卒展巡りが面白い
1月末頃から卒展巡りにハマって都内の美大・芸大を巡っていた。
補足573:美術大学と芸術大学の違いをよく知らなかったが、ざっくり言うと美術は芸術の部分集合で視覚芸術のみを扱うらしい(音楽も扱っていると芸術大学になるらしい)。ちなみに東京に芸術大学は東京藝術大学しかないので、関東で藝大と言うと芸術大学の略ではなく東京藝術大学を指す固有名詞になる。
稀にプロの美術展に行くこともあるが、一番面白いプロの美術展より一番面白くない卒展の方が面白い。
卒展の最も良いところはジャンルや作品数の圧倒的な豊富さだ。美術展と違って全体コンセプトが特に統一されておらず、色々な学科の色々な学生たちが各自の成果を個別に展示している。古典芸術だけではなく現代メディアを扱っていることも多く、絵画も建築も彫刻もゲームも漫画もアニメも何でもありだ。作品ではなくデザインやUIに関する研究資料が成果物になっていることもある。
個人的にはやはりサブカルっぽいものや情報系の展示に惹かれるが、ロジカルな筋が通っていて感心する研究などもたまにあったりする。
正直なところ、作品のクオリティはピンキリではある。
「学生の時点でこんなに上手かったら残りの人生で何するんだろう?」みたいなやつがあれば、「美術部の高校生でももうちょっとマシなもの作るんじゃないか?」みたいなやつもある。
とはいえ、それこそがむしろ卒展の面白さだ。作品は無限にあるので興味を惹かないものはスルーして問題ないし、全体を回っているうちに二つや三つは気に入る作品が見つかる宝探しのような楽しみがある。
技術的には拙くてもキャプションを読めばやりたかったことが伝わってきて「なるほど」と思うものも多い。金を払っていたら「何やねん」と思うかもしれないが、そもそも入場無料である。
それぞれの展示会の感想と、特に良かった展示を二・三個ずつ上げる。
ただあまりちゃんと記録していなかったのでタイトルがわからないものが多い。卒展の展示はネットにも情報が出ないので現地で情報をチェックしなければ失われてしまう。そういう一期一会感も良い。
補足574:個別の作品に対する批判はSNSやブログに絶対に書かないことにしている。金を貰って作品を作っているプロには何を言ってもいいが、無料で展示している学生にネガティブなことを書くのは良くない。
 
