと思ったらサルベージから再登場というのが強い使い方。ただしアーティファクトクリーチャーなのであらゆる除去を受けて死にやすく、一気にテンポスイングされないようにライフと盤面を高い水準に保っておくのが理想的。唯一コモンのアーティファクトクリーチャーファッティだが、こいつしか取れないならランプはやるべきではない(リアニはギリギリやってもいい)。

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意外と引けるやつ、2枚も引ければ上出来。ランプでマナジャンプに使ったカードをこいつで補充するのが理想的な流れだが、普通のミッドレンジでお守りとして入れても出れば強い。

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真・空の覇者。アンコ以下最大フライヤー。除去が多い環境のため呪禁はかなり強いが、プロテクションではないので盤面はそこまで強くならないことに注意。出した段階でライフをかなり詰められていて殴りに行けず、地上クリーチャーに付き合わされる展開が最も弱い。やはり毎ターン殴れるようそこそこの盤面とライフがあるのが理想的。

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大抵2マナで出てきて1マナジャンプするのに使われる。序盤から早めに動けるのは悪くなく、2→4の流れを綺麗に作れるなら入れてもいい。これを置いた返しの3/3/3くらいは蓋できないと盤面が辛いため、ブースト後には最低でも相討ちサイズを迅速に出したいところ。

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タダで置いとくと一回だけ除去のお守りになる。出されると意外と鬱陶しかったりするのだが、単体で何もしないのがやはり辛い。ちなみにレアにある呪文滑りはバットリやマイナス修正や追放まで吸収して壁になるので何倍も強い。こいつは呪文滑りではない。

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コンボカード。いつでも最速で墓地に切れることが強みで、サルベージを安定させたりオーリオックの回収者で拾ったりできる。最低でも0マナ1ドローが確実であるため下ブレせず、一度でも使っておけばサルベージ待ちという仕事ができる。

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1マナでフィルターの権利を得るカード。一見すると多色サポートだが、これに頼って色をタッチするのはあまり良くない。というのは、デッキ内に色マナ源がこれしか無い場合は大切に使う必要があるが、起動しない限りはマナも出ずドローもできない状態の置物を抱え続けるビハインドを背負うことになるため。極楽鳥なら目的のタッチカードを出すまでの間にもマナを出し続ける仕事ができるのだが、彩色の星は使用時にドローが付いている代わりに使わないときは何もできない。今回の色マナ源は一回限りのものが多く、魔力変や五元のプリズムも同様の注意が言える。ちなみに他のカードの効果で墓地に置いてもドローできるので、サクり元としても優秀。

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罠っぽい見た目だが、蓄積カウンターを強く使うデッキが3・4枚くらいあるデッキなら入れてもいい。いちいち1マナを要求するがほぼ無限の蓄積カウンターを供給でき、特に選別の高座や永遠溢れの杯と組むとそれなりに強力。

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数少ないフィルターでない多色サポート。今回は緑に碌なランパンも地勢もないので、他色やトロンが欲しい場合は有力な選択肢。

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一見すると赤専用だが、フィルターが入っているデッキならとりあえず扱える。フィルターから赤が出るならショックにして、出ないときはドローにすればいい。ただしドローに回すだけだと2マナ1ドローするだけの彩色の星の完全下位互換で強くないので、サルベージやフィルターが多く入っているデッキで使いたい。

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トークンに付けると強いように見えて実はそんなでもない装備品。タフネスを修正しない以上、最高でも相討ち止まりなので、強い使い方は負けているバトルを相討ちにすることしかない(1/1で3/3に殴りかかるなど)。元々相討ちの睨み合いでも元々サイズが勝っている睨み合いでも美味しくない(1/1と1/1が睨み合っているときに付けても特に意味が無い)。一番活かせるのはトークンデッキで、それ以外のデッキだと微妙。

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妙に要求が高い割にかなり上ブレして+3/+0程度とシンプルに弱い。頭蓋囲いがプールにあるせいで存在意義を問われる悲しいカード。

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フィルターでない色マナ源は貴重。しかしクリーチャーと一緒に出して初めて動き出すため、動く前に使いたいマナ源との性質と噛み合っておらず使い勝手はあまり良くない。マナジャンプしたいだけなら永遠溢れの杯などの方が強いが、どうしても色マナ源が欲しいときの選択肢ではある。

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ほぼダークスティールの斧と同じ弱点を持つが、その癖トークンには付けられないのが非常にしんどい装備品。3/3以上を安定供給できてライフを詰められるデッキが組めればギリギリ入る。

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自発的にアンタップできるクリーチャーはほとんどいないので、3マナ払って装備を付け替えることで疑似的にアンタップして使っていく。デメリットに応じて修正値がかなりデカく、最終版のマナ余りでしか使わないと割り切るならそれなりに決定力が高い。使い道が狭いとはいえ、強い使い方が存在する装備品ではある。

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アーティファクトをサクるカードは黒や赤にちょいちょいあり、それらが複数枚取れているなら使ってもよい。一応最悪でもキャントリし、時間差でのコンボも許容するので見た目よりは使いやすい。

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分割5マナ2ドロー、ついでに2ルーズ。そのままではあまり強くないが、テンポに余裕があるデッキかアーティファクトの頭数が欲しいときに入ってくる。一応サルベージが容易な2ドローではあり、粘り強く戦うときのアドバンテージ源としては強い。

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概ね2回だけマナを出せる。上手く動けそうなときには使い切ってしまうのでタッチカードへの色マナ源としてはやや使いづらい(彩色の星よりはまだ温存しやすいが)。2マナカードなのに1度に2マナ出る爆発力があり、3ターン目に2マナジャンプして最速で2→5というスキップが可能。この環境は6マナが弱いが5マナは強く、特に各色にいるフライヤーに繋がると強力。

