LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

99/99/99 LWのサイゼリヤにようこそ

オタクのブログです。

/* メモ
トップ記事更新:26/5/19
2020年4月以降の記事は全部載せたがそれ以前の記事は絞っている
人気記事に★マークつけた

*/

■『不・死亡遊戯の成れの果て』掲載中

デスゲームの参加者が全員不死者だった回。

www.alphapolis.co.jp

 

■アニメ・映画感想
超かぐや姫!
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)
ボーはおそれている
16bitセンセーション
君たちはどう生きるか
★ぼっち・ざ・ろっく
★リコリス・リコイル
ウマ娘 プリティーダービー Season2
★劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト
★シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇
Re:ゼロから始める異世界生活(第2期前半)
遊戯王ZEXAL
仮面ライダー555
傷物語
ウォッチメン
プリンセスコネクト!Re:Dive
遊戯王5D's
PSYCHO-PASS
アキハバラ電脳組
ソードアートオンライン
バットマンvsスーパーマン
マギアレコード
痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。
アズールレーン
劇場版ハイスクールフリート
異種族レビュアーズ
★パラサイト 半地下の家族
ドラえもん のび太と鉄人兵団
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)
Re:ゼロから始める異世界生活(第1期)
オーバーロード
グランベルム前
ジョーカー
トイ・ストーリー4
遊戯王ARC-V
通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?
魔法少女なのはストライカーズ
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲
★遊戯王GX
八月のシンデレラナイン
バーチャルさんはみている
輪るピングドラム

■漫画・ラノベ・ゲーム感想
カオスゼロナイトメア
ステラソラ
魔法少女ノ魔女裁判
★秘密法人デスメイカー
ウソツキ!ゴクオーくん
★呪術廻戦
バリ山行・サンショウウオの四十九日
暗号学園のいろは
バトゥーキ・嘘喰い
★ダンジョン飯
鉄鍋のジャン
死亡遊戯で飯を食う。
★東京卍リベンジャーズ
進撃の巨人
二月の勝者
がっこうぐらし
サムライ8
進撃の巨人
ワールドトリガー前
ワンピース

■お題箱
181/182/183/184/185/186/縮小/187/188/189/190/
171/172/173/174/175/176/177/178/179/180/
161/162/163/164/165/166/167/168/169/170/
151/152/153/154/155/156/157/158/159/160/
141/142/143/144/145/146/147/148/149/150/
131/132/133/134/135/136/137/138/139/140/
121/122/123/124/125/126/127/128/129/130/
111/112/113/114/115/116/117/118/119/120/
101/102/103/104/105/106/107/108/109/110/
91/92/93/94/95/96/97/98/99/100/
81/82/83/84/85/86/87/88/89/90/
71/72/73/74/75/76/77/78/79/80/
61/62/63/64/65/66/67/68/69/70/

■消費コンテンツ
2026年 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/
2025年 1/2~3/4~6/7/8/9/10~12/
2024年 2~3/4/5~6/7/8~9/10~11/12/
2023年 1/2/3/4~6/7~9/10~翌1/
2022年 1~2/3~4/5/6~8/9~11/12/
2021年 1/2/3/4/5/6/7/8~9/10~12/売却コンテンツ12/
2020年 4/5/6/7/8/9/10/11/12/2020春アニメ12/2020秋アニメ/

■創作
不・死亡遊戯の成れの果て(のれのて)』解説
魔法少女七周忌♡うるかリユニオン(うるユニ)』あとがき
席には限りがございます!(にはりが)』解説大反省会1大反省会2
ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン(ゲーマゲ)』解説
皇白花には蛆が憑いている(すめうじ)』解説
Vだけど、Vじゃない!(VV)』

■サイゼミ
1/2/3/4/5前/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/

■人生の現在地
1.仕事/2.結婚/3.ソシャゲ/4.一人暮らし/5.創作/6.老害/7.健康////

■理系トピックス
データサイエンティストこそ質的研究を学ぶべきだ
情報処理安全確保支援士(旧セキスペ)合格体験記
岡留剛『深層学習 生成AIの基礎』感想 ニューラルネットも平成から令和へ!
スピリチュアルに負けないために学び直す量子力学
★タネンバウムの『コンピュータネットワーク』を読んでワンランク上の現代人になった
ソシャゲのデータサイエンスというのはガチャの排出率を考えることではなくて……
ひろゆきと親しむ身近な因果推論
データサイエンティスト業務用リハビリ書籍感想
★データサイエンス系資格だいたい全部取った
データサイエンスエキスパート攻略
『入門 統計的因果推論(Judea Pearl)』メモ
統計検定1級とかいうゲームに勝利した
複雑ネットワーク科学入門書籍の感想
竹村彰通『新装改訂版 現代数理統計学』の感想
ポインタと確定記述、変数名と固有名のアナロジーについて
機械学習入門書籍レビュー

■その他
曖昧な食欲で福岡~鹿児島を巡った3泊4日
【help me】異性の友人を募集します異性の友人を募集して1ヶ月で15人会った
俺が考えた最強の本の読み方 最強読書趣味攻略
センター世代も共通テストを解け2026
2025年良かった歌い手・Vsinger・Vtuberソング:6文脈+11選+α
★社会人プレデター帯では退職間際に人を褒めまくるムーブが強い
名前だけ知ってるカードゲーム体験会(ゴシドラ夏合宿レポ)
★野矢茂樹『新版 論理トレーニング』 Twitterの見るに堪えない議論を越えろ
小林哲夫『筑駒の研究』を筑駒OBが読む
観光地を完全無視して秋田~青森~函館を巡る5泊6日
★美大芸大の卒展巡りにハマったから良かった作品を紹介するぜ
2024年らへんに買ったりして良かった寄りのもの約10選
冬合宿でプレイしたカード・ボードゲーム初見レビュー
ここ最近のデスゲーム系ラノベを10冊読んだ
★東大卒無職のTwitter就活記
カードゲーム『CROSS GEAR』紹介/解説1234
★マジでカードゲーム強い人たちにマジで強くなる方法聞いてきた
2023年買って良かったもの
★「生成AIの『学習』は学術用語だ」ということをそろそろちゃんと説明した方がいい
2023俺が選ぶ歌い手ベスト10
★就活に苦しむインテリの学生に社会の真実を教える
★『粛聖!!ロリ神レクイエム☆』はロリコンソングではありません
中学生ぶりにラノベ熱が再燃したので女性主人公ラノベレビュー12
「入間人間の手口がだいぶわかってきた」って何やねん
1秒もプレイしてないNIKKEキャラデザ真剣評価
重い腰を上げて10年前に積んだ女性主人公ラノベ83冊を崩した1234
AI挿絵付きWeb小説を投稿し始めて2ヶ月経った話
★君はAI創作の最前線にして最底辺「AI拓也」を知っているか
プランナー目線の生成AI妥協論
何故AIにはイラストを発注できないのか?
★小二で全国模試一位を取った男の半生延長戦
人生で初めて歌ってみたに激ハマりしてる話
2021年買ってよかったもの
白上フブキは存在し、かつ、狐であるのか:Vtuberの存在論と意味論延長戦
ゲートルーラーは「本物」かもしれない
表紙が三枚あるノートを特注した話
ロラン・バルト『物語の構造分析』メモ 構造分析vsテクスト分析
プライムデーセールでKindle端末を買うべきか?
『Vだけど、Vじゃない!』:Vtuberはどこにいるのか?
ダブルマスターズドラフト攻略
倫理は永井均しか勝たない
ポストモダニズムから資本主義リアリズムまでの間に何があった!?
『リアリティーショーを批判しているオタクもVTuber見てんじゃん』を受けて
ハッシュタグの氾濫、メタ政治性を巡る闘争
100日後に死ぬワニはなぜ失敗したのか
オタクの中韓コンテンツ張り
『ダンベル何キロ持てる?』を見たオタクが3ヶ月筋トレした結果……
日本興行収入上位映画100本を見た感想
実用系アニメのポテンシャルを評価せよ
ガチャを叩く時代は終わった

26/6/7 2026年4~5月消費コンテンツ

メディア別リスト

書籍(6冊)

進化心理学
ポリアモリー 複数の愛を生きる
装いの心理学
魔女の子供はやってこない
そろそろNISAをはじめようと思ったら知りたいことが全部のってる本
愛するということ

映画(1本)

アギト-超能力戦争-

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

アギト-超能力戦争-
進化心理学

消費して損はなかったコンテンツ

ポリアモリー 複数の愛を生きる
魔女の子供はやってこない
愛するということ

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

そろそろNISAをはじめようと思ったら知りたいことが全部のってる本
装いの心理学

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

ピックアップ

アギト-超能力戦争-

仮面ライダーアギト(TV放送版)は全話見たので映画館で見た。
ネットでの評判は微妙だがけっこう面白く、ファンディスクとしてかなりよくできていたと思う。

25年経って相応に老いたキャストたちをそのまま起用し、作中でも25年後の物語として描いているのが特徴的。過去と同じような怪人退治ではありながらも、25年という時間の経過を念頭に置いているのが好印象だった。
当時20代だったキャラたちはもう軒並みアラフィフ近くになって年相応に落ち着いており、再度発生した不可能犯罪に対しても変に熱血することがないし葛藤もあまり見えない。特に顕著なのが氷川で、無実の罪で投獄された上に刑務所では強烈にいじめられているのだが、もういい大人なのでいちいち抵抗せずにやり過ごす。津上も仮面ライダーを引退して今は飲食店をやっているが、必要とあらば氷川の脱獄をサポートしてあるべき解決へと迷わず淡々と進んでいく。

そんなアラフィフ陣営に対し、今作から登場する若手陣営には熱量があるという対比も面白い。
若手キャラとしては新たに超能力を得た民間人たちや、氷川を継いでライダー装備を扱う女性警官が新たに登場するが、彼らは大人たちほど淡々とはしていない。若さ故の素直な善性を発露したり自分の役割に思い悩んだりと年齢から来るスタンスが綺麗に分担されている。
そうした立て付けはギャグシーンでも通底しているようで、大人陣営のギャグが刑務所でチンピラたちが美声を披露するシュールギャグなのは素晴らしかった(面白すぎて劇場でもあちこちから笑いが漏れていた)。

最後のオチも「アラフィフで落ち着いたヒーロー」というテーマの集大成になっていた。ヒーロー活動に際して不可避に生じた越権行為について自首するために警察に向かうという、ギャグ調でありながらもインパクトのある終わり方はかなり面白い。

