メディア別リスト
漫画(40冊)
アオアシ(全40巻)
書籍(4冊)
新版 論理トレーニング
アイドル声優の何が悪いのか?
SQLアンチパターン
人生が変わるメンタルハック大全
ゲーム(1本)
ゼノブレイド
映画(1本)
不思議の国でアリスと
良かった順リスト
人生に残るコンテンツ
(特になし)
消費して良かったコンテンツ
新版 論理トレーニング
消費して損はなかったコンテンツ
SQLアンチパターン
アオアシ
ゼノブレイド
たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ
不思議の国でアリスと
アイドル声優の何が悪いのか?
人生が変わるメンタルハック大全
以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ
(特になし)
ピックアップ
新版 論理トレーニング
saize-lw.hatenablog.com良かったので記事を書いた。オススメ。
アオアシ
完結記念で全話無料解放されていたので読んだ。けっこう面白かった。見た目通りのサッカー漫画だが、ポジション戦略の解説が充実している点で他作品と差別化できている。それが画期的に詳しくて面白い。俺はサッカーに詳しくないので戦略については「速く走って遠くに蹴るだけでしょ?」くらいの認識しかなかったが、何を考えているのかがロジカルに解説されていて楽しめた。
戦略の解説を淡々と並べるのではなく、主人公が直面した課題に対して気付きを得る流れを正当化する構造があるのが上手い。主人公が単に一人の選手として成長するだけではなく、再現可能な育成手法を確立するという指導者側の視座があるため、最初から答えを教えずに自分で発見させる動機がある。それが読者からは主人公が悪戦苦闘して自ら答えを見つける漫画的な盛り上がりとして観測されるわけだ。
ちなみに「自分で掴んだ答えは絶対に忘れない」という作中で一貫するテーゼは個人的にもサッカーに限らず非常に正しいと思う。単に印象や記憶に強く残るというのもあるが、自力で周辺の事情も検討して辿り着いているために他の選択肢にも思考が既に巡らされていて応用が効きやすい。状況が少し変わったときに少し変形させて対応させたり、一度は棄却した案を復活させたりと何かと柔軟性が高くなる。
更にはこうした主人公の気付きによる適性の発展がドラマとしても綺麗に噛み合っているのが美しい。
そもそも主人公が持つイーグルアイという能力は様々な状況に対して気付きを得ることが得意なスキルだし、とりわけその能力を伸ばす過程でFWからDFへというポジション転向が描かれるのが上手い。
主人公が原則としてシュートを打たないポジションに下がるというショッキングな展開だが、そこまでポジションについて丁寧に描いてきたことで主人公が抱く葛藤も込みで納得感がきちんと確保できて中盤最大の盛り上がりが巧みに作られている。
正直なところ主人公のキャラは凡庸というか、人間としての魅力を特に感じないのだが、彼の歩む道程がパズルのように緻密に組まれていたので成長ストーリーとしてはかなり面白かった。
上記の通りサッカーの戦略描写及びその周辺のストーリーは優れる一方で、他の要素については正直あまり上手くないところが多かったように感じる。具体的には大きく二点ある。
一点目はヒロインの花が巨大なノイズだったこと。
高校生主人公には同年代のヒロインを置いて精神面周りのプロットを巻き取らせたいのはわかるが、シンプルに恋愛描写のレベルが低すぎた。なまじサッカー描写はレベルの高いことをコンスタントにやっているだけに、恋愛描写は常にレベル1を這う割に尺が決して短くないところが非常に浮いて見える。花ちゃんが脈絡なくひょこっと現れてしまうとしばらくレベルの低い恋愛描写で紙面が空費されることが確定するのが辛く、こんなに出てきてほしくないヒロインはなかなかいない。
そもそも花というキャラの立ち位置が異常に悪い。何故こんなに悪いのか不可解だ。
お嬢の方はまだサッカーを知っているからサッカーの話をしてくれるのだが、花はサッカーを知らないというかそもそもあんま興味ないという造形が謎すぎる。せめて最低限の関心を示せるのであればまだ驚き役とか解説され役として動けたはずだが、なんか試合中も暇そうにしてるしこいつは何しに来ているんだ?
