LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

20/10/25 お題箱:『構造と力』を読む前に / Vtuberには萌え声を出してほしいetc

お題箱73

192.現代思想初見で「構造と力」買ったんですけど結構読みにくいです…
これ行く前に何か読んでおくべき本とかありますか?

初手『構造と力』は相当厳しいと思います。初めての料理でシューマイを作るくらい厳しいです。
『構造と力』はどう贔屓目に見ても日本有数の難解書籍であることは間違いないのですが、その実態とは逆に「『構造と力』は現代思想の簡単な入門書」などと紹介されがちなのが厄介なところです。浅田自身も「チャート式参考書のつもりで書いた」とか言ってますし。

f:id:saize_lw:20201007215932j:plain

これは仲正昌樹ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』の序文ですが、ここでもやはり「簡潔で分かりやすい、現代思想の入門書」などとコメントされています。
ただそう言わざるを得ない事情も続けて書かれている通りで、元ネタのドゥルーズガタリ『アンチ・オイディプス』が絶望的な難易度の書籍であるため、そちらに比べれば涙が出るほどわかりやすいということです。『構造と力』出版当初は後で挙げるようなもっと簡単な解説書籍もまだ存在していなかったため、当時日本語で読める中では実際かなり入門的なポジションだったことが伺えます。

いずれにせよ『構造と力』は出版当初には他の書籍に比べると相対的にわかりやすかったというだけなので、ある程度予習してから望むのが安全だと思います。テーマである構造主義からポスト構造主義までの話については(本当の)入門書も今は充実しているため、まずはその辺から読むのがベターです。
構造主義自体は割と無限に擦られている話ではあって、コンパクトな新書にも良著が多いです。特に初手から入れるものとしては内田樹『寝ながら学べる構造主義』とか橋爪大三郎『はじめての構造主義』あたりが良いと思います。

f:id:saize_lw:20201023203908p:plain

これは橋爪大三郎『はじめての構造主義』の巻末ブックガイドで、やはり『構造と力』は「入門書」と評されていますね。ただ、「いきなり『構造と力』じゃむずかしすぎる人に」という非常に気の利いた補足が付いています。
実際、竹田青嗣現代思想の冒険』は『構造と力』よりは読みやすく、近代哲学からポスト構造主義までのより広い範囲を網羅しているため先に読んでおくのもアリでしょう。『現代思想の冒険』でもまだ難しすぎる場合は、だいたい同じ範囲を扱っていて誰でも絶対に読める本として飲茶『14歳からの哲学入門』も挙げておきます。こういうポップ哲学っぽい本は普段は人に勧めませんが、この前Kindleを購入したときの気の迷いでちょっと読んでみたら意外と良い本でした。
ポスト構造主義は元々かなり難解で僕もよくわかっていませんが、岡本裕一朗『フランス現代思想史』で主要登場人物と雰囲気くらいは掴めると思います。

背景の思想を予習するのではなく『構造と力』そのものにフォーカスした書籍を読んでおきたければ、佐々木敦『ニッポンの思想』が詳しいです。1980年代以降の日本における思想動向の出発点に『構造と力』を据え、内容と意義がかなりの紙面を割いて語られているので、実はこれが一番良いかもしれません。

 

193.遊戯王再評価シリーズ好きなので、この勢いで初代についても語って欲しいです!

saize-lw.hatenablog.com

saize-lw.hatenablog.com

上の記事で初代遊戯王とその続編である劇場版については少し書きました。初代遊戯王に関してはパイオニアとしてあまりにも偉大過ぎて功績を体系的に語ることはかなり困難なので、僕のカードゲーマーとしての経験に寄ったことを書いています。

ちなみに現行のSEVENSは面白いんですが、コロナ禍で一旦中断して復活以降は視聴が止まっています。どうも僕は自分がプレイしていないカードゲームのアニメを見るのは苦手なようです。

 

194.LWさんはVtuberのオタクを二次元のオタクと三次元のオタクのどっちにカウントされていますか?