野良ヒーローの正統性、つまり「ヒーローだからといって法を越えた活動をしても良いのか?」という問題意識はそれこそアベンジャーズからヒロアカまでが扱う手垢の付いたモチーフではある。だいたいは社会的な規範と現実的な活躍の間で葛藤する……みたいな話になりがちだが、「ヒーロー活動は必要なので迷わずする、それはそれとして犯罪は犯罪なので終わったら自首に行く」という回答はあまり見たことがない。

しかし、それは人生経験を積んできた大人の判断としては有り得ないほどリーズナブルだ。確かにアラフィフのヒーロー、それも若い頃に散々ヒーローの酸甜苦辣を味わったヒーローたちはいまさら正義の意義とか社会の限界には悩まないだろう。自分の責任でやるべきことはやる、しかし社会的な対応も怠けないのは非常に正しい。
あまりにも正しすぎて新出ヒーローがその感じだと多分味気なさすぎるのだが、これが25周年のリブート企画かつキャラたちも年齢を重ねているという前提がある劇場版であればこれほど納得行く答えもない。

あと「超能力戦争」を名乗るだけあって超能力バトルがしっかり面白かったのも評価できる。
とりわけ敵怪人たちの造形が抜群によい。童謡を唄うことで全てを凍らせる元保育士、卓球で攻撃してくる女性怪人(ラケットへの思い入れを匂わせる描写がかなり良かった)、時を止めるサラリーマンなど、ほとんど喋らないのに要素だけで有り得ないくらいキャラが立っているのは造形の勝利である。
味方陣営も色々な超能力を発現して乱戦になる中、氷川と同じ装着タイプだった新ライダーが超能力を覚醒させて本物のライダーに変身したのはさすがに熱かった。アギトでは変身者(津上)と装着者(氷川)がはっきり分けられていたが、新ライダーが初めてその境界を越えていくのは周年のファンサービスとしては満足度が高い(満足するほど自分がアギト好きだったことに驚いた)。

進化心理学

前から進化心理学的な言説に対して懐疑的だったが、最近見る機会が増えて更に疑わしくなってきたので、そろそろちゃんとした情報源で本当のところを知っておこうと思って放送大学のテキストを読んだ。

補足662:正確に言えば、進化心理学的な言説を自信満々で断言するやつに対して懐疑的。例えば「男女の考え方の違いは狩猟採集時代の役割の違いから来ていて~」という説明が完全に誤っているとまでは思わないにせよ、常識的に考えてそれだけで全て説明できているとは思えない。環境や乱数の影響を完全に切り分けた検証が現実的にはできない以上は面白い与太話の域を出ないはずだが、しかしこの手の説明を好むやつはだいたい曇りなき眼で完全な論証として提出してくる傾向がある。とりわけ哲学や宗教のような人文科学を嫌うタイプの理系が「人間について語りうる唯一の論理的な説明は進化心理学である」と強く信奉しているケースが稀によくある。そんなことはないと思う。

まず、「変異によってたまたま生じた形質のうち生存に有利なものだけが残っていく」という進化のロジック自体は十分妥当だし面白い。
有名どころではフィンチの嘴だが、いま改めて聞くとマクロな世界の流れというよりはミクロな個体に係る存在論的な話にも聞こえてくる。人間はタブラ・ラサかどうかという類の話は古来より哲学的な文脈でよく議論されているが、進化のロジックによれば、人間は生命の一種である時点で生まれた瞬間から常に既にかなり時代依存でバイアスドな性質を抱えていざるを得ない。その制約は、この世界においては生命の生死が環境と相対的に定まることに由来しており、その相対性自体が環境や生命の必然的な性質なのかどうかは微妙なラインでもある。

補足663:ただ、「生き残っている生命は生き残れるような遺伝子を持つ」ということを「生命は遺伝子の複製を目的とする」という言い回しで表現するのはかなりconfusingだと思う。「目的」とは最初から目指すところがあってそこに進む力学があるイメージだが、進化のロジックでは因果関係が逆だ。別に目指している先が事前にあるわけではなく、然るべき環境で然るべきシステムが動作すると結果的に特定の遺伝子が複製されるに過ぎない。これはふつうの自然現象と特に変わらないものではないだろうか。例えば雨は降って川を流れて循環するものだが、「雨は循環を目的とする」とはあまり言わない。創造主や機能主義を導入せずに存在に係る制約を語っている価値が「目的」という言い回しで毀損されてしまうのをもったいなく感じる(この言い回しは正統な文書でも頻出するので、通常の日本語ではなく専門用語と捉えるべきなのかもしれない)。

そういう進化から導かれる制約を心理にも適用すること自体への違和感はない。
ただそれはそれとして、やはり個別具体的な心理的振る舞いへの説明因子として進化の影響が定量的にどのくらいあるかは検証できないはずだ。実験で確かめられるのは進化心理学的に考えて妥当と思われる傾向の存在までで、その傾向が進化心理学的な原理で生じているかどうかまではわからない(妥当と思われる傾向が確かめられたとしても、期待とは全く別の原理で生じているのかもしれない)。

補足664:ただし、あらゆる現実的な制約を排除できるならその限りではない。人間を適切な環境で数世代に渡って大規模に繁殖させれば、どのような環境でどのような心理的な振る舞いがどのくらい残るかを特定できるだろう。とはいえ時間やお金がかかりすぎるし倫理的な問題もある割にはリターンが薄いので(機構がわかってから望む性質を与えるまでにはまた数世代かかる)、人類史で実施されることは少なくとも直近200年くらいはないだろう。

にも関わらずこの本には「進化心理学の仮説はきちんと検証できる」と書いてあってしばらく混乱していたのだが、これは「仮説」というワードが含むスコープを勘違いしていたというのが答えのようだ。進化心理学が実験によって検証する仮説は「ある振る舞いが確かに存在する」ことまでで、「その振る舞いが進化によって生じた」ことまでは仮説に含んでいないらしい。

この理解については以下のnoteが参考になった。

進化そのものを研究しているわけではないのです。ただ、機能についての仮説を立てる際に、心というものがどのように進化したのかという知見を参考にするということです。

これなら完全に理解できる。そして巷で適当に流布しているポップ進化心理学が悪いというだけで、本流の進化心理学とはとりあえず和解できたと思う。

ポリアモリー 複数の愛を生きる

わたなれが面白かったので、今後ポリアモリーが描かれるのに備えて副読本として読んでおいた(二期はまだ?)。
saize-lw.hatenablog.com 全体的にポリアモリーの事例報告とロジックをバランスよく語っていて入門書として手頃。

ポリアモリストが基本線として掲げる、「愛は一人に絞らない方がむしろ誠実じゃない?」という感覚自体は誰でもふつうに理解できるものだと思う。
相手が何人いようが皆好きという感情自体に偽りはない。だったら単婚制度に縛られて泣く泣く一人を選ぶ方が愛に対して不誠実なわけで、何とかして全員への愛を維持しようとする方がむしろ素直だろう。

しかし、単婚制度下では個人的な立場を超えた法的な保証によって関係を固定することによって、人間の移ろいやすさや判断の難しさを簡略化している側面もある。だとしたら、単婚者が制度によって処理しているような多人数間での嫉妬やもつれをポリアモリストは個人間で解決しなければならないことになる。
故に、ポリアモリストは一見した印象に反して実際には人間関係を円滑にする話し合いを非常に重視しているというのは面白かった。決して性や人間関係に奔放なわけではなく、むしろ複雑な関係を維持するために単婚者よりも自覚的で永続的な努力を必要とする。

そう思うと、単婚制度の方が外部からの強制力が働く例外的な人間関係なのであって、その例外を除く一般的な人間関係はむしろポリアモリーに近いもののような気もしてくる。
制度による利確が存在しない以上、関係は常に変動する可能性を秘めている。それは刺激を供給し続けて収束を先延ばししたいラブコメとも相性が良い。ポリアモリーの本旨からしても、わたなれがポリアモリー路線を選択するのはそれなりに合理的で意義深いと言えそうだ。

魔女の子供はやってこない

同作者の『未来図と蜘蛛の巣』がぼちぼち面白かったので読んだ。これもぼちぼち面白い。
概ね短編仕立てになっており、痒みの話と奥さんの話が特に面白かった。魔女がだいたい何でもできる魔法を使えるのに子供特有の無邪気な雑さによって何もかもうまくいくようでうまくいかないのだが、それを劇的な失敗としては描かずに、失敗ですらない曖昧な後味の悪さに落とし込めるのがやはりすごい。
『未来図』と同じではっきりしない「感じ」が書ける稀有な作家だと思う。一見すると不条理のようでも、「感じ」のレイヤーでは筋が通っていると思わせるものがある。

愛するということ

エーリッヒ・フロムの本。友達募集した時にオススメされたので読んだ。
哲学書というよりは一般的なエッセイに近い。よく言えば変にロジカルにならずに人生の所感について語っているが、悪く言えばもっと俗な形式で出力すればその辺に売っている自己啓発書だと思う。

内容は大筋でかなり同意できる。
フロムは愛を技術と考える立場を取っており(そもそも原題はThe Art of Loving;愛する技術)、相手へのリスペクトや知が重要で、継続する愛は瞬間的に恋に落ちる状態とは異なるし、それなりに努力を必要とするもので、多くの人を愛さなければ一人を愛することもできないというのはまあわかる。

ただ、そういう普遍的な友愛に近いものとして愛を捉えた場合、一対一の恋愛とはどこがどう異なるのかという議論がやたら適当だった(わざわざ恋愛パートを設けている割に)。
男女が結びつく理由を精神分析的な(≒前時代的でナイーブな)男女感覚で捉えていたり、友愛と違って恋愛が多人数ではなく一人に向かうことについても「それは大いなるパラドックスで~」みたいなことを言うだけで全然ちゃんと語る気がない。個人的に答えがほしかった「男友達と結婚相手はどう違うのか」という問いには答えがなく、大筋では同意するだけにクリティカルな疑問に答えていなかったことへの失望が大きい。

あと最終的に「愛が機能しないなら社会の方がおかしくて~」みたいなノリで資本主義批判に向かっていくのも適当すぎる。そういう時代なのはわかるが……

そろそろNISAをはじめようと思ったら知りたいことが全部のってる本

旅行中に入った本屋で見かけて買った。実際そろそろNISAを始めようと思っていたので潔いタイトルを評価。

一応FP2級を持っているとはいえ、一般論として株式や債権がどのようなものかを知っているだけで、証券会社や銘柄の選び方には全く詳しくない。
この本もめちゃめちゃ詳しく書いているわけではないのだが、一旦そういう具体的な事柄について最低ラインの温度感を掴めたのと、実際に始めるためのきっかけが欲しかったので概ね読んで良かったと言える。

もうSBI証券での口座開設まで通ったので、とりあえず今年分を満額ブチ込んでいこうと思う。

装いの心理学

友達募集に際して服を買ったりリュックを捨てたりして装いを整えたとき、理論面からも学ぶために友達からもらった本。

一般には中高生くらいで知ることのような気はするが、装いには自己表現と外部要請がせめぎ合うこと、装う目的は単なる身体管理以外にも対自的な自己認識や対多的な印象形成があることなどは一つ学びではある。
ただある種の社会科学の学術的筆致に特有の、分類するための分類や自明っぽい事柄の確認が多く、やや目が滑る感じもある。とりあえず常識的な考え方のボリュームを掴んだり、基本的なコモンセンスを総覧したりするための書籍として読むのがいいのかもしれない。

26/5/17 異性の友人を募集して1ヶ月で15人会った

1ヶ月前に異性の友人を募集したプロジェクトの続きです。
まだ終わってはいませんが、一段落して落ち着いてきたのでとりあえず振り返る記事です。

募集記事↓

saize-lw.hatenablog.com

手動要約:別に婚活はしなくていいけど友達は多い方がいいね!

