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21/12/27 統計検定1級とかいうゲームに勝利した

統計検定1級の勝ち語り

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統計検定1級に合格し、数理と応用の両方で優秀賞を取得したので勝ち語りをします。
4級・3級・2級・準1級・1級という区分を完全に無視して初手から最上位資格にいく賭けに出たが、大きく張った分だけリターンもデカい。

受験を思い立ったのは6月に遡る。
部屋にトレーニング用ベンチでも置こうかと思って本の整理をしていたところ、昔大学で買わされた統計の教科書を発見した。一応読んでから捨てようとしたが、しかしこれも何かの縁だしついでに資格でも取っとくかと統計学の勉強をスタートした。

そこから試験のある11月まで4ヶ月近くもタラタラ勉強していたことになる。俺の周りでは誰も統計に興味が無く、むしろ俺が統計などという説明のし甲斐もないクソつまらない勉強をしている間はサイゼミの開催が滞っていたため(元々コロナ禍で一旦停止していたが)、「まだ統計やってんの?」「いつまでやってんの?」などと心無い声をかけられながら一人で戦っていた。

saize-lw.hatenablog.com

試験は余裕だったと言いたいのは山々だが、実際のところ、かなり難しかったと言わざるを得ない。
統計検定1級取得には統計数理と統計応用という合格率20%程度のフル論述試験を二つパスする必要があるのだが、どちらの試験もいわゆる資格試験というよりは大学院入試に近い。理系学部教養レベルの解析学線形代数は自在に扱えなければスタート地点にも立てず、(試験範囲をまとめた公認教科書をわざわざ出版している癖に!)明らかに出題範囲表を逸脱した数学知識が要求されることもざらにある。「ここからここまで試験範囲なので勉強してください」などというお行儀のよいものではなく、「こんくらい常識でわかれよ」という設問者の顔が浮かんでくる。

さて、とりあえず合格した今、この数ヶ月が何だったのかを思い返してみると、俺にとって統計検定というゲームは長い人生の中で余暇を費やす遊びの選択肢としてどうだったかというような話になってくる。
別にこの資格は何か明確な夢とか目標があって取得したものではないし、取ったからどうなるわけでもない(一応仕事でも役に立つので評価や給与も若干上がるだろうが、評価や給与をどうしても上げたかったわけでもない)。サブスクやら無料ゲームやらで娯楽の選択肢も無限にあるこの時代、プライベートの貴重な時間を投資して参加するゲームは自分の適性を考慮して慎重に判断した方がいい。他の選択肢、例えば格ゲーとか映画鑑賞とかスポーツとかそういうものと並べたとき、資格取得というゲームはどうなのか。他のゲームと比べて楽に勝てるのか、ストレスはかからないか、快感に対する時間のコスパはどうなのか、得られる知見の汎用性はどのくらいか。

そこのところ、楽に勝ててそこそこ自尊心が満たされるゲームとして、やはり資格試験はかなり手頃な娯楽だという認識を新たにした。
「楽に勝てる」というのは「全然勉強せずに合格できる」という意味ではない。むしろ勉強時間自体は相当かけており、たぶん合計で数百時間は費やしたはずだ。平日は朝起きて2時間勉強してから出社して昼休憩で1時間勉強して帰宅して寝る前に2時間勉強し、翌休日は朝9時から夜7時まで図書館で缶詰みたいな過ごし方をしていた(もちろん数ヶ月ずっとそうだったわけではないが)。
それでも俺にとって数学書を広げて机に向かっているのは寝っ転がってシャドバをしているのと大して変わらないので、ストレスを感じたことは特になかった。「今年の目標:必ず1日1時間統計の勉強!」とかbioに書いて頑張ってる人よりはストレスなく毎日5時間遊びで勉強する人の方が勝率は高いわけで、どうせ娯楽でやるなら楽に勝てるゲームを選択した方がいいというのはそういう意味である。

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(↑勉強に使った紙は全部で157枚)

