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22/12/9 君はAI創作の最前線にして最底辺「AI拓也」を知っているか

そろそろAI拓也について誰かが語らなければなりません。この貧乏くじは僕が引きます。

AI創作の最前線にして最底辺

まず薄いオブラートに包んで言えば、「AI拓也」とは「ニコニコ動画において拓也という人物をテーマにAIを用いて制作された動画作品」の総称です。
衰退甚だしい現代ニコニコ動画において、AI拓也がメインコンテンツの一つであることは疑いようのない事実です。ランキングの右の方に常に陣取り、10万再生越えの殿堂入り動画が100本近く存在するほか、1年以上に渡ってたくさんの投稿者が新しい動画を毎日投稿する盛り上がりを維持しています。

そしてAI拓也は名前の通りAIを活用した創作コンテンツでもあります(主に文章AI、特にAIのべりすと)。AIのべりすとが稼働を始めた2021年11月頃というかなり早い段階からジャンルが成立しており、今では1000本近い動画が閲覧可能な、国内でも数少ない創作AI動画作品の宝庫です。
ニコニコらしいクリエイティビティが発揮された作品には目を見張るものがあり、AIによる基本的な執筆支援はもちろんのこと、AIとの執筆セッションのエンタメ化、AIをテーマにしたメタフィクション、音MAD路線やイラストAIとの融合など様々な実験的アイデアが日々試みられています。
ニコニコ特有のコメント機能によって手法や表現が秒単位かつ自然言語で評価されるフィードバック環境も整っており、投稿者と視聴者が一体となって相互参照やハイコンテクスト化を繰り返しながら凄まじいスピードで発展し続けるプレイグラウンドとして機能しています。
総じて、今後本格化していくであろう生成AIをエンタメ作品制作に活用する流れにおいて、AI拓也での試みの数々は重要な参考点になることを確信しています。

ただしAI拓也はいわゆる淫夢コンテンツの派生であるために無視できない難点を二つ抱えています。

  • 実在人物をモチーフにした人権侵害コンテンツであること
  • 肛門性交や食糞や飲精や薬物使用のようなやや人を選ぶ描写が多いこと

これらはあまりにも致命的であり、これだけ可能性に満ち溢れたカルチャーであるにも関わらずニコニコ外部への露出が絶望的である理由、誰も紹介したがらない理由もここにあります。

とはいえ、古くから日本のサブカルチャーを発展させてきた原動力が著作権侵害であることは誰もが知る歴史的事実です。モラルを持たない勢力がその制約なき消化能力故にいち早く新しい文化や技術を取り込むことはむしろ飛躍の典型であり、ただそのアングラさ故にAI拓也が誰にも省みられることなく歴史の狭間に消えていくのであればそれは人類の文化的損失と言わざるを得ません。今までAI拓也をリアルタイムで全て追ってきた者としてAI拓也が示してきた創作AIのエンタメ活用可能性を記録することがこの記事の目的です。

現状AI拓也はネットカルチャーにありがちな超ハイコンテクスト状態になっているのでしばらく注意点や事前知識や歴史について説明しますが、AI創作における技巧そのものを知るだけなら必須ではありません。ネット文化に関心が薄い人は「AI拓也傑作選」まで飛ばしてもいいです。

 

AI拓也と淫夢の相違点

(※淫夢に詳しくない人はこの節は飛ばしてもいいです)

淫夢民は「拓也ってKBTITのことね」「要するに野獣先輩の仲間ね」と早合点するかもしれませんが、その認識はかなり時代遅れと言わざるを得ません(現環境で拓也がKBTIT呼びされることも、拓也が野獣先輩と絡むことも極めて稀です)。

確かに拓也は淫夢の派生コンテンツですが、度重なる文化的飛躍を経て現在では元の淫夢からはほとんど独立したコンテクストを形成しています。ニコニコ動画上ではだいたい2021年末頃から本格的な拓也ブームが到来しており、ここ一年以内に淫夢の最前線に触れていない人は現代的な拓也をキャッチアップできていません。それ以前の淫夢知識で止まっている人は認識をアップデートする必要があります。

既存淫夢コンテンツと拓也の最大の相違点はAI拓也は映像ベースではなく文章ベースの動画であることです。
拓也コンテンツは(拓也さんが出演したホモビデオというよりは)拓也さんがかつて執筆したブログを元にして成立しています。素材としてホモビデオ動画を用いることもありますが、基本的にはテキストがメインコンテンツです。背景の上に画面一杯に表示した文字を淡々と読み上げるというサウンドノベル風のフォーマットを取ることが多く、動画の切り貼りで成立している既存の淫夢動画とは全く異なる形式を持っています。