御応募ありがとうございました

前回の記事で異性の友人を募集したGoogleフォームに23件の応募を頂きました。

当初は週末ごとにでもゆっくり会っていくつもりだったのですが、そんなペースでは到底終わらないことが早々に判明し、平日の仕事終わりに会いながら休日は朝から梯子するスケジュールに移行しました。2年前くらいにブログ就活したら雇用希望が50件くらい来て、全てに返信しつつパラレルにやり取りしてExcelでスケジュール調整していたときと完全に同じです。

人と会うのはそんなに得意な方ではないと思っていましたが、このスピード感でも疲れは特にありませんでした。もうちょっと密度上がっても大丈夫そうだったのでけっこう対人耐性が高いかもしれません。
ちなみに「メッセージが返ってくるとは思わなかった(何か選考的なものがあるのかと思っていた)」と言われることも多かったですが、こちらとしては最初から何件来ても全員に会うつもりでした。

年下のエネルギーがすごい

まず最初に明記しておくと、この記事では会った方が仰っていたことを個別詳細に記載するつもりはありません(ブログのネタを提供するために喋ってくれたわけではないため)。ただ個人にフォーカスしない範囲での全体統計情報は載せてもいいと思うので書きます。

まず年齢層について、Googleフォームには「だいたい年上」「だいたい同年代」「だいたい年下」の3項目を設けていました。概ね±5歳以内なら同年代、そこから外れたら上下で記入する方が多かったのですが、その前提で実に3分の2が「だいたい年下」で驚きました。
学部後期~新卒くらいがボリュームゾーンを占めており、ネット上のよくわからん企画に突っ込んでいけるバイタリティはやはり若さの賜物かもしれんと思わされます。

補足662:ただ年下かつ年齢差が10歳以上ある場合、つまり概ね10代の方に限ってはこちらからお断りしていました(せっかく応募して頂いたのにすみませんでした)。こちらとしては別に構わないのですが、相手側に「10代のうちに知らんアラサーの男と会ってセーフだった」という成功体験を積んでほしくなかったためです(たぶん7割くらいの確率でアウトだと思う)。あと前もって店選びなどを相談していた良き友人であるところの女子大生の師匠はたぶん7〜8歳下くらいだったはずなので、そのくらいまでなら友達でOK(それ以上は未知なので回避)という経験上のラインを一旦そこで引いたのもあります。

年下勢が「面白そうだから」メインでフットワーク軽く突撃してくる一方、同年代以上はもう少し目的意識がはっきりしていた気がします。
例えば「女子校を出てから特に何もなくこのままでいいのかわからない」「積極的に異性の友達が欲しい」という僕と似たような状況の方がいる一方、逆に「経験豊富なので色々教えられる」というアドバイザー勢もいて、既に結婚や子育てや離婚まで経験しているお姉様方の体験談は非常に助かりました。

他に特筆すべき属性としては人気東大女子Youtuberであるうさねこらーじさんのフォロワーの方も多かったです(特に年下勢)。

うさねこらーじさんが募集記事を応援リツイートしてくれたおかげで東大クラスタ女性authorized企画みたいな雰囲気が出た節があるっぽく、うさねこらーじさんと同じくインテリでエネルギーのある方にリーチしていてありがたかったです。
実は今回の件までうさねこらーじさんとは別に相互フォローとかではなかったのですが、いい感じに拡散して頂いてかなりお世話になったので機会があれば奢らせて頂きたいところです。

いずれにせよ元々相談が主目的だったこともあり、全体的に自分の考えをしっかりと持って話せるちゃんとした女性ばかりだったのはとても助かりました。
実は前回の記事で趣旨を数千字くらいタラタラ書いていたのはそのくらいの分量を普通に読んで意図を解釈できるだけのリテラシーを相談相手には求めたかったからでもあるのですが、そこはかなりちゃんと機能していたと思います。

ふつうに話せますねというのが最大の収穫

個別には適当な喫茶店や居酒屋で落ち合い、短くて2時間、長くて4時間くらい話していました。
恐らく合計では既に40時間以上喋ったことになるわけで、一番異性との接触が少なかった時期の15年ではたぶん3分くらいしか喋っていなかった(平均して1年あたり10秒くらい?)ことを思い出すと、密度としては10~20万倍という凄まじいレートを叩き出しています。

さっきも書いた通り個別の会話内容を記載するつもりはありませんが、大雑把なメイントピックとしては、先の記事で開示していた通り婚活や友人関係を含む異性との関わりについて色々聞きまくっていました。
例えば「男同士は雀荘とかカドショに行けばいいが、異性の友達とはどこに行くのか」「結婚願望はあるか(その理由は)」「男のリュックはどのくらい許容されるか」「(恋愛文脈ではない)異性の友人関係を維持する行動は何か」「なぜ告白は賭けなのか(なぜ告白すると友人関係が終わるのか)」などなどです。人によっては女性側の高度な戦略や構造についても解説して頂き大変助かりました。
個人的には、工学部や一部サークルなどの男女比が偏る環境においてあっち側にいた人の振り返りは当時謎だった側視点の話が聞けて面白かったです。

また、ベタな内容以外にも自分が特に問題なくコミュニケーションできることを確認できたのも大きな進歩だったと思います。
別にもともとミソジニーに染まったりはしていないので偏見が正されたみたいなことはあまりないのですが(むしろ「これって偏見ですかね?」と聞いたことは「いやそういう節は実際あります」という答えだったことの方が多かった)、どうしても実体験が欠如しているために確信が持てなかった物事に対してふつうに推論が働くようになった感じがします。

いったん婚活は忘れていいけど友達は多い方がいい

ポジティブなことを書きつつ、結局「いま婚活すべきか否か」という当初の問いへの答えは概ね「否」で固まりつつあります。
それは「積極的に結婚したくない」という意味ではなく「結婚を目的にして行動する必要はない」くらいの意味です。友人関係の中で結婚したくなったらしてもいいと思っていますが、いずれにせよ「結婚関係もたぶん友人関係の延長上にしかない(結婚専用の特別な何かがあるわけではない)」という判断があります。

今回最も意外だった発見として、自分は現実の異性に対しては一目惚れを起こさないタイプだと確認したことがあります。
というのも美少女キャラクターのイラストに対しては一瞬で目がハートになってリツイートやコメントなどをしているので、現実の女性に対してもそうなのか、それともそれは全然別なのかという分岐があったのですが、これは明確に後者です。

これはよく言われているような「美少女キャラを見慣れているから女性の容姿への要求が上がってしまう」という話ではありません。尺度を共有した上での連続的な判定の話をしているわけではなく、そもそも現実の女性に対しては美少女キャラクターに対するような鋭敏な反応性自体がないということです。
実際見たことないレベルのどえらい美人がけっこうコンスタントにいらっしゃって「めっちゃ美人」とは思うのですが、だからといってどうなるわけでもないです。たぶん橋本環奈が来ても、それは美少女キャラクターでは全くないため少なくとも外見のみに対してアクションしたいところは特にないタイプの人間だと思われます。
ただそれは少なくとも初対面で一目惚れはしないというだけで、何度か会えば瞳の形がハート型に漸近していくのか、それとも最初から最後まで恋愛文脈ではなく友愛文脈でやっていくタイプなのかというのは未だ不明なままです。

いずれにしても初手の結婚したさから逆算する道は断たれていそうなので、男友達と同じで結婚のことは忘れてゆるゆる友人関係をやっていって、もし結婚したくなったらまたそこで考えれば十分だと思います。

ネクストアクション①:友達を拡大したい

一連の邂逅を経ての基本スタンスは

・婚活のことは一旦忘れていい
・でも友達は多い方がいい

という二点に集約されます。

今回しみじみと感じたのは「やはり友達は多いに越したことはない」ということで、それなりに考えて絞り出された「友人を募集します」という当初の文言こそが先んじて正鵠を射ていた気もします。
男女で見えているものはけっこう違ったりするし、リーチできるデモグラの多様性はあればあるほどいいです。そういう意味では別に男女がどうこうという話でもなくて、単に視点を広く持っていく上で今まで死角に入っていた方々と接触するのは有益であるというもっと一般的な話に過ぎないのかもしれません。

今回は募集形式でしたが、僕の方からも男女問わずXとかで面白そうな人に積極的にDMを送ってみるような前ブーストはあってもいいなと思いました。今回のヒアリングによって(こういう募集に飛び込んでくるような)積極性の高い人たちはけっこう適当にDMを送りまくっていることがわかってきたのもあります。

あとは友人募集の窓口自体ももうちょっとガッツリ開いておいてもいいかもしれません。常設にするか季節ごとに開くかなどの詳細は追って検討しますが、何にせよ(奢られはしないけど)プロ奢られヤーみたいなオープン状態は悪くない選択肢のような気がします。

ネクストアクション②:友達を維持したい

新たな友達とはまた別に、今回募集した友達の維持という話もあります。
つまり友人関係も放っておくと自然消滅してしまうのである程度は意識的に何か次の手を打った方がよいとは思っています。

前提として、幸いにもここまでお会いした中でバッドコミュニケーション(会って即帰られたり会ったあとにブロックされたりするやつ)は一件も発生していません。むしろ緩やかにメッセージをやり取りしたり再度会う予定を立てたりしたりしている状態なので、何か乗り越えないといけない障害があるわけではないです。
とはいえこれは放っておくと何もならないためにアクションが必要なタイプの話なので何らかはしないといけなくて、その具体的なムーブまではあまりクリアになっていません。