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使うと微妙だが使われると強い。ディッチャが多いこの環境ではすね当てを割られてから除去を当てられることもままある。

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最強格の装備品。タフネスに修正が入らないもののダークスティールの斧とは強化効率が違いすぎる。1マナで+4/+0くらいは当たり前、どんどん付け替えながらガンガン削れ、黒が絡むとブロックされたのを見てから付け替えて凄まじい瞬間火力が出る。どうせこれを含めてアーティファクトは3枚くらい出ているので頭数はそんなに気にしなくていい。

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かなり強い。トークン系デッキで強いのはもちろん、トークンでないデッキに入れても良い。長期的に見てクリーチャーを1体サクって1ドローと変換効率が良い。起動にマナが要らないのでこれが立っているだけで相手が打つ除去が全てアドバンテージ損に、チャンプブロックがトントンになる。相手が赤や黒のとき特に強力。フルタップのときにディッチャを食らうと憤死するため中盤以降は可能なら1マナ立てて運用したい。

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謎枠。このパックに増殖シナジーはほぼない。+1/+1カウンターはそれほど乗らないし、蓄積カウンターは1個増やすのはタダでやりたい。

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うなりの結節のほぼ上位互換。クリーチャーなので死にやすいように見えるが、ただでは死なないしマナ不要で永久に置き続けられるメリットの方が大きい。

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イラストがキモすぎる。虫とかは平気なのだがこういう感染系のイラストがダメで、イニストラード産のカードは厳しい。
5マナが強めなので3→5のジャンプも悪くないが、やはり6マナ1ドローを活かしたい。分割払いで余ったマナをつぎ込めるため見た目よりは軽快に動いてくれる。とはいえ、完全に盤面を硬直させることが見込めるデッキで無ければ採用は厳しい。

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相手の脅威が装備品やバフクリーチャーなどの点攻めであるときに強力。ただしどうやってもアドバンテージは取れないので、3回起動しているうちに相手のブロッカーを寝かせてライフの大部分を削り切るか、相手のアタッカーを眠らせてボムにアクセスして巻き返すかできないと3マナ回復カードで終わってしまう。
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3→7と動けるマナファクトで、この環境には7マナのランプ先が多いため環境と噛み合っている。ここから7マナのスフィンクスや軟体の起源に辿り着くとゲームが終わる。

アンコモン多色・レア以上

アンコモン多色は全て各カラーリングのアーキタイプをわかりやすくサポートしており、見たまま使うだけなので省略。レア以上は多すぎて遭遇頻度的に個別評価を書くうまみが薄いので、ざっくりした印象だけまとめる。

概ねアンプレ

使うことはほぼ無い。大体3周目まで残るカードたち。

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使えなくもない

使って使えないこともないが、別に強くはない。アンコやコモンより優先度が低いカードたち。

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ポテンシャルはある

高いポテンシャルがあるものの、癖が強い。デッキ単位でのサポートが必要なカードたち。

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アーティファクト関連

アーティファクトデッキなら概ね使えるカードたち。

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タダツヨ枠

欲しいレア。純粋にスぺックが高く、色が合うなら間違いなく入るカードたち。

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ゲーム破壊者

動き出したらゲームが終わる。一枚で勝てるカードたち。

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20/8/8 『傷物語』の感想&『傷物達を抱きしめて』Review. LW→あにもに

あにもにさんについて一言お願いします

169.あにもにさんについて一言お願いします。

「お願いします」と普通に言われてもあにもにさんとは面識すら無いんですが、実はリアルで接触があったような無かったようなエピソードが一個だけあります。

去年の9月頃にナンバユウキ氏が東京に来るとかで開催されたアニクリ会合に僕が参加して飲み会にまでついていったことがありました(→)。居酒屋では隣の席に相互フォローだけど初対面のびおれんさんが座っていて、会話の定石通りに共通点を糸口にしようと思って「そういえば僕たちあにもにさんフォローしてますよね」みたいな話しかけ方をしました。そしたらその瞬間に一個離れた席からアニメーション研究家のDさんが「今あにもにさんの話しました!?」って言いながら飛んできて、そのまま「あにもにさんが~あにもにシティが~」とか楽しそうに色々お話ししてくれました。そんな感じであにもにトークが飲み会のアイスブレークになったことがあり、その節はありがとうございました。

あにもにさんを御存知ない方は、ちょうど最近もにラジが始まったのでそちらをご覧になると良いと思います。

moni-mode.hatenablog.com

僕とはかなりオタク・タイプが違っていて、この記事の内容も普通に一つも知らなかったのでへえ~そうなんやと思いながら読みました。僕や僕が普段よく話すオタクたちが興味があるのって基本的に「お話の内容として何が語られたのか」というWhatであって、「お話がどうやって表現されたのか」というHowに注目するオタクがほぼほぼいないです。メディア固有の表現とか技術にはあまり関心が無いために演出や作監どころか声優すら大して把握しておらず、ギリギリ話題にならなくもないのは監督と脚本程度です。むしろ固有性を捨象して一般性に還元したがる節すらあり、もにラジは固有名詞がたくさん出てくるのが正しいアニメオタクって感じで凄いなと思いました。

『傷物達を抱きしめて』Review. LW→あにもに

さて、これもちょうど1年前くらいにあにもにさんの『傷物語』評である『傷物達を抱きしめて』(以下、『傷抱き』)が無料オンライン配布されました。これについてはかなり思うところがあって、ちょうどいい機会なので『傷抱き』について書こうと思います。
以下、『傷抱き』を読んだ前提で話を進めます。今でも普通に無料ダウンロードできたので、オタクの方も非オタクの方も必ず読むように!