一般的な淫夢動画(左)と一般的な拓也動画(右)の比較
左: インタビュアーに拷問されても絶対に自分の事を話さない先輩 - ニコニコ動画
右:
AIの力で上位者『拓也』を創造する - ニコニコ動画

また拓也ミームは高度に独立しており、既存の淫夢ミームはほぼ通用しません。
拓也さんは(ホモビデオの台詞のみならず)ブログとしてテキストを残していることから拓也語録が非常に多く、拓也さんだけで他の淫夢語録に匹敵する質と量を備えています。よって拓也系動画では「チョーSだよな」などの拓也語録を用いるだけで十分であり、「イキスギィ」などの非拓也語録を用いる必要がありません。特にAIの流入以降はAIが拓也語録を生成するという自家発電が成立し、拓也ミームは雪だるま式に膨れ上がる一方です。
同じことは語録のみならず作品に登場するキャラクターにも言えます。つまり拓也動画に非拓也系淫夢キャラクターが登場することはまずありません。野獣先輩のように元々絡みがないキャラはもちろん、店長やポイテーロのようなホモビデオ上で接触のあるキャラですら拓也動画への登場は非常に稀です。代わりに登場するのは拓也の怪文書に登場したキャラクターであるマネージャーやマサヒコさん、及びAI拓也で生成された藍沢柚葉やホモイルカなどです。

総じて拓也カルチャーは元の淫夢と切り離された独自のミーム圏、古典淫夢知識ではまず歯が立たない新領域を構成していることに留意する必要があります。

 

AI拓也の歴史

(※ネット文化に関心がない人はこの節は飛ばしてもいいです)

AI拓也が成立したのは2021年11月頃ですが、大元となるコンテンツは2007年頃から存在しています。厳密に言えばAI拓也は怪文書の派生コンテンツである同人拓也の派生コンテンツであり、つまり「①怪文書→②同人拓也→③AI拓也」という流れを踏まえる必要があります。

 

怪文書について

ホモビデオ男優である拓也氏が2007年頃にブログに投稿していた文章、通称「怪文書」が全ての始まりです。複数存在する怪文書群は2017年頃からニコニコ動画上に投稿され始め、常軌を逸したストーリーや異常な文体から一定の人気を得ていました。

ウリで狂ったあと 投稿者: 拓也 - ニコニコ動画

後に同人活動の土壌となるための大きな特徴として、怪文書は内容と形式の両面であまりにも独特であるが故に却って模倣が容易であったことが挙げられます。
具体的には、どの怪文書も独特な語尾や言い回しを用いて肛門性交を中心とした性生活を描いているため同人活動の際にはそのフォーマットをなぞればよい、つまり「どんな舞台や展開であろうと独特の言い回しと肛門性交描写を押し込んでしまえば拓也として成立する」というハードルの低さは同人活動のみならずAIのラーニングにおいても技術的な優位点となっています。

 

同人拓也について

一部での怪文書人気に並行して、怪文書の独特な内容や言い回しを模倣して書かれた二次創作である「同人拓也」が出現し始めます。
同人拓也の存在自体はニコニコ動画上に怪文書が投稿され始めたのとほぼ同時期の2018年頃にまで遡ることができますが、一つの流れを作ったのは2021年5月に投稿された「台風接近で淫獣が増えるよね」だと思われます。

台風接近で淫獣が増えるよね 投稿者:ビルダー拓也 - ニコニコ動画

もともと怪文書は15年以上も前に個人ブログに投稿されたテキストであるために多くが散逸しており、「台風接近で淫獣が増えるよね」もタイトルの存在のみ確認されているが本文が不明という状態の怪文書でした。そこでファンユーザーがそれらしい内容を拓也らしく書いてみたのがこの作品です。実際の怪文書と遜色ない頭のおかしい内容は高く評価され、これを模倣した同人拓也が少しずつ増え始めます。 

そして2021年10月に投稿された同人拓也『支配するものされるもの』(『支配』)が以後の流れを決定付けました(原典跡地→)。個人的には拓也全史において最も重要な作品を挙げろと言われたらこれを挙げます。

【再うp】支配するものされるもの 投稿者:サーフ系ボディビルダー拓也 - ニコニコ動画

『支配』が革新的だった点は怪文書のフォーマットを忠実になぞりつつも完全にファンタジーに振り切ったディストピアSFを描いてみせたことです。
『支配』までは同人拓也は「怪文書をどれだけ模倣できているか」が評価軸であり、原典の怪文書と見分けが付かない程度のリアリティで書かれることが前提になっていました。
一方、『支配』では巧みな導入で隠蔽されつつも完全なSF世界に拓也が投入され、目的は明らかに「怪文書の模倣」ではなく「拓也を用いた創作」へとスイッチしています。軸足を移しながらもクオリティの高いSFを描いた『支配』によって認識が切り替わり、「拓也で創作をやる」という道筋が切り拓かれました。