基本的には友達の友達は友達なので、なんかこう点と点よりはなんとなく面になった方が嬉しいとは思っています。
今までにも親和性が高そうな属性を持っている方は(既存の)友達を召喚して三人で居酒屋に行く機会を設けてみたりもしましたし、応募して頂いた方々からの「こういうのに応募するような他の女性と話してみたい」という声はだいぶ根強くあります。それを実現するには例えばdiscordサーバーとか作って自由に交流してもらうとかでもいいんですが、なんか見た目がバチェラーみたいで嫌だから僕はサーバーを立てたら退出してもいい気がするなとか色々考えている最中でまだまとまってはいません。

この辺は僕もぜんぜん未熟なので会った方の中で「こうしてもらえると嬉しい」的なアイデアや要望などある方は積極的にメッセージで送ってもらえると助かります。

 

Appendix:喫茶店について

応募してくれた方とは上野で会うことが多かったのですが、15回も色々回っていると喫茶店の勘所が色々わかってきました。

もともと僕は喫茶店をコワーキングスペースくらいにしか思っていなかったのですが、師匠からは「娯楽としてのバリューがある空間と認識しなさい」「交流に貢献する機能性に目を向けなさい」「説明できる自分の好みを持ちなさい」などを指導されて色々な喫茶店を見ながらラーニングしていました。

例えば会話ができないくらいうるさいと交流に差し支えますが、逆に会話が全部筒抜けになるくらい静かなのも良くはなく、「隣のやつが喋っていることはわかるが何を喋っているかはわからない」程度の適度な騒がしさが望ましいです。
喫茶店は予約しないので当日の状況を見て決めてもいいわけで、喫煙可の喫茶店には20分前くらいに行っておいて今日はどのくらい煙いか確認し、思ったより煙かった場合は退却して近くにある別の喫茶店で待ち合わせるみたいなムーブをしていたときは我ながらなんかめっちゃ手慣れてきたなと思いました。

26/5/10 曖昧な食欲で福岡~鹿児島を巡った3泊4日

GWの後半で九州の西側をちょっとだけ旅してきた。
AI時代には己の経験の価値が高いのと、去年の北海道に行った記録がいい感じなので今年も残しておく。

saize-lw.hatenablog.com

 

0日目:旅行前

GW前半は友達募集のお茶をはしごしたり、大学時代の後輩を家に泊めたり、都会にある実家に帰ったりしているうちに過ぎ去っていき、GW後半はどこかに行こうと思いつつも具体的な予定は決まらないうちに5月2日(土曜日)になっていた。

discordでゲッタ~が福岡へ出発しているのを目撃し、俺もyoutube shortでたまに見る長岡ラーメンを食いたかったことを思い出して急遽福岡へ行くことを決める。去年は北海道だったので今年は南で収まりもいい。

旅の始まり(ゲッ信)

とりあえず新幹線の切符を買いに駅に向かうが、さすがにもう座席がかなり埋まっていて検索性能最悪の自動券売機ではいつどの車両なら空いているのかよくわからない。
こういうときはみどりの窓口に行って駅職員に直接聞くといい感じの座席を勝手に出してくれる。人間に聞くとウェットに解決してしまうことが多いので、人件費削減のために設置された自動案内を無視して窓口に突っ込んで工数を圧迫する人間が後を絶たない。

隣の窓口で東南アジア系のオッサンが定期券不正利用を詰められているっぽい不穏な空気を感じつつ(「この2枚が同じ名前なのは有り得ないんですよ」って3回くらい言われてた)、S-Workとかいうコワーキング用の座席(?)なら追加料金なしで乗れることが判明したのでそれを買う。

いったん足は確保できたので帰って九州のラーメンについて調べると、長浜・博多・久留米の三系統があるらしいので制覇することに決める。

Google検索のこのエリアいまいち信用できないがち

1日目の宿を適当に予約して就寝。

 

1日目:東京~福岡

朝5時起きで東京駅へ向かう。

4時間くらいしか寝ていないのでクソ眠いが、新幹線が出るのは6時過ぎなので仕方ない。昼から博多で長浜ラーメンを食べようとするとそのくらい早く東京を出る必要がある。
今回に限ったことでもなく、旅行初日はシンプルに朝早いのと前日に寝ないといけないプレッシャーで逆に寝れないのでかなり眠いことが多い。道中で寝れるイベントが発生すると気持ちよく眠れるが、逆に眠れない場合はふつうに最悪になるのでハイリスクローリターンといったところ。

今回は当たりのパターンを引き、博多に着くまでの5時間だいぶよく寝ていたので体感時間は1時間くらいだった(たぶん4時間くらいは気絶していたと思われる)。
途中で皆が降りて車両がほぼ空になるタイミングがあり(大阪駅を過ぎたくらい?)、東京駅から5時間はるばる新幹線で博多まで行くやつは少数派なのかもしれない。途中からは目を覚まして『装いの心理学』を読んでいた。

博多に着いて生憎の雨の中、まずは三系統のうち長浜ラーメンを食うべく元祖長浜屋に向かうと、おそらく俺と同じモチベーションで来た老若男女が50人くらい並んでいた。
幸いにもそのくらいは東京で慣れているし横浜吉村家ほどではないので、矢部嵩『魔女の子供はやってこない』をkindle oasisで読みながら並ぶ。結局これが旅行中で最大の行列であり、最初に踏んでおいたのは良かったと言えるかもしれない。

tabelog.com

1時間半くらいの待機を経て店内に入ると、やたら広い倉庫のような敷地で店員も7人くらいいる割に、テーブルが浮島のようにぽつんぽつんとしか置いていない異常レイアウトが目に飛び込んでくる。提供時間が早い割に行列の処理ペースが遅かったのは広さと店員数の割にはスループットが低いからと思われる。しかしなぜ?

長浜ラーメンはぼちぼち美味く、文化としての替え玉をとりあえず1回しておいた。
あっさりシャバシャバ系の豚骨ラーメンは東京ではあまり人気がなくて滅多に見ない印象があり、本場のはこんな感じかという認識を持てたのは大きい。

補足661:「元祖長浜」と「元祖ラーメン長浜」が超近距離に存在しており、ラオタのnote(→)によると前者(屋)の方が真の元祖、後者(家)が分家らしいため、今回は「屋」を食った。屋が50人くらい並んでいるのに対して家は5人くらいの並びだった。

続けて市内バスに乗って2つ目の博多ラーメン屋に向かう。
普段は3食のペースを守る方だが、旅行中は禁断の昼飯二度打ちが解禁されている。特に今回は宿が久留米にあるため、博多ラーメンの喫食は移動前に処理しなければならないのだ。

ネットで適当に調べた有名っぽい店の前にはやはり行列ができていたが、長浜屋に比べるとかなり短い。

tabelog.com

しかし「傘差してても妙に濡れるな」と思ったら穴が空いていて最悪だった。

貫通

幸いにも行列中の読書はkindle oasisなので雨耐性の強みを感じながら、しばらく並んで入店。

これは明確に美味かった。豚骨の味が濃く、シャバシャバした長浜系とは対極に塊を砕いたような高い粘度の旨みが味わえる。東京でもあまり食べたことがない味。

2食で腹パンになりながら宿がある久留米(正確には柳川)に向かう。
博多と久留米って同じ福岡だし徒歩圏内かと思っていたのだが、意外と遠いことが判明。せいぜい新宿から渋谷くらいかと思っていたが、新宿から八王子くらいまであるらしい。

引きでこういう距離感

手持ちの本を読み終わってきたので博多の丸善で2冊追加し、よくわからん地下鉄で久留米に向かって南下。止まない雨の中、無事に柳川のルートインに着。

なんだかんだでかいルートインの安心感はすごい

ポンタもかわいい

着いてから旅程を考えるライブ旅恒例の、現地で今後の計画を練るやつをホテルの一室で開始。
大雑把には北に向かって徐々に帰っていくか、南に向かって更に歩を進めるかの二択があるが、今回は鹿児島まで足を伸ばすことに決めた。
九州に来たら鳥刺しを食いたかったことを思い出したからだ。東京での鳥刺しは自己責任でカンピロバクターを引くロシアンルーレットだが、宮崎と鹿児島だけは文化保全のため独自の安全基準を持っているためかなり安全に食えることが知られている。

GWの終わり際ということもあってここで諸々を確保しておかないと物理的に帰れなくなる恐れがあるため、残りの新幹線と宿と飛行機も全て予約して旅程を確定する。

ホテルの変な紙とペンで組む旅程

昼に2回食ってしまったため夕飯が食えずそのまま就寝(弱体化)。

移動:25000円くらい
宿泊:12000円くらい
食費:2000円くらい

 

2日目:福岡~鹿児島

予定通りに起床して三系統最後の久留米ラーメンを食いに向かう。道中で郊外特有の「全て」がある区画を通って感動。

UNIQLO、AOKI、コメダ、ケーズデンキ、ニトリ、かっぱ寿司

柳川から西鉄久留米駅まで1本で移動し、九州出身のエトーがオススメしていた店へ。

tabelog.com

ここもちょっとだけ並んでおり、有り得ないくらい声の掠れた女子高生?がずっと何か喋っているのを聞きながら読書して待つ。

これは東京でもたまに食うようなラーメンだったが、こういうコッテリ系の豚骨ラーメンを久留米ラーメンと呼ぶことがわかった。東京で久留米系と名指されることはあんまりなくて、だいたい背脂豚骨ラーメンみたいな名前が付いている気がする。

食後はJR久留米駅まで歩いていき、予約しておいた新幹線に乗り換える。
九州のサイズ感がよくわからなかったのだが、概ね縦断しても新幹線で一時間くらいで済むのでそんなに大きくない気もする。

ここが新幹線で1時間くらい

ネットで「北海道の広さを舐めるな」とはよく言われているが、「九州の広さを舐めるな」と言われているのを見たことはないし、前日に縦断を決めるような舐めたスケジュール感でも問題ない。
ただ、九州はやや縦長なので上下に走ればなんか制覇した気分になれるが、北海道は正方に近い菱形かつ各地に都市が点在しているため、二次元的な平面移動が要求されて制覇の実感を持つのが大変なのかもしれない。

地図を見ればわかるように、九州も山岳大国日本の一角ということでだいたいの領域は山が占めているようだ。
西側のみ福岡~熊本あたりでたまたま平地が続いているから交通の便がよいだけで、東側は基本山しかなくて空いた海沿いに都市がへばりつくという東北に近い構造をしている。恐らく西側と東側で移動の難易度は大きく異なるだろう。

手元の小説を読み終わったので、博多で買った『そろそろNISAをはじめようと思ったら知りたいことが全部のってる本』に持ち替えながら南下し、無事に鹿児島着。適当に観光しながらホテルに向かう。

この位置にこのサイズの落書きどうやって書いた?