武蔵野美術大学
1月20日来訪。
かなり広いキャンパスのほぼ全域を会場として利用しており、作品数の多さやジャンルやクオリティの多様さでは群を抜いていた。物理作品ばかりではなく、アプリ開発を行ったりワークショップを開催したりした成果を発表している展示もある。
「卒展って面白いな」と思ったのは一番最初に武蔵美に行ったおかげかもしれない。オススメ。
月光の怪盗
現代的なキャラクターデザインを成果物とする展示においてコミケのブースみたいなやつが展開していることは割とよくある。
キャラパネルやタペストリーやグッズ類がふんだんに置かれ、(少なくとも商業的には)世界に存在しないコンテンツが「大人気アニメ化作品でござい」という顔で絢爛にディスプレイされている現実侵食感がかなり好きだ。
その中でも明示的に「メディアミックスを活用した表現」をテーマにしており、特にクオリティが群を抜いていた一作。全体的な色やデザインのトーンにきっちり統一が取れており、小物類まで含めていかにもありそう感が凄い。
ツイート一枚目の背景に見える「研究概要」には以下の通り書かれている。卒展では作品が何かの研究成果という立て付けになっていがちで、こうして意図がきっちり提示されることが多い。当作品は現在大学で卒業制作として展示しております。
— ito (@P0TAT0_100) 2025年1月18日
紹介したキャラクターの四コマ漫画やデモ動画、大きな等身大パネル、とても大きなポスターが見れます!
ぜひお越しください。
武蔵野美術大学9号館4階415-A
1.16(木)-1.19(日)
9:00〜17:00(最終入場16:00) pic.twitter.com/KD0TbKFcXO
当研究は「メディアミックスを活用した作品展開による人物キャラクターの表現」をテーマとしている。
様々な人物キャラクターが登場するロールプレイングゲーム作品を想定し、作品の全体的なストーリーと、登場するキャラクターを考案する。イラストや映像など、制作したキャラクターに関する情報の補強を目的としてビジュアルコンテンツを複数制作し、作品設定とこれらのコンテンツを活用した展示空間を構築し、展示空間自体もコンテンツ表現として位置付ける。
……
想定するだけあって、例えばツイート3枚目でMacに映っているゲーム画面のモックで立ち絵の後ろにちゃんとSDキャラが配置されている細かさが良い。
ノベルゲーム作品ではなくロールプレイングゲーム作品を想定しているのであればこの画面が正しい。操作対象はSDキャラクターで、会話シーンでのみ立ち絵が挿入される状態遷移になっているのだろう。
存在しないコンテンツであるが故にディテールの想定とこだわりがいくらでも楽しめる、虚構作品の在り方という文脈でも非常に刺激的な一作。
平成37年
平成初期のサイバー空間(という単語も古い!)をテーマにした展示作品。武蔵野美術大学の平成37年の卒業制作展示されてた方、YouTubeもすごく作風が好きなのにそれ以外のアカウントが見つからない…もっといろいろ見たい…もうこれきりだなんて悲しすぎる… pic.twitter.com/s5FD5C06xA
— ジョバジョバ☆ジョバァ~ナ (@jobanni2052938) 2025年1月19日
映像はYouTubeにもアップされている。
www.youtube.com
個人的なことを言えば2000年ちょうど頃のインターネット黎明期は物心つくかつかないかくらいではあって、はっきり言語化された形で記憶に残っているわけではない。
それだけに存在しない記憶や存在するイメージが色々と胸に去来してかなり見入ってしまった。今にして思えば当時ワイヤーフレーム系の表現が多用されたのは単に映像処理能力が低くてまともに面を描けなかっただけなのだが、それが逆に先進的なものとして印象されていたのは面白い。PS3あたりから普通にリアルを志向できるようになったことで、現実と切り離されて独立した「先進的なイメージ」という概念自体がかなり後退した……など。
研究ノートには当時のニュース番組などのサンプルを収集してそれっぽいものを作った旨が記載されていた。
普通に計算すると恐らく制作者は世代というわけでもないはずで、何となくのイメージではなくきっちり当時の資料に当たって制作されているところがちゃんと研究で偉い。一度切断された上で明確にリバイバルという文脈での作品を享受する世代になったことを感慨深くも思う。
武蔵美には他にも「キュート・ベア・アグレッション」とか「架空のボート利用受付所」とか印象的な作品がいくつかあったのだが、写真を撮っていなかった。
卒展の作品は自分で写真を撮らないとネットにも大して上がらないことがわかり、反省してこれ以降はきっちり撮るようにしている。
東京藝術大学
1月28日来訪。
さすがに天下の藝大だけあって全体的なクオリティがシンプルに高い。きちんと美術館でやっているしエリート感が凄い。
他大の作品では模型の角がピシッと揃っていなかったり細かい装飾をきちんと造形していなかったりして(細部で若干手を抜いておるな……)と感じることがよくあるが、藝大はそういうのもほとんどない。逆に言うと、卒展特有のガチャガチャ感は他の大学ほど感じられないかもしれない。
芸術エリートに特有の挙動なのかどうか、圧倒的に作品のキャプションにポエムを書きがちなのも藝大だった。
基本的に文章の主語が「作品」ではなく「私」であり、「この作品は何なのか」ではなく「私が何をどう悩み考えてこの作品を出力したのか」みたいなフォーマットで間接的にしか作品を説明しないものが多い。
質の高い作品を作るだけの段階は既に通過してしまって作家としてのオリジナリティを含めないと勝負にならないのかもしれない。単に我が強いだけかもしれない。
シンプルに上手い山か海