0.はじめに

2019年に『傷抱き』を読んだとき僕は『傷物語』を見ていなかったのですが、一読して率直に意外だったのはレビュアーも含めて誰も大塚英志手塚治虫論に言及していなかったことです。

補足311:『傷物語』を見ていない時点から語り始めるのも、やはり「表現技法より話の内容に注目している」という関心の持ち方に起因するものです。見ないとわからないところが大きい表現とは異なり、話の内容は口頭で聞いても書面で読んでもある程度伝わるので、僕の周りでは「一秒も見ていないアニメを語る」という暴挙が割と普通に行われます。

『傷抱き』では日本の戦後民主主義における欺瞞とキャラクターの身体性やショットにおけるアンビバレンツがパラレルに捉えられますが、それは僕にとっては大塚英志が提起したいわゆる「アトムの命題」をただちに想起させるものです。詳細は後述しますが形式的なことだけ先に言うと、「アトムの命題」はサブカルチャー史を歴史的な文脈に置く作業の中で戦後民主主義の動向と戦後漫画の主題を重ね合わせることで浮かび上がる問題意識であり、アニメの表現技法の中に民主主義の動揺を中心とした政治的な問題意識を汲み取る『傷抱き』との相性は極めて良いはずです。
ひょっとしたら「アトムの命題」はアニクリ界隈でも誰でも知っているあまりにも自明な前提すぎて逆に言及されなかったのかもしれませんが、しかし少なくとも僕の中ではあにもに『傷抱き』と大塚英志アトムの命題』はどういう関係に位置付けられるんだろうかということが1年くらいぼんやり胸に残っていて、お題箱が来たしちょうどいい機会なのでちゃんと書いとこうと思った次第です。

1.歪んだ成熟で良ければ欠損の回復

さて、まず『傷物語』を鑑賞した多くの観客が手塚治虫どろろ』や大塚英志魍魎戦記MADARA』を想起したことは間違いありません。

補足312:これは『傷抱き』で多用されるレトリックを真似てみただけで、実際に想起したのは多くて1%くらいでしょう。

その理由は単純で、『傷物語』の「キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードヴァンパイアハンターに奪われた四肢を取り戻す」というプロットが、『どろろ』の「百鬼丸が魔物に奪われた四十八の身体部位を取り戻す」、及び『MADARA』の「摩陀羅が魔物に捧げられた八つの身体部位を取り戻す」というプロットと非常によく似ているからです。
ちなみに『MADARA』は『どろろ』のパクリであることを原作者の大塚英志自身が『物語の体操』で公言しており、少なくとも時系列的にはまず『どろろ』があって『MADARA』と『傷物語』がそのフォロワーと見做すのが適切でしょう。

では、これらの作品に共通する「奪われた身体を取り戻す」というモチーフは何を示しているのでしょうか。大塚に言わせればそれは「記号的な成熟」に他なりません。つまり、「記号的身体であるが故に正しく成熟できない漫画のキャラクターがそれでも何とかして成長することは如何にして可能か」という問題意識に接続しています。

まず、現実の少年少女というのは毎日少しずつ連続的に成長するものです。毎日の変化は目には見えないとしても、無限の精度を持つ身長計があれば1日あたり0.005cmくらいずつ身長が伸びているはずで、それが1年ほど積み重なることでようやく目に見える成長が現れてきます。積分されて可視化される成長は、微分された不可視の微成長が下支えしています。
しかし、漫画キャラクターはそういう連続した微分的変化を描くことが出来ません。何故なら、漫画で用いられる記号という表現技法は、連続性を捨象して内容を恣意的に分節した上でパッケージングしたものだからです。「このキャラはこういう図像だ」と一度決めたらそれはもうそこでそういう記号としてフィックスされてしまうのであり、一コマごとに僅かに大きさが変わるようなリアリティを描くことはとても出来ません。
この意味で漫画には連続的な身体の成熟が描けないことを認めた上で、それでもどうにかして成熟らしきものを描きたいと思ったとき、「不連続な成熟を描く」という手法がソリューションとして浮上します。例えば、「右腕が少しずつ太くなっていく」というリアルでアナログな成長は描けないとしても、「欠損した右腕を取り戻す」という記号的でデジタルな成長を描くことはできます。このようにして、「身体部位を取り戻す」というモチーフは「記号的な身体の歪んだ成長」として再定義されます。

このように捉え直された成熟のモチーフは『傷物語』においては美少女文化とも接合し、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは四肢を取り戻すたびに不連続に成長していきます。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが「四肢を取り戻す」という目的を掲げる割には、実際に達磨状態になっているのは阿良々木暦との初遭遇時だけで、ロリ状態になってからは何故か普通に手足のある状態のキャラクターとして図像化されている違和感を見過ごしてはなりません。図像的には手足があるのに四肢を取り戻さなければならないという不自然な設定は、彼女の成長がリアルで肉体的な次元ではなく象徴化された記号の次元にあることを示しています。

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実際、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは少しずつ年齢を重ねるのではなく、段階ごとに一気に階段を駆け上がるような形で萌えキャラとしてのバージョンを次々に変えていきます。段階ごとの成長シーンをエロティックに描くシークエンスを付けても良さそうなものを、それは何故か徹底して描かれない(阿良々木暦と忍野は部屋から閉め出される)のは成長の不連続性というモチーフに対して自覚的だからではないかとすら思います。

補足313:よくある「魔法少女の身体が大人形態になる変身バンク」のイメージです、と書こうとしたのですが、そういえば最近の魔法少女は衣装だけ換装するのが標準で身体が大人になるやつは久しく見ていない気がします。