 

AI拓也について

2021年10月に『支配』に触発された創作寄りの同人拓也ブームが到来すると同時にAIのべりすとがサービスを開始したことは人類史における奇跡の一つです。

同人拓也で創作活動を行っていたユーザーたちは創作支援ツールであるところのAIのべりすとにすぐ目を付け、2021年11月頃には早くもAIを利用した同人拓也が生成され始めました。これがAI拓也の成立であり、それに伴って既存の人が書いている同人拓也は区別のため遡及的に人力拓也と呼ばれるようになっていきます(当初は「ジェネリック拓也」「怪文書偽典」「別冊拓也」などと呼称がまちまちでした)。

まとめると、同じように見える拓也動画にも

  1. 怪文書:2007年頃に拓也氏が執筆し、2017年頃からニコニコ動画上に投稿され始めたブログ記事
  2. 同人拓也(後に人力拓也):2021年5月頃から淫夢ユーザーによって人力で生成された怪文書の同人作品
  3. AI拓也:2021年11月頃から淫夢ユーザーによってAIで生成された怪文書の同人作品

という三種類が存在しています。複雑な歴史のために相互参照関係は混沌としており、単に怪文書をオマージュしたAI拓也だけではなく、AI拓也から派生した人力拓也やAI拓也を元に作られたAI拓也(シンギュラリティ拓也)など様々なパターンが存在します。

また注意点として、人力拓也はAI拓也に置き換わったわけではありません。どちらも今に至るまで相互に影響を与え合いながら並行して投稿され続けています(ただし手間がかからないAI拓也の方が勢いが強い傾向があります)。

 

AI拓也傑作選

現在AI拓也は1000本近くの動画が投稿されており、だいたい全部見てきた中から時系列順に重要な作品を紹介します。単純な面白さやクオリティよりアイデアの独創性や手法の新規性を評価し、各動画の意義をそれぞれ解説します。

動画の内容は全て最初から最後まで終わっているので外では開かないでください。

【重要度指標】
★★★:これを見ずには語れない
★★☆:見ておいた方がよい
★☆☆:見てもよい

2021年11月『AI自動生成タクヤの評判』★★★

AI自動生成タクヤの評判 - ニコニコ動画

最古のAI拓也にして最多再生数を誇る記念碑的な動画です。

タイトル通り、かつて実際に掲示板に書き込まれた拓也の評判をAIに学習させることで偽の評判を生成しています。完全な創作というよりは「既に存在するテキストと連続しても違和感のない、本来は存在しないが類似したテキストを生成する」という拡張路線を取っている点は黎明期らしく、AIをゼロからの創作に用いるよりも既存テキストの変奏を生成する方がハードルが低いことを示唆しています。

この動画からは「国民全員でこいつを逮捕しろ」などが語録として定着しており、AIによって自動生成されたテキストであっても原典と同様にミームを形成できるという、最も基本的な文化ポテンシャルが示されています。

 

2021年12月『タクヤ依存症対策条例』★★★

タクヤ依存症対策条例 制定者:AIのべりすと - ニコニコ動画

「ボケ倒し」というAIの基本芸風を確立した初期の傑作です。

お堅い公文書フォーマットを用いて性的でインモラルな内容を述べるシュールなテキストが20分近くに渡って延々と表示され続け、そのギャップと意味不明さに対して視聴者がコメントで草を生やしたりツッコミを入れたりする構造になっています。

この「AIが淡々とボケてコメントが突っ込む(投稿者が突っ込むわけではない)」という構図は文章生成AIの弱点を逆手に取った活用法でもあります。
統計分析によって文章を繋ぐ現代的な生成AIは、ルールベースAIやオントロジーAIに比べて論理的な整合性や意味連関を保つのが困難であることが知られています。通常の文書作成であればそれは欠点ですが、娯楽領域においては「ボケ」として解釈することでむしろその精度の低さが面白さとして享受されます。とりわけAI拓也においては肛門性交や薬物使用のような馴染みの薄い概念を用いるため異常な文章が生成されやすく、なおさらギャップが強調されることになります。