メディカル方面の強みも設定の割には全然活かされなかった。ユース選手育成というテーマからすると栄養や休息の管理は非常に重要なトピックのはずだが、言うほど花の支援で明暗が分かれた感じがしない。なんかよく栄養メニュー作ってるけど、「メニューを作ってきた描写」はあっても「メニューが活きた描写」が特にないため、結局のところ「ヒロインがお弁当作ってきた」くらいの意義しかなかったのが惜しい。
俺は参謀気取りのオタクではなく一般消費者のオタクなので普段は「もっとこうしたらよかった」みたいなことはあんまり言ってない気がするのだが、花に関してはもっとやりようがあったはずなのにあえて全部外して無のキャラになっている印象があり、どうも全体的に勿体ない。
二点目は最後のバルセロナ戦が蛇足だったこと。
青森戦までのストーリーに比べ、テーマを拡張しすぎた結果として敵チームとの論点が噛み合わなくなっているように感じた。というのも国内試合のうちは主人公チームと敵チームでそれなりに共有している論点があり、例えば「ユース選手と部活選手のモチベーションの違い」や「チーム間での人的交流」などが各チームの目線から描かれ、それが戦略にも直結して試合を大いに盛り上げていた。
ただ、バルセロナ戦では異国同士となるチームの背景があまりにも違いすぎて会話が成立しなくなった印象を受ける。青森の選手が大雪が降るシビアな環境で練習している程度のことに比べ、バルセロナが生きるか死ぬかというシビアな環境で人生を賭けて戦っているという背景はあまりにも迫真すぎてもはや主人公チームと対比できる土壌がない。実際、バルセロナ選手や監督の過去についてはやたら長い回想でダラダラ語られる割にはアシトたちは特に気にしてもいない。
結局バルセロナが敵として提示する「厳しい社会構造に裏打ちされた圧倒的な強さ」という課題に対して、「イーグルアイの覚醒」という主人公側のソリューションがアンサーとして全く噛み合わない。
一応、引きで見ればアシトの最終到達地点はチームの内側から判断を下す司令官であり、それが伝統の長さ故に硬直を孕んだサッカーと対極になっているという構図も理解できなくはない。とはいえそれがキャラレイヤーの課題とはあまり結びついておらず、やはり社会構造レイヤーの話となってしまっているのは変わらない。
ただ、これに関しては全体のテーマを考慮するなら一定筋が通っている節はないでもない。もともと主人公一人には収まらないサッカー界全体の発展までをも射程に入れてユース選手の育成をテーマに掲げていたのは当初より明らかだった。それを本気で貫徹するならばたとえ試合描写を犠牲にしてでも他国の取り組みにまで言及しなければいけないという判断は理解できる。
この二点に関しては俺の関心が偏っていたのかもしれなくはある。
俺は一貫して論理的なサッカー戦略にしか関心がなく、恋愛及びサッカー業界の話には特に関心が持てなかったため、サッカー戦略とのシナジーが薄いか食い合う事態に対してはかなりシビアな見方になった。
アイドル声優の何が悪いのか?