さて、関連作品と異なる『傷物語』の独自性があるとすれば、それはキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの身体を取り戻すのが彼女自身ではなく眷属の阿良々木暦であるということです。本来であれば精神的に頑張って身体を取り戻したキャラクターが肉体的にも「成長」するところにプロットの調和があるはずで、成長するキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと頑張る阿良々木暦が別人であるというのはやや不自然な状況に思えなくもありません。

しかし最終局面で羽川翼によって明かされるのは、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが欠損の回復という歪んだ成熟を完成させることこそが、阿良々木暦を人間に戻す条件であったということです。この二つの営みは「記号的な身体の歪んだ成長」という論点において全く同じ位置を占めることに注意しなければなりません。何故なら、阿良々木暦が「吸血鬼から人間に戻ること」は「不死で成長しない身体を打ち捨て、死に向かって成長できる身体を手に入れること」とイコールだからです。

すなわち、『傷物語』において、吸血鬼とは「記号的であるが故に成熟できない身体」の象徴であり、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード阿良々木暦は「それでも何とかして成長しなければならない」という強迫観念を共有しています。それはキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードにおいては不連続で異常な変態として、阿良々木暦においては何とかして人間に戻りたいというモチベーション設定として現れてきます。

2.記号的な身体が失った成熟と性と死

吸血鬼の記号的な身体が失うのは成熟だけではありません。記号的な身体は連続性を捨象したが故にリアリティある「生々しさ」が失われ、その結果「性」や「死」ですらも喪失を免れません。
直感的には、最も記号的な身体の持主であるところのミッキーマウスを想像してもらえれば良いでしょう。ミッキーマウスはハンマーで叩かれても死なないし、ミニーマウスとセックスしません。行動の全てが記号によって構成されているミッキーマウスにとって対応する記号が存在しない行為は端的に不可能です。ミッキーマウスには死と射精の記号がコーディングされていないため、死なないし射精しません。

ミッキーマウスと同じ記号的な身体を持ってしまった阿良々木暦にも「性を持てない」「死ねない(傷付かない)」という現象が生じていることが『傷物語』を通じて一貫して描かれます。

性について中心的に描かれるのは羽川翼というセックスシンボルを用いてですが、特に最も印象的なのはキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと戦う前に羽川の胸を揉む揉まないで異様な長尺で揉めるシークエンスです。

補足314:胸は「揉む」なのに、なんで喧嘩は「揉む」じゃなくて「揉める」なんでしょうか?

もともと阿良々木暦羽川翼の身体に対して異常なまでの距離を取る童貞ボーイですが、胸を揉むシーンに来てエロ親父的な台詞を吐きながら体に接近するという半ばギャグめいた積極性を突然見せるようになります。これは一見すると阿良々木暦も性欲の主体として振る舞えることが示されたかのように見えますが、僕の考えでは全く逆で、むしろ彼自身は性の主体では有り得ないことを強力に肯定します。
何故なら、このシーンで示されているのは、阿良々木暦は性的なやり取りをエロ漫画的なフォーマット、一定の作法、「女性の性を貪る男性」という記号として再定義しなければそれを語ることさえできない徹底的なインポテンツだということだからです。すなわち阿良々木暦は記号化されていない限りは性を消費できません。阿良々木暦が羽川に触れる際にはリアルな生々しさはオミットされ、上滑りする記号としてのみ辛うじて性に接近できるという構図は、成長において見られた歪みの在り方と全く同じです(リアルな成長はオミットされ、欠損の回復という上滑りする記号としてのみ辛うじて成長できる)。

死と傷についても同様で、記号化された阿良々木暦の身体性は死なず・傷付かず・物理無敵です。特に欠損した傍から再生してしまうので戦闘シーンがギャグシーンにしかならないというゴア表現とコメディの関係が決定的に重要なので、これは独立させて次節に回しましょう。

3.ゴアとコメディの板挟み

ゴア表現について考える前に、まずは『傷物語』全体の表現から受ける印象について復習しておきましょう。『傷物語』における極端な演出の数々は『傷抱き』でも以下のように言及されています。

劇中で描かれるスプラッターやエロティシズムは全て極端に演出されており、ともすれば冗長の謗りを免れないほど執拗に描写を重ね続ける。この過剰性は『化物語』の頃からすでにその傾向が認められたが、本作のそれは量的にも質的にも肥大している。

この後、『傷抱き』は例としてショット内に混在する作画文法の混乱を挙げてコンポジティングの不合理性へと論を進めていくのですが、僕が感じた過剰性は『傷抱き』のそれとは微妙にズレており、やはりもっと直接に記号に関するものです。つまり僕が引っかかるのは、過剰な記号性=内容の空虚なイメージの付与がたびたび行われることについてです。

例えば、赤塚不二夫青木雄二らしき非常に古臭い漫画的な画風が時折挿入されることがその一つです。

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そういう記号の使い方は、疾走シーンでキャラクターのフチ取り線を大きく崩すような描き方とは一線を画しています。というのは、疾走シーンでは「正確な描写より躍動感を優先したから」という理由付けが可能ですが、ギャグシーンで赤塚不二夫風の画風で阿良々木暦を描くことには「そういうギャグだから」としか言えず、描写上の合理性が伴わないからです。
こうした古典的な漫画イラストの挿入については、僕は手塚治虫にかかる批評的な文脈を意識しているからと言ってしまってよいのではないかとまで思っています。これはあにもにが国旗の多用や右翼っぽい建築物を通じてナショナリズム的な読みを正当化するのと全く同じ意味で、手塚治虫的な文脈の存在を肯定する作品に内在する理由にできるのではないかという意味です。単に漫画それ自体が漫画の神様であるところの手塚治虫と結び付くというのもありますが、手塚治虫赤塚不二夫とか石ノ森章太郎みたいな同期の漫画家の画風を真似るギャグをよくやります。