また、人力でのボケ倒しと比べて、AIのボケ倒しは「ボケ側の笑いどころ意図をツッコミ側は意識しなくてもよい」という強みがあることが伺えます。
例えば、お笑いで芸人がボケ倒して視聴者に突っ込ませる場合、「芸人は自分がボケていることに気付かないフリをしているが、視聴者は実は芸人がボケていることを承知している」というかなりハイコンテクストな前提が暗黙に設定されます。よってツッコミは「芸人から提示されたボケを読み解く」という一種の謎解きによって成立する、やや高度な営みになります。
一方、AIによるボケ倒しは虚無から何の理由もなく生成されたゼロのボケです。背景に芸人側の意図が背負われていないため、視聴者はメタコミュニケーションから解放されて人それぞれにおかしいと思ったポイントに突っ込むことができます。この視聴者側の気軽さは非同期一方向コミュニケーションであるコメントシステムと相性がよく、これも「AIは意図を理解しない(し、消費者もそれを承知している)」という本来は欠点である部分がお笑いにおいてはプラスに転化する例と言えます。

 

2022年1月『AIを使って拓也さんを「ジョジョの奇妙な冒険」に登場させる』★☆☆

AIを使って拓也さんを「ジョジョの奇妙な冒険」に登場させる - ニコニコ動画

典型的な創作系動画の一つです。

拓也を一人のキャラクターとしてリアル・フィクション問わず様々な世界に登場させるものはAI拓也の中でも最もメジャーな動画ジャンルの一つです。他にも『AIで拓也を競馬界に登場させてみた』『AIで拓也さんを儒家にさせた』などの類似作品は無数に存在していますが、とりわけこの作品のように一般的には難易度が高いクロスオーバー作品も多く投稿されることは特徴的なポイントだと考えます。

通常、クロスオーバーなどで既によく知られた題材同士を掛け合わせる場合、題材が増えるごとに制作にかかる労力は大きくなる傾向があります。複数の文脈全てで整合して面白くなるようにウェイトを管理していく必要があるからです。例えば拓也をジョジョに出すとして、どんなスタンドを持たせてどのように活躍させるかは創作者の腕の見せ所ではあると同時に、労力の嵩むポイントでもあります。
その一方、AIにとっては文脈が増えるとむしろ生成は容易になる傾向があります。ユーザーとしては学習元に設定を詰め込むだけの作業で、AIにとっては生成する文章が限定されていくために解釈に合わない文章を出力する自由度が小さくなっていくからです。

つまり、やや乱暴な図式ではありますが、人力の場合は元になる設定が多い方が整合を取る労力が増していくのに比べて、AIの場合はむしろ生成文章が限定されて創作が容易になるという逆の傾向があります。これはAIによる創作はクロスオーバーなどの文脈横断的な営みを容易にすることを示唆します。

 

2022年2月『AIで拓也をHUNTER×HUNTERの世界で活躍させる【ハンター試験編】』★★★

AIで拓也をHUNTER×HUNTERの世界で活躍させる【ハンター試験編】 - ニコニコ動画

投稿者とAIの間での執筆セッションをエンタメに昇華した傑作です(再投稿前の元動画は2022年2月23日に投稿されているため2月扱いとしています)。

まず前提として、AI拓也では一般的に表示テキストにおいて「赤文字は投稿者入力、白文字はAI出力」という区別がされています。これは全てのテキストをAI出力に任せていると望まない方向に暴走したりするので、適宜投稿者が手を入れて方向付けを修正した履歴を示すものです。元々は「人力で書いた部分をAIが書いたと偽るのはよくない」という奇妙な誠実さによって発生したフォーマットだったのですが、これが「執筆セッションのエンタメ化」というAI拓也に特有の事態を引き起こすことになります。

この作品でもAIが白文字で大部分を書いている一方で、時折投稿者が赤文字で介入していることが示されています。

この作品は拓也がハンター試験に参加するという設定の二次創作ですが、白テキストにおいて生成AIが不合格や死亡によって拓也を葬ろうとしている一方、赤テキストで投稿者が介入して何とかリタイアを食い止めようとしていることが示されています。この様子は「AIとの喧嘩」「投稿者vsAI」などとコメントされ視聴者にも大いにウケており、ベタなテキスト表現よりも一段上のレベルとして、紅白色分けで示されるメタなコミュニケーション表現がエンタメとして消費されていることが伺えます。

この作品が示すのは、AI創作においてはテキストのベタな読みだけではなくメタな執筆模様もエンタメとしてパラレルに提示できるということです。一次的な文章のレイヤーでは拓也がハンター試験に受かったり受からなかったりする文章でしかありませんが、ここに介入のコンテクストを加えることによって投稿者とAIの間でのプロレスを同時に描くことができます。

