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21/12/14 複雑ネットワーク科学入門書籍の感想

複雑ネットワーク科学

ここ2週間でネットワーク科学をザッと勉強したのでまとめておく。勉強する羽目になった経緯と結果は後日サイゼミの記事に書く。

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概ね難易度順。ネットワーク科学はかなり新しい分野でここ20年くらいの発展が著しいので出版年も書いておいた(訳書の場合は原著も)。理論を解説する記事ではないので気になった人は適当なやつを自分で読んでください。

①増田直紀、今野紀雄『「複雑ネットワーク」とは何か』

2006年出版、誰でも簡単に読めるレベルの入門書。

ブルーバックスらしい実に平易な書き口で初手から読むのには圧倒的にオススメできる。学術的な経緯よりも身の周りの事例ベースで紹介されているが、理論的に重要なネットワークの性質がそれぞれ事例とどのように対応しているかという核心がきっちり体系的にまとめられているのが嬉しいところ。
もともとネットワーク科学はいまやインターネットのみならず経営学神経科学に至るまで極めて広範な分野にまたがる学際的な理論だが、そうは言っても学術的な文脈で提出される限りは結局敷居が高く感じるものだ。その点、この本がネットワーク科学の入口として選ぶ宴会ゲームやネズミ講は実に馴染み深く真に裾の広さを教えてくれる。

補足400:ただこの本に限ったことでもないが、数式が出てこないレベルのネットワーク科学の啓蒙書では数学的な厳密さが犠牲にされがちな点には注意。正確な定義については勝手に推測せずに数学書を読んだ方が安全だ。これは著者が悪いわけではない。ネットワークという理論的な対象自体がそこそこ複雑なために、厳密な定義は期待値などを含むそこそこ面倒な数式になる傾向があり、そのニュアンスを文章で漏らさず記述するのは難しいのだ。例えばこの本でもクラスター係数の説明は特にかなり微妙である。「ネットワーク全体の三角形を数えて、最も多いときを1、最も少ないときを0とするように調整して、クラスター係数を定義する」という記述を素直に読むと、まるでネットワークにおける三角形の数によってクラスター係数が定義されるように読めるが、一般には三角形の数とクラスター係数は対応しない(三角形の数が一致していてもクラスター係数が一致しないことは有り得る)。

 

②増田直紀『私たちはどうつながっているのか』

2007年出版、こちらも誰でも簡単に読めるレベル。

前年に出た①と同じ著者が出版社を変えて焼き直した本であり、内容のほとんどが重複していると言っても過言ではない。実質的な内容の差異としてこちらにしか書いてない話は中心性に関する議論くらいしかないはずだ。強いて言えばこちらの方が若干理論寄りなのと、タイトル通りネットワークの対象を主に人間関係に限定していることが挙げられる。
どちらかと言えば①の方がお勧めではあるが、誤差なので両方読めばよい。①を読んだあとなら20分もあれば読める。

 

③マーク・ブキャナン『歴史は「べき乗則」で動く』

日本語訳は2009年、原著は2000年。概ね誰でも読める難易度のキャッチーな一般書だが、物理学について多少の教養があった方が理解はしやすい。

補足401:とはいえ厳密に物理の議論をしているわけでは全くなく、物理系とそれ以外のアナロジーを展開するだけなので、物理学の知識があったところで結局類推以上には何を言っているのかはよくわからないという説もある。

一見すると挑戦的なタイトルですらまだ自重したものであり、歴史や絶滅や戦争のみならず自然災害や金融危機に至るまで全てネットワーク科学におけるべき乗則という普遍法則で説明できるとする大風呂敷を広げる本。一応著者は物理学の博士号を取得しているが、職業学者ではなくサイエンスライターとしての本であることは頭の片隅に置いておいた方がいい。つまりこれはアカデミックな主張ではなく大衆向けの思考実験である。

歴史と絶滅と戦争と自然災害と金融危機が同根であることを主張する理路をざっくりまとめると以下のような感じになっている。

①歴史と絶滅と戦争と自然災害と金融危機はいずれも予測不可能な現象である
②この予測不可能性は現象の規模がべき乗則に従うことから示せる(べき乗則に従う事象は典型的な値を持たないため予測不能
べき乗則は物理的にはあらゆるスケールで同等の物理法則が成立する臨界状態において観測される
④臨界状態は特定の性質を持つ相互作用を含む系でさえあれば具体的な対象によらず普遍的なクラスとして発生することが知られている
⑤歴史と絶滅と戦争と自然災害と金融危機も特定の性質を持つ相互作用を含む系で発生する現象であるから、臨界状態においてべき乗則に従って生起した結果、予測不可能であるものと考えられる

あまりにもスケールの違う分野を横断しすぎているために何を示せばこの論理が正当であると立証できるのかはよくわからないが、話としてはかなり面白い。脳内で実証主義者が喚く声に対しては一旦耳を塞ぐことにして、彼と反目しているところの文学的な感性にとってはそれなりに有益なアイデアである。

