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22/10/23 何故AIにはイラストを発注できないのか?

何故AIにはイラストを発注できないのか?

最近イラストAI(主にNovelAI)で美少女イラストを生成しまくっている。かなり楽しい。

技術の進歩スピードとは本当に恐ろしいもので、左手で描いたようなイラストから人間と遜色ないレベルのイラストに進化するまで僅か2ヶ月しかかからなかった。

ただ自分で呪文を投げながらTwitterでイラストAIを巡る議論を見ていて思うのは、イラスト発注者という立場から語られる意見はかなり少ないということだ。代わりにイラストAIの有用性を語るのはイラストレーターや消費者が多い。例えば「イラストレーターがポーズを検討するために使える」「消費者が見分けられないくらい綺麗なイラストを出せる」など。

一方、発注者が考えざるを得ないことは「人間の代わりにイラストAIに仕事を発注できるかどうか」だ。イラストレーターがいわば同業者としてイラストAIをジャッジしているのと同じように、発注者も発注取引先としてイラストAIをジャッジしている。そのジャッジングはイラストレーターや消費者と完全に異なるとまでは言わないにせよ、異なる立場から異なる評価基準を持っていることは間違いない。とりわけ発注者から見て気になることとして、よく言われる定量的なクオリティの問題だけではなく、定性的な工程の問題も大きい。

最初に言ってしまえば、AIが人間と区別の付かないクオリティのイラストを描けたところで、それはAIにイラストを発注できることを全く意味しない。来月には退職するが、ゲームプランナーの肩書が生きているうちにそういう発注者から見たボトルネックについて書いておこうと思う。

デザインと作画を切り分けよう

イラストAIについて語る前に、まずはイラスト発注制作フローについてしばらく説明する必要がある。このフロー上でAIがどのような立ち位置を占めるかというのが我々の関心事だ。

発注者から見たフローには

  1. 企画:イラストの意図やコンセプトを固める
  2. 仕様:企画に基づいてイラストの構成要素をデザインする
  3. 作画:仕様に基づいて実際にイラストを作画する

の三つがある。恐らく発注経験が無い人が最も見過ごしがちなのは、発注には「企画」という段階が最初に存在することだ。

企画では「意図、コンセプト、用途、達成目標、与えたい印象」など、そもそもの目的を確定する。例えば今からソシャゲの新キャライラストを発注するとして、それは今のユーザー状況やリリーススケジュールを踏まえてどの層向けに売るキャラなのか、どういう感情を喚起させるタイプのキャラなのか、女性キャラなら男性ユーザーの狭い層を狙ったものか、それとも同性である女性ユーザーにもリーチさせたいのか。企画の段階では合目的的な理由付けがメインであり、ビジュアル要素はまだあまり詰めないことに注意してほしい。

クライアントが企画を詰めてイラストレーターに渡したあと、イラストレーターが企画を読み込んでそれを表現できる仕様を詰めるデザイン作業を行う。ここで言う仕様とは、具体的な描画要素の全てだ。色使い、構図、ポーズ、人数、小道具、背景、昼夜などなど。実際の制作工程としてはいわゆるラフの段階で、発注者は「仕様が本当に企画を実現できそうか」を確認して相談しながらすり合わせることになる。

ここでも仕様は企画に沿って合目的的に生成するものなので、仕様についての議論は理由付きであるべきだ。つまり、イラストレーターとの仕様の相談は企画を参照しながら理由ベースで進めるべきだ(これはトラブルを避ける上でも本当に重要なのだが、ネットによくある「素人でもできるイラスト依頼」みたいな記事にはほとんど記載されていない)。例えば「なんかボタンが少なく感じるので六個から十個にしてください」と言うのは良くなく、代わりに「このキャラは潔癖っぽい印象を与えたいタイプのかっこいいキャラなので、きっちり留めていることを示せるようにボタンを六個から十個に増やしてください」と説明した方がいい。

補足429:発注者から見たデザイン工程を象徴する定型句として、イラストレーターに対する「お任せします」というフレーズがある。例えば「髪型はお任せします」とは「髪型を決定する裁量を全て渡すので、あなたのデザイン技能を発揮して企画に適合するベストな仕様を考えてください」という意味だ。「髪型は何でもいいので適当に埋めてください」という意味ではない。

最後に、仕様が問題なさそうだったらそれを元に作画をして頂いて最終的な納品物としてのイラストが生まれる。この段階で企画との矛盾が生じる場合には指摘することもあるが(思ったよりピンク色が強くてかっこよさが薄れているなど)、デザイン段階に比べればここはイラストレーターのテクニカルな専門領域だと思う。

