LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア300円

5/6 家系としては中の下くらいだった

・前置き

俺が大学に通っていた頃、実験の班分けでやたら俺と同じ班になるやつがいた。
毎週6時間はある実験・演習のうちで半分以上は同じ班だったので、100時間くらいは一緒に過ごしたことになるかもしれない。

そいつは理系にしては珍しく髪を染めていて、黒髪オタクしかいない学科の中ではよく目立った。相貌認識能力が貧弱な俺にとっては、顔を見なくても髪だけで同定できるのはとてもありがたかった(髪を染めているそいつと同じ班になることが多かったのではなく、同じ班になることが多かったやつのうち、髪を染めているやつのことしか認識していなかったのかもしれない)。

その茶髪は演劇が好きらしく、実験の合間に何度か演劇の話を聞いた。
とはいえ、それは固有名詞をやりとりして終わるうわべだけのトークであり、向こうもこちらも踏み込んだ内容を喋ることはなかった。相槌の繰り返しで進行し、このやりとりは実験が終わるまでの時間潰しだとお互いに了解していた。

茶髪とは四半期を使って行う大規模演習でも一緒になり、研究室で昼から夕方くらいまで一緒に過ごすようになった(ちなみに「大規模」というのは時間の使い方がダイナミックというだけで、成果物は足で擦ったゲロ以下のゴミである)。そこでも長くうわべの話しかしなかったのだが、たまたまそいつが演劇以外にもVRにも関心があることを知り、その二つを結び付けた話題について喋ってほしくなった。

共通項の少ない話題を合成できるのはそれら両方に精通した人間だけであり、話題の距離が遠いほどその合成は貴重なものになる(この貴重さというのは数学でいうところの事象の組み合わせ確率で説明できるが、今はしない)。「演劇」と「VR」は接点があるようでないような、まさに有識者の意見が気になる合成話題だった。

ある日の昼休み、いい感じに時間が空いたので俺は茶髪を近所のラーメン屋に誘ってみた。
「誘ってみた」といっても意を決して誘うほど遠い仲だったわけではないのだが、実験室・研究室外で一緒に行動したことが無い程度には近くない仲だった。茶髪らしくコミュニケーション能力が高い茶髪は二つ返事で了解し、ラーメン屋への道すがら俺は「演劇とVR」の関係について切り出した。

茶髪が俺の質問内容を理解し、返答を始めたそのとき、歩く道の前方に研究室の先輩が現れた。
その先輩は顔を知っているが名前を聞いたことがないくらいの仲で、向こうも我々に対してはその程度だったと思うが、顔見知りである以上お互いに無視するわけにもいかない。

「もう帰り?」
「いえ、昼飯に行くだけですね」
松屋?」
「ラーメンですね」
「いいね、俺も食おうかな」
ということで、俺と茶髪のパーティーに先輩が加わった。

「演劇とVR」についての会話は中断し、就職や研究室事情についての話にシフトした。
進路について有益な話をしてあげようという先輩心が先輩にあったのかもしれないし、我々の間で共有できる話題がそれくらいしかなかったのかもしれない。展開はともかく、先輩の出現によって俺は出鼻を挫かれたということだけが事実だった。

茶髪は比較的高いコミュニケーション能力によって先輩と進路の話を適当に一問一答し、俺も内心どうでもいいと思いつつ相槌を打っているだけでラーメン屋に到着し、注文を終え、ラーメンが届き、食い終わってしまった。公務員になるか技術職にするか悩んでいると語った先輩は、ラーメン屋を出ると直帰だかバイトだかでそのまま帰って行った。

帰り道で俺はようやく茶髪と二人になり、再び質問するタイミングを得た。
どこかに寄って仕切り直すほど親しくもないため、質問タイミングが継続するのは研究室に帰るまでだろう。もはや一刻の猶予も無しと考えた俺は「さっきの話の続きだけど」とかなり強引に話題を引き戻した。

好きなことを話すのが嫌いな人間がいるとしたら、それは相当な捻くれ者だ。茶髪らしく比較的コミュニケーション能力に長ける茶髪はそれに該当せず、饒舌に演劇とVRの関係を語り始めた。

茶髪は「VRにおける視点の恣意性」と「演劇における客席の恣意性」が類似していることを指摘した。俺はそれは三次元的な物理世界が二次元的な視界世界に移行する際に次元が落ちるために自由度が上がる現象に帰着されるね、と言った(念のために言っておくが、実際はこんなにスッキリとは喋っていない)。茶髪は頷いた。
更に具体例として任意性に対する積極的な取り組みみたいなことを話してくれたような気もするが、トピックとしては発展していないのでよく覚えていない。

研究室に帰ってきて研究(という名目のゴミ作り、広義の環境破壊)を再開してからも、俺は先輩が合流しなければもう少し茶髪の口も回ったのではないかと内心もやっとしたものを感じていたが、今更言ってもどうなるわけでもなかった。
不完全とはいえ一回フラグを消化してしまった以上、夕飯や翌日以降の昼飯に誘うほどのやる気もあまりなく、そうこうしているうちに実験や演習のカリキュラムも終わり、茶髪とはそれきりになった。

茶髪の顔は覚えていないが、見れば思い出す程度ではあると思う。

・演劇とVR

ひなこのーとを見ていて演劇とVRの関係について茶髪に聞いたことを思い出したので、それについて書こうとしたのだが、そういう事情であまり書くことがない。
演劇には舞台が客席から色々な角度で見られるという点でドラマや映画とは異なる特徴があって、それはVRHMD)での視界の任意性に対応するらしい。
舞台上の物語世界とVR上の物語世界についてなんかいい感じに共通項的なことがあるのではないかと思ったのだが、俺はそれを語れるほど演劇に詳しくなく、それが今ここに書かれないのは先輩がラーメン屋についてきてしまったことのバタフライエフェクトである。

・更新ツイート用画像

JのDの箱ドットを作ったときの製作過程を発掘したので貼ります。
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