二次元のオタクか三次元のオタクかって恐らくアニオタ派生のオタクかドルオタ派生のオタクかくらいの意味ですよね。やたらクオリティの高い3DCGは技術的には三次元ぽいですが、ニュアンス的には前者でしょう。

まずVtuberが二次元か三次元かみたいなことを言う前に、Vtuberは二次元と三次元をアウフヘーベンしてたみたいな話はどうなったんだっけということが気になります。なんか黎明期には「Vtuberはキャラのイラストは二次元だけど演じている人が三次元で、二次元でも三次元でもない全く新しいキャラクターとコミュニケーションできて凄いんだ」みたいな2.5次元的な言説が一般的な理解として流通してませんでした?
が、なんか今思うとVtuberに対するスタンスって「二次元でも三次元でもない全く新しいもの」みたいな折衷というよりは「あるときは二次元であるときは三次元」みたいな往復という方がしっくり来ます。二次元と三次元の間にある中間項に定位したわけでは決してなく、あくまでも二次元と三次元の間を反復横跳びしてるだけのような気がします。反復横跳びが超高速になったらそれは中間項と見分けが付かないのかもしれませんが。

Vtuberのオタクが二次元のオタクか三次元のオタクかという話に戻ると、どっちもいて一部は両方でもあるという典型的な二要素のベン図みたいになっているのが真相だろうとは思います。
ただ、僕自身は前者でありたいしVtuberにも前者であってほしいという願いはかなり強く持っています。はっきり書いたことはまだ一度もないかもしれませんが、僕は声オタ文化やドルオタ文化が全然わからないタイプのオタクです。「リアルの女性でいいならオタクやる意味なくない?」「ドルオタなんかやってないでアイドルみたいな女性と付き合って結婚すればよくない?」という疑問をドルオタに対して持っているし、リアルな性欲を扱うのが気持ち悪いという素朴な嫌悪感もあります。
発話の二重性みたいな話にこだわるのも、「萌えキャラに萌えているだけで決してニコ生主に萌えているわけではない」と理論武装するためではないと言えば嘘になります。演者の女性に対して萌えているというスタンスを絶対に取りたくないので、何とかしてそれを回避できるロジックを確保したいということです。

あと二次元か三次元かみたいな切り分けに際して言えることとして、Vtuberも要素によって明らかに二次元寄りの部分(アニメ寄り)と三次元寄りの部分(ニコ生主寄り)の部分がありますよね。
例えば、TwitterVtuberのエロ絵が流通しているのを見ると、僕はそれをかなり二次元的な事態だなと感じます。というのは、声オタ文化に声優のエロ絵を描くカルチャーは無いので、Vtuberのイラストが演者への性的な目線で駆動している可能性はかなり低いはずだということです。別にエロ絵でなくても静止したイラストに描かれるのはキャラクターの方だと思いますし、そういう意味で僕はイラストについては全く葛藤なくカジュアルにファボしたりリツイートしたりすることに抵抗がありません。
その一方、もっと三次元寄りなのは声です。プロの声優ならちゃんとした技術を使って声を作るので香風智乃の声と水瀬いのりの声を判別できないことはまずないんですが、声優崩れとか素人のVtuberの場合はそこまで萌え声を作らなかったりしますし、地声で喋るのが面白いとされる風土があったりもします。
僕は二次元萌えがなし崩し的に三次元萌えになる事態を警戒しているため、キャラの声と演者の声が判別できない事態を避けようとすることが多いです。「Vtuberは腹から萌え声を出せ(地声で喋るな)」みたいなことを言うのもそのためですし、鈴原るるとか白上フブキの動画を好むのも同じです。彼女たちは精神と声が安定していて奇声を上げることがほぼなく、常に作った萌え声を出しているため、境界を踏み越えてくる不安があまりありません。

f:id:saize_lw:20201025211354j:plain

補足347:ただ、このあたりの萌えというか性欲が絡む話ってどうしても倫理的な偽装とか無意識な意図を含みがちなので、疑おうとするといくらでも疑えてしまいます。例えばVtuberのエロ絵を描く文化が本当は演者に向けられている性欲を隠蔽するための隠れ蓑である可能性はあります。声優のエロを描くのは「それは流石にダメだろ」という自制心が働くのですが、Vtuberの場合はキャラを経由することで表面的には否定している性欲を描けてしまうということです。その場合、巧妙に偽装された性欲の拡散は明け透けに描かれたそれよりも表面的な正当性を確保しているためにより悪質ということになるでしょう。

