LWのサイゼリヤ

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25/12/30 人生の現在地4:齢30を越えて遂に実家を出た

そろそろ潮時感はあった

先月、遂に実家を出た。
30歳まで実家にいなければならない理由は特になかったが、かといって30歳を越えたら実家を出なければならない理由も特になかった。少なくとも実家で「もうここにはいられない」と思う出来事はなかったし、逆に「どうしてもここにいたい」と思う出来事もなかった。
だから明確な動機があったというよりは流れに身を任せただけだが、流れにさえ目を向ければ、なんか実家暮らしってそろそろ潮時なんだろうなと思うことは多かった。

もうありとあらゆる知り合いが実家を出ていて、どのコミュニティでも俺が実家住みの最後の一人だった。特に会社の同僚はほぼ全員が結婚して大半が子供を育てており、子供どころか結婚どころかまだ実家すら出ていないのは三周遅れではある。
それ自体に問題があると思ったことはないが、周りがみんな豚骨ラーメンを食っていたら俺もちょっと食ってみたくはなるという環境からの影響はある。

最も直接的な限界を感じたのは、実家でのトイレの衝突頻度が近年上がってきていたことだ。構成員の年齢上昇に伴って平均トイレ頻度も全体的に上がり、結果として昔より明らかにバッティングしやすくなっていた。
やはりそれ自体が我慢できないわけではないにせよ、なにか象徴的な意味で適切なキャパシティを越えつつあることをトイレを待つたびに膀胱で感じざるを得なかった。

補足631:1回あたりのトイレ時間が5分として、平均的に2時間に1度トイレをする人間が4人いるとする。ある時点である人がトイレを使用している確率は5/120=1/24であることを踏まえて、トイレ利用時に衝突が起きる確率を考える(簡単のため、衝突に伴う待機などの副次イベントは一切考慮しない)。誰もトイレを使っていない確率は(23/24)^4、誰か1人だけがトイレを使っている確率は4×(1/24)×(23/24)^3なので、余事象を用いて同時に2人以上がトイレを使う確率は1-(23/24)^4-4×(1/24)×(23/24)^3≒0.00985となる。60×0.00985=0.591より1時間あたり約0.591回のレート、逆数を取ると約1.7時間に1回発生する。思ったよりだいぶ高い。

見えない不愉快を発見したい

あと昔から自覚のある特性として、俺は意識的に不愉快を感じる認知的なアンテナがだいぶ低いことがある。
普段は問題を自覚していないので解決など思いもよらないのだが、外部からの指摘によってそれが問題であることと解決できることを認識して初めて「今までかなり損していたな」と思うことが多い。例えば人に言われるまで数十年も冬に薄いズボンを履いていて「足元がさみーな」と思っていたり、スマホにGPSが付いていることを知らなくていちいち地図を印刷していたりした。

実家にいて困っていないのも同じ現象が起きているような気がした。つまり本当に不愉快なことがないわけではなく、恐らく潜在的には何か問題があるのだがそれを陽に感知していないだけかもしれない。少なくともここ5年くらい苦しんでいた不眠症状は実家を出た瞬間に解消された。
問題を感じないことは対策しない理由にはならないと言ってもよく、「僅かな不愉快を発見する」というのは一人暮らしを始めてからも大きなテーマの一つになっている。例えば入居時に購入したシーリングファンが薄暗い気がしたので僅か一週間で上位モデルに買い替えた。

なんだかんだ金は偉大

金が余っているから家を出るわけではないが、金が余っていなければ家を出なかったのは間違いない。切実ではないからこそ余った金が背中を押す効果が相対的に大きかったとも言える。

転職を挟んで給与が普通にかなり上がってきて、少なくとも俺の金銭感覚では実家にいても使い切れないほどの金が毎月勝手に入ってくるようになった。
もっとも、それは本来は次世代の生産に使うべき余剰金が全て浮いているだけなので一人で使い切れないのは当然でもある。たしかマルクスがどっかで「賃金には労働力の再生産に要する費用が含まれていて、それは自らの身体を癒やすだけではなく、次の労働力としての子供を作る費用も含む」みたいなことを言っていたような記憶がある。