「ありがとうでございます」って電話口でめっちゃ名乗りにくそう

ホテルは天文館とかいうエリアにあるらしく、名前の響きからして大正レトロの残滓が漂う雰囲気を勝手にイメージしていたが、ここ歌舞伎町やんけということに気付く。ラブホと無料相談所と風俗が立ち並ぶ歓楽街である。

その真ん中あたりにあるホテルなのでラブホかもしれんと思ったが(過去にもBooking.comで適当に予約した宿がラブホだったことはある)、意外にも天文館という名前が似合うちゃんとしたホテルだった。

すごい吹き抜け

一旦部屋に荷物を置いてから地元スーパー「タイヨー」に向かう。目当てはもちろん鳥刺し。
鹿児島では概ね安全と言われている鳥刺しだが、飲食店よりもスーパーに売っているものの方が更に安全(個人主体ではなく企業主体でバックヤード処理しているし、販売数が多いので保健所からしばかれていないことの価値が高いから)というネットの噂を鵜呑みにした。

確かにその辺のスーパーに鳥刺しが売っていて文化の違いを感じつつ、鳥刺し2つ(ササミとモモ)とビールを買ってその辺の公園で食う。シチュエーション的にビールが似合いすぎるから一応買っておいたが、別に烏龍茶で良かったとは思う。

未知の文化圏

パターン化された最高の休日

味は上ブレしたカツオのタタキという感じでぼちぼち美味い。ノーリスクなら連打するがリスクテイクしてまで食うほどではないくらいの美味さ。
魚の刺身から魚の臭いがオミットされているのはわかるが、生の部分から肉の味がするかはちょっとよくわからなかった(焼いた肉しか食ったことがないため)。炙ったササミを刻んでカツオの刺身にかければジェネリック鳥刺しを作れる気がする。

あとはホテルで本を読んだりブログを投稿したりして時間を潰し、夕飯はホテルの正面にある味噌ラーメンを食ったが感想は特に生まれない味だった。

まあって感じ

海沿いだし海鮮でも食おうかと思ったりもしたのだが、歓楽街すぎて煮詰まってそうな居酒屋しかなくて断念。
一人旅中に人と話したり酒を飲んだりしたいタイプではないのでBARや居酒屋は基本行動選択肢に上がらないのだが、もういい年齢なのでたまにはそういう動きを試してもいいのかもしれない。そういえば友達が適当にゲストハウスに泊まったら意外と楽しかったみたいなことを言っていた。

移動:10000円くらい
宿泊:8000円くらい
食費:2000円くらい

 

3日目:鹿児島滞在

鹿児島に滞在デイなのでゆっくり11時くらいに起床。
滞在する日のホテルは10時チェックアウトを迫られることもなく、清掃不要の札をドアに貼って無理に早起きしないのがコツ。

そろそろラーメンに飽きてきたのでその辺のベーカリーで適当にパンを買って公園で食いながら桜島に向かう。本当はパンを食いながら歩くつもりだったが、それをやるにはちょっと人通りが多すぎたので自粛した。

桜島へは20分間隔でフェリーが出ている上に250円で行けてやたらアクセスがよい。鹿児島に住んでいたら桜島に行くだけですぐデジタルデトックスできそうだ。

桜島は1周35kmくらいのほぼ円形で中央に山があるパターン化された小島で、かなりバトルロワイアル(高見広春)の舞台っぽい。

拠点にしたら有利が取れそうな高台

とはいえバトロワは開催されていなかったので基本的にはなんもなく、軽く歩いたあとは国民宿舎の温泉に入った。海と接している割には露天がなかったのが悲しい。

桜島のオタク要素

温泉から出るともうやることがなくなり、早くもフェリーでうどんを食いながら本島に戻る。

微妙な時間だったので旅行時恒例のメダルゲームを遊びにゲーセンに行く。
やたら調整中の台が多くてドラクエにしか座れなかったのでやむを得ずプレイ。正直IP系の筐体にはあんまり良い印象がない(どうせIPのファンが遊ぶので報酬設計が厳し目になってそうという偏見がある)。

www.dragonquest.jp

チャッカーに入った抽選を保留するほど当選確率が上昇することで消費を急かすギミックをあまり活かせず、結局あんまり当たらないまま撤退。たぶん10コインくらいしか排出されていないので写真を撮るタイミングすらなかった。

再び鹿児島の街を歩いていると、町並みが函館にかなり似ていることを感じる。Xで調べてみるとゆうしの日本列島爆走チャンネルも同じようなことを言っていた。

市電が走っているし、海沿いだし、観光に最適化されているし、市街地付近に適度すぎる自然があるし(函館山と桜島)、そこからの夜景を売りにしている。
そんな街を一望しようと城山公園に登ろうとしたが、思ったより坂が急だったのと展望露天温泉が思ったより高かったので途中で諦めて引き返す。

桜島でアクアがコスプレしてたのを思い出してシロクマを食いに行った。

でか

シロクマ(レギュラーサイズ)がかなりでかくて身体が冷えたのでホテルでサウナに入り、あとあまりにも微妙な腹具合だったので下の売店で売っていたカップヌードルを食べる。

パターン化された一番美味いやつ

明日はチェックアウトの時間が決まっているため目覚ましをかけて就寝。

移動:1000円くらい
宿泊:8000円くらい
食費:3000円くらい

 

4日目:鹿児島~東京

無事に起床し、やや奮発して併設レストランで2000円の朝ビュッフェを食べる。
ホテルの格が思ったより高そうだったので期待したのだが、ビジホの無料ビュッフェに毛が生えたくらいのクオリティだったためこの賭けには負けたと言わざるを得ない。

飛行機に乗るまで時間があるのでかごしま水族館に行ってみたが、もともと魚にあんまり興味がないのでまあという感じだった。

ビュッフェ

海底って今はまだ地球に残された最後の謎みたいな雰囲気を出せているけど、100年も経つ頃には誰でも操作できる海底ウェブカメラみたいなものが投下されてて、インターネット越しに中継できるようになってるんだろうな。

他にやることもなくなったのでもうシャトルバスに乗って搭乗4時間前に鹿児島空港に着く。
飛行機は新幹線に比べると移動時間自体は短いが、だいたい騒音防止で市街地から遠いから移動時間とか手続きも必要になって、国内移動だと所要時間は結局そんなには変わらないがちである。

昼食は空港内で鹿児島黒豚のとんかつを食べたが、これは東京でも全然食えそうな感じだった。

ふつう

エーリッヒ・フロム『愛するということ』を読みながら待合室と飛行機で時間を潰して無事に羽田に着き、何事もなく自宅へ帰る。

移動:40000円くらい
食費:5000円くらい

 

まとめ

移動:76000円くらい
宿泊:28000円くらい
食費:12000円くらい

そんなにちゃんとした物事にお金を払っていない割には3泊4日で10万以上かかっていてだいぶ高い(あとたぶん道中で充電器や飲み物や折りたたみ傘を買ったりした地味な出費が15000円くらいある)。東北はGWでも全然廃れていたが、九州はそれよりはかなり賑わっていてややリッチな感じがする。
帰りの飛行機が高すぎたことがかなり足を引っ張っているが、これでも座席確定までに一晩かかる訳わからん代理店を挟むことでだいぶ安くなっているはずで、GWダイナミックプライシングの恐ろしさを感じる。

目的感としては九州の有名ラーメン三種(長浜・博多・久留米)と鳥刺しをちゃんと食えたのはかなり良かった。
いまどき東京で大抵のものは食えてしまうのでわざわざ地方に出向いて食う必要はないことが多いが、例外的にそれぞれそれなりに意義深いものがあったと思う。
豚骨ラーメンは色々バリエーションがある割にはどれも似通っているので、本場での種類を把握しておくことで今後自信を持って何系とか言えるようになる知識への貢献が大きい。鳥刺しは東京で食べてロシアンルーレットを引くのはかなり嫌なので、実質的には遠征しなければ食せないものだった。

旅行後、試しに東京の適当な店で長浜ラーメンを食べてみた。

東京の長浜ラーメン

これは長浜屋のものほどシャバシャバしておらず、甘めの旨みを感じるので博多要素も含まれている……ということがわかるのは九州の実地で三系統を食べたおかげと言える。

26/5/4 2026年3月消費コンテンツ

メディア別リスト

書籍(8冊)

機械学習デザインパターン
キャラクターからつくる物語創作再入門
アウトラインから書く小説再入門
ストラクチャーから書く小説再入門
テーマからつくる創作再入門
ストーリー
ダイアローグ
キャラクター

ゲーム(1本)

Slay the Spire 2

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

ストーリー
Slay the Spire 2
機械学習デザインパターン
キャラクターからつくる物語創作再入門
アウトラインから書く小説再入門
キャラクター

消費して損はなかったコンテンツ

ダイアローグ
ストラクチャーから書く小説再入門
テーマからつくる創作再入門

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

(特になし)

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

ピックアップ

Slay the Spire 2

1をけっこうプレイしたので引き続き2もプレイ。
やはり面白く、だいぶハマってnoteに速報攻略記事を二つ書いた(今は考えが変わっている部分の方が多いが、これはこれでファーストインプレッションとして残しておく)。
note.com
note.com
今もまだ遊んでいるし今後もしばらく遊ぶと思うが、とりあえずの目標としたディフェクトA10クリアが終わったところで一旦消費の区切りとした。ちなみにディフェクトは既に100回以上プレイしているが、他のヒーローはアンロック用の1回しか遊んでいない。

根幹のシステムは1からほぼ手が加えられておらず、イベントやカードをいくつか入れ替えたに留まる。
新作というよりは続編かMODという感じだが、それでも飽きは全然来ない。前作からの知識をアップデートしながら楽しく遊べるのはやはりかなりすごいデザイン能力だと思う。
元々このゲームの面白さの肝はバランス調整にあった。選択肢自体は単純な割に組み合わせの最適解は極めて難解、それ故にPDCAを回せまくれるし人によって見解も分かれすぎる。
そういう意味では大きな構造が変わっていなくとも、細かい要素間のバランスが調整されただけで正統進化と言えるのは間違いない。

とはいえ、1とあまりにも同じすぎて初見時にややがっかりしなかったと言えば嘘になる!
なんとなく2では最初に1を見たときと同じくらい斬新で面白いものがまた見られるのではないかという期待を勝手に持ってしまっていた(「それが自分にとって一番嬉しいから」以外の理由は特にないのだが)。
しかし結局のところStSはブランドを確立する路線に進み、ゲームジャンルの地平を再び切り拓く路線には進まなかった。そういう方向性がはっきり示された中で、その道を拓くのはStSの続編ではなく無数のフォロワーたちだと思えば概ね健全かもしれないが。