また、作中で見られる過剰な記号性としては、漫画的なイラストの使用以外にも「ふざけた効果音」というものもあります。
それは阿良々木暦と羽川の交流を中心としたコメディシーンで多用される一方、阿良々木暦の身体が欠損するゴアシーンでも散見されます。例えば、阿良々木暦が初めて身体を欠損したのはドラマツルギー戦ですが、腕が吹っ飛ぶときに「ぴゅーん」というふざけた効果音が鳴ります。割とシリアスなはずのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード戦ですら、上半身と下半身が分かれて足だけが走っていくときに「ぴょこぴょこ」というNHK教育アニメのような音がします。

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さて、この節で述べてきたことのうち、ポイントになるのはこうした「過剰な記号」が用いられるシーンには主に二種類があるということです。一つは純粋にギャグとしての笑いを狙うコメディシーン、もう一つは身体の欠損シーンです。

まずコメディシーンでふざけた記号が使われるのは自然に理解できます。手塚治虫的な文脈で言えば、彼が用いる記号体系のルーツは彼が戦前に輸入したディズニーの文法にあるわけですが、ディズニーがそれを用いて描くのは徹底して喜劇です。何もかも大袈裟に反応する、リアリズムを廃した記号性がコメディとの相性が良いことは直感的にも明らかです。

しかし、身体の欠損シーンに過剰な記号が用いられることには説明を要するでしょう。限りなくシリアスであるはずの人体損傷が、何故コメディと同じ水準の演出に彩られているのか?
ポイントは、身体欠損時にふざけたSEが付随するのは主に阿良々木暦キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの二人だけだということです。実際、羽川がエピソードに殺されかけるときや、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードギロチンカッターを食べるときは「おふざけ」は無しです。リアルな損傷音と共に内臓がこぼれたり、死体としての顔が描かれたりします。

阿良々木暦キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだけが欠損をコメディ化されるのは、やはり彼と彼女が吸血鬼、すなわち記号的な身体を持つ存在だからです。吸血鬼の不死の身体はコメディの産物であり、損傷や欠損という真剣な悲劇に耐えられる真面目な身体ではないのです。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属になったことで、阿良々木暦の身体はミッキーマウスと同じ水準になってしまいました。欠損を描く際にギャグの文法を流用することにより、阿良々木暦の身体が欠損をギャグとしてしか消費できないコメディ世界の住人のものに変質したことが示されます。

こうして、阿良々木暦の身体の上では欠損という本質的にグロテスクなゴア表現と、不死という本質的にメルヘンな記号表現が鍔迫り合いをしている様子が見て取れます。この両義性もやはり記号的な身体が抱え込む緊張関係の現れで、次節では戦後民主主義の緊張関係として再び姿を現すことになります。

4.アトム=阿良々木暦=戦後日本

さて、ここまでは記号的な身体の描かれ方について論じてきましたが、これを戦後民主主義と接続するにあたっては、(いくら論理構造が似通っているにせよ)フィクション内部の表象に過ぎないものに固有名詞の歴史を読み込むことを正当化しうるそれなりの合理性を要します。『傷抱き』では『傷物語』作中のナショナリズム的表象にその根拠を見出していましたが、大塚英志手塚治虫自身の戦争体験にそれを求めます。

ここまでダラダラ書いてきた「記号的な身体が抱え込むジレンマ」=「アトムの命題」は、大塚によれば手塚治虫が戦時中に発見して戦後に発展させたものです。元々、手塚が戦前に輸入して模倣したのはディズニーのスタイルであり、彼が描く漫画キャラクターの身体性はミッキーマウスの傷付かない身体がベースになっていました。
ところが、第二次世界大戦という圧倒的なリアリティを持つ戦争イベントが手塚治虫の人生にも介入してきたことにより、彼は今まで書いてきた記号的な身体に死と傷を持ち込まざるを得なくなってしまいました。今まさにアメリカからの空爆を受けている国の漫画家は、それを記号=コメディとして描くことができません。この経験によって「記号的な身体は如何にして死や性や成熟が可能か」というジレンマが形成され、それが明に暗に『どろろ』や『鉄腕アトム』の中にも顔を出してきたという経緯に光を当てることで、日本の戦争体験と漫画的表象が結合します。

さて、「記号的な身体がどうすれば成長できるか」という目下の問題に対して、戦後民主主義を一つの回答として冷戦下で描かれた作品が『アトム大使』です。
アトム大使』においては、アトムはタイトル通りに大使という役回りを演じます。当時の時代背景としては日本がアメリカからの独立を巡って現実でも大使が飛び回っていたわけですから、「大使」というアトムのキャラクター設定には日米間を結ぶ大使というイメージが自明に読み込まれます。ここに来て、アトムが持っていた「記号的であるが故に未成熟な身体」は、マッカーサーに十二歳の子供と揶揄された戦後日本の未成熟さと同一視されることになります。
アトム大使』において、アトムは最終的に大使としての平和交渉を成功させることによって相手国から「大人の顔」を受け取り、やはり『どろろ』同様に記号的で歪んだ成長を果たすことになります。アトムが戦後日本を象徴していたとすれば、平和交渉によってアトムが成長を手にすることは、戦後日本が(GHQ占領政策としての)日本国憲法第九条をあえて遵守することによって一流の国家として成熟を果たすという保守的(?)なイデオロギーに対応します。こうして、記号的な身体で歪んだ成長を行うための手段として戦後民主主義の導入が提示されることになります。