そしてこの二重化を成立させているのは、AI自動生成は制作工程が可視化されるテキスト上でのみ行われるという特徴です。
これが人間とAIではなく人間同士の喧嘩であればそれが文章上で可視化されることは有り得ません。二人の人間が行う「拓也をハンター試験に合格させるかさせないか」という議論は実際に生成するテキスト上で行われるものではないからです。それは会話なりdiscordチャットなりで行えばよいことで、わざわざテキスト上でお互いに文章を書き換えあうことで意志を示すのは極めて不自然で、制作工程の表示というよりはそういう趣旨のパフォーマンス的表現としか解釈できません。
一方、AIはどこまでもベタなテキストの粒度でしかコミュニケーションを行えないため、テキストそのものが投稿者とAIの間の闘争の現場になります。これにより、執筆セッションそのものをテキストに繰り込んでベタとメタをまとめて提示する新しい道が拓かれます。

 

2022年2月『AIの力を使って拓也を核融合炉に飛び込ませてみた』★★☆

AIの力を使って拓也を核融合炉に飛び込ませてみた - ニコニコ動画

ボカロ曲『炉心融解』に合わせる歌詞をAI生成した音MAD路線の作品です。

単に歌詞をAI生成しただけではなく、AI拓也動画に特有の表現を色濃く引き継いで音MADに昇華したところが大きな特徴です。具体的には以下のようなポイントが挙げられます。

  • (『炉心融解』をもじったタイトルではなく)AI拓也動画にありがちなタイトルになっている
  • 本来ボーカロイド用途を想定されていないはずの読み上げ音声が歌唱している
  • 歌詞が投稿者入力とAI出力に応じて色分けされている
  • しかもその表明テキストも歌詞になっている(「赤:投稿者 白:AIのべりすと」)

単なるテキストとして歌詞の生成をAIに支援してもらうのではなく、既に確立されたAI拓也というより大きなAI創作文化単位でのポイントを楽曲に結び付けるという、高度な文化的活用を行った先進性を感じる作品となっています。

音MAD路線を更に推し進めた作品として2022年4月『マッタク・ニテイナイザー』があります。

マッタク・ニテイナイザー - ニコニコ動画

特に元楽曲にある謎の詠唱を拓也ラーニング済AIで勝手に拡張しているパート(0:45~)が秀逸です。「わかるようでわからない難解な語句の羅列」という新たに注目された現象を繰り込みながら(いわゆる松本人志現象→)、音MADでは有り得ないはずの「仕切り直し」を楽曲中に挿入するという前衛的な表現が導入されています。

 

2022年2月『AI拓也にYahoo!知恵袋の回答をやらせる』★☆☆

AI拓也にYahoo!知恵袋の回答をやらせる - ニコニコ動画

タイトル通り、AI拓也で外部質問サイトに回答させた様子を動画にした問題作です。

普通に迷惑行為であるため賛否両論の作品ですが、倫理を一旦脇に置くとチューリングテスト路線というアイデアに可能性を感じることは否めません。
本来のチューリングテストは「被験者は会話相手がAIであることに気付くかどうか」によって「AIが自然に喋っているか否か」を検証するものですが、しかしエンタメにおいては必ずしも人間の完全な模倣が目指されるものではないということは何度か触れた通りです。
むしろAI側が人間らしからぬ異常な受け答えをする、話が噛み合っているようで一切噛み合わないという異物感の方が娯楽領域においては評価されうるということがこの作品からは示唆されます。既存のものとしてはアンジャッシュやドッキリ番組に近いものとして、例えば何も知らないユーザーにやや不自然な応答をするAIと会話させることで何らかの面白さを見出すタイプのエンターテイメントは今後成立してもおかしくありません。

 

2022年2月『普樋の高■生・藍沢柚葉の曰屺 出力日:2022年1月9315日(拓)99:99:99』★★★

普樋の高■生・藍沢柚葉の曰屺 出力日:2022年1月9315日(拓)99:99:99 - ニコニコ動画

AI拓也を題材にしたメタフィクションの怪作です。この作品のテキストは全て人力生成されているため厳密には人力拓也ですが、AI拓也を色濃く踏まえた内容なのでここで紹介します。

この作品の主人公である「藍沢柚葉」はAI拓也でよくAI生成されているキャラクターの一人です。彼を用いて生成する側から生成される側へと視点を移し、投稿者がAI拓也の世界に介入するのではなく、投稿者に介入されているAI拓也の世界から見た事態を描写するという逆さまの表現が試みられています。
既に紹介したように、これはAI拓也においては投稿者とAIの関係は視聴者に意識されており、時にはそれ自体がエンタメとして消費されることを踏まえたものです。投稿者がAI出力文章を少し書き換えて方向性を修正する行為(一般的なフォーマットでは白文字文への赤文字文挿入)を「AI世界への介入」としてSF的に再解釈し、介入される側の視点からその異様さを描くメタフィクションに昇華しています。