あと前作の評判を受けてプレイヤーの裾野がかなり広がっており、その影響で萌え方面のファンアートが増えているのはかなり嬉しいところ。
イラスト環境としてはサイレントとリージェントの二強で、愛機ディフェクトのイラストはやや少ないが、タイムラインで見るのを楽しみにしている。



創作系の書籍


・K.M.ワイランド(画像上段)
キャラクターからつくる物語創作再入門
アウトラインから書く小説再入門
ストラクチャーから書く小説再入門
テーマからつくる創作再入門

・ロバートマッキー(画像下段)
ストーリー
キャラクター
ダイアローグ

の七冊を読んだ。いずれもやや内容の重複が多いので全部読まなくてもいいかもしれないが、いずれも原著の出版順に読んだ方がいい。

図書館で適当に掴んだK.M.ワイランド『キャラクターからつくる物語創作再入門』が面白かったので同作者の本を全て読み、その元ネタにあたるロバートマッキーも全部読んだ。これを更に遡ると三幕構成のシドフィールドになると思われるが、マッキーで大体掴んで満足したのでそこまでは追っていない。

これは自分が今まで目にした範囲においてではあるが、創作関連の書籍は日本の作家が書いた和書よりも欧米の脚本家が書いた洋書(の邦訳)の方が圧倒的に質が高くて肌に合う印象がある。
前者は経験ベースでのコツを列挙したボトムアップ構成が多い一方で、後者は理論ベースで体系化を意識したトップダウン構成が多い。創作術は日本においてはせいぜい専門学校や師弟関係やTwitterでの伝授に留まるが、欧米では社会的に高い影響力を持つ芸術カリキュラムとして確立されているという背景の違いがあるらしい(あまり詳しくはないので気になる人はジッピーにでも確認してほしい)。

洋書の知見はいちいち掘り下げが深く、例えば「キャラクターを困難に直面させよう」というありがちなアドバイス一つとっても、それは何故なのか、そのために必要なことは何か、プロットとの関係はどうなるかといった深い議論が展開されるために納得しやすい。とりわけ大量の映画やシェイクスピアを引きながら文化として再現可能な形で創作を語ろうとするのは英語圏に顕著な美点であるように感じる。

特にロバートマッキーの文章は創作を語るにあたって現実の人間に対する考察も充実しており、それに感心して発したツイートがやたら伸びた(フィルムアート社が便乗リツイートして参考書籍の紹介ツイートまでしていた)。


この感心の対象は多岐に渡っているが、例えばサブテクストという考え方はその一つだ。
曰く、一般に人が言葉にして話すことはごく一部であり、その背後には、あえて言わないことや意識に上がらず言えないことが無数にあるらしい。俺だって全て脳直で喋っているわけではなく、あえて言わないことは常にいくつかあるが、それは人間関係を円滑にするためのコツでしかなくて、人間側の本性として(人間関係を意識しなくても)そうなっているという考え方をしたことはなかった。

しかしもしそうだとすれば、創作と現実を問わず色々なことに説明がつく。
俺の創作ではたびたび読者から「キャラが概念や思想の擬人化がち(読者向け注:『ゲーマゲ』の彼方、『にはりが』の姫裏)」「そのように振る舞っているだけなのか、本当にそういう性格なのかよくわからない(読者向け注:『うるユニ』の麗華、『のれのて』の三途)」というような指摘を受けることが多かった。
俺は単一の思想と心中するキャラを不自然だとは思わないので何をどう指摘されているのかイマイチはっきりわかっていなかったのだが、言わないことや言えないことを抱えたもっと曖昧な複数性の中で惑うキャラクターが期待されていたことをはっきり理解した。

あと会社とかで「裏表がない」「苦悩がない」と言われることが稀によくあるのも同根と思われる。
俺は「まあ根っこがアスペなんやろな」くらいにしか思っていなかったが、これもロバートマッキーのおかげで一般に想定されている人間観とのギャップという形で認識できるようになった。
一般に人には果たされない夢とか隠している目的があるために、言っていることと本当に思っていることの間にズレが生じる。しかし思考と行動と言動が概ね一致していて全部ブログで書けてしまう俺はその前提が崩れているために変な印象を与えていることになる。いまさら面倒だし有害ではないので修正はしないが、褒め言葉のようで褒めてない言葉のニュアンスがはっきり理解できたのは大きな進歩と言える。

全体的に創作と世界の理解がワンランク上に上がった気がする。ロバートマッキーに感謝。

機械学習デザインパターン

かなりの良著。機械学習入門書のワンランク上をいきまくる本。
機械学習の一連の流れは全て理解している前提で、現実的に迷うポイントやよくある状況への対応を解説している。カードゲームで言うと、ルールはもう理解していてスムーズに戦うことはできるが、それ以上のセオリーをわかっていない人が読む本(マナの払い方はわかるが、ドローは何を目指していつ打つべきかわからない人)。

機械学習が特徴量と目的変数の関係をモデリングする営みだとして、そもそもどのような特徴量をどのように扱うべきか、モデルは分類か回帰か、学習のオプションはどうするか等は全く自明ではない。
そして断言するが、この辺りはもはや数学の話ではない。数学的な理解を前提とした上での職人芸ないしビジネスマンの領域であり、状況が多様すぎるために唯一の正解は存在しない。そんな曖昧な項目の数々を網羅的かつ緻密にまとめている書籍は非常に貴重で価値が高い。

また、他の機械学習書籍にはあまり書いていないテクニックが色々紹介されるので読み物としても面白い。
例えばワンランク上のセオリー破りとして「実は過学習をしてもいいケースがある」というのは考えたこともなかった。train/testにデータをsplitしてevaluateするのは機械学習の基本のキの一画目だが、実はtestセットを確保しないで全部trainにぶち込んでもいい状況も存在する。
それがどんな状況か気になるような人には是非読んでみてもらいたい。

26/4/18 【help me】異性の友人を募集します

手動要約:自分が婚活すべきか否かを確定したいので異性の友人を募集します。

婚活以前の段階をまだクリアしていない人生

「異性の友人を募集します」というのは「恋人ないし結婚相手を探しています」の婉曲表現ではなく文字通りの意味です。

そもそも婚活を始めるためには「結婚したい」という欲求があることを確定しないといけないのですが、今それがありません。
しかしかといって「結婚したくない」という欲求を確立していたことも一度もなく、ただ単に人生において異性との接触が少なすぎて結婚について考える判断材料がなかっただけです。サンプル不足によって異性との結婚が想像力の限界を越えている!

だから順序として婚活を始める前にまず自分が結婚したいタイプの人間かどうかを確認する必要があり、そのために可能な手段は異性と会話してみることしかないので最も有力な経路としてブログで募集することにしました。
その結果、もしかしたら逆に「自分は結婚したくないタイプの人間だ」と結論するかもしれませんが、それはそれで確信を携えて人生を進められるようになるのでありがたいです。
最悪なのは、15年後とかに結婚したい気分になったときにそれが本心なのか気の迷いなのか検証する手段すら存在しなくなって詰むことだけです。

とはいえ人より紆余曲折を刻む割には最終的には人並みの判断に落ち着くことが多い人生なので、今のところオッズとしては結婚に傾くことの方が有り得そうな気がしてはいます。

ぜんぜん見えない未来への投資

正直に言えば、いまこの瞬間に結婚したいかと聞かれれば概ねノーです。
誘えば飲める程度の愛すべき男たちが100人くらいはいる(と自分では思っている)ので孤独が課題になることはないし、趣味や仕事で日々それなりに楽しく過ごせているからです。2026年が永遠にループするのであれば現状維持で問題ないとすら思っています。

しかし現実には時間がくるりと丸まって戻ることはなく、否応なく進んでしまう時間の先で自分が何をどう思っているかは自分にもまだわかりません。
なんだかんだで人口に膾炙している人生のアドバイスみたいなやつは大筋で正しい傾向があるし、物の考え方は数年スパンくらいでうつろうものだと実感しています。学歴はあった方がいいし給与は高い方がいいし頭は良い方がいいし結婚はした方がいいし、かつては左派的な思想に共感していた学生も社会に出れば保守的な志向に落ち着いてきます。

とはいえ概ね正しい言説がなぜ正しいのかと、自分の考えがどのように変わっていくのかを理解するためには一次情報を取って学ぶ必要があります。未来への推測をきちんと働かせるためには経験が圧倒的に足りていないのが現状です。

何事も始めるには遅いということはない……ただし婚活を除くかもしれない

自分が婚活すべき人間かどうかを確かめる行動、というよりはその先にあるかもしれない婚活には時間的なデッドラインが普通にあるような気はしています。

もちろんお互いがOKと言えばOKになるのがマッチングなので本当に完全な帰還不能点はないとして、しかし傾向を考えるならば結婚には人の営みの中でも対人かつ対称的という特徴があります。つまり登山や料理のように一人で完結しないし、職場の指揮命令系統のようにお互いに全く異なる立場に置かれることもありません。
であれば平均的に行動するとされる年齢で自分も行動しておいた方が無難であることは間違いなく、そして本邦における男性の平均初婚年齢は31.1歳なので概ね今です。

そういう時間制限を踏まえると積極的に失敗して学んでいく余裕もあまりない気がしたので、最近は比較的異性との関係に強そうな友人たちに婚活に必要そうなコモンセンスの教えを乞うたりしていました。
具体的には、先々週にホストの師匠1に新宿で服選びを教わり、先週は女子大生の師匠2に渋谷で店選びを教わっていました。結果として今までずっとユニクロだったジャケットやズボンがそこそこまともなものにアップデートされたほか、休日に上野のカフェに出かけて立地や内装に思いを馳せたりするようになっています。有識者の友人たちに感謝。

要するにブログ就活が成功して味を占めた?