補足315:大塚英志は『アトム大使』の結末をアメリカとの単独講和という現実へのアンチテーゼと考えているようです。つまり、『アトム大使』は「日本が自分の力だけで平和主義を全うして国際社会に認められる」という幾分楽観的なシナリオに対応するという読みです。しかし僕はそれにはあまり賛同できず、どちらかというと『アトム大使』の結末はアメリカとの単独講和という現実に対応するような印象を受けます。何故なら、『アトム大使』における本当の敵は和平交渉を結んだ「宇宙人」ではなく、地球人と宇宙人の食糧問題を暴力的な手段で解決しようとする天馬博士率いる過激派「赤シャツ隊」だからです。地球人も宇宙人も真に対処すべき相手は赤シャツ隊であり、本質的に地球人と宇宙人が殺し合うインセンティブがあるわけではありません。この構図を当時の冷戦に照らせば真の敵=東側諸国に対応するのが赤シャツ隊であり、西側諸国の中で和平交渉を結ぶ日本とアメリカが地球人と宇宙人です。共通の敵に対処するために共犯関係的な講和を結んだという意味で、アトムと宇宙人の交渉は日本とアメリカの結託に近いという印象を受けます。この場合、果たされなかった夢に対応するのは暴力的な徹底抗戦、すなわち平和主義の完全放棄と再軍備です。

さて、前節までに書いてきたのは、手塚治虫論の文脈においてロボットであるが故に成長できないアトムと、吸血鬼であるが故に成長できない阿良々木暦をそれぞれ同じ「記号的な身体」の持主としてアナロジカルに解釈できるということでした。それさえ認めてしまえば、残りは『傷抱き』と同じ話なので繰り返す必要もないでしょう。
「アトム=阿良々木暦=戦後日本=未成熟な身体の持ち主」が成長するのに必要な条件は、「大使としての平和交渉=キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとの妥協的融合=戦後民主主義の受容=民主主義的な手段による成長」です。彼らの身体にはゴア表現とコメディの間に垣間見えた鍔迫り合いがまたしても出現し、ゴア表現=徹底した強硬政策とコメディ=形式的な平和主義の間の不協和音が三重に鳴り響いています。

もう二点だけ補足してこの節を終わりましょう。

まず、『傷物語』では最終盤にキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが人間を食うことが発覚したことで一気に阿良々木暦の敵に転じますが、実はこの流れは『アトム大使』と全く同じです。『アトム大使』における敵とは地球と鏡写しでクローンのように同じ人類が存在する宇宙人であり、移住してきた宇宙人が地球の食べ物を気に入り始めてしまい、食糧リソースの食い合いになったことで戦争が発生します。『アトム大使』で地球人と宇宙人が鏡写しであることは『傷物語』では阿良々木暦キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードがいずれも記号的な身体の持主であることに、地球人と宇宙人が食糧リソースを食い合うことがキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの捕食を示すことは言うまでもありません。「身体的には全く同じでありながら、政治的には全く対立する関係」であることが肝になっています。

次に、『傷物語』では「大使」に対応する交渉人は、一見すると阿良々木暦ではなく忍野メメであるようにも見えます。まず忍野メメが徹底して交渉人であるのは、彼は争いそのものには絶対に介入しないし出来ないということです。単に彼自身が「自分はバランスを取るだけ」と自称するだけではなく、何気に描写される彼の異常な強さもそれを補強します。忍野メメは初登場シーンでヴァンパイアハンター三人よりも強いことが既に明示され、ラスボスであるはずのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードから一人で心臓を抜くことすらできます。彼が出てきたら戦いは終わってしまうが故、彼は戦いを監視する超越者として交渉を行う役割を担います。
では、実際の交渉にあたって忍野メメは何をしたのかというと、彼自身は何もしていません。常に阿良々木暦キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの依頼を受けてそれを実行するだけです。例えば阿良々木暦がエピソードを殺しかけたときに忍野メメが止めに入るのも、元はと言えば阿良々木暦キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが依頼した交渉の条件によるものです。この意味で、忍野メメは独立したキャラクターというよりは、記号的な身体の持主たちの交渉人としての側面を抽出する役割を担っていると読むのが妥当でしょう。
既に述べたように、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード阿良々木暦の『どろろ』的なバチバチに戦う側面を抽出していたとすれば、忍野メメ阿良々木暦の『アトム大使』的な平和交渉を行う側面を抽出しています。キャラクター設計としては阿良々木暦の身体が持つ両義性を両者に譲り渡した上で、最終的にそれらが戻ってくるという予定調和な構図が読み取れます。

5.アトム大使を抱きしめて

さて、『傷抱き』について語ると言いながら、実際には『アトムの命題』を援用して独立に『傷物語』を語る作業をしてきたわけですが、そろそろ最終目標である『傷抱き』と『アトムの命題』の関係の定位という作業を行わなければなりません。その前準備としてそれぞれの論の類似点に注目して話を一旦整理しましょう。

まず、基本的に『傷抱き』も『アトムの命題』も最終的な読みは一致します。つまり、いずれも阿良々木暦の両義的な身体性には戦後民主主義の欺瞞と緊張関係が現れているという結論を出します。
ただし、あにもにがナショナリズムの表象と不合理なコンポジティングに注目した一方で、大塚英志(を援用したLW)は古典漫画的な表象と記号的な身体に注目したという過程の差異があります。どっちも東京から北海道に行くけど、飛行機に乗るかフェリーに乗るかみたいな感じですね(別に上手くない比喩)。いずれにせよ単なる別解の提示で終わってしまっては面白くないので、過程が違うなら過程に注目して比較する作業をやっておいた方が有意義でしょう。