また、AIによる生成の構図を踏まえた作品には2022年1月『ひとりぼっちのたくや』も挙げられます。

ひとりぼっちのたくや 投稿者:unknown - ニコニコ動画

こちらは挑戦的な動画構成によって生成を繰り返すAIの苦悩を語るメタ文学です。AI創作には生成主体自体を客観視する契機が色濃く存在することを踏まえ、従来AIに与えられてきたようなシンギュラリティイメージが組み合わされています。

 

2022年4月『AI2人に拓也さんについて議論させてみた』★★☆

AI2人に拓也さんについて議論させてみた - ニコニコ動画

文章生成AI同士に疑似的なコミュニケーションを行わせた作品です。
議論に参加するAIそれぞれに独立して異なる情報を学習させ、相互に入出力を繰り返すことで会話を再現し、投稿者及びユーザーはそれを見守るという形式になっています。

いわゆるマルチエージェントの知能システム(サブカル的にはエヴァのMAGIみたいなやつ)に類似していますが、

  • 生成AIを複数ウィンドウで開いて出力をコピペするだけでいちおう独立系を干渉させられるので低コストで実現できること
  • エンタメなので会話劇として面白ければ建設的な知見は必要とされないこと

の二点は生成AIのエンタメ活用として特筆に値する特徴です。

この動画でも基本的に話が噛み合っていない(しかし稀にロジカルに見える)議論が楽しまれており、入出力形式が同一の生成AIを手にしたらとりあえず疑似マルチエージェント構成を試してみるというのは良いアイデアのように思います。

 

2022年4月『AIを使って拓也さんをマリオ64のステージにする』★☆☆

AIを使って拓也さんをマリオ64のステージにする - ニコニコ動画

不条理路線の創作作品です。

既に述べた通り、AI創作はアイデアさえあればとりあえずのテキストが出力され、突飛で不可解な表現もむしろ面白がられる傾向にあるため、どんどん題材の過激化が進んでいきました。拓也さんを他の舞台に登場させる創作路線はアイデア争いがインフレしていき、最終的に概念にするという不条理路線に行き着いています。

今も不条理系作品は大きな勢力を成して『AIを使って拓也さんをSDGsにする』『AIを使って拓也さんを激エロハンバーグにする』などの類似作品が無数に存在しており、AIの基本芸風であるボケ倒しとの相性の良さ、AI創作による破綻を恐れない概念的飛躍の容易さが伺えます。

 

2022年5月『AIを使って拓也さんを放送作家にする』★☆☆

AIを使って拓也さんを放送作家にする - ニコニコ動画

この動画の内容そのものというよりは、この動画内で文章AIが生成した歌詞を音楽と複合させた楽曲「パラオナボーイ」が注目に値します。
パラオナボーイ」はAI拓也で標準的な楽曲として定着してAI拓也コンテンツの随所で使用されるようになり、音楽自動生成AIとの協働によって更に文化が深化したケースとなっています。

パラオナボーイ/さとうささら+インスト - ニコニコ動画

他にも2022年10月頃からはNovelAIを利用する路線のAI拓也も複数投稿されており、音楽のみならずイラスト方面からも創作内容を拡張する動きが見られます。

NovelAIにai拓也の評判を描いてもらった - ニコニコ動画

様々なメディアの生成AIが無料提供される昨今、text to musicなりtext to imageなりで同一の入力形式を持つ生成AIを動かすだけで済む創作のマルチメディア化が非常に容易であることが示唆されています。それぞれの間で必ずしも整合を取らずとも、とりあえず動かせば何かは出力されるのでイメージベースで面白さが広がっていくのも、何度も触れてきたような生成AIの反転した強みとして捉えられるでしょう。

 

2022年5月『AIのべりすとにAI拓也についてインタビューした』★☆☆

AIのべりすとにAI拓也についてインタビューした - ニコニコ動画

完全に擬人化されたAIのべりすとへのインタビュー形式の作品です。

生成AIを「文章を書いている人」として擬人化するイメージはかなり早い段階から存在しており、例えばAI出力文章が差別的な言動を始めた際に「AIくん!?」という弾幕が流れる光景はよく見るものです。それを更に推し進め、AIそのものをインタビュー対象として会話を行った内容になっています。

インタビュー形式で進行するフィクションはAIを用いない作品にも数多くありますが、生成AIを用いる場合は制作工程において実在の人物に対するものと全く同じように制作者がインタビューを行う体でテキストを生成できること、AIそのものへのインタビューが「実際に」成立していることが大きな優位点となります。
具体的には、ファンブック等でよくある架空のキャラクターにインタビューを行う体のテキストとは異なり、インタビュアーとAIの間にある緊張関係は誰かが整形したものではなく一次テキストとして表示されます。これもAIとの執筆セッション自体をエンタメ化するメタフィクションの一種と言えるでしょう。