まとめると、まず企画で意図やコンセプトを決め、企画に基づいて具体的な描画要素の仕様をデザインし、仕様に基づいて実際にイラストを作画するという流れがある。全ては企画からのトップダウンであり、意図のある発注において企画に適合しないイラストはクオリティが高くても使い物にはならない。発注において「何を目指しているのかわからないけどとりあえず超可愛い女の子のイラスト」はお呼びではないのだ。

そして今一番重要なのは「デザインと作画は明確に別の工程である」ということだ。復習すると、デザインとは「企画から仕様を詰めること」。つまりイラストの使用目的や意図を元にして、実際にイラストに組み込む要素を検討すること。作画とは「仕様からイラストをおこすこと」。つまり必要なビジュアル要素を実際に描いてイラストにすること。「どう上手く描くか」を考えるのが作画であるのに対して、「そもそも何を描くべきか」を決めるのがデザインとも言える。

デザインと作画は別のスキルなので、それぞれのスキルレベルが異なるということも普通に有り得る。例えば「デザイン能力は高いが作画能力は低い人」は「実際に絵を描くのは上手くないが、企画を表現するために何を使うべきかの想定精度が高い人」だろう。逆に「デザイン能力は低いが作画能力は高い人」は「既に仕様が決まっている版権キャラのポージングを描くのは上手いが、自分でオリジナルキャラや独創性の高いポーズを考えて描くのは得意ではない人」などが該当する。

 

キャラクターイラストにおける実例

キャラクターイラストにおける企画ドリブンの考え方が語られている良記事として、『GOD EATER』のキャラ表現について語られている以下のものがある。10年前のかなり古い記事だが、俺はこれを初めて読んだとき「キャラって適当にかっこよければいいんじゃなくてちゃんと理由を詰めて作られてるんだ!」と感動した。

www.famitsu.com

Twitterでも作画が上手いイラストは無限に流れてくるが、その中でも特にデザインも上手いイラストがいくつかある。デザインの上手さとは何かを説明するため、最近「デザインが上手すぎる」と思ったイラストツイートを二つ紹介する。

まずこちらは「百鬼あやめの妖しい美しさ」を表現するために構図が練り上げられた素晴らしいイラスト。

超ロングヘアーで身体を持ち上げて空中で座っているような物理法則を無視した超常的なポーズを取ることによって、色鮮やかな髪の美しさと妖怪娘としての妖しさを共存させている。手で口元を隠しているのもミステリアスさを強調するための仕掛けだろう。恐らくこのイラストは発注を受けて(=企画を受け取って)描かれたものではないが、「このイラストを描けるなら他の企画にも対応できる高いデザイン能力を持っているのだろう」と感じさせるものだ。

こちらはイラストレータVtuberであるカンザリンが描かれたイラスト。

たぶん映画とかでたまにある、アダルトな女性キャラが口紅を顔に塗るシチュエーションを踏まえているのだと思う(違ったらすみません)。表情も大人っぽく、一見すると大人の女性のような振る舞いのように見えて、実は描いているのは可愛い猫などの子供っぽい落書きというギャップが肝だ。特に「ハートマーク」という、子供でも大人でもそれぞれの文脈で扱えるアンビバレントな記号をフィーチャーしているアイデアがとても良い(大人が描くとシリアスなラブサイン、子供が描くと可愛いマーク)。

もともとカンザリンはロリ系のビジュアルを持つイラストレーター兼Vtuberだが、本人がロリキャラを演じることにそれほど熱心ではなくエロ絵作画を配信したり酒を飲んだりするため、「子供っぽさ」と「大人っぽさ」を兼ね揃えることには筋が通っている。両義的な印象を挑戦的な構図で一つのイラストに矛盾なく落とし込む、極めて高いデザイン能力が一目で伺える。

 

AIにデザインは難しい

そろそろイラストAIの話題に戻ろう。ここまでの話を踏まえて、イラストAIに対する評価軸もデザイン作画をはっきり分けて考えるべきだ。

例えば現在進行形で「AIと人間のイラストの見分けが付くか」というテストが公開されて話題を呼んでいるが、ここまでの話を理解しているなら、仮にAIと人間のイラストが区別できなかったとしても、それはAIにイラストを発注できることを意味しないことは容易にわかるはずだ。

docs.google.com

何故なら、作画とデザインは別のスキルであり、作画ができるからといってデザインができるとは限らないから。「なんか可愛いだけの百鬼あやめ」をとても上手く作画できたとしても「自分の髪の上に座る百鬼あやめ」をデザインできるわけではない。