今の問題は結婚できないことというよりは結婚したいかどうかわからないことなので、まだ結婚相談所に行ける段階ではないと感じています。

正直なところ、本当に誰でもいいから何としても結婚したい状況ならば結婚相談所に登録すればすぐ終わるのではと内心驕っているわけではないと言えば嘘になります(少なくとも社会的なステータスみたいなやつだけなら全て一般的な要求水準を越えているため)。
ただ結婚相談所は結婚したい人を結婚させるサービスであって、結婚したいかわからない人が結婚向きか確かめるサービスではありません。カウンターパートはサービス運営者というよりはサービス利用者になるし、目的意識が擦り合っていない状態はかなり望ましくないと思われます。飲食店に入ってきた人に「いま食事をしたいかどうかわからない」と言われても困るのと同じです。

あとブログ就活が相当上手くいったので(→)、こういう人絡みの募集は結局ブログが一番強いような気もしています。実際こういう4桁字数の説明を書いて伝えられる場はなかなかないし、趣味とか人格も他の記事に全部書いてあるので手っ取り早いです。

Googleフォームへの記入をお願いします

友人になってもいいと思う異性の方はGoogleフォームへの記入をお願いします(連絡さえつけばXのDMとかでもいいですが、だいぶ前からスパムが多いので埋もれる危険があります)。
今のところはとりあえず連絡を折り返して適当なカフェとかで会話できればと思っています。疑問があれば質問箱に投げてくれれば概ね答えます。
forms.gle※過去に接触禁止を通告された方の応募は絶対にやめてください。

参考:プロフィール

・性別:男性
・年齢:32歳
・経歴:筑駒→東大
・勤務:大手上場企業(コングロマリット)
・職業:データサイエンティスト、正社員
・体型:174cm/77kg、ガタイがいい
・居住:東京23区内、一人暮らし
・趣味:筋トレ・読書・ブログ・映画など(トップ記事などを参照)

26/4/5 俺が考えた最強の本の読み方 最強読書趣味攻略

前から質問箱で無限回聞かれてきた本の読み方について書きます(分野や難易度問わず)。
所詮は趣味だし個人差も大きいと思うので自分のやり方を試行錯誤するのが一番いいのだが、俺のやり方はたぶん結論だと思う地点にもう行き着いたのでここらで共有しておく。

ふだん読む本の例

読み方を考える前に

本題に入る前に、読書の目的などに軽く触れておく。

読んで得るものを最大にしたい

わざわざ本の読み方を考える理由は、本を読んで得るものを最大にするためだ。
読み終わった時点で自分が何を得たかきちんと説明でき、かつ、その情報量が最大になっていることが望ましい。

「最大」という言い方には「必ずしも本の全てを理解しなくても最大限の努力をすれば十分」というニュアンスが込められている。
難しすぎたり説明が不足していたりして解釈できない箇所や、筆者の問題意識に興味が持てなかったりするセクションはどうしても一定生じる(ただし、どうして解釈できなかったかやどうして興味が持てなかったかは一つの貴重な情報でもある)。そういうやむを得ない箇所を除き、可能な限り最大の情報を持ち帰りたい。
最大にすべきなのは理解したことであって、理解すべきことではない。理解できないことを理解した気分になるよりは、理解できるところだけ切り出して理解する方がよほどいい。

逆も然りで、もう既に知っている内容を改めて厳密に追う必要はない(既知の情報を吸収しても新規に得たことにはならないから)。
このあたり、根本的に本の読み方は自分の知識に相対的ということでもある。読み始めたら意外と難しかったり逆に簡単すぎたりして途中から読み方を変えることもかなりよくあるが、いずれにしても自分が今何を知らなくて何を得ようとしているのかには常に自覚的である方がいい(結局それが一番難しい)。


知識の定着は目的にしない

読んで何かを得るのと、それを長期的に定着させるのは基本的には別の作業だ。
定着はまた違う方法論の管轄になる。長期的な知識を得たいにしても、最初はとりあえず読んで理解できるのが前提になるので今は読む方の話しかない。

別に定着を目指してもいいのだが、趣味の読書は一時に生じる快楽を追う程度で合格ラインだと思う。料理には長期的な身体の調子を整える側面もあるが、とりあえずは今食うものが美味しくあってほしいのと似ている。
別に何もしなくても読み終わったそばから全てを忘れていくわけでもないし、得たものをきっちり把握していれば後から思い出すことはそこまで難しくない。

本を読むときに併用するメモも、後から見返すためのものではなくその瞬間での理解を助けるものでしかない。
コンピュータサイエンス語で言えば、メモはレジスタのようなものだ。複雑な計算を行うには中間結果をいちいちスタッシュしないといけないのと同じように、複雑な理解のためには一時的に情報を退避しておく場所が要る。理解するためにメモを利用するだけなので、本を読み終わったらメモは捨ててもいい(が、取っておくとそれはそれで思い出すときに役立つのでわざわざ捨てなくてもいい)。


ミクロな情報とマクロな文脈

本に書かれたあらゆる記述には常にミクロな情報とマクロな文脈の両面がある。
個別の情報がどういう意味なのかと、それが何のために配置されているのかは全く別の事柄であり、それぞれを独立に正しく理解しなければならない。

つまり記述一つにつき理解すべきことは常に二つあるということだ。
内容を理解したはずなのに実際に何を理解したのかうまく説明できないときは片方しか理解していないことが多い。どちらだけを理解しているかによって対策は異なる。

一、個別の情報だけ理解しているケース
極端に難しい本を読んでいて個別の文章を理解するのに手一杯なときや、逆に既知である事柄の確認作業に終始していて全体への意識が希薄になっているときに発生する。
解決のためには全体文脈を把握するための周回や書き出しを行ったり、読み終わったあとに改めて自分の中で他人にゼロから説明するときの流れを再構成したりするとよい。

二、大きな文脈だけ理解しているケース
まえがきやリード文によってやりたいことは掴めているが、それがどのように実現されているのかにまでは手が回っていないときなど。要約だけ上手い作者の本や数学の証明などでよく発生する。
解決のためには文脈を念頭に置きながら個別の情報を精査しなければならないが、本当に些末な各論に関心が持てなくてスキップするケースも稀によくある(テクニカルでアドホックな証明など)。

 

タイプ別攻略メモ

既に書いた通り、本の読み方は自分の知識に相対的なので得るものが多い~少ないの度合いに分けて書く。
どの本がどこに入るのかは人によるので自分で見抜く必要がある(それが一番難しいかもしれない)。自分から見た例としてそれぞれ本をいくつか挙げたが、それも読んだ当時時点の話なので今はまた違う。


ほとんど全てが未知の本

情報量が多い本、論理展開が難解な本、自分が知らない分野の本、ゼロ地点からの議論に堪える本など。あと全く知らない分野の資格教本とかもここに入る。

このへん

初見の状態ではミクロな情報(個々の文章の意味)もマクロな文脈(各文章の目的意識や意義)もまだわからず、両方をゼロから理解する意識が必要になる。
よって今どっちを理解しようとしているのか、そして今どっちをどこまで理解しているのかを常に把握するように心がけたい。
俺はとりあえずミクロな読解から理解を試みることにしているが、それが行き詰まったあたりでマクロな文脈を取りに行き、それも行き詰まったあたりでまたミクロな読解に戻るというように行き戻りしているうちにようやく道筋が拓けることが多い。

どうせ全部知らないゼロベースで理解を進めるため、ある意味では最も自分の理解状況が把握しやすい本でもある。初めて知ったことを整理してミクロにもマクロにも意味が通るようになればその部分は理解できたことがわかるからだ。

典型的なメモ

本単位でも章単位でもいいが、一度全部理解したと思ったらあえて最初から改めて周回すると学べることが多い(裏技)。既に理解したはずの箇所にも実は後続の文章で説明された文脈が乗っていて、二周目以降でないとそのニュアンスを感じ取れないからだ。


ほとんど全てが既知の本

情報量が少ない本、論理展開が簡単な本、自分がもう知っている分野の本、ゼロ地点からの議論を省いている本など(正確に言うと、情報量が少ない本はほとんど未知だったとしても新たに得る情報が少ないためにほとんど既知の本と同じ読み方になる)。

このへん

一応言っておくが、ここで問題なのは「自分にとって既知かどうか」だけなので本そのものの難易度とは直接関係しない(簡単な本はほとんど全て既知である傾向があるが、ほとんど全て既知だからといって簡単だとは限らない)。

ミクロにもマクロにもだいたい知っている状態なので、逆にそれぞれについて新出事項があった場合に適当に読み飛ばさずにキャッチすることが重要になる(持ち帰る情報を最大にするためには知らなかったところだけを正しく抽出しなければならないということ)。

知らないミクロな情報を取り出すには付箋紙を使うと簡単。
頭から読み進めながら知らない情報が書いてあるところにだけ付箋紙を貼り、あとで付箋紙が貼ってあるところだけ全部書き写しながら剥がしていくと知らない情報だけサンプリングできる。
別に付箋紙を貼らずにその場でメモしてもいいのだが、読む作業と書く作業は分離した方がコンテクストスイッチが挟まらないので効率がいい。

知らないマクロな文脈を掴むにはまえがきとか章のはじめの方を精読するとよい。
その辺は内容としてはあんまり情報量がないので適当に読み飛ばしがちだが、既知の情報を並べたことで発生させたい新しい文脈はそういうところにこそ書いてある。問題意識を共有した上で改めて読むと、知っている情報が知らない配置になっていることもある(問題意識も込みで全然既知であることもある)。

個人的には「だいたい知っている本だな」と思ったら無駄に精読しすぎない方がいいと思っている。新しい情報を持ち帰るのが読書の目的なので、情報が増えないページ捲りは読書ですらない時間の無駄ということになる。
読んでいるうちに知らない話が出てくることもあるが、「これは既知すぎるだろ」と思ったら途中で離脱しても別にいいと思う、趣味だし。

 

中途半端に既知の本

上で挙げた二つの中間。
もう他で読んである程度は知っている話の本、同じようなセオリーが共有されている界隈の本など。ある分野について数冊まとめて読んで基礎を固めようとしているときの二冊目以降で発生することが最も多い。

このへん

ある意味ではここに該当する本が最も難しい。章やトピックによって全く未知だったり全く既知だったりするし、自分が今どのくらい理解して読んでいるかの流動的な把握が一番必要だからだ。

上に書いた方法二つを使い分けてもいいが、この手の本に特に有効なやり方として「目次からメモを作る」というものがある。
まず本の目次を全部書き出し、各事項についてのメモを適宜充実させていく。こうすると、場所によってやりたい理解にムラがあってもそれをセクション単位ではっきり可視化できて迷いにくくなる。既知の事柄については軽く・未知の事柄については重くまとめたりできるし、目次ベースなので全体の文脈も把握しやすい。

典型的なメモ

この手の本で自分がどのくらい理解できそうか見極めたい場合、「意味がわからなくなるまでとりあえず流しで読んでみる」というのが簡便なチェック方法になる。
「たぶんここまでは全部意味がわかっている」という地点を付箋紙でセーブしておき、読み進めてわからなくなったらセーブポイントから読み直すのを繰り返せばだいたい理解が通りつつ本の難易度も把握できる。

 