 

2022年6月『AI拓也の雄膣ラジオ①』★★★

AI拓也の雄膣ラジオ① - ニコニコ動画

優れた企画力による傑作エンタメシリーズです。

ここまで紹介してきた作品は「生成AIの弱みを強みに転化する」という反転した方向性の動画が多い中、『雄膣ラジオ』は「AIの強みをそのまま強みとして活かせる企画を考案する」路線であり、企画力が頭一つ抜けていると感じます。

具体的には、AIのべりすとは「長期的な整合性を保つのは不得意だが、局所的な掛け合いは得意」「少しだけツッコミどころがあることを言うことが多い」といった特性を持っており、これらを活かしきるフォーマットとして「ラジオ形式」が選択されています。
ラジオは長いストーリーではなくゲストとの細かい掛け合いで成立するものですし、ゲストがややツッコミどころのある言動をしてMCがフォローするというやり取りも標準的なものです。毎回異なるゲストを招くので学習元を少し変えれば変化をつけやすく、続編の制作が容易であることもポイントでしょう。

創作フィクション派閥が概念路線に行き着いたように過激な方向に走る傾向が強い中、この作品では(AIを暴走させて楽しむのではなく)AIの暴走が緩やかに制御され、いかにもラジオらしく聞き流せる穏やかな会話劇をドライブしているところも異色の作品です。「手元にある素材の特徴を踏まえてそれが最も活きるフォーマットを考える」という企画力に裏打ちされた、学ぶところが多い名作です。

 

2022年7月『AIくんにタクヤ姫に登場した珍妙なアイテムについて解説してもらう』★★☆

人間がAIに不条理なテーマを与えるのではなく、逆にAIが生成した不条理な概念について人間が検討するムーブメントを成した興味深いケースが『たくや姫』及びその派生作品群です。

『たくや姫』は2022年2月に投稿されたAI拓也ですが、その中で『ウルトラマンフィギュアに精巣が入っていて萎えてる様子を収めたポラロイド写真100枚が入った封筒』などのあまりにも奇妙なアイテムが大量に提示されたことが後から話題を呼び、派生動画が複数作成されました。

たくや姫(竹取物語).ai - ニコニコ動画

例えば2022年7月『AIくんにタクヤ姫に登場した珍妙なアイテムについて解説してもらう』においては珍妙なアイテムの一つ一つについて再度AIに解釈を行う文章を生成させています。

AIくんにタクヤ姫に登場した珍妙なアイテムについて解説してもらう - ニコニコ動画

更には2022年8月に投稿された『レゴ・たくや姫』ではレゴによる珍妙なアイテム群のビジュアライズが試みられています。

レゴ・たくや姫 - ニコニコ動画

ここではAIが提示する意味不明な概念を逆に人間側のクリエイティビティで処理していくという方向性が逆転した事態が発生しており、ただ生成AIの意味不明さを笑うのではなく真剣に取り組んで深化させることの面白さが示されています。

 

2022年11月『「質問に答えるAI 」に拓也さんのことを尋ねてみた』★★☆

「質問に答えるAI 」に拓也さんのことを尋ねてみた - ニコニコ動画

新しい言語モデルAIに基礎的な質問を与えて答えを比較するベンチマーク路線の動画です。この動画ではCatchyが利用されていますが、同一投稿者によってChatGPT版なども作成されています。

通常はベンチマークと言えば正確さや適切さが評価されるものですが、この動画内では各種AIの返答に対する視聴者のコメントがエンタメ的ベンチマークを示すという構造になっています。

全体的にAI拓也特化学習を適用されたAIのべりすとが概ね異常な回答を返し、面白さとしてはそれが評価される傾向があります。やはり娯楽領域においては必ずしも高精度であることはメリットではなく、少なくともボケ倒しによるエンタメを望むのであればむしろ程々に意味不明なことを言う言語モデルの方が「精度が高い」ことになります。
一般的なベンチマーク測定で思われていることとは異なり、実は人間に寄せれば寄せるほどいいというわけでもなく、むしろ手頃なところでマージンを設けておくことの意義が伺えます。

 

AI拓也周辺トピック

補足としてAI拓也周辺のトピックに軽く触れます。

人力拓也との関係

人力拓也とAI拓也はどちらも怪文書の二次創作でありますが、それぞれで志向される傾向は異なっています。
人力拓也は特に初期はやはりディストピアSFである『支配』の影響が大きく、骨太な世界観やストーリーを持つ作品が主流でした。一方、AI拓也は意味不明なものも許容するアイデア勝負の不条理路線を目指す傾向が強いです。しかしAI普及以降は突拍子もない展開に進む人力拓也も増えてきており、AIの傾向性に人間の生成が影響を受ける実例と言えます。

