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23/10/29 お題箱回125:他SNS、藍沢柚葉の曰屺、正論の判断基準etc

お題箱回125

675.他のSNSはやってますか?

676.LWさんは避難所的にX以外のSNSを開設する予定ありますか?フォローしておきたいです。個人的にはMisskeyが使いやすいので皆んなMisskeyへ引っ越せばXの代替へ近付けるのに、と思っています。

一応、他のSNSにもLW名義のアカウントを取っています。

今年の七月にTwitterが死にかけたタイミングで、念のためMisskeyとマストドンとスレッズにアカウントを作りました。しかしあくまでもTwitterが死んだとき用で、現状使っていないしTwitterには頑張ってほしいのでブログにはまだ貼らないことにしたいです(移住への抵抗)。万が一使うときが来たらブログとTwitterに書きます。

僕もTwitterクローンに「せーの」で皆揃って移住するのがベストだと思ってはいるのですが、どうもそうはいかないらしいのが悲しいところです。移住先を探している人が多い今、このタイミングでドカンと投資して「イーロンマスクが買収する前のTwitter」を作ればけっこう勝ち確っぽいのに、どこもやらないということはたぶん収益を出しながら旧Twitter的なものを安定運用するのは不可能だという結論をイーロンマスクを含めた世界のブレインは出しているのでしょう。

僕はワンチャンどこにでも届く広いリーチを備えたTwitterが非常に好きだし、このブログのモチベーションもそこに負っている部分が大きいので何とかしてほしくはあります。Misskeyとかマストドンみたいなインスタンスを分ける分散型SNSが存在感を増している昨今ですが、僕はインスタンスが一つしかない中央集権の方がいいです。

 

677.こんにちは。昨日LWさんが紹介されていたAI拓也の最高傑作の動画を見たのですが、柚葉がいじめられてることとだんだん拓也に染まっていくことしか理解できませんでした…
よろしければ、解説していただくことはできますか?

一言でいうと「AI生成される側から見た生成AI作品」というコンセプトの作品です。厳密にはAIを用いていない人力拓也作品ですが、AI拓也についてある程度知らないと理解できないので、基礎については過去に書いた以下の記事を参照してください。

saize-lw.hatenablog.com

まず「生成AIを用いて物語を制作する」という営みの大枠について確認すると以下のような流れです。

  1. ベースとなる基本設定をAIに与える(AI拓也の場合はウリ狂MODやガタライズスクリプトを利用)
  2. 基本設定の下、軌道修正しながら生成を繰り返す(AI拓也の場合は介入が赤字で明示されていることが多い)

図解すると以下のようになります(藍沢柚葉のイラストはニコニコ静画からお借りしました→)。

「生成する側」である制作者にとっては「基本設定を済ませ、いい感じの文章を求めてガチャを引き続ける」という作業である一方、「生成される側」であるキャラクターにとってはこれはどのような事態であるのかを描いたものが『藍沢柚葉の曰屺』です。「生成される側」のキャラクター視点として藍沢柚葉が用いられ、彼の身に発生している異常な事態が次々に描写されていきます。

まず彼はウル狂MODなどの異常な概念によって設計された世界に存在しているので、世界の構成要素全てにAI拓也ミームが紛れ込んでいます。「シャワーを浴びてない」とか「水上歩行騎士団」みたいなフレーズが日常シーンにも現れているのがそれです(原典のみならずノムリッシュやAI拓也のミームも多く、ある程度拓也に詳しくないとわかりません)。

中盤までの「自意識の強い高校生が実際には虐められていることが明らかになる」というストーリーはよくある精神に支障を来したいじめられっ子の妄想ですが、藍沢柚葉はAIによって運用されているため、精神病じみた虚実の混同がAI生成過程における制作者の介入による現実の改変とシームレスに接続してきます。

例えば制作者がより良い出力を求めて文章を書き換えることは生成世界の内側からは事象そのものの上書きとして認識されたり、制作者が上手く展開しなかったストーリーを一から再出力することで世界全体がリセットされてより異常な世界でもう一度登校シーンからやり直す羽目になったりします。結局、藍沢柚葉は「わけわかんねーよ」と吐き捨て、最後までAI生成に振り回される寄る辺なき存在のまま動画は終了します。