Tips集

やる気を信じろ

「今の読み方が合っているかどうか」を確かめるに際して、「読むモチベーションが維持されているかどうか」はかなり信頼できるバロメータになる。

読んでいる途中で自分が萎えている場合、何かを間違えている可能性が高い。
情報が取れていれば楽しいし、楽しくないときは情報が取れていない。本来は難しすぎる文章を流しているために何も得ていないケースと、本来は簡単すぎる文章を無駄に精読して何も得ていないケースはどちらも同じくらい楽しくなくなる。
途中から著者の問題意識が変わって全く興味のない話に突入しているケースもあるが、それも「取っても残らない情報を取ろうとしている」という意味では同じようなインシデントである。

何にせよ、萎えているときは気分の問題だと思わずに原因をよく考えた方がいい。何も難しくて諦めそうになっているとか作者に同意できないとかいうウェットな話ではなく、目的に対して適用しているアルゴリズムが間違っているだけというドライなケースがけっこうある。

 

ワーキングメモリ枯渇対策

脳科学的な知見はよく知らないが俺はたぶんこういう原理だろうと思っていることを断言して書くと、本を読むときには文脈を掴むために多かれ少なかれ常にワーキングメモリが稼働しているが、長時間に及ぶ読書をしているとそれが容量上限に達してワークしなくなることがある。
つまりそこまでの読書で蓄積されたガベージでワーキングメモリが圧迫されているので新しい情報を処理するためのメモリ空間を確保できず、新規の文章に取り組もうとしても全然頭に入ってこないことがある。

この場合は枯渇したワーキングメモリを一旦リセットするとよい。
Twitterを見るでも昼寝するでも飯を食うでも他の本を読むでもいいが、とにかく一旦別の情報で流すことでワーキングメモリをリセットすることで、利用可能領域を改めて確保できる。リセットに必要な行動と時間をざっくり把握しておけば「10分だけTwitterして戻ってきたらまた読めるはずだ」という見通しが立つようになる。

また、メモを併用することで無理やりワーキングメモリを外付け拡張することもできる。枯渇時に限らず一度に頭で考えられる量はタカが知れているので、一度外部に退避させることで繋がりが掴めることは多い。
ちなみに「溜まっているガベージと異なる情報でさえあればメモリを流せるので、本を二冊並行で読むと常に回避できるのは?(メモリは空き領域に確保されるというよりは異種領域への上書き方式?)」という仮説を持っているが、これはまだ十分に検証できていない。

集中力が切れるのには色々なパターンがあるが、その一つとしてワーキングメモリ枯渇がけっこうよく起きる割にはあんまり言及されない気がするので書いておいた。

 

紙メモvsデジタルメモ

上で紙メモとデジタルメモの両方を提示したが、どちらも一長一短なので状況に応じて使いやすいものを使えばいいと思う。
別にいつどちらにしてもダメということはないが、傾向としては紙メモはミクロな情報に強く、デジタルメモはマクロな文脈に強い。

紙メモは色やサイズや記号を自由に変えられるので、図やツッコミや補足のような様々な粒度の情報を柔軟に運用しやすい。また、打鍵よりも記入が低速で一つ一つを意識的に書き込むのでゆっくり考えるのに適している。
一方、デジタルメモは文字の並びやサイズが固定されているので情報を整列しやすく、訂正が容易だし入力も速い。既知の情報を並び替えたり書き換えたりしてより良い配列や表現を模索するのに適している。


読書タイムスパン

基本的には本一冊あたりに拘う時間は少ないに越したことはないと思っている。
一冊にあまり長く取り組んでいると序盤の方の話を忘れてきてしまうし、一冊あたりの処理時間が短い方が多くの本を読めるからだ。

時間の感覚としては、軽い本は数時間か2・3日程度で終わるが、ちゃんとした本は1週間くらいかかるようになってきて、2週間必要なのはだいぶ気合が入った本、そして最大でも1冊にかける時間は1ヶ月を上限としている(なるべく1ヶ月以内に読み終わるように頑張るということでもある)。

ただ1ヶ月で読みきれない本を読まないのも勿体ないと思って最近は1000ページ以上ある事典を1日1項目読んだりしている。これは2~3年くらいでいずれ読み終わると思う。

26/3/22 人生の現在地7:健康意識が高いわけではないが、嫌いな野菜を毎日食うし筋トレは週7

健康意識という快

一人暮らしを始めてから健康意識は高まる一方だ。
という書き方は誤解を招く不正確なものかもしれない。「では健康目的で日々ストイックに過ごしているのか」と聞かれると、「いや別にそういう話ではなくて」と返すのが目に見えているからだ。

もちろん健康そのものにも高い価値を感じてはいるが、健康を目指す行動の方にも色々な快が含まれていることは見逃せない。
自分で決めた通りに行動するコントロールの快、一時的な不快を甘受するマゾヒズムの快、縛りをかけておいていざという時のインパクトを増すジョーカーの快、物事を集約して管理するモジュールの快。
いずれにしても健康的な行動は概ね快を得るためにやっているもので、ものすごく我慢したり努力したりする必要が特にないのは幸いなことだ。

食事の健康意識

原則として、洋菓子・アルコール・揚げ物の3点を禁止としている。
これは「身体に悪そうな食品を禁止する」の修辞表現ではなく、文字通りにこの3点のみを厳に禁止するという意味だ。だから禁止されていない家系ラーメンは(たぶん身体に良くはないだろうが)週1くらいで食べるし、揚げ物かどうか微妙なラインのカップ麺類も月1程度なら食べてもいいことにしている。
また、このルールの主旨は常食を避けることにあるため、例外的な状況に対しては柔軟な運用が許容される。例えば人と食事をするときはいずれも完全に解禁されるし、奇跡的に噛み合っているメニューを目撃してどうしてもという場合は直近の筋トレを強化するなどの適当な縛りを加えることでギリ食べてもよくなる(術式と同じ仕組み)。

食べてもいいものについては、ルールとしてはっきり決まっているわけではないがふんわり健康そうなものを心がけている。
例えば米、納豆、卵、肉、魚、ヨーグルト、野菜など。具体的な品目がどうというよりは、食材の状態では大抵問題ないが加工される過程で大量の油とか糖が使われて身体に悪くなるようなイメージがある。
一人暮らしだと嫌いなものこそあえて食べようとしないと一生食わなくなってしまうため、何を食べてもだいたい不味い野菜は定期便を設定しておいて強制的に届き続けるようにしたりもしている。

食事に関する健康意識には冒頭の書いた全ての快が詰め込まれている。
すなわち、自分で決めた可食ルールを遵守するコントロールの快、嫌いなものをあえて食べるマゾヒズムの快、普段は摂取できないアルコールを会食でのみ解禁するジョーカーの快、色々な食材を組み合わせて運用するモジュールの快がある。
食行為自体もそれなりに快ではあって、健康の中核はやはり食にあるのかもしれない。

補足659:ちなみに食事の量はあまり気にしていない。恐らく食事量は明らかに多いが、身体に悪そうなものは食べないこと・運動を毎日することの二点を遵守している限りは健康を害さないということにしている。

運動の健康意識

原則週7で何らかの筋トレか有酸素運動をしている。免除される条件は飲酒日と傷病時。

実家にいた頃はどうしても風呂とか洗濯の都合が折り合わずに筋トレをできない日もたまに生じていたが、一人暮らしだとできない理由がなくなって快適だ。
だいぶ前から細かいメニューはもはやどうでもよくなっており、とにかく全力を出し切ったり筋肉痛になったりできれば種目や回数のこだわりはない。最初にやる部位だけ決めて、あとはYoutubeで見つけたり筋トレ本に書いてあったりなんとなく思い出したりしたトレーニングを限界が3回くらい来るまでこなす。
全身が筋肉痛でトレーニングできないときや、気分転換に重きを置きたいときは新居の周辺をジョギングする。何度か周りを色々走ってみて、ちょうど5kmくらいで景色の移り変わりがちょうどいいコースを開拓した。

筋トレはやはりマゾヒズムの快が一番強い。肉体が極限状況に置かれる快楽は明らかにあって、それほど時間もかけずにいつでも追い込める筋トレはかなりコスパがよい。
10分間ずっと連続してやり続けられない種目があれば、それを限界が来るまでやり続けるだけで、10分以内に少なくとも短期的には最大の疲弊に到達できる。

掃除の健康意識

掃除は食や運動ほどは健康に寄与してはいないかもしれないが、なんとなく身体的に良さそうな挙動で快を得る行為ということで概ね同じカテゴリに入っている。

世の中には二種類の綺麗好きがいる。一つは清潔な状態を常に保つことに価値を感じるタイプ、もう一つは不潔な状態をクリアすることに価値を感じるタイプ。
この二つは(特に綺麗好きではない人種からは)あまりちゃんと区別されていない割に、実際の行動特性は真逆であるためかなり相性が悪い。前者は一時的にでも不潔な状態に陥ることを全く許容しないが、後者は逆に一度は多少なりとも不潔な状態に遷移した上でそれをクリアしなければならない。

俺はどちらかと言うと後者に属する。家中を毎日きっちり掃除する必要は感じておらず、週1~2くらいでルンバを走らせればとりあえず最低限は十分だと思っている。
物理的な清潔度合いがどうというよりは、「居住空間を外乱の入っていないゼロポジションに戻す」という精神的な意味合いの方が大きいかもしれない。だから汚れた床や机だけを局所的に掃除することはあまりなく、家中まとめてか、少なくとも部屋ごとのようなチャンク単位で扱うことが多い。
特に人を呼んだあとは家中で外乱の影響が最大まで上昇するので、その日のうちに全て徹底的に掃除して残滓を完全に追放している。

補足660:「ゼロポジションに戻す」という概念自体が若干意味不明だが、自宅ベッドでの十分な睡眠によって起床時に状態をゼロに戻すというのが一番わかりやすいかもしれない(そういう儀式が要らない、例えば何ヶ月でも毎日移動し続ける海外旅行ができる人はそもそもゼロポジションを持たないタイプと思われる)。ちなみにより簡便な技としては両手の指先五本を胸の前で数秒間合わせることがある。これは両手が塞がるので他の行動を強制的に封じられる、指先を合わせること自体に意識の集中が一定必要、姿勢が左右対称になる等によって精神をゼロポジションに寄せる効果があるが、ヒロアカの麗日お茶子が同じことをやっているので痛すぎるアニメファンと見做される恐れがある。

ただしこういう掃除のスタンスは思考回路が強迫障害のそれに近いというかほぼ同じであるため、徹底すると碌なことにならない確信がある。ゼロポジションの快は容易にマイナスに転じることを認識した上で慎重に運用しなければならない。
例えばアイテム類のニュートラルポジションを完全に決めてしまうと、ティッシュケースやキーボードが所定の位置に来るようにミリ単位で調整しなければならないという病的な典型症状が花開くことが目に見えているため、あえて決めきらずに雑然とさせている。