金銭面から冷静に考えると、もし俺が「タイミングが合えば一人暮らしをしよう」ともう少し積極的に考えていたとしても、結局それを開始するのはこのタイミングになったような気もする。
前職のソシャゲプランナーは都心で一人暮らしをするにはだいぶ心許ない給与水準だったし、その後には意味もなく一年くらい無職期間を挟んでいるわけで、そこそこの給与を貰い始めて一年半くらい経ってからというのは蓋し適切なタイミングではある。
そう思うとタラタラ書いている俺の心づもりなど本当はあんまり関係なくて、常に一定年数遅れている人生の流れにおいて単に妥当な時期が到来しただけのような気もしてきた。

いい感じの賃貸を借りた

夏が終わって適当に外を歩いても汗をかかなくなってきた9月頃から家探しを始めた。適当な不動産屋に突撃してLINEでやり取りしながら物件を探したが、結局有力な候補は全部自分でsuumoから発掘していた気がする。

いま借りた家に一生住むわけでもないのだし、多少条件が折り合わなくてもいいかと思ってかなり鷹揚な心づもりで物件を探していた。
何か懸念事項があったとしても、それが「絶対に無理なレベル」なのか「住めば慣れるレベル」なのかを知っておくのはおいおい家を買うときとかにも学びになる。良い条件なら住みやすく、悪い条件なら学びが大きいので理論上はどんな物件でもメリットしかないと言えなくもない。
とはいえ試すまでもなくダメなことがわかりきっているので最初から絶対NGにした条件もいくつかあって、例えば地下鉄最寄り駅はNGとした。地下鉄沿いはJR沿線よりだいぶ安くなるが、地下鉄沿線に住むくらいなら月5万くらい上乗せした方がまだましだ。地下鉄の環境は鬱病特有の暗い視界に酷似しており、日常的に使うとそれだけで鬱病になってしまう。

などと色々言いつつ、結局のところ予算がけっこうあったので駅近や最寄りや広さや回線などの基本的な条件は理想的な物件に決めることができた(特定を避けるため詳しくは書かない)。
都内は物件は多いのに軒並み高いのがネックだが、それは逆に言えば家賃が多少高くてもよければ物件の選択肢が豊富ということでもある。今まで金って何に使うのかよくわからなかったので「これ要る?」と思っていたが、家電や家具の購入も含めて実はけっこう役に立つことがわかってきた。

人生を進めていきたい

現在の一人暮らしについては快適そのものであまり書くことがない。
この年齢になると実家暮らしだったとてそこまで家族に依存していたわけでもないので、暮らしぶりや精神状態はそう大きく変わらない。相変わらず本を読んでゲームをしてブログを書き、依然として週7で筋トレしてプロテインを飲んでチャリで10kmくらい走っている。

とはいえ意識がはっきり変わったところもあって、もう少し積極的に人生を進めていきたい気持ちになっている。自覚の有無に関わらず大半のブロックがなくなった今、先送りにしていた諸々を今始めなければいつ始めるのか。
とりあえずふるさと納税を年末に駆け込みで初めてやって、適当に入っていた都民共済も会社の団体保険に切り替えた。NISAを買うやつもそろそろやっていきたいし、興味が育てばもう少し真面目に投資をやってもいい。

人間関係の諸々もある。この年齢になると貴重になってくる良い人脈をメンテナンスすべきときがきた。
既に小学生の頃の友達とFacebookで連絡を取って何度か飲みに行ったりしているが、仕事周りの伏線を回収していってもいい。転職前の会社の人、今の会社から転職した知り合い、自分が転職するときに内定を貰った会社の人などの鉱脈はまだ無数にある。

あと婚活にもそろそろ向き合わなければならない。これは明らかにタイムリミットがあるタイプのイベントなのでそろそろなんかしないと手遅れになってしまう。
正確に言うと結婚するモチベーションは今ないのでそのだいぶ手前からのスタートになるが、それも内的な課題をクリアにしながら一つずつ進めていくしかない。今の問題は異性の知り合いがいなさすぎて自分が結婚すべきなのかどうかを把握できていないことであり、とりあえずそれを増やすところから始めていきたい。