補足348:昔RFAが流行ったときに「Vtuberが運動をしてハァハァ言っているときに『エッッッッ』『えっちだ』みたいなコメントをしないでください(性的でない喘ぎ声を性的に消費しないでください)」みたいなことを言ったVtuberがいたと思います。この事態も両方の側面から考える必要があって、まずVtuberがアニメのキャラクターなら喘ぎ声を性的に消費するのは別に全然構わないはずです。それが文脈を破壊する低俗な営みであるにせよ、アニメキャラに対して無差別に欲情すること自体が倫理的な問題を孕むとは思えませんし、実際、ニコニコアニメチャンネルではそういうコメントはよくあってそれほど問題視されません(僕は結構問題だと思っていますが)。よって、RFAで警告を出さなければならない状況は、基本的にはVtuberが演者として捉えられていることの証左となるように思われます。アニメキャラではない女性に対して(彼女自身が欲情してほしいと思っているのでない限り)見境の無い欲情は宜しくないという見解は常識的に理解できます。よって、RFAの流行に付随した性欲に関する道徳の形成はVtuberを演者寄りに見ることを肯定する事態だなと思って見ていました。

補足349:ただ、この話にももうワンステップ先があります。補足348の段階では意図的に「アニメキャラには無差別に欲情してもよく、リアルな女性には無差別に欲情してはいけない(アニメキャラは倫理的に考慮すべき対象ではないが、リアル女性は倫理的に考慮すべき対象である)」と切り分けました。ただ、これってただ単にアニメキャラはコミュニケーション可能な存在ではないので自分に向けられている性欲を知ることが出来ないからというだけの理由であって、Vtuberがそうであるようにキャラ自身が性欲を感知できるとするのであれば、恐らく萌えキャラも倫理的に考慮されるべき対象になり得るように思われます。だからVtuberが萌えキャラだとしてもなお、彼女が性的に扱われることを拒むという理由によって、欲情の表出が封殺されるべきだという規範は十分に有効であり得ます。ここに「萌えキャラに対する倫理=考慮すべき対象としての萌えキャラ」という、「考慮する必要のない萌えキャラ」でも「考慮すべきリアル女性」でもない第三の領域が立ち上がってくるとすれば、このあたりに二次元と三次元がアウフヘーベンする契機が蘇ってくるのではないかと思うところもあります

195.yubit映研オープン企画 vol.1 「LWのサイゼリヤ」特別講義、過去ログを見かけてめちゃくちゃ内容が気になってるんですけど、今後ブログに詳細な内容を掲載される予定はありますか?

2年前くらいにやったやつですね。
興味を持って頂けるのは非常にありがたいですが、ブログに掲載する予定はあんまりないですね……DMをくれればスライド資料をあげます。
基本的に書籍の内容をまとめて紹介するような講義で僕の独自性があるわけでもないので、種本を読むのが良いと思います。例えば投稿タイミング的には以下の記事でスライドを一枚引用したところで反応されたのかなと思うのですが、これは書いた通りマリー=ロール ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』に書いてある内容なので、それを図書館とかで借りて読めば良いでしょう。

saize-lw.hatenablog.com

ただ、マリー=ロール ライアンはベースになっている可能世界論をそれほど丁寧に解説していないので(著者は解説しているつもりかもしれませんが僕が読んだときは理解に苦労したので)、三浦俊彦『可能世界の哲学』か野上志学『ディヴィッド・ルイスの哲学』を先に読むことをお勧めします。

 

196.ブログ記事「サムライ8はなぜ失敗したのか」とても興味深い内容で、サムライ8も鬼滅の刃も読んでみたくなりました。
ひとつ気になった点があります。サムライ8を全く読んだことのない人間の戯言としてお読み下さい。