論の差異としてまず僕が思うのは『傷抱き』と『アトムの命題』では歪みを見出す水準が微妙に違うということです。『傷抱き』ではコンポジティングにおける不協和、『アトムの命題』では記号的な身体の描写という、どちらも表象的な部分に歪みを見出しているように見えて、前者が表象同士の緊張に注目しているのに対して、後者は表象と内容の間の緊張に注目しているという違いがあります。『傷抱き』ではパッと見てすぐに感じるショットの歪みを取り上げるのに対して、『アトムの命題』で扱う歪みは「よくよく考えるとこの描写は何かおかしいぞ」というやや深い位置にあると言えばわかりやすいでしょうか(逆にわかりにくいかもしれない)。『傷抱き』が表現が滑らかに結合していないという水平的な次元、『アトムの命題』が表現が内容をきちんと(?)示していないという垂直的な次元と言ってもよいかもしれません。

となると、次に気になるのはこの水準の違いはそれぞれ対立関係にあるのか協調関係にあるのかということです。一方を強調することはもう一方を増進させるのか、それとも減衰させるのか?
この答えは明らかで、これらは協調関係にあると言ってよいでしょう。滑らかでないコンポジティングは表象と内容の間のギャップを増幅しますし、内容に適合しない表象は表象内での不合理性を示唆します。これらの論は相補的に用いることができる、ウィンウィンの関係にあります。

更に関連して、これらが協調すべき理由として、『アトムの命題』から『傷抱き』への貢献について挙げて終わりましょう。結論から言えば『アトムの命題』は『傷抱き』の弱点をフォローしてくれる効果が見込めます。
率直に言って僕が『傷抱き』の明確な弱点だと感じる点は、物語シリーズ及びシャフト作品以外への拡張に対して説得力を確保できる見込みがやや薄いことです。不合理なコンポジティングからスタートする議論自体はアニメの一般的な制作技法にルーツがあるためアニメ作品全般に適用しうる射程を持っているのに対して、それを民主主義的な政治性へと接続する部分は別種の正当性を要求するように思います。『傷物語』では阿良々木暦を通じて展開してきた民主主義に関する議論のプロットやナショナリズム的モチーフによって技法と政治性の癒合を実現できる一方で、一般的にはこうした内在的合理性が見いだせる作品の方が少数派でしょう。コンポジティングに注目した地点からスタートするとしても、『傷物語』と同じ水準でナショナリズムの問題系と接続することに説得力を持たせられる作品はそう多くはないだろうというのが僕の率直な見込みです。
そして、『傷抱き』のこの弱点をまさにフォローできるのが大塚英志の大上段の論理展開です。既に述べたように大塚は手塚治虫の個人的な戦争体験を論拠にして表象と政治性を結び付けており、それは手塚治虫が持つ無限の影響力によって拡散されて戦後漫画の主題の一つになったとまで言い切ります。大塚はサブカルチャーを現実の歴史的な文脈に置くこと自体を肯定しているため、政治性と表象の結びつきがむしろスタート地点です。これは漫画に限ったことでもなく「ジャパニメーションやおたく文化」にまで拡張できると考えられているため、『傷物語』をそこに含んではいけない理由は無いでしょう。大塚に従ってサブカルチャーの文脈の中でルーツを手塚治虫にまで遡れば、『傷抱き』の射程は望ましい正当性を確保できるように思います。

以上、少し長くなってしまいましたが、今お題箱の投稿内容を改めて確認したら「一言お願いします」としか書いていなかったことに今気付きました。よって、次の一言以外は全て蛇足ということになります。

傷物語』と『傷抱き』面白かったです。

20/8/2 お題箱回

・お題箱69

162.lwさんの筋トレ記事読んでから就活終わって暇だったのもあり僕も筋トレ始めたんですが、そろそろ筋トレ器具的な物を導入しようか迷っています。lwさんが使ってる器具でオススメありましたら教えて頂きたいです(オススメプロテインも)。

いいですね。
僕が使っている器具と用途は以下の通りです。具体的な商品名やブランドについては、多分機能的にはそんなに変わらないのとセールとかで値段の変動が激しいので、必要そうな機能があって一番安いものを買えばよいと思います。

1.ダンベ

ダンベルは

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重さ固定の↑こういうやつよりも、

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重さ可変の↑こういつやつの方が断然オススメです。鍛えていくうちに重さが足りなくなったときプレートを買い足せますし、鍛える部位によって適切な重さがまちまちなので。安くて10000円強くらいで20kg×2セットくらいのやつを買えます。

個人的に注意したポイントは以下の通りです。

・金属製
→砂やプラスチックは強度に不安があるのと、密度が小さいためサイズがデカくなりがちです。男なら金属。

・バーベルシャフトが付いているもの
ダンベル二つをくっつけて長くして使えるシャフトがあるとバーベル代わりにも使えて便利です。

・プレートが丸いもの
→転がり事故防止でプレートが六角形とかになってるやつも多いですが、むしろ転がった方が便利です。ダンベルの位置をちょっと動かしたいときにいちいち持ち上げずに足で転がせます。

ダンベルの使い方は大まかに2種類あって、1つは自重でやっていたのと同じ運動に負荷を加えること、もう1つはダンベルが無いと鍛えづらい部位を鍛えることです。負荷を加える用途では足を鍛えるバーベルスクワット、個別の部位を鍛える用途では肩を鍛えるサイドレイズや背中を鍛えるワンハンドローイングなどがあります。
何にせよ、漫然と買うよりはどこをどう鍛えるかを明確にしてから買った方がモチベーションが上がってよいと思います。

2.エアロバイク

映画を見たりスマホで遊んだりしながら漕ぎます。
今エアロバイクは低価格化・コンパクト化がかなり進んでいて、15000円くらいで電源無しで適当に漕げる手頃なものが買えます。1年使えば約1000円/月のサブスクで漕ぎ放題なので実質タダですね。

