LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

21/9/4 2021年7月消費コンテンツ

2021年7月消費コンテンツ

7月は映画もアニメも見ずにハァハァ言いながら数式を解いていた記憶しかない。朝も夜も紙にペンで書き続けていた。

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最近リアタイで追いたいアニメが特にないのは、たまたまそういう期なのか老化なのか微妙なところ。

メディア別リスト

書籍(3冊)

物理数学の直観的方法
新装改訂版 現代数理統計学
統計学入門

ゲーム(1本)

GUILTY GEAR -STRIVE-

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

物理数学の直観的方法
現代数理統計学

消費して損はなかったコンテンツ

統計学入門

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

(特になし)

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

進行中

GUILTY GEAR -STRIVE-

ピックアップ

物理数学の直観的方法

理系界隈では有名な名著。学生時代にも読んだが再読。

タイトルに若干語弊があるような気もするが、物理数学というものを直観的に扱うための方法論というよりは、もう少し各論的に物理数学において登場頻度の高い数式の諸々を直観的に理解するための説明を与えているに過ぎない。
難易度はそこまで高くなく標準的な理系学部前半くらいのレベル感ではあるものの、逆に言えばそこまで到達していない人には全く役に立たない。「ストークスの定理は知っているがそれにどういう意味があるのかは知らない」という人向けで、「ストークスの定理を知らない」という人には読めない。

この書籍が扱う「直観的方法」が既存の解説書と一線を画すのは、それがいわゆる数学的な証明とは異なるレベルの理解を目指していることにある。
数学的な証明とは定義及び論理的に妥当な推論から真である命題を積み重ねる営みである。しかし、この書籍において暗に前提されているのは、少なくとも物理数学においてはそういう数学的に正しい説明が必ずしも理解に資するわけではないということだ。実際、数式を弄って形式的には不等式が成立することが確認できたはいいが、この式変形は結局何だったのかが全然わからないという経験は理系の人なら一度はあるはずだ。
そのために新たに導入されるのが「数式が何を意味しているのか」というレイヤーでの直観的理解である。この理解は数学的証明の範囲を逸脱してはいるが、もちろん相矛盾するわけではないという微妙な関係にある。統語論的な操作を道具として利用しつつも、最終的には意味論的な納得を得るという落としどころが求められている。

この指針の下、線形代数学や熱力学等の比較的独立性の高いトピックについて様々な説明が試みられる。個人的には最も感心したのは第八章の複素積分周りの解説で、二次元空間から二次元空間への写像が単にダルくなっただけのようにも見える複素積分路について画鋲の比喩を用いて明確なイメージが得られるのが素晴らしい。
そして前に読んだときはあまり気にしなかったが、巻末のあとがきがかなり良い。線形代数の一般論からいわゆる三体問題が一般には解けないことを示し、そこからこの書籍が提示する物理数学の直観的方法が今必要であることを主張する論理展開は鮮やか。そこまでさんざ説明してきたような直観的方法を用いることによって、この本自体のポジションが正当化されるという入れ子状の構造となっており、必ずしも物理数学の範疇には収まらない実践的跳躍の可能性がまさしく示されている。

ところで、この本では直観的に理解することが重要と述べて実践してみせるのみで、直観的に理解したとはいかなる事態を指すのかについては厳密な定義を与えてはいない。もちろん直観的に理解した気持ちにはなれるが、ではそれは如何なる営みだったのかを正確に述べることが実はかなり難しい。
さっき述べたように大雑把に言えばこの本は数式を形式的な証明から解放してわかりやすい意味を与えることを目指しているのだが、かといって安直に物理的な対応物を出してきているわけでもないのだ。もっと具体的に言えば、「数式が対応する実世界とは何であるのか」「数式と実世界の対応は実在するのか」というような典型的な哲学の問いはこの書籍と若干ズレている。ストークスの定理を説明する際の「直観的理解」は依然として三次元ユークリッド空間内で閉じており、電磁気自体は別に動員されていない。恐らくこの話を突き詰めると、最終的には実は純粋数学の体系もそれ自体で閉じることは出来ず公理的な定義すら背景には「直観的な理解」を要求するという俗流不完全性定理のようなところに行き着く……ような気もする。

 

新装改訂版 現代数理統計学

saize-lw.hatenablog.com

7月はほとんどこれに時間を取られた。概ね学部後期~大学院くらいのややハイレベルな書籍で難易度は高いが、解説自体は非常に丁寧なので詰まることはあまりないだろう。

 

統計学入門

上の『新装改訂版 現代数理統計学』から続けて読んだものの、それに比べると何段階か難易度が低いレベル帯の書籍。読む順番を間違えたというか、恐らくそもそも読まなくて良かった。大学入学したての頃に触れて難しかった記憶があってリベンジしようと思ったが、もう赤子の腕を捻るが如し……

