LWのサイゼリヤ

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18/7/15 アタシ再生産

・少女歌劇一話の感想

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「アタシ再生産」っていうフレーズ、天才的だな~。
前情報を一つも知らなかったから変身シーンで初めて見たけど、落下しながら背景にこのフレーズが浮かぶシーンで電撃に打たれた。アニメでこんなに痺れたのはプリプリのOPイントロ以来のような気がする。

「アタシ再生産」はすごくパラドキシカルな言い回し、というのはフレーズ内で意味やニュアンスが矛盾しているということ。こういう文は素直に読めないので印象に残りやすく、ことわざとか格言によく使われる。「急がば回れ」とかがそうだし、「私の心は黒くて白い」とか「この商品は高くて安い」とか適当に矛盾したことを言っておけば何か深いことを言っているような雰囲気になることが知られている。
「アタシ再生産」においては、「アタシ」は個・特殊・独自性と接続するが、「再生産」は多・普遍・一般性に結合するので、前後がうまく繋がらない。いまどき自分のことをアタシなんて言う女の子はどちらかといえば希少種、別に主人公もアタシなんて言ってないわけで(一貫して「わたし」呼び)、使用頻度が低いためにこの一人称は比較的個性のある女の子の持つ人間的なオリジナリティを喚起する。一方で、再生産の方は過去に存在した完成品と同じものを作り出す行為だ。改良でも改悪でもなく複製であるところに変化の余地は残されず、ひたすら機械的なコピーを生み出す。

続く変身バンクも大半が工場で行われるという常軌を逸したものになっている。
通常は変身・変身バンクはそのヒロイン固有の秘儀で極めて個人的なものなのだが、それが工場で大量生産として行われるというところにフレーズのパラドクスが引き継がれている。工場内に積まれているボタンや服は主人公一人分の量ではなく、鋳造や縫製を反復する昭和的な工場がまさに再生産を遂行していることがわかる。

じゃあそういうフレーズと変身バンクを選択するコンテクストはどこ?っていう話になると、演劇というテーマからの自然発生か、大量生産型ヒロイン群に対するアンチテーゼか、俺の勝手な深読みで特に掘り下げる予定はないの三択くらいだろう。オッズは3:1:6くらい。
このアニメがミュージカル原作であることを踏まえれば再生産性は演劇の再演可能性ないし役者の代替可能性あたりから来ているというのが一番素直ではある。個人的には二番目だったら凄く嬉しいが、別にそんなに考えてないような気もする。単に「再生産」には覚醒とかドレスアップ程度の意味しかないのかもしれない……というのは、変身バンクを起動する燃料が主人公の王冠髪飾りだった理由はそれが個性を示す記号で再生産の前には差異を鋳潰さないといけないからだろうと思ったんだけど、その割には変身後にも王冠被ってるからね。この辺こじつけようと思えばいくらでもこじつけられて、例えば主人公の世代が99代目なのは99年頃の、つまりゼロ年代前後の、lainとか多重人格探偵サイコ(バーコード)に現れていたような自分は大量生産品に過ぎないという病んだ自己認識を示唆しているとか言おうと思えば言えるけど、バカっぽいからやめておくか。わざわざ最後に持ってきたOPも普通にバトってるだけだし、幾原っぽい意匠を借りてきてただラブライブしたいだけなんじゃない?っていう感じはやっぱり残る。

まあ、今期はあまり見るものないしとりあえず見ると思う。他のアニメは特に言うことが無いです。