補足430:このテストは一種のチューリングテストであることを踏まえて、「もし仮にAIと人間の会話が区別できなかったとして、それはAIに小説を書かせられることを意味しない」と言えばわかりやすいだろうか。何故なら、言葉を自然に操ること(=作文)と物語を編むこと(=物語デザイン)は別のスキルだからだ。もしその二つが等価なら、普通に日本語を喋れる人は誰でも村上春樹になれることになってしまう。もっとも、最近はAIも物語を書けるようになりつつあるが、今重要なのは、それはアラン・チューリングが想定したものとは別のスキルだということだ。

あとで膨大な留保を加えることになるが、とりあえず大雑把に言えば、一旦現状では「イラストAIは作画は得意だが、デザインは不得手」というのが基本線だと思う。

というのも、現在主流である生成手法において、イラストAIへの指示は企画ではなく仕様の粒度で与えられるからだ。例えばtext  to imageで用いる「呪文」はイラストを作画してもらうために用いる「long hair」「medium breasts」「skin fang」といった属性の組み合わせで、元々仕様まではFIXしていることを前提にしてそれをイラストAIに伝えるものだ。image to imageも元からどんなグラフィックを求めているかを伝えて上手く整えてもらうもので、いずれにせよ「来月発売の新ユニットで売れるやつ」という企画を伝えることでベストな仕様を返してもらうデザイン工程とは全く異なっている。恐らく、AIに発注をかけたとしても「綺麗に作画されてはいるが、コンセプトが曖昧で企画意図を実現できるかどうか疑わしいもの」が納品されるのが精々だろう。

とはいえ、「イラストAIは未来永劫に全く無用の長物である」と言うつもりは全くないし、使い方次第でクリアできる可能性があるということを今から書く。しかしいずれにせよ、ここで強調したいのは「イラストAIの有用性を評価するにあたっては、デザイン技能と作画技能は切り分けて考えなければならない」ということだ。ここが混同されていると現実的な発注可否に関する議論は片手落ちになってしまう。イラストAIの利用可能性や利用時のテクニックや新技術の導入を考えるにしても、どの技能をどう補うものかをきちんと整理するべきだ。

 

デザイン部分をカバーする工夫

とりあえず「AIは作画に比べてデザインは得意ではない」ことをさっき確認したが、この不足をカバーする最も穏当な方法として「デザイン部分は人間が担当する」というものがある。実際、もともと高いデザイン能力を持っているイラストレーターのAI活用においては、自分でデザイン部分をクリアした上で作画部分のみイラストAIに助力を求めている様子が伺える。

「ざっくり色ラフを描き」の段階で既に仕様までを確定しており、残りの作画作業はイラストAIと共同することでイラストのクオリティを上げることには筋が通っている。

とはいえ、これは元々プロのイラストレーターだから出来る技であり、デザイン能力を持たずにAIだけ手に入れている素人に出来るものではない。華やかでわかりやすい作画能力と比べると見過ごされがちだが、「(作画能力を抜きにしても)デザイン能力は高度な専門技能である」ということは強調してもしすぎることはない。pixivに大量に並んでいる、素人がイラストAIで適当に生成したキャラの99%が可愛いっちゃ可愛いけどなんかパッとせず垢抜けない原因は「デザイン技能が欠如しているから」である。

とはいえ、デザインを学んでいない素人にはイラストAIは全く扱えないのかと言えばそういうわけでもない。少なくとも学習や探索が効率的になることは十分に考えられ、実際、ロゴや広告の領域では既にAIは取り入れられている。

designs.ai

こうした局面では、「AIがデザインを大量に生成した中から良いものを見付ける」というやり方が使われている。自分で仕様を0から考える技能よりは様々な仕様の中から良さげなものを選ぶ技能の方が学習コストが低いため、数の暴力でデザイン問題をクリアできる可能性はある。

とはいえ、広告や名刺に比べてかなり自由度が高いキャラクターイラストを物量作戦で突破できるかには疑問が残る。それよりは、結局のところ大なり小なりデザイン能力自体は絶対的に必要なのだから、AIを利用して地道にデザイン能力を伸ばす訓練をすることが最も建設的であるように思われる。

補足431:なお中国で登場して話題になっている「元素法典」のようなものは基本的にAIの作画能力の方を高めるアプローチであり、デザイン能力の向上にはそれほどは寄与しないと考えている。

今のところ、イラストAI利用は「何をすべきか」を考えるデザイン能力を伸ばす前に、「何ができるか」を探求する段階であるように思う(現実的には「すべきこと」は「できること」の部分集合になる)。イラストAIの可能性を探求するアプローチの最右翼には以下のようなものがある。

