LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

24/2/19 2023年10月~2024年1月消費コンテンツ

就活してたのとうるユニ書いてたので減速気味です。

メディア別リスト

漫画(11冊)

鉄鍋のジャン(全11巻)

書籍(5冊)

仮面ライダー龍騎
アフォーダンス新版
ビジネスの現場で活かすデータ分析メソッド
これからデータ分析を始めたい人のための本
「私」をつくる 近代小説の試み

映画(3本) 

ゴジラ-1.0
デスペラード
ノック:終末の訪問者

アニメ(13話)

16bitセンセーション(全13話)

資格(1個)

FP2級

 

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

FP2級
鉄鍋のジャン
アフォーダンス新版
「私」をつくる 近代小説の試み
16bitセンセーション

消費して損はなかったコンテンツ

仮面ライダー龍騎
ビジネスの現場で活かすデータ分析メソッド

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

ゴジラ-1.0
デスペラード
ノック:終末の訪問者

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

これからデータ分析を始めたい人のための本

 

ピックアップ

仮面ライダー龍騎

本編はだいぶ前に見ていてようやく小説版を読んだ。全50話もあった本編に比べると紙面が限られているせいか、ストーリー自体は本編の劣化省略版という感じであまり面白くない。

が、主要キャラクターのバックグラウンドを掘り下げるファンアイテムとしてはよくできている。真司の異様なお人好しぶりは実は山深い田舎での生存戦略として養われていたりとか、異常者の浅倉はウンコの中で生まれていたりとか、本編では表面的にしか語られなかった人格に納得できる背景が与えられていて唸る。

 

アフォーダンス新版

欲しいものリストからもらいました。ありがとうございます。

アフォーダンス概念自体は知っている人も多く、ドアを見れば開けられるアフォーダンス、橋を見れば渡れるアフォーダンスという具合にかなり適当に濫用されているが、歴史的な経緯を中心にして正しい理解を得られる一冊。

うっすらわかるが故に掴みどころのないアフォーダンス概念に対して対置されているのがいわゆる心の理論であることがわかると話が一気に整理されてくる。人間が知覚した情報を用いて心の中でモデルを構築するような世界観に対抗する意味で、アフォーダンスは環境の側に情報を置いているところに力点がある。

システムとして見ると全体的にオートポイエーシスの話によく似ていて、ほとんど同じ話をしているところも多い。例えば局所的な環境のみを利用するシステムとしてのルンバの例は、オートポイエーシスの説明でよく持ち出される大工の例と全く同じと言ってよいと思う。得た情報を中央集権的に統御するのではなく、情報によって触発された局所的な連鎖によって振る舞うモデル。

そういえば制御理論では現代的には不可視の内部状態を想定するが、古典的には入出力関係のみを扱ったりもする。内部状態を想定するかしないかの歴史的な経緯がアフォーダンスやオートポイエーシスとは逆になっているのは少し面白い。

 

ビジネスの現場で活かすデータ分析メソッド

データ分析職での就活を始めたタイミングで理論より実務寄りの本を改めて少し読んでおこうと思って借りた本。初学者向けではあるが、ぼちぼち悪くない。

統計学的な難易度はそれほど高くなく(と言いつつ代表的な分布関数くらいは当たり前にわかっている必要があるが)、理論ベースではなく状況ベースでスタートして使える手法を提示するタイプの本なので理論を多少齧ったあとの整理として参考になる。特にキャズムやRFMのようなマーケティング理論の適用について統計学をきちんと絡めるところなどは純粋な理論書にはない話の運びではある。

 

これからデータ分析を始めたい人のための本

上と同じようなモチベーションで借りたが、こちらは大して参考にならなかった。

この本に限ったことでもなく、10年前くらいに書かれた実務系のデータサイエンスの本にはどれも「ビジネスでのデータ分析はアカデミズムのノリで頭でっかちの理論ではやっていけません」ということが延々と書かれているような印象がある。よく言われているのは現場との協働が大事とか、現場にヒアリングしようとか、ビジネス目線での目標をしっかり立てようみたいなことだ(それはそう)。

恐らく当時はデータサイエンスの専門家をアカデミアから招聘したら現場との折衝が上手く行かずに大した成果が出ないというようなことがそこかしこで起きていたのだろう。データドリブンな考え方自体がまだ普及フェイズでビジネスサイドとの落としどころが付いていなかった時代を感じられる。感動のプロマネ小説みたいなものがコラムとして挿入されているあたり、そういう紆余曲折手探りプロジェクト成功物語が大好きなオッサン世代が書いた本ではある。

 

「私」をつくる 近代小説の試み

欲しいものリストからもらいました。ありがとうございます。

近代小説の特色を「ある立場から整合的に語ること」だとした上で、その語っている主体であるところの「私」が発生した経緯やその後の展開について語っている。タイトルの「私」が鍵括弧付きなのは「語り手の姿が明確ないわゆる一人称小説」のみならず「語り手の所在が曖昧な三人称小説」もまとめて扱っていてかなり広い意味であるためだが、そこまで緩く括ってしまうと逆に「私」が介在しない小説とはいったい何なのか。

その答えは明治以前の古文や漢文であり、つまりこの書籍が扱っている近代小説の範囲は「およそ1900年以降に書かれた(古文や漢文ではない)小説だいたい全て」ということになる。故に我々が日常読む小説はほぼ全て近代小説であるため、語られる「私」の運用自体はどれも当然のもので新しく得られる知見は特にない。むしろ今は当たり前になっているものについて、黎明期にはどのように探求されたのかを知る立ち位置の本になる。「紙の歴史」「キーボードの歴史」みたいな本に近い。