ただ本気でゲームをやるのは楽しい一方でかなり消耗するので、あまり頻繁にやるものでもない。
ゲームの定義に自己目的性を挙げたのはたしかホイジンガだったと思うが、俺の拡大解釈ではゲームとは何の外的な意味もないが故に全ての勝敗に対して自分自身で無限の責任を負い、勝ったときには全てを得る代わりに負けたときには全てを失うというルールの営みである。つまりゲームとは勝敗それ自体だけが唯一の目的でなければならず、例えば「ゲームに勝つとお金が儲かる」とか「ゲームに勝つ過程が有益だった」とかいうような評価軸は存在しない(それはノイズとか言い訳と呼ぶ)。常識的に考えれば資格試験に不合格でも得られる知識はそれなりにあるはずなのだが、ゲームの世界観の上に立つとそういうフォローが効かなくなってしまう。背水の陣をあまり長く続けると身が保たない。

補足405:このオールドゲーマーの美学は一見するとe-sportsプレイヤーのゲームへの真剣さと見分けが付かないが、その実情は真逆である。何も賭けられないが故に己自身を賭けざるを得ないオールドゲーマーとは反対に、e-sportsプレイヤーはむしろ名声や金銭や社会的地位に至るまでの他の利益全てを賭けている。オールドゲーマーは(自分自身以外に)評価軸が存在しないが故に負けられないのだとすれば、e-sportsプレイヤーは全てが評価軸であるが故に負けられない。いずれにせよ、何も賭けていないわけではないが全てを賭けているわけでもない中途半端なやつが一番弱い。

いずれにせよ統計検定の本質的な勝因は「これがゲームだったから」で、他に教訓的なものはあまりない。以下に共有する使用書籍も概ねテンプレ編成である。というのも統計検定に関しては「だいたいこの書籍が丸い」みたいなリストが既に流通しており、どの勝ち語りを見ても皆だいたい同じような編成が挙げられているものだ(特に数理で顕著)。

使用書籍まとめ

公式教科書類

統計検定を主催している統計学会が公式に出しているやつ。余程のことが無い限りはとりあえず目を通した方がいい。

日本統計学会公式認定 統計検定1級対応 統計学

役に立たないことで有名な公式教科書。これ一冊では戦えないせいでこの記事にもズラズラと他の書籍を書く羽目になっている。そういう学習のための探索を強いるという意味では教育的かもしれない。それでも基本的な確率分布と推定と検定くらいまではそれなりによくまとまっているのだが、それ以降の主に統計応用で出題される線形モデルの説明はかなり厳しい。

あとこの教科書にも出題範囲表にも一言も書いてない内容が全然出るので、試験場でこれを傍らにおいて問題を解いたとしても満点が取れるわけではないという謎の弱点もある。今はもう勝ったからそれはそれで緊張感があって良かったとか言えるが、それが敗因で負けてたらキレてた。

日本統計学会公式認定 統計検定1級公式問題集

公式問題集。研究室とかに在籍していれば多分シェアして買って印刷なりクラウドなりで共有するのだが、孤独だし図書館にも置いていないので買わざるを得なかった。2016・2017年はAmazonペーパーバック版が出ておらず高騰していたので買っていない。
出題範囲を知るにあたっては教科書よりも信頼できる。教科書に書いていなくても過去問に書いてあることは出るが、教科書に書いてあっても過去問に書いていないことは出ない。過去問を全部瞬殺できるようになれば合格は堅い。

統計数理向け

簡単な順。

統計学入門

高校生や理系以外も読めるように書かれた簡単な初学者向け入門書。これだけでは全く戦えないが、初手から手に取るのにはオススメ。

入門統計解析

昔大学の講義で買わされたやつ。元はと言えば部屋の隅からこれを発掘したのがきっかけだった。『統計学入門』よりは高度だがまだ十分ではない。より高度な数学書を読む前提の中継という位置付け。

現代数理統計学の基礎

統計数理のために最終的に使う教科書は久保川『現代数理統計学の基礎』と竹村『現代数理統計学』の二択ということになっており、こちらの方がやや簡素に感じる。俺は精読する本としては竹村本の方を選択したので、久保川本は後で流し読みして内容を確認した程度。
例題が充実しているらしいが、これを読むときは実際に手を動かして解く必要がある学習段階ではなかったのでパラパラ読んでみて解法を考えるくらいの使い方で済ませた。