特にこの趨勢を先行して象徴するようなコンセプチュアルな作品として、2022年2月に投稿された『人力で同人拓也のアイデアを考えさせてもらう』があります。

人力で同人拓也のアイデアを考えさせてもらう - ニコニコ動画

いかにもAIが生成していそうな内容をあえて人力で入力することで、AIが人間のクリエイティビティを模倣させるのではなく逆に人間がAI風の創作を試みる意欲作になっています。

また、前節で紹介したように内容が直接にAI拓也からの影響を受けた人力拓也も存在しています。いずれにしても生成過程としては独立していても文化的には明確に影響を与え合っており、一般的な現象として隣接した創作環境の間で干渉が生じる事態はAI拓也においても見て取れます。

 

人力疑惑の発生

イラストAI界隈ではイラストを人力制作と偽ってAIで制作するような「人力かと思いきやAI」というAI疑惑が問題視されますが、AI拓也では逆に「AIかと思いきや人力」という人力疑惑が糾弾される傾向にあります。

実際に人力疑惑によって削除された作品が『Aiを使って拓也さんを予備校講師にしてもらう』です。再投稿されていないため現在は閲覧できませんが、ニコニコ大百科のコメント欄に顛末が非常によくまとめられているのでそのまま引用します(→)。

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ななしのよっしん
2022/06/28(火) 12:43:55 ID: RyQ1Woe1+V
拓也ゼミナールとは
「Aiを使って拓也さんを予備校講師にしてもらう」という動画のことを指す

拓也達怪文書の登場人物を予備校講師にするという内容なのだが語録や構文の改変があまりに人間臭いにも関わらず白字だったため「書き込みは人力じゃないか?」と話題になった
それを受けて投稿者はテクニック紹介と題した動画を投稿したのだがそこで明かされたのがスクリプトの置換を駆使して出力したい文章をAIにひりださせるという形だけAI出力の実質人力入力と変わらない手法だった
そのような手法をとりながら人力疑心されると愚痴っていたため当然更なる追求を喰らい動画とアカウントの削除に至った

人力が疑われた文章が本当に人力だったという視聴者兄貴の人力疑心に拍車をかけた罪深い動画

こうした糾弾が発生するのは「視聴者は投稿者がAIを上手く扱っていることを評価しているので人力なら評価に値しないから」、つまりAI拓也は根本的にクオリティではなくAI活用能力を評価しているという前提があります。
そしてその前提は人力拓也との住み分けによって担保されているでしょう。単純な文学的クオリティとしてはAI拓也に勝っている同人拓也が無数にあるため、AIに単純なクオリティを求めてはいないということです。これはAIに勝るクオリティのイラストを描くのが一般人には難しいイラストAI界隈とは逆の事情であり、メディアの難易度に依存した面白い現象です。

 

まとめ拓也

色々な作品を紹介しましたが、総じてAI拓也に共通している特徴は「AIの持ち味をそのまま活かそうとしている」ことです。

通常の生成AIを用いた創作支援においては、最終目標を人間が書いたものと遜色ないハイクオリティな作品とし、生成AIをそのまま使うというよりはAIが出した文章案を適宜整形して自分の文章にするものが多いです。しかしAI拓也においては全く逆で、AIらしい不整合の残った作品を面白く活かす方向に考え、AIが出したものには手を加えずにそのまま使っていく傾向があります。
AIが出した文章をそのまま用いるスタンスはAI拓也文化全体に通底しており、意味不明な文章をそのまま投稿して楽しんだり、紅白のテキスト色分けによって人間が介入した部分は明示したり、AIではなく人力であることが明らかになった場合には激しく糾弾したりする色々な動きの根っこになっています。
そしてベタなテキストが破綻していることによって、却って高次の活用として執筆セッション自体をエンタメ化してAIとの喧嘩やAI同士の対談を楽しむなどのメタな運用が発生していきます。

AI拓也におけるテキストの破綻に対する無頓着さやメタ文脈への志向性は、正統な文学創作とは違う方向を向いているかもしれません。しかし様々なタイプの生成AIがメディアを越境して活躍していく変革のAI創作時代において、正統的な創作環境では有り得なかったAI拓也の試みの数々はとりわけエンタメ領野において時代に適合した新しい用途を無数に生み出すのではないでしょうか。

皆さんもAI拓也を見ましょうみたいな文章で締めたくなりますが、見るか見ないかで言えば見ない方がいいですね。