内容自体は非常に良い本で、入門レベルの統計学の書籍としては最もお勧めできる。達成目標自体がそんなに高くないし解説も平易なので、高校数学程度の知識さえあれば難なく完全理解できるだろう。説明がとにかく地に足ついており、証明が高度過ぎるものに対しても一定の説明を与えようと努力しているのが好印象。例えば標本分散の定数倍がカイ二乗分布に従うことについて、「簡単な説明(証明ではない)を与えよう」と述べて厳密な証明ではないが直感的にはわかりやすい説明を与えている(これもまた「直観的方法」の一つなのだろうか?)。

ただ、これは全く欠点ではないのだが、時事的なコラムを入れる割には恐らく20年前の初版からほとんど情報が更新されておらず、化石のような記述が出てくるのが笑える。計算用ソフトとして未だにLotus 1-2-3が紹介されているのはギャグとしてはかなり面白いが、本気にしてインストールしようとする人が現れたらどうする。

 

GUILTY GEAR -STRIVE-

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サイゼミ格ゲー回を受けて遂に購入。

saize-lw.hatenablog.com

元々10年前くらいにGGACをソロプレイ&動画視聴で遊んでおり、格ゲーをやるならGG最新作という意志は固かった。萌え豚なのでブリジットが参戦したらやりますと言い続けていたのだが、カルヴァドスを打つラムレザルが萌えだったので前倒しで購入まで踏み切った。
ソフト本体に加えてHitBoxとオンライン対戦利用権利1年分も買ったため初期投資に5万円くらいかかっている気がする(参入ハードルが高くないか?)。まだコンテンツ消費を完了したわけではなく、これからも長期的にズルズル遊ぶと思うが、とりあえずの区切りとしてここらで記録を付けておく。

今回格ゲーを遊ぶにあたって、「大人の対人ゲームの遊び方を掴む」という大目標を立てた。
というのは、社会に出たあたりから学生時代とは異なる対人ゲームとの付き合い方が求められていることをひしひしと感じているからだ。といってもこの手のゲーマー加齢話でよく言われる「就職してゲームに使える時間や体力が無くなったから」というのはあまり正確ではない。俺は残業をほぼしないし筋トレのおかげで体力も無限であるため、その気になれば学生時代にも劣らない時間をゲームに注げる自信がある。
そうではなく、もっと単純にそもそもゲームで強くなるというモチベーションが消滅したというだけのことだ。二十歳も後半になると世の中には対人ゲームより有益で役に立つ上に面白いことがいくらでもあることがわかってしまう(例えば統計の勉強)。そんな中、相対的に無益で役に立たずズバ抜けて面白いわけでもない対人ゲームに必要以上の時間を割く理由はもうない。

補足392:「有益である」というのは微妙な表現ではある。俺は身に着けたところで何の役にも立たない勉強をしていることは多々あり、その無益さはゲームとそう大きく変わらない。しかし「知識としての有益さ」という評価基準は明確にあり、それは接続する知識の総量が多いことを意味する。統計学の知識は機械学習や科学哲学などの隣接分野の知識と次々に接続していくが、コンボレシピの知識はせいぜい次回作での同キャラの使い方に接続するくらいで広がりが薄い。

よって、いまや対人ゲームに求めるのは余暇のバリエーションの担保でしかない。他の娯楽に飽きてきて気が向いたときに過剰ではない範囲で程々に時間を割くコンテンツだけが求められている。理想を言えば時間をかけずに勝てるのがベストだが、その両立が不可能なのであれば、時間をかけない方が優先度が高い。時間をかけて勝つくらいなら、時間をかけないで勝たない方がましということになる。
とはいえ、ガチの勝ちは目指さないとしても、依然として程々には勝ちを目指さないといけないのが難しいところだ。というのは対人ゲームは基本的に勝とうとしたときに面白くなるようにゲームがデザインされているため、完全に勝ちを放棄するとそれはそれで楽しむという最終目的まで共倒れになる。
そういうわけで、俺もゲームとのカジュアルな付き合い方を学ぶときが来たのだ。勝ちたくはないけど勝ちたいジレンマをいい感じに解消しつつ、必要以上に準備したり勝ちにこだわったりすることもなく、なんか適当に遊んで適当に楽しかったことにするスキルを育むための練習台としてGGSTがチョイスされたという経緯がある。

カジュアルに遊ぶための大雑把な方針としては、「あまり上手くなろうとしすぎない」ということがある。どうせ上には上がいてそれを超えるために頑張るつもりもないのだから常勝は目指せない。今ランクマッチで目の前にいる敵に勝つことを目標にして、まだ見ぬ強敵のことは考えないようにする。関心のある範囲を小さく絞って間に合わせのスキルセットを成長させるのが、恐らく細く長く勝っている感を味わい続けるための唯一の方法だろう(単に長期的に上手くなろうとしてやり込む時間を投資したくないというのもある)。
とはいえ、目の前のやつに勝てる程度には成長し続ける必要もあって、結局はやっぱりバランスなのである。今はこの「長期的に最速で上手くなろうとはしないが、短期的にはゆっくり勝てるくらい」というスピード感を求めて攻略方法を模索している段階と言えよう。当初は攻略情報をほとんど見ないで(と言いつつ簡単なコンボレシピくらいは見て)遊ぼうとしていたが、それは流石に無理があったので少しずつ制約を緩め、今は初心者向けYoutube攻略動画くらいまでなら見てもいいことになった。