ゆいかおりやStylipSを擁するスタイルキューブの代表が書いた本。俺はそんなにアイドル声優に興味ないが、潔いタイトルが図書館で目に入ると手に取ってしまうくらいには興味がないわけでもなかったとも言える。「アイドル声優の何が悪いのか」と開き直る理由は概ね金の問題であって、冒頭から「業界構造が歪んでいるのでアイドル売りでもしないと資金が回せない」という現状を大雑把ながら定量的に語っている点は論理的でわかりやすく好感度が高い。
ただ、続く内容は全て蛇足だった気がする。
「単に声を売るのでは金が回らない」という導入から入ったのであれば、「ではスタイルキューブではアイドル売りを導入した結果どういう資金繰りになっているのか」「どんな取り組みがどのように業界標準に対して有利なのか」という説明が続くのが筋だと思うが、そうはならない。
代わりに中盤以降はおっさんの仕事論が延々と続く。オーディションで才能を見抜くコツ、声優を育成するために大切なこと、若い声優を大学にいかせるべきか否か、ダンスの練習頻度がどうこう。特に最後の章などは全てが声優志望者へのアドバイスに費やされている。
つまりタイトルの「アイドル声優の何が悪いのか」という話は冒頭で完全に終了してしまい、残りはおっさんがアイドル声優業全般について気持ちよく語るだけの文章になってしまった。これはこれで声優志望者とかゆいかおりファンには嬉しいかもしれないが、俺はどちらでもなくタイトルから素朴に推測される内容を期待していたので騙し討ちされた感は否めない。
しかしよく見るとサブタイトルに小さく「タレントとしての声優マネジメント」と書いてあり、実際にはそちらの話が中心だったということだ。
SQLアンチパターン
SQLの名著。体系的な理論というよりはTips集として気軽に面白く読める。扱うトピックは物理設計からアプリケーションとの接続まで多岐に渡っているが、データサイエンティストとして働いていて最もよく直面するのはメタデータとベタデータが入り混じった違和感のあるマート設計だ。
具体的に言えば、カラム名に「test1」「test2」「test3」が並んでいたり、レコードの値に「status」「description」が入っていたりするやつのことだ。前者はメタデータであるべきカラム名にベタな数値が紛れ込み、後者はベタデータであるべきレコードにカラム名に相当するメタデータが入り込んでいる(エンティティ・アトリビュート・バリュー)。
こういう状況は多対多対応への対処や適切なテーブルの導入による分解で対処できる。適切な設計をしましょうというだけの話ではあるが、多対多対応や親子関係を含む状況をテーブルでどう表現するかは意外と自明ではないし、常に答えが一意に定まるわけでもない。
人生が変わるメンタルハック大全
合宿所に置いてあったので暇なとき読んだ。典型的な自己啓発書。ChatGPTが無限に言いそうなどっかで聞いたようなことが無限に書いてある。「研究では~」「論文では~」と言いたがる割には出典がまた別の自己啓発書とかで一次ソースにたどり着けないあたりもAIと同レベル。
昔はインテリの例に漏れずこの手の本をかなりバカにしていたが、この年齢になってようやく実は意外と有用であることがわかってきた。確かに大局的な真理を求める用途では何の役にも立たないが、局所的に自分の人生を改善するための行動選択肢を得るためにはけっこう使える。
自己啓発書に書いてあることはエビデンスがないので上手くいく保証は一切ないが、かといって上手くいかない保証があるわけでもない。たまに上手くいくしたまに上手くいかないのであれば、試してみる価値はある。アイデアを置いておくだけなら別に出典を示す必要もないし、信じるものではなく試すもののリストとして扱うのが正しい使い方だ。
俺もお題箱でエビデンスのない個人的なことを無限に聞かれ続けるので「何が知りたいんだ?」とずっと思っていたが、そういう需要があるのだということがようやくわかってきた。
ちなみに一番メンタルハックっぽいと思ったのは内容ではなく紙面のデザインだった。
文章とは全く関係のない豊富な猫の画像を変な組版にして色々な場所に挿入することで、途中で飽きて離脱されないように工夫されている。
ゼノブレイド ディフィニティブエディション
去年の転職活動中に「哲学好きだったらゼノブレイドをやってほしい」と言われたのがずっと頭に残っていたのでプレイした。まず露骨な大作の名作ではあって、スマブラに参戦するのも納得の出来栄え。
