LWのサイゼリヤ

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4/8 意図と伝達モデル

・続き/意図について

話がこんがらがったので、それを整理するところから入ろう。

前回の話題を分解すると、以下の三つである。

 

テーマA:フィクションの「意図」

 <目的:フィクションに関わる「意図」という概念を整理してみたい>

トピックB:虚構の自律性

 <要約:物語世界にはどの程度独立しているかという自律性を設定できる>

トピックC:情報理論における信号伝達モデル

 <要約:情報理論では符号化を経由して情報を伝達する>

 

まずはあまり関係なさそうなトピックCの話を何故したのかというところから入る。

信号伝達モデルの例で伝えたかったのは、情報が符号に符号化(エンコード)され、復号化(デコード)されることで再び情報に戻るという伝達過程の構造である。

これをフィクションに適用すると、「情報」が「世界」、「符号」が「メディア」となる。つまり、世界がエンコードによってメディアとなり、デコードによって再び世界に戻る。

SHIROBAKOで言うと、武蔵野アニメーションの世界系がどこか別次元に実際に存在していて、それはエンコードされて現実世界系でアニメとなり、視聴者の頭の中(脳内世界系)で再びデコードされることで武蔵野アニメーション世界を再構成する。

 

これをフィクションを消費する際の一般的モデルとして提示したい。

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このモデルは虚構の自律性を最大に設定しなければ成り立たない(武蔵野アニメーション世界が実際にあると考えなければそもそもエンコードのしようがない)ため、その前提を仮定するという意味で昨日はまずトピックBの話をしたのだった。

 

※補足:これは虚構の自律性が高い場合にしか適用できないモデルだと思っていたが、逆向きのパラメタを導入することで自律性が低い場合も繰り込めることに今気付いたので、この話は後半にする。

 

※理系向け補足:物語世界をx、現実メディアをy、脳内世界をz、エンコードをf、デコードをgとすると、y=f(x)、z=g(y)である。理想的にはz=xかつfとgは逆関数(f=g^-1)であることが望ましいが、実際にはfとgは単射でなければ全射ですらなく、一般に多価関数が想定される……的な話を二式ではするつもりだった(ので、符号化の任意性を強調していた)。今回はそこまで厳密な話ではなく、構造さえ取れれば十分なので、二式の没記事を引っ張ってきたのはやりすぎだったような気もしている。

 

これでようやく「意図」の話に入れる。

このモデルを使うと、意図が混入する場所を整理できる。話を始めるにあたって、上に書いた図を再編してみよう。

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1~4が意図が混入しうる箇所であり、これらについて順番に説明していく。

1がエンコード、2がデコードを示すのは書いた通りで、3と4については後述するが、3は自律性、4はゲームに関連が深い。それぞれへの「意図の流入度」が独立に値を取って意図の全体マップを形成することになる。

また、このモデルでのメディアはアニメに限らず漫画や小説でも可能であって、そういったメディア形式も意図の混入に関わりが深いので、適宜言及していく。

 

1.物語世界→メディア

エンコード過程に混入する意図であり、この段階の意図は「世界の切り取りの恣意性」と言い換えられる。

既に存在する物語世界を全て再現することは現実的に不可能なので、メディアの形式に応じて適当な場所を切り取ってコンテンツに仕立て上げるわけだ。主にアニメでいくつか例を挙げてみる。

 

A.時空間的切り取り

一番単純なもので、切り取ってくる時間や空間を選択する。

宮森がトイレをしている時間はアニメにならないし、トイレをしている個室内もアニメにならない。

 

B.五感的切り取り

視聴覚、画面や音を選択的に切り取ってくる。

シリアスな街中のシーンで近くにいるどうでもいいモブがどうでもいいことを喋っていたとしても、わざわざ画面に映したり会話を拾ってやることはない。この五感には触覚や嗅覚が入ってきてもよく、4DXはこれを実現したものである。

 

C.演出的切り取り

集中線や字幕など、実際の物語世界には存在しないにも関わらずメディアで付けられた要素。意図の反映という意味では上に挙げたものと同種なので含めたが、切り取りというよりは付加と言った方が近い。

 

多分まだまだあると思うが、網羅するのは難しそうだし、コンセプトがわかればよいのでこのくらいでいい。あくまでもエンコード過程の意図の流入方式を考えるのが目的なので、このあたりの細かい演出手法はサンプルでしかない。

 