ちなみに効率的な攻略の最後の砦は「上級者に聞く」である。対人ゲームは上級者に聞くのが一番上達が早いというのは常識だ。通常はその上級者の存在がボトルネックになるのだが、幸いにもサイゼミには格ゲー解説回をやったひふみがいる。
ひふみの説明は実際相当上手く、サイゼミで格ゲーの解説をしただけでそれまで全く触れたことのない初心者五人に「これなら格ゲー楽しめそう」と思わせて格ゲーを購入させた実績がある。上級者であるにも関わらず「初心者はわからないことがわからない」という状態を理解している上に、成長フェイズに応じて必要な知識が異なることもわかっている。「初心者への説明が下手くそな上級者は、初心者がいるレベル帯では相手が弱すぎたり前提が共有されていなかったりして実際には通用しないテクニックを教えがち」……とは彼の弁だ。よってGGSTが上手くなりたいだけなら今すぐドラえもんにお願いするのが最善であることはわかりきっているのだが、それをするときっと教えるのが上手すぎて俺は本当にすぐ上手くなって当初の「細く長く付き合う」という目標とズレてきてしまうことを警戒している。
そんなわけで、俺は今日もdiscordで「立ち回りの答えは教えないでほしいけどここで走り込んで5Sが効くかどうかだけ教えてほしい」などと面倒臭すぎることを言ったり言わなかったりしている。秘密道具は出さないでほしいけど程々に適切なアドバイスだけ貰って自力でジャイアンを倒したいカスののび太

 

生産コンテンツ

ゲーミング自殺、16連射ハルマゲドン

趣味で書いている小説の7月進捗報告です(前回分→)。7月は第九章「白い蛆ら」と第十章「MOMOチャレンジ一年生」を進行しました。正直遅れ気味なので早く第十一章に入りたい。
ついでに毎月キャラ紹介とかコンテンツを置いときます(ここに書く設定等は進捗に応じて変更される可能性があります)。

字数

203661字→219236字

各章進捗

第一章 完全自殺マニュアル【99%】
第二章 拡散性トロンマーシー【99%】
第三章 サイバイガール【99%】
第四章 上を向いて叫ぼう【99%】
第五章 聖なる知己殺し【99%】
第六章 ほとんど宗教的なIF【99%】
第七章 ハッピーピープル【99%】
第八章 いまいち燃えない私【90%】
第九章 白い蛆ら【80%】
第十章 MOMOチャレンジ一年生【30%】
第十一章 鏖殺教室【1%】
第十二章 別に発狂してない宇宙【1%】
第十三章 (未定)【0%】

キャラ紹介⑤ 樹さん

若手女性警察官のヒロインです。
婦警の制服をきっちりと纏い、爽やかな敬礼が板に付いた綺麗なお姉さんです。若干身長が低くて可愛らしいところもありますが、正義感の強い市民の味方です。主人公の彼方たちとは顔を合わせる機会が多く、今では通報代わりに個人携帯で連絡を取り合う仲になっています。

樹はゲームには疎いですが、警官として身に付けた護身術に長けています。それは軽い組手ならばフィジカルモンスターの彼方を一応は無力化できる水準に達しており、直接戦闘能力はプロゲーマーにも見劣りしません。よって常に強者を求める彼方は、樹がVRバトルロイヤルゲームに参加することを望んでいます。
しかし、樹は自らの能力を勝敗を競うために使うことには全く関心がありません。模範的な警官である樹は、自分の高い能力は他の人々を守ることに使うべきだと確信しているからです。そして樹にとっては彼方もまた守るべき市民の一人であり、彼方との軽い組手に付き合うことはあっても、本気で戦闘を行うことは有り得ません。

樹は最小不幸社会を志向するタイプの人道家であり、概ね弱者の肩を持つことが彼女にとっての正義です。それが弱者を虐げるものである限り、強者の特権にも暴力の使用にも反対します。この点において、躊躇なく弱者を蹂躙できる彼方とは強く敵対しています。
しかしその一方で、樹は一方的に弱者を保護するパターナリスティックな振る舞いにも否定的です。つまり彼女が最も尊重すべきと考えるのは弱者の自己決定権であり、もちろん愚行権を支持し、本人の納得尽くであれば自殺でさえも容認します。人間の自己決定能力をラディカルに尊ぶという点では彼方と一致しており、その部分的な思想の一致が彼女たちをそれなりに信頼のおける知り合い同士にしています。