新装改訂版 現代数理統計学

俺のメインウェポン。これで統計数理の全て、統計応用の半分をカバーできる。
久保川本ではなくこっちを選んだ理由はデザインが優れているから。久保川本はハードカバーの上に白くテカテカして若干サイズの合っていないカバーがかかっており、持ち歩くとすぐにカバーが破れたり汚れたりしそうなのが気に食わなかった。表紙にデカデカと書かれている「数学の魅力11」というサブタイトルもダサくて頂けない。
一方、竹村本はソフトカバーの上にぴったりフィットした厚手のカバーが使い込めばいい感じに柔らかく馴染んでいくことを予感させるもの。青一色の表紙にタイトルだけがデカデカと書いてあるのもかっこよく、金箔の装丁も華やか。

内容は全体的に久保川本よりも竹村本の方が詳しいように感じる。特に理論の目的や動機を詳しく説明しており、冗長でも背景にある気持ちをつらつらと書いておいてくれる方が俺の好み。

統計応用向け

俺は理工学を選択した。
主に線形モデルについての理論であり、個別のトピックとしては多変量解析、分散分析、直交表あたりをそれぞれカバーする必要がある(ただし多変量解析は試験には出ないっぽいのでやらなくても良い)。

図解雑学 多変量解析

多変量解析をやろうと思って図書館で適当に掴み取ったうちの一冊。
ナツメ社の図解雑学シリーズらしくあまり数学に詳しくない人でも読めることを目指しているが、その結果、固有値を変数で書き下した異常な複雑さの式が天下りに導入されたりと破滅的な内容になっているのが笑える。既に固有ベクトルとか主成分分析の大雑把な内容くらいはわかる人が流れを確認するのはいいが、そうでない人には厳しい。

多変量解析のはなし

多変量解析をやろうと思って図書館で適当に掴み取ったうちの一冊。
いきなり大した説明もなく飛躍したりしてわかりやすくはないが、コンピュータが普及し始めた頃に書かれた時代を感じられる味わいのある一節。コンピュータは自動で計算できるのが凄いんだというテンションは今見るとなかなか笑える。

他にも多変量解析の事例として選ばれるのが松田聖子みたいな当時のアイドルの人気投票だったり、ジェンダー的に終わっている文章が散見されたりと独特なポイントが多くてそこそこ面白く読める。

図解でわかる多変量解析

多変量解析をやろうと思って図書館で適当に掴み取ったうちの一冊。
参考書としては上に挙げた2冊よりは明らかにこっちの方がいい。説明もわかりやすくて標準的だが、それだけにこの本特有の笑いどころはない。

やさしい実験計画法

数学書ではなく実用書。実験計画法がいつどうやって使うものなのかがわかる本。数学的な厳密さは投げ捨てており、生産現場で実際に使う人が計算するのに必要な手順などが書かれている。実験計画法の数学から入るのが難しかった場合はこういう本から読むのも良い。

東京大学工学教程 確率・統計Ⅱ

分散分析と実験計画法の詳細な数理について。分散分析は結構色々なところで解説されているが、実験計画法と直交表については公認教科書にも久保川本にも竹村本にも十分な解説がないため、これかこれに似た本を読んでおきたいところ。

ちなみに東京大学工学教程(→)とはその名の通り東京大学が工学で必要な知識を体系的にまとめた数学書シリーズであり、ホームページにあるこの図がかなり好き。

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これはただ分野ごとの連関をまとめているのではなく、それぞれの四角が各工学教程シリーズ書籍のタイトルに対応している。例えば『確率・統計Ⅰ』を読了すると『確率・統計Ⅱ』が読めるようになり、『線形代数Ⅰ』と『微積分』を読了すると『ベクトル解析』が読めるようになり……というように必要な知識の順番がまとめられているのだ。
よって高校範囲までは学習指導要領に従って勉強し、それ以降はこの工学教程に従って順番に勉強すれば誰でも欲しい知識を入手できるようになっている。

この図が良いのは、これが完全にゲームのスキルツリーであることだ。

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(↑適当にググって出てきたPSO2のスキルツリー)

実際にはスキルツリーが用意されている方が稀なのでスキルを点灯させる作業とスキルツリーを作る作業はたいてい同時進行することになるが、「学問のスキルツリー化」というのはゲーム感覚で勉強をやるのにかなり強力な世界認識である。