というのも、この本の主張するところによれば、いわゆる予測不可能な事象に対しては「ほとんど無限に近い値を動く一様分布だから=全くランダムに生起しているから」という見方だけではなく、「べき乗則に従う裾の長い分布だから=典型的な値を持たないようなやり方で生起しているから」という見方が可能であるし、実際それは真実であるように思われるからだ。べき乗則においては規模の小さい事象の方が起こりやすいという明確な傾向性があるにも関わらず、それは依然として予測不可能なのである(これ以上の詳説は本の引き写しになってしまうので気になったら自分で読んで頂きたい)。
恐らく、ランダムに生起する事象群やべき乗則に従う事象群は、予測不可能な事象群の部分集合である。言い換えれば、予想不可能な事象クラスなるものがまず存在し、その中にいくつか性質の異なる下位クラスが含まれているように思われる(その中には決定論的な世界観において「外乱に対して出力があまりにも敏感に反応するから」という俗な意味でのいわゆるカオスも含まれるだろう)。この知見はいつか何かについて本当に決定的な気付きを俺にもたらすような予感があるが、今はまだそのときではないようだ。

 

④ダンカン・ワッツ『スモールワールド・ネットワーク』

2016年出版だがこれは増補改訂新版。旧版は2004年、原著は2003年。一応は一般向けで数式こそ出てこないものの、質・量共に重めでやや難解なので初手から入るのはお勧めしない。

スモールワールド・ネットワークを発明した研究者本人が著者ながら、文章が抜群に上手いのでかなり面白い本。当事者の視点で理論的な発展を概観しつつ、半分はエッセーの入った自著伝としても楽しめる。例えば次数分布が正規分布に従うかどうかを確認しなかったことを後悔するこの一文はかなり熱い。

われわれは重大な間違いを一つおかしていた。確認をしなかったのだ! (略)ものの半時間もあれば確認できたのに、われわれは確認しなかったのである。

一般的な史実としては「スモールワールド・ネットワークの発見者はワッツ、スケールフリー・ネットワークの発見者はバラバシ」ということになっているが、ワッツ自身が語るところによれば、半時間の確認を怠っていなければスケールフリー・ネットワークの発見者もワッツだったのである。
他にも、現在はWSモデルとして知られているスモールワールド・ネットワークの最も典型的なモデルは本人的には「ベータモデル」であって、前身として「アルファモデル」があった話なども面白い。ただ教科書を読むよりも臨場感のあるエピソード込みで理論の発展を追うことができる。

さて、スモールワールド・ネットワークにせよスケールフリー・ネットワークにせよ、ワッツは一般に巨大な系における探索問題に対して社会的な文脈を導入しての解決を試みたことで数学から社会学へと転向したようだ。ただ、前半の数理モデル形成では彼自身の活き活きとした足跡が語られるのに対して、後半で社会的な話題になった途端に筆の勢いが落ちて散発的な一般論に終始しているようにも思われる。

補足402:ちなみに後のバラバシの説明(⑦)を読む限りでは、スケールフリー・ネットワークに関しては局所的な情報からでも生成可能であり、必ずしもネットワーク全体を探索する必要はないという結論が出ているように思われる。

この違和感については訳者あとがきで手厳しく指摘されていた。訳者曰く「社会学者としての彼は、数学者・物理学者としての彼よりも凡庸に思える」「各分野の教科書レベルの理解と時事問題の列挙というスタイルは、やや辟易してしまう」とのことである。
訳者の辻氏はワッツに対してやたら厳しく、謎の戦闘体勢はこの本のもう一つの見どころになっている。あとがきだけではなく訳注でも明らかに注意を超えた警告が入っており、ワッツが提出したソリューションに対して「次節で述べられる所属関係ネットワークという概念は至極当たり前」「訳者にとっては、(略)非常に大仰で、それ自体が滑稽に思える」とまでこき下ろしているのがかなり笑える。
極めつけに、あとがきによると「二度三度と彼(ワッツ)に日本語版への序文を書いてもらうように依頼したが(略)結局書いてもらえなかった」らしい。険悪で草。

 

アルバート・ラズロ・バラバシ『新ネットワーク思考』

2002年出版、原著も2002年。難易度は④と同じか若干簡単なくらい。

こちらもスケールフリー・ネットワークの発明者で知られるバラバシ本人の著。ワッツの④に比べると研究者が書いたにしてはところどころ他人事めいていて良くも悪くもこなれている印象を受け、バラバシが学生時代にサイエンスライターをやっていた経歴があるというのにも納得がいく。内容も一般的な解釈から逸脱しないスタンダードなものであり、パイオニアらしい古典の類に入ってくる。