そんな近代小説の語り手はもともと言文一致によって導入されたという経緯は知らなかったしなかなか面白い。1900年頃に識字率を上げたいという切実な要請があり、話し言葉から自然に移行できる言文一致がとりあえず小説で試みられたらしい。そもそも一人称と三人称の違いなどもいまどき大抵の本では所与のものとして分類や特徴が論じられるに留まるが、この本ではまだそういう区別が曖昧だった時代に文豪たちがそれらを発見していった経緯などが語られる。

志賀直哉だの太宰治だのという教科書に載っているような小説はどうしても格調高く見えてしまうものだが(クリエイティビティが絡むのでなおさら)、他の技術と全く同じように小説技法にもプリミティブで未熟な時代があったというだけのことに過ぎず、当時は小説家を主人公にした小説が多かったというのも単に最初はそれが簡単だったというだけのことなのかもしれない。

 

ゴジラ-1.0

godzilla-movie2023.toho.co.jp

まあ映画館で見なくてもサブスクで十分な映画という感じ。

全体的に朝ドラ感がすごすぎる。演技と台詞が良く言えばわかりやすく、悪く言えば安っぽい。登場人物が苦悩するシーンでは「うう~」とか言いながら頭を抱えてくれるし、思いが強いシーンではいちいち声と身振りがデカくなる。台詞回しもところどころ「そうは言わんやろ」という変な感じになり、特に小僧とか呼ばれているキャラが間違えて紛れ込んだラノベ主人公みたいな言動を繰り返すのが耳に残る。別にそういうのがダメという理由は特に思いつかないが、ここまで堂々とやられると意外と鼻につくというのは一つ発見ではあった。

主人公は第二次世界大戦から帰還した日本軍人であり、明らかに米軍に対する軍人の葛藤を写し取る形で主人公のキャラクターが造形されているのに、その仮想敵をゴジラにすり替えることで話が進んでいく。現実の日米戦争であれば行き場のない燃えさしは安保闘争に向かうくらいが関の山だが、ゴジラは終戦とは特に関係なく出現してきちんと精算の機会を与えてくれるのが偉い。この主人公に対する葛藤の導入と解決のすり替えがほぼ唯一の見どころだった。

米軍描写のオミットが明らかにこの映画自体の海外展開を見越したものであることも踏まえるとなかなか歴史抑圧的というか暴力的なやり口のような気もしないでもないが、いまどき嫌米派などという派閥もなかなかいないだろうし、変則的な戦争ものとして面白いやり方ではある。

 

デスペラード

漫画トライガンのモチーフ的なネタ元ということで見た。

昔TSUTAYAでVHSを借りていた頃によく見た、かなりプリミティブな時代のエンタメアクションという趣き。とりあえず話を回すライブ感に重きが置かれていて、刺客のナイフ使いも主人公の盟友みたいな人たちもいきなり出てきてすぐ死にがち。今の時代ならどんなに良くてもB級映画だが、30年前にやっていたから名作なのは時代としか言いようがない(体感では1970~80年頃の映画という印象だったが、実際はエヴァと同期の1995年で思ったより新しかった)。

パニッシャー発射シーンの元ネタとして有名なアレが思った以上に何回も擦りまくるのがだいぶウケた。これが一番かっこいいポーズという認識なのか、戦況がそう変わっていないのに何度も何度もキメ構図で連打するので嫌でも記憶に残る。

 

ノック:終末の訪問者

ノック 終末の訪問者(吹替版)

ノック 終末の訪問者(吹替版)

  • デイヴ・バウティスタ
Amazon

お題箱に話が来ていたので見てみたがあまり面白くなかった。

閉鎖空間で不条理なサスペンスが発生するが真相は特に明かされないまま何となく世界が救われた感だけ出して終わり、何か起きそうで何も起きないので普通にスッキリしない。クローバーフィールドの続編とかもこんな感じだった気がするが、「大きなテーマを扱っている割には閉鎖空間から出ない映画」ってその時点であんまり予算ない立て付けなのがわかるので、アベンジャーズみたいにCG使ってスケールのデカい話をドカドカやるわけではないことがわかってしまうし、予算感がネタバレみたいなところがある。

これはきちんと統計を取ったわけではなく偏った印象にすぎないのだが、これとかノウイングとかメランコリックみたいな洋画でよく見る「なんか理由はよくわからんままとにかく世界が滅びる」というモチーフは邦画とは決定的に違う感性で運用されているような気が最近している。世界の終わりに陰謀や真相は不要であり、人類はただ粛々と無力なままでそれを受け止める、ただただ訪れる滅びみたいなイメージがある。これには宗教的な背景があるかもしれないし、特にないかもしれない。

 

鉄鍋のジャン

saize-lw.hatenablog.com

書きました。セレーヌ楊ってキリコとだいぶキャラ被っててダブルヒロインの意味ある?ってだいぶ思ってた……

 

16bitセンセーション

saize-lw.hatenablog.com

書きました。割ともう記憶から消えかかっていて、思ったより後に残るものがないアニメだったかもしれない……

 

FP2級

FP3級を取った勢いでそのまま取得。ボーダーが低い上にほぼ選択肢回答なので合格するだけなら難しくないが、しっかり頭に叩き込んだので得点率が高い。