好きなキャラは特にいないしストーリーも消化不良だったし哲学が好きなやつにこれを進めるのは流石に見識が浅いだろと思うし個人的にめちゃめちゃ好きなゲームというわけではないが、それでもちゃんとした大作を遊んだという満足感はしっかりあるからかなりすごい。
独特な戦闘を筆頭にシステム面は全体的によく出来ている。具体的に優れているところはゲームカタログwikiに既によくまとまっていて異論も特にないのでそちらを参照(→■)。
システムの情報量が多くてゲーム内の説明だけでは使い方がよくわからなかったので攻略本を買ってみた。
この判断は完全に正解で、攻略本のおかげで最後まで楽しく遊べた。よくわからんシステムについてネットで調べてもよくわからないし、自分で全てを試行錯誤して発見するほどの熱量もないので、攻略本で理解するのが一番バランスが良い。特にジェムクラフトやスキルリンクあたりはシステムの複雑さに対してゲーム内説明が明らかに不足しており、外部情報を参照しなければ上手く扱うことは難しい。
ただ一点だけあり得ない仕様があって、ダンジョンの半分近くが途中から侵入できなくなり、ゲームクリア後も依然として中に入れないのは本当に謎だった。つまりダンジョン自体がいわゆる「取り返しのつかない要素」であり、もう一度入りたければ面倒な周回プレイをこなす以外の道はない。クエストや探索などのやりこみ要素が豊富なのに何故そんな仕様にしたのか理解に苦しむ。
個人的に気に入った点としては、割とエグめの人体改造が豊富だったことがある。
後半からいきなりギアが上がってきて、ヒロインのフィオルンが敵に攫われて身体の大部分を機械化されたり、イケメンのカリアンが顔だけ残して怪物化したりと人体を冒涜するような表現が押し寄せてくるようになる。巨人の体内をモチーフにした、肉壁とか神経とか細胞がウヨウヨしているクソキモいダンジョンも良かった。
こういう人体を弄ぶ表現はPS1の時代にはよく流行っていた。
『リンダキューブ』然り『俺屍』然り『クーロンズゲート』然り、身体の一部だけを摘出したり縫合したり改造したり、やたらエグい人体改造を行うダークなブームが明確にあった。今ではすっかりミームと化してしまった「殺して……殺して……」みたいなやつもたぶんそのあたりに源流がある。
普段あんまり言う機会がないが俺はそういうのが大好きで、たぶん死ぬまであの感じに囚われているので久々に強めのやつを摂取できて嬉しかった。ゼノブレイドもゼノシリーズからの息の長い系譜なので当時の雰囲気を受け継いでいたのかもしれない。
ちなみに最近の人体改造は人格排泄とか異形化みたいに全体的に異なる肉体に作り変えられる描写の方が主流のような気がするが(メイドインアビスの成れ果てみたいな)、俺はむしろ元のパーツがしっかり残っていた上で異常な組み替え方とか弄び方をされた痕跡があるタイプのやつの方が好きだな!
とはいえ、そういう個々人を冒涜するほどのグロテスクで圧倒的な力が描かれていたからこそ、最後に大した理由もなくシュルクが神を倒せてしまうことにはかなり納得いかないのだが……
不思議の国でアリスと
なんか映画見てえなと思った瞬間にTwitterでツイートが流れてきたので見た。まだ公開から間もないのでネタバレ防止のため追記に回す。あえて国宝スルーしてPAworksの謎のアニメ見た pic.twitter.com/0vx9UbPtrx
— LW (@lw_ru) 2025年8月30日
生産コンテンツ
粛々とラノベの投稿準備作業をしていた。
txt形式としての本文自体は8月末くらいに概ね書き終わっていたが、アルファポリスに投稿するとなるとウェブ投稿形式に合わせて本文を分割して、区切りに合わせて細かい修正を加えて、ルビとか傍点のメタ文字を直して、作品説明やキャラクター紹介を作って、素材を発注する用の仕様書を作って、それを添えてデザイナーに発注して、確認とやり取りをして……というような地味なタスクが大量にポップする。
今は概ね発注済のロゴの納品だけ待っている状態で、それが入り次第投稿を開始する予定。アクシデントが何もなければ来週末くらいになりそうなのでもう少々お待ちください。
ネタバレ:不思議の国でアリスと
大前提面白くはない。このツイートがかなり正しい。
恐らく大抵の人にとって面白くはない作品であり、「おねロリだから見に行け」「オチが刺さったから見に行け」と言っているオタクはいても「面白いから見に行け」と言っているオタクが特にいないのは誠実でいいと思う(面白くはないから)。『不思議の国でアリスと』を観に行ってるオタク、誰一人として「面白いから観ろ!」みたいな言い方をしてないので誠実。