義や勇などのサム8の複雑な設定はあくまで少年マンガのコテコテの価値観をシステム化したに過ぎず、それ自体は欠点ではない、とのことですが、これまでシステム化されずにひとりひとりが自己完結的に抱いていた「義」や「勇」をシステムに組み込んでしまったことで、それらの意義が無に帰したという可能性はないのでしょうか?
ゾロが「背中の傷は剣士の恥だ」という信念を持って貫くのは格好いいけど、「剣士は背中に傷を受けると散体する」というシステムがワンピース世界に存在し、そのシステムのためにゾロは背中に傷を受けないように気をつけているとしたら格好悪いと思います。

"『サムライ8』が描いてきた美学に共通するのは徹底した自己完結性だ。"とありますが、「男の美学」は、その内容がどれだけ堅物で一辺倒であっても、彼らが生きる世界のシステムや設定といった外部に依存するものではなく、あくまで自分の内部に依存するもの=自己完結しているものでなければならず、「男の美学」を見事に表現した『サムライ8』は、見事に表現することで「男の美学」を根本から台無しにしたのではないでしょうか。

鬼滅の刃』との比較でいえば、『サムライ8』の失敗は確かに「男の美学がウケる時代ではなくなってきているため」なのかもしれませんが、上に述べたように「男の美学を巧みにシステム化すること自体が失敗だった」線もあるのでは、と思いました。

saize-lw.hatenablog.com

この記事に対するコメントです。
これはもう完全に仰る通りですね。あまりにも仰る通りすぎて書き足すことが思いつきません。まさにこの理由によって『サムライ8』は少年漫画の価値観の扱いを根本的にしくじっていたというのはかなり真実であるように思われます。
話の構造とか価値観だけではなく、それを表出させるやり方がクリティカルなこともあるんですね。勉強になりました。ありがとうございます。

 

197.「男性的でない」を「女性的である」と言い換えるのって男性的過ぎませんか?

この投稿も上のサムライ8の記事に対するものです。

まあ概ね仰る通りなんですが(以下の回答は反論ではなくこの指摘を認めるものですが)、一応『鬼滅の刃』を男性の否定形という消極的な理由ではなく、もっと積極的に女性的と言う理由もないわけではないです。一つは作者の吾峠呼世晴が女性らしいということ、もう一つは女性読者が多かろうことを念頭に置いてはいます(厳密なデータがあるわけではありませんが、少なくともBLEACHNARUTOに比べれば恐らく)。

とはいえ、そんな些末で怪しいエビデンスは話の本質ではなく、二つの対照的な価値観を男女の対立に対応させるというステロタイプな比喩のやり方自体がバイアスドで時代遅れな書き方であるということですよね。僕にも多少の自覚はあって、投稿時はもうちょっと決めつけ調だったのを少しマイルドに修正したりはしています。

これに関しては、ただ単に僕の規範意識はそこまで優先度が高くないというだけのことです。単純な二項対立を導入することで話がわかりやすくなるのであれば、無意識の加害に加担することを選ぶ程度のものでしかありません。表現一般に関しても、僕は「女々しい」「姦しい」「女房を質に入れる」といった言葉は長期的に見れば廃止されていくべきだと思っている方ではありますが、常に代用の語句を持ってくるほどモチベーションが高いわけではないというくらいの感じです。

 

198.ワールドトリガー、面白いですよ(ジャンプSQですが、集英社で1番好きな作品です)

割と好きな漫画で、前に感想を書いたことがあります。

saize-lw.hatenablog.com

saize-lw.hatenablog.com

たしかヒュースを勧誘するあたりまで読みましたが、情報量が多い漫画で時間を空けるとすぐに内容を忘れてしまうため、次に読むのは完結して最初から読み直すときのような気がします。

 

199.キズナアイ

そうです。

 

200.https://www.nicovideo.jp/watch/sm37567302
音MADって文化いいですよね

音MADはあまり聞かないですね……まずうちうちうちさぁうちさぁみたいなやつを音MADに含むなら結構聞いてるかもしれません。