補足432:この記事を書いている間にも同種のデザイン性=企画意図を明確に追えそうな仕様を追求する投稿は増え続けているし、もう既にデザイン能力を獲得している個人がプロンプトを制御するフェイズに入っていると感じる作品もいくつかある。

こうした試みを繰り返していくことで、イラストAIの技術的な表現可能性を発掘するだけではなく、AIを使う人間のデザイン能力が伸びていくことが重要だ。イラストAIを用いて挑戦的なイラストを生成する経験を積んで仕様の引き出しを増やしていけば、いずれは所与の企画に対しても高度な仕様が返せるようになるだろう。それは今までのデザイナーの学習と何ら変わらない。結局、少しやり方が変わるだけで依然として人間も学ばなければならないし、学んだ者が高いバリューを出していくという構図は今後も変わらないと思う。

補足433:今後そもそも「良いとされるデザイン」自体がAI寄りに変質することでAIのデザイン能力が相対的に向上する可能性はあるが、それは具体的な予測があまりにも困難なので触れるに留めておく。

補足434:AIがそのままデザイン能力を身に付けること、つまり「来月発売の新ユニットで売れるやつ」という企画を要望すると「来月発売の新ユニットで売れる仕様」を返してくれる方向にAIが進化する可能性も有り得なくはない。最近の日進月歩の進化を見ていると断言はできないにせよ、個人的にはそれは大局的に見て不可能か、まだかなり先になると思っている。統計処理に基礎を置く現代の生成AIが「理由を投げうって過去のデータに従うものを生成する」技術である以上、「理由に基づいて過去のデータを超えるものを生成する」デザイン精神とは真っ向から対立するからだ。

 

現状のイラストAIにも発注できること

ここまでは「原則として高度なデザインを含むイラストはAIには難しい」という立場を取ってきたが、それは裏を返せば「高度なデザインが要求されないイラストはAIでも可能」ということでもある。

というのは、ここまでは単独で売れるレベルの強靭なデザインを要求するプロダクトを念頭に置いていた。例えばソシャゲキャラやVtuberはデザイン難易度が非常に高いため、イラストAIを用いるよりも高いデザイン能力を持つプロのイラストレーターに発注した方が無難だろう。しかしイラストが必要なのは何も単独で販売するプロダクトばかりではない。工数と資金に余裕があるなら依然としてプロのデザイナーに発注すべきだが、目的から逆算して問題が無いならばAIで妥協できる発注もある。

補足435:個人的に、最もデザイン難易度が高いキャラクタージャンルはソシャゲキャラとVtuberの二つだと考えている。何故なら、漫画やアニメでは世界観や物語も込みで評価されるのでキャラクター単独が占めるウェイトが相対的に軽いのに対して、ソシャゲキャラやVtuberはキャラクターそれ自体が売り物だからだ。世界観や物語を抜きにして、そのキャラクター単独に対してお金を払ってもらう必要がある。ソシャゲキャラとVtuberだけが「着替え」を一大イベントにしているのもそのためだ(ソシャゲでは別スキン販売として、Vtuberでは新衣装お披露目会として、どちらも大きな集金機会になる)。これらのキャラクターは単独で売れるほどの強烈なデザイン強度を得るためにキャラと服装を一塊にすることが前提になっているから、漫画やアニメキャラのように簡単に着替えることはしないし、そこらに売っていそうな量産品ではなくデザインを詰めたオリジナルコスチュームを纏うのだ。

例えば「小説の挿絵」は良い例だ。挿絵の主目的は「シーンの状況を視覚的に伝えること」であり、単独で強いコンセプトを持つわけでもなければ、それ自体を販売するわけでもない。よって単に空間的な配置が概ね合っていれば機能するし、一枚一枚に高いデザイン能力を総動員していく必要はないのでAIにもこなせるだろう。その一方で「小説の表紙」は単独で強いコンセプトを持ち、それ自体が販路で大きなウェイトを占めるので、AIに任せるには荷が重い。

 

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という話を踏まえて、自分で書いた小説『ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン』にイラストAIを使って全89話全てに挿絵を付けました。アルファポリスで毎日19時に更新します。

高度なデザインを必要とする表紙イラストレーターのえすけー様(@sk_kun)とロゴデザイナーのコタツラボ様(@musical_0327)に発注し、高度なデザインを必要としない挿絵はNovelAIで作っています。

www.alphapolis.co.jp

自殺癖持ちの最強ゲーマー女子高生がゲーム感覚で世界を次々に滅ぼす終末系百合ライトノベル」で、創作という営みもテーマの一つになっています。めちゃめちゃ面白いのでよろしくお願いします。

あとイラストAIで挿絵を作るための思想・知見・手法をまとめた実践編の記事もおいおい更新予定です。小説共々よろしくね~