こうしたシミュレーションワールドをモチーフにした作品には『マトリックス』等の古典もありますが、生成AIを用いた作品制作は「適当な設定をしてガチャを引き直す作業」としてイメージされることが多く、「シミュレーションワールド内での創造と破棄の繰り返し」というイメージを持ち込めることは注目に値します。また徹底的に哀れな被害者として主人公の藍沢柚葉を描く点についても、「制作者がランダム生成を繰り返すことで望む出力を得られる」というAI生成の楽観的なイメージをひっくり返し、「ランダムに生成を繰り返す制作者に振り回されるキャラクター」として悲惨なイメージを結び付けたところが非常に面白いと思います。

また、特に被造物であるキャラクターに対する制作者の暴力性や支配関係というモチーフについては『オーバーロード』のような作品があるほか、ニコニコ動画でも最近「女の子がかわいい合作」などで主題となっていました(→)。『藍沢柚葉の曰屺』もこの延長線にあり、とりわけ生成AIにおいては「ガチャを引くように世界やキャラクターが気軽に破棄される」点において特異であることを指摘しているとも捉えられます。

 

678.Lwさんの小説のファンなので、新ラノベのタイトルとあらすじ聞いてもいいですか!?

ありがとうございます! 下記記事の中で書きました。

saize-lw.hatenablog.com

タイトルは『魔法少女七周忌♡うるかリユニオン』(#うるユニ)でいきます。今回も面白いのでうるユニをよろしくお願いします。

 

679.コンテンツが枯渇もしくは飽きが来ることは怖くないですか?
常人はそれに備えて結婚家庭コンテンツをするそうですけど、自分にそれは用意されてないっぽいので、すごく怖いです。

怖くはないですが、いずれ枯渇か飽きが来るような予感はあります。実際、アニメやゲームへの熱意は既に全盛期よりだいぶ減退していて、前期あたりから新アニメのHPを巡るやつをやっていません。別のコンテンツとして結婚家庭コンテンツがメジャーであることにも同意します。

が、日本の離婚率って35%くらいありますし、新規コンテンツの一つではあるけど別に一生やれるコンテンツである保証は全然なくて、そんなに大きく事情は変わらないとは思います(離婚に至る破綻は飽きではないかもしれませんが)。

長い目で見て人生のモチベーションをどうにかして確保しないといけないのは既婚者でも金持ちでも大して変わらなくて、明確な答えはないのでせいぜい飽きたときに乗り換え先を探したり、自分の関心に合う趣味を探したりするのを頑張る以上のことにはならないと思います。僕もアニメの代わりに創作とか資格にスライドしていますし、結婚家庭コンテンツが有力に見えるなら婚活すればいいし、スポーツとか格闘技のような体を動かす趣味でもよいでしょう。ただ何をしてもつまらなくなってきた場合は精神科の管轄である可能性もあります。

 

680.悪気がなしにやらかしている人への正論パンチについて、一部肯定派(されても良いししても良い)と一部否定派(されたくないししたくもない)の垣根があまりに高くて、そもそも話が通じないうえ、ほぼ全員がどこで擦れ違っているか理解できていない、両方に自覚がない異文化交流みたいなレベルになってると思うんですけど、同じ国で育ってそういう価値観の違いが産まれるのって何が原因だと思いますか?