— 梅香🍈夏コミ新刊3冊委託中 (@SENBAKO1) 2025年9月1日
まだ『不思議の国のアリス』コンテンツに触れたことがない一周目の子供は楽しめるかもしれない。ただ夏休み終了三日前に封切りするあたり別に子供狙いという感じでもなさそうで、どの層に向けた映画なのかイマイチよくわからない。
作画は終始かなり良くて可愛い女の子がよく動くしアニメーションとしてはよく出来ているのだが、それだけだ。
『不思議の国のアリス』をモチーフにしているだけあって身体が大きくなったり小さくなったり浮いたり沈んだりとそれらしいアニメーションが色々展開されるのだが、どれも原作でよく知っているものでしかなく、「既知の不条理」というものは非常に退屈なんだなということが知れたのは一つの学びだった。
既知であるが故に創発的な新鮮さが特になく、不条理であるが故に論理的な面白さも特にないという、悪いところ取りにしかならない。強いて言えばインスタとかサブスクとか現代っぽいモチーフを散りばめているのが工夫ではあるのだが、それも独自に掘り下げられるわけでもないので特別に面白いというほどではなかった。
アニメーションに力を吸われてしまったのかプロットも貧弱で、「就活に疲れた女子大生が不思議の国のアリスの世界で好きの気持ちを思い出す」という描き方もあまり優れていなかったように感じる。
全体的に情報の出し方に疑問が残る。主人公が不思議の国で就活への不満を打ち明ける割には現実パートでの就活模様が大して描かれていないので、彼女が具体的にどういった点にどうやって苦しんでいたのかが全然わからない。
恐らく「就活ってクソだよね」という共有了解があるという前提で、紋切り型で就活への不満に言及すれば鑑賞者が勝手に補完してくれるという甘えがある気がする。就活がクソであるというのは一部の社不の鳴き声であって別に自明ではないので、主人公ユニークの事情をきちんと描いてくれないと伝わらないよ……と思う俺の方がもう社会に染まり切ってしまったのかもしれない。
また、そもそも「好きなものを諦めない」というテーマを『不思議の国のアリス』原作でやる意味もよくわからない気もしたが、作品読解のレイヤーではなく現代日本の共通認識というレイヤーであれば『不思議の国のアリス』が起用される流れはわからないでもない。
つまりこの感じのナイーブな女子大生が軽い厭世の感と共に「子供時代の最もファンタジックな思い出」を振り返ったとき、『不思議の国のアリス』が出てくるという現象自体には一定の普遍性があるかもしれない。そういえば、necchiの楽曲『アリス』でもアリス的なファンタジーには労働と対比するポジションが与えられていた。
www.youtube.com
一応良かったところを二つ言って終わると、まずアリスのキャラ造形は流石に良かった。キャラクターPVもある。
www.youtube.comめちゃめちゃ刺さったというほどではないが、アリスというモチーフ好きの期待を全く裏切らないクオリティは死守されていた。ジブリ系の子供ボイスが馴染む作画の良いガキはいくらいても困らないからな。
世俗からの影響を全く受けない気まぐれな幼女というアリスのイメージは原義に近いロリコンにとって一つの理想形であり、実写ではヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』の評価が非常に高いことが知られている。いまプライム無料なので暇なロリコンは見ておいてください。
もう一点、意図したものかどうかは定かではないが、ファンタジー要素のリアリティラインについて明示的にも暗黙にも全く言及しなかったのはかなり上手い処理だと思った。
主人公が『不思議の国のアリス』の世界に巻き込まれる流れはVRっぽい機器を装着して……というよくあるやつだが、全身感覚まで全て支配するのは少なくとも今の技術感覚では明らかにやりすぎではある。故にそれが夢なのか超技術なのかはイマイチよくわからないが、その辺りは最後まで特に説明されずに主人公もナチュラルに受け入れたまま終わる。「ユーザーに合わせたアドホックな世界の生成」とかいう割と重要っぽい説明も何を示しているのかは厳密には不明だ。
しかしそこで可能なことと不可能なことを明言しなかったからこそ最後の推し活みたいなオチに繋がるわけで、そこの意外性の出し方はかなり良かったと思う。『不思議の国のアリス』の内側があんま面白くなかっただけで、外側の現実世界でアリスと主人公が協力して何かする続編があるのならちょっと見てみたい気もする。