注意点として、連続稼働可能時間は買う前に確認した方がいいです。エアロバイクは耐用の都合で続けて漕げる時間の上限が決まっており、安いやつは1回30分まで漕げないことが多いです。映画を見ていると30分くらいはすぐ経ってしまうので、最低60分漕げるモデルをお勧めします。

3.アブローラー

4.プッシュアップバー

どちらも1000円程度で買えて、それぞれ腹と胸を鍛える際にかなりの負荷をかけてくれます。値段が手頃だし引き出しに入るサイズなので、いきなり5桁の出費はハードルが高い場合はこのあたりから揃えていくのが良いと思います。

5.プロテイン

プロテインはガチで美味くて、プロテインを飲むために筋トレをしている節があります。世の中の大抵の飲み物より美味いです。

最初に買うならオススメはZAVASです。他のプロテインと比べても圧倒的に味が良いのとトライアルパッケージを販売しているため試しやすいですが、日常的に飲み続ける場合は1kg約4500円という価格が少し高いです(1回20gとして朝夜2回筋トレをすると約1ヶ月で使い切る計算になります)。

なので僕は普段はグロングやマイプロテインなどのもう少し安価なプロテインを買うことが多いです。グロングは1kg2500円くらい、マイプロテインは1kg1800円くらいですね。マイプロテインはほぼ毎月30~50%OFFセールを開催していて非常に安いですが(というよりセール前提で売っていてわざと定価を高めに設定しているのだと思います)、海外輸入なので送料無料にするには10000円弱をまとめて購入しないといけません。

低価格帯になると味のクオリティも割れてきて面白くなってくるので、飲む習慣がついてきたら色々なブランドを試してみると良いと思います。

 

163.お題箱記事の「無知の知」の話題についてですが、自らの無知に無自覚な大衆が専門家がやっているはずの狭義の政治に文句をつけることに対しても同様に考えていますか?

saize-lw.hatenablog.com

この記事に関連したことですね。

まず「文句を付ける」っていうのがかなり微妙なワードですね。僕が上の記事で書いた「馬鹿にする」と「文句を付ける」は恐らく行為としては異なっていて、「馬鹿にはしないけど文句は付ける」は可能ですしよく行われています。例えばGOTOトラベルという政策の全体的な有効性については言及せず、健康面への不安を理由に抗議を行うケースなどがそれに該当します(GOTOトラベルを政策として馬鹿にはしないが個人的に文句は付けるということ)。
僕はそれは許容されるべきだと思いますし、この意味での「文句を付ける」ことについては僕は恐らく相対的にラディカルなレベルで寛容です。文句を付けるのは無条件に認められるべきだとすら思っていて、よく言われる「文句を言うなら対案を出せ」という見解にも全く賛同しません。対案も論理も無くても文句は付けていいです。ただ、そうやって文句を言う際には「私は不愉快だ」「説明が足りていない」という地点からスタートしていることを意識した方がよく、よく知りもしないことに対して主語を大きくして「これを考えたやつは馬鹿だ」と言ってしまうことには慎重になるべきです(単に分が悪くなるからです)。

もっと一般的な話としては、「無知の知」の悪の側面として、知らないことを無限に神秘化してあらゆる反論を封じてしまうというリスクはあります。「知り得ないので語らない」を徹底すると専門家が言っていることは全て無批判に受け入れざるを得なくなり、もはや陰謀論的な正当化による盲従へと至ることになります。
これはまあ「何事も極端になると良くない」というありきたりなバランスの問題ではあって、完全な正解には辿り着けなさそうな場合に政治的な意見をどう持つべきかという話は抗議系ハッシュタグが流行った頃にも書きました。 

saize-lw.hatenablog.com

 

164.LWさんのブログいつも楽しく拝見しています。
突然なのですが、依頼等は受け付けていらっしゃいますか?

ありがとうございます。依頼内容によるので、具体的に提示する形でコンタクトを取ってもらえるとありがたいです。

 

165.ガラス玉に薬入ってる人、見つかりました?

166.LWのガラス玉に毒は入ってないの?

167.佐川睦夫のこと好きなの、自分と共通点感じてるから?

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168.20/6/21の記事において、

"たぶん30歳くらいまではこのまま普通に働くと思います。働き始めて初めてわかったんですが、仕事をするのは教育機関に通うより圧倒的に楽だし有益です。"

と書かれていますが、労働に対して具体的にどのような感情を持っていますか?

自分も半年後あたりに労働が待ち構えており(ポジティブな態度がとれるか)不安なのですが、どのようなモチベーションで労働に向かっているか、可能であれば教えていただきたいです。

アニメや映画を見たり本を読んだりするのと同じで、仕事を何らかのインプットとして捉えたいと思っています。本を読むのも働くのも最終的に何らかの知識を得るのは同じです。働かないと得られない知識っていうのはどの分野にもあって、そうやって得る知識を有益だと感じる仕事をするのが理想的ではあります。
だから「趣味を仕事にした方が良いかどうか」って諸説あるみたいですけど、僕は完全に趣味を仕事にした方が良い派です。世の中一般にオタクが娯楽産業とかコンテンツ産業に就職しないのを謎だと思ってましたが、今も謎のままです。映画好きなら映画産業、ゲーム好きならゲーム産業、Vtuber好きならVtuber産業で働いた方が良いですよ。貴重な時間を使って働いてまで興味のない分野の使い道のない知識を得ることに何か意味があるんでしょうか?

僕が今言っていることは「仕事を通じて圧倒的成長」みたいな意識高い系言説に近いという自覚はあり、僕がそちら寄りだったことは本当に意外ですが、どうせ働かずに生きていけるほど金持ちではないのであれば、アンチ労働の意地を張るよりは労働を通じて何を得られるかを考えた方が生きやすくていいと思います。