パターンによって色々ありますが、まず実は人格ではなく場の問題であるパターンは相当数あると思います。つまり正論の内容についての価値観が食い違っているわけではなく、そもそも「ここが正論を述べるべき場なのか」という場の認識が違うだけということです。

同じ人間でも、居酒屋では管を巻いているだけで正しさも反論も求めてないけど、会議室では総合的に判断して吟味してほしいみたいなことは非常によくあって、どっちも居酒屋や会議室という「場」に対して相対的に適切な振る舞いです。特にSNSみたいなネット空間だと居酒屋として使っているか会議室として使っているかは人によってかなり違うため、そこでスタンスが割れていることは多いと思います。

もちろん仰るように何を正論とするかの認識自体が食い違っているケースもよくあって、「諸説ある」みたいな議論に向かう状態ではなく双方が根本的に譲らない断絶がある場合は、一番多い原因は僕は教育格差だと思っています。

「正論はどうやって正論とされるのか」という論理的・倫理的・経験的などの正論のメタ判断基準は、義務教育から大学教育にかけて段階的に教育されるものです。つまり「正論といえる要件は何か」って実はそんな自明じゃなくて、わざわざ教育を受けないとわからないことが多くあります。

しかし教育を受けた側はそれを自明に内面化しているし、教育を受けていない側は判断基準が存在することすら知らなかったりして、ここにめでたく断絶が生じます。これは別にどっちが良いとか優れているとかいう話ではなく、単に人生で教えられなかったことは知らないよねというだけです(教育で得る知識はただの真偽のリストではなく、判断基準のようなメタ知見を含みます)。

判断基準そのものが教育格差によって食い違う例を一つ挙げます。コロナでよく見た光景として、大学教育を受けた人は「学術的な事柄については正統な研究者コミュニティで論文が受理されて吟味された知見は正論といえる」という判断基準を知っているので「こういう論文に書いてあるし追試も成功してるので正しい知識です」と言う一方、おそらく義務教育しか受けなかった人は「教科書に書いてあることは正論である」という判断基準しかなく(義務教育段階ではその認識で正しい)、研究者ネットワークの中で動的に決定される科学知識という概念を持たないため、論文の権威性をその辺のホムペとかツイートの情報と区別できないというような断絶がよくありました。

 

681.分野、ページ数、難易度などによって異なるとは思いますが専門書1冊読み終えるのに大体どのくらいかかりますか?また、読む際のペースについても教えていただきたいです。(一度読み始めたらほぼノンストップで最後まで読み切るのか、それとも読みかけのまま放置する期間があるのか、など)

これは本当に書籍次第で千差万別です。

ある程度内容を知っているとか読みやすい本だと5~10章くらいあるのを1日1章くらいのペースで1週間前後で読むこともありますし、逆に展開をしっかり追わないといけない重い本だと、1日5ページくらいしか進まずに1ヶ月くらいかかることもあります(研究室では1日1ページも進まない本もありましたが、大学を出てからはそのレベルの本は読んでいません)。

読むペースは少しでもいいので毎日触れることを意識しています。ノンストップでなく他の作業を挟んでもいいですが、他のことをやりつつでも最低1日10ページは読むみたいなイメージです。期間を開けすぎると話の文脈を忘れてしまうのがマズくて、「どういう目的があってこの話してたんだっけ?」ということが理解できなくなると一気に読みづらくなります(ただそこまで合目的的に書いていない数学書等ではぶつ切りで読んでもいい場合もあります)。

 

682.睡眠時間はどれくらいですか?

7~8時間くらいです。寝てる時間って普通に無駄なので可能なら削りたいですが、健康意識もぼちぼち高いのであまり無暗に削りもしない感じです。

 

683.RTAに興味ありますか?

全くなくはないけど熱心ではないくらいで、ゲーマーの平均くらいだと思います。クリアしたことのあるゲームRTA解説動画はまあまあ面白く見られますが、自分でプレイしたことはありません。

昔はアングラな趣きもあったRTAも最近は立場が向上してオフィシャルに遊ばれたりするようになっていますが、僕はどちらかというと公式に想定されたゲームをクリアする遊び方をすればまあそれでいいかなと思う方です。

 

684.「これがニーチェだ」と「倫理とは何か」が面白かったのですが、そういう人におすすめの哲学の本はありますか?

永井均以外で永井均みたいなことを言っている人はあまり思いつかないですね……探せば他にもある気はしますが、僕は永井の本で満足してしまって探したことがありません。

ただ永井均哲学史家ではなく哲学者なので、永井の本に書いてある内容は原則として永井均しか言っていないようなイメージはあります。