ワッツが④で日本企業組織論などに脱線して中途半端な社会学を訳者に突っ込まれていたのに比べると、こちらは具体的な題材としては当時の変革著しいインターネットに深く言及している。
2002年の本であるから、WWWに関する記述は20年前の認識を伝える時事的なものとしても面白く読める。例えば、当時はウェブリンクを辿る検索エンジンクローラーがウェブページの1/3程度しかカバーできていないことが失望と共に語られているが、今の感覚からすると1/3カバーしているというのは驚異的な数値であるように思われる。それが事実かどうかはともかくとして、通常の検索手段で到達できる表層ウェブはネット全体の1%にも満たないということは一度は聞いたことがあるだろう。バラバシがWWWの全体をカバーすることは不可能だと嘆きを込めて語るとき、それが非自明であるということ自体が一つの主張ですらある。
また、20年前の時点で既にネットが分断を招くことが懸念されており、そのまま「断片化するウェブ」という章が設けられているのも興味深い。もっとも、彼が言うネットの不平等性とはいわゆるパレートの法則とほぼ等価であり、必ずしも現代的なインターネット特有のポピュリズムを原因としているわけではない。とはいえ、バラバシが当時どのような理由で「ウェブには民主主義など微塵もない」とまで断言したのかは一読の価値があり、また、ネットにおける民主主義に対して悲観的な論客としてキャス・サステインを引用するあたり、ネットワーク科学はその黎明期からインターネットの連帯に対しては冷ややかな目線を浴びせていたことが伺える。

そして911直後にテロ組織の恐ろしさについてネットワーク科学者の見地から論じる記述には光るものがある。ちなみに911については④でワッツは復興で活躍した人々の組織的繋がりをネットワークと捉えていたのに対し、バラバシはテロリストの繋がりをネットワークと捉えて論じるという対比が面白い。
テロ組織を「クモのいないクモの巣」と表現するバラバシの指摘は、東浩紀が15年後に『観光客の哲学』で「ふまじめ」な敵として位置付ける現代テロリズムの脅威を完全に先取りしていると言っても過言ではない。バラバシはイデオロギーを欠いて自然発生するテロリズムについてネットワークの特性に照らしてその頑健性を危惧しており、リーダーを討伐するだけでは全く有効ではないこと、社会的経済的政治的アプローチで自己組織化を止めなければテロリストとの戦争は終わらないことを数理的立場から正しく予見しているのである(ビンラディンの殺害は2011年である)。

 

⑥増田直紀、今野紀雄『複雑ネットワーク:基礎から応用まで』

2010年出版。①②を著したペアが書いた本だが、こちらは数学書数学書としては平易な方だが、最低でも理系大学前期レベルの教養がなければ歯が立たないので注意。

内容はかなり基礎的であり、啓蒙書でざっくり述べられているようなネットワーク科学における諸定義や性質やモデルを数式できちんと説明している以上のものではない。記述はそれなりに親切であり、やや技巧的な証明については飛ばしてもいいマークがついているのが嬉しいところ。

数学的な厳密さにはそれほど関心がなかったとしても、二章くらいまでは目を通しておいた方が良いかもしれない。補足400でも言及したように、ネットワークにおける諸特徴量の定義や扱いはそれなりに厄介であることが理解できるからだ。というのも、理論対象であるところのネットワークは静的で決定論的なものではなく動的で統計的なものであるため、油断するとすぐに微分や期待値が登場してきてしまうのだ。また、次数相関など、直観的なイメージは何となく浮かぶ割には厳密な定義がしんどい特徴量もあり、数式的な定義にも一度は目を通しておいて損はしない。

 

⑦バラバシ・アルバート・ラズロ『ネットワーク科学』

デカくてバカ高い(30センチ、そして10000円)。個人で所有するというよりは研究室の棚に一冊置いてあるタイプの本。⑥と同様、数学書の中では平易な方だが、数学の基礎が無ければ通読は難しい。

大学専門課程におけるスタンダード教科書として使う想定で大勢の人々が頑張って作った教育的な書籍であり、装丁にも気合が入っていてフルカラーで図やグラフがふんだんに使われている。
この手の教科書にしてはかなり実例志向であり、ネットワークにおける定理や性質を紹介するたびにそれが現実においてどのような現象に対応していてこれがわかると何が嬉しいのかみたいなことをきちんと図や写真も付けて説明してくれるのがありがたいところ。ネットワーク科学自体が様々な分野にまたがる学際的な性質を持っていることもあって、飽きずに読み進めることができる。
取り上げているトピックも⑥よりも若干広く、次数相関や頑健性についてはこちらでのみ深く取り上げられている。一応⑥でのみ論じられている話題としては同期現象や進化ゲームがあるが、ネットワークの性質に関する議論としてこちらの方がより基礎的であるように思われる。

高いだけあって非の打ちどころがないというか、入手できるならば数理レベルでの入門書としては概ね⑥の上位互換であり、ベストな選択肢と言える。