2.メディア→脳内世界

デコード過程。メディアを見た消費者がそれを脳内に取り込む際の恣意性を指す。

最も単純には、世界内の色々な要素の物理的な配置などがこれである。例えば部屋の中の様子がどうなっているかなど。アニメでは映像が提供されるのでそのまま受け取れるが、小説であればいちいち描写されない机の様子やドアの形などについては消費者が適宜脳内で補完することになる(部屋の様子などいちいち考えない人の方が多いだろうが、物語世界が実在するという立場を取った以上、「補完しようと思えばできる部分」と言うのが適切だろう)。

 

また、ここに入る「解釈」というのは厳密には「マンダムはザワールドに勝てるのか」という作中の設定系統の解釈に限られる。「この描写は○○へのメタファーで~」というような「作者の気持ち」系の解釈については、1か3で挙げるような段階の意図をモデルとは別の次元で考えているというのが正しい。

 

3.メディア→物語世界

メディアからの要請によって物語世界が定義される部分のこと。

一般的には「作者の意図」と言われる部分がここに分類され、「ツンデレはウケがいいから配置しとこ」「成長がテーマなので主人公を勝たせよう」というような干渉はここに入れることができる。この部分の意図性が上がると虚構の自律性は下がるという対応関係にあり、意図性が最大のとき自律性は最小となる。このとき、「自律性が最小の物語世界」は「メディア側の意図によって物語世界の全てが構成されている世界」と言い換えることができる。

 

また、これはメディアの制約によって便宜的に規定される部分も大きい。

例えば、漫画の週刊連載では毎週ごと(19ページごと)に次週へのヒキを作らなければならないため、長い溜めが必要な展開は「ヒキが作れない」という理由だけで回避されるということもあるだろう。

一方、ポジティブに利用する例としては、小説の叙述トリックがある。

俺の好きな小説で「ヴィクトリア」というキャラが洋服の「カーディカン(カーディガン)」からKを抜き取って「ヴィクトリア」に取り込むことで「ヴィクトリカ」になり、Kが削除されたことに伴って「カーディカン」は兵器の「ガーディアン」になるという馬鹿みたいな設定がある(そういうギミックが仕込まれた服という意味ではなく、ただ文字を操作するとそうなるというだけの理由でそうなる)が、この類のもの。

これは「メディア形式を利用してなんか面白いことができるからやろう」というような意図があったという意味で、メディアが物語世界を規定したと言える。

 

4.脳内世界→メディア

消費者からメディアへの干渉であり、ゲーム的干渉を指す(映画や小説には基本的に存在しない)。

二式でも書いたが、ゲームは双方向のアクセスが可能という点で特異なメディアであり、消費者の意図に応じてボタンやキーをインターフェイスとしてメディア内部の様子を変容させることができる。

 

同じ話をしてもつまらないので、今回の話を応用してバーチャルリアリティの話をしてみよう。HMD(ヘッドマウントディスプレイ、PSVRとかで頭にかぶるあの装置のこと)のメディア性というのは、他のメディアと比べて若干独特である。三次元的な物語世界が三次元のままメディア上に再現されるため、物理的な切り取り(1.物語世界→メディアの例Aで指摘した時空間的切り取り)が存在していない。

よって、1の意味での意図混入が非常に薄く、ほぼほぼメディアが物語世界それ自体であると言ってもいい(厳密には物語世界をデータ上で再現しただけなのだが、感じ方としてはそうなる)。このような状況では、消費者からメディアへの干渉が相対的に非常に強くなる。

 

例えば、視覚的な制約について例を挙げてみよう。HMDを使ったゲームでプレイヤーが最も自由に振る舞えるとき、プレイヤーがイベントシーンを見ないことが有り得る。目の前でヒロインが事故にあって大怪我をする重大なシーンだったとしても、なんか右にある看板とかを見てて気づかなかったということが許容される。通常のゲームならば視点を固定するなり、そもそもイベントシーンは動画で済ますなりができるのだが、バーチャルリアリティの自由度を確保しようとするとそうもいかない。

モデル上では、1の意図が大きく下がり、代わりに4の意図が大きくなった結果、最初の物語世界と最終的な脳内世界の間に大きなギャップが生じるという構図である(なお、この場合でも3の意図は影響を受けていない。悲恋ものをやりたいからヒロインが事故にあう物語世界を構成すること自体はHMD上でも依然として可能だということが、意図を整理したおかげでわかりやすくなっている)。

 

 

※補足:2で少し触れたが、一般的に使われる「意図」という言葉でも「作者の気持ち」系の解釈などは、モデル内の「2の意味での意図」を意図するということで一段メタな位置、モデル外部からの干渉である。

よってモデル自体の適用範囲からは外れるが、今やってみせたように、モデルを利用してその構造を把握するのは容易である。