藝大生のハイスペックぶりを象徴するシンプルに上手すぎる一枚。絵画はあまり興味ないが最初にこれで度肝を抜かれた。
藝大は一枚絵の展示がかなり多いが、基本どれもこのくらい上手い上にめちゃめちゃでかい(写真ではよくわからないがこれも数メートル四方ある)。このクオリティの作品が特にガラス的なものを被せられることもなくノーガードで壁にかかって展示されているので不安になってしまう。
これ写真撮ったときは海だと思ったけどよく見たら建物描いてあるし山かもしれない。上手いからどっちでもいいが。
スタレの新キャラみたいなやつ

これめっちゃ好き! オンパロス編の次のPUこのキャラにせん?(虚数・記憶)
今一番流行ってるソシャゲの絵柄はまさにこんな感じだ。藝大は美少女イラストがレアなのでふつうに絵画に並んで展示されているこのキャラが異彩を放っていた。
大陸系ソシャゲで一線級のイラストレーターやデザイナーはサブカルチャーの出自というよりはハイカルチャーをきちんと学んだ経歴があるという噂を聞いたことがあるが(真偽不明)、このイラストを見ると確かにそうかもしれないと思う。日本のソシャゲ界でスターを目指してみないか?
家にいるときの俺みたいな像

俺も家にいるときこんな感じでベッドで同人音声聞きながら股間触ってるから親近感があって良かった。こういうチョケてる感じの作品も隙なく完璧に仕上げてくるあたりが流石の藝大である。
宝塚大学
2/8来訪。近所にある新宿の芸術系大学。
本拠地は大阪にあって看護とかもやっているらしいが、新宿キャンパスはメディア芸術学科の配下だ。マンガ・イラスト・ゲーム・アニメ・メディアなどキャッチーなものが揃っている。コクーンタワーも近いしだいたいHAL東京みたいなものだろうと俺は勝手に思っている。
キャンパスはビル一棟しかなく規模感では他大にやや見劣りするが、ほぼ全てエンタメ系の展示なので個人的には密度が高くてかなり楽しめた。
恐らく実践志向での指導をしているために良い意味で趣味の延長上にある作ってみた路線の作品が多く、展示ついでにアクスタやキーホルダーが売っていたりとデザフェスのような賑やかさがある。
その反面、実践志向だとどうしても評価軸がクオリティ一本になるため、見慣れた商業作品が比較対象になってしまって印象には残りにくい感じもあった。
実際、感心して写真を撮った作品は結局のところエンタメ自体ではないアプローチの作品や、学部生よりも明確にワンランクレベルの高い大学院生の作品(9Fフロア展示)に限られる。
Unityのシェーダー改善

トゥーンレンダリング向けにUnityのシェーダー制御をコードレベルで改善した作品。ゲーム学科のフロアで周囲が皆ゲームを一本作って試遊させている中では異色の展示だった。
一人だけエンジンレベルのことをやっているだけに気合が入っており、他展示のレポートよりしっかりした論文が付随している。既存シェーダーの問題点を指摘し、ライティングやシャドウなど多角的な面から改善を試みる説明は論理的にも筋が通っていてしばらく読み込んでしまった。

割と話し掛けてくるタイプの学生さんだったので「既存手法の法線ベクトルを用いたライティングだと何が問題なんですか?」「影の処理を指数からステップにして関数を非連続化させた意図は?」とか色々聞いてみたが、どれもきっちり筋の通った答えが返ってくるので「おお」と思った。
専門学校レベルだと「作ってみた」で終わりがちなゲーム制作周りにおいて、明確な目的からトップダウンで手法を選択・実装して既存手法との差異を言語化できるのは偉い。ゲーム会社とかでかなり重宝される人材だと思う。
会社ロゴ制作

これも宝塚大学では珍しい、エンタメ要素が一切ない異色の展示。実在する会社に対して今風のロゴをデザインしている。
実際の利害関係者にヒアリングしてコンセプトからデザインを演繹するということをちゃんとやっていたのは見た限りではこの展示だけだったと思う。
他展示も一応研究という立て付けなので一定の調査はしているのだが、「同ジャンルの既存作品を調べてみて共通項を抽出する」という事例収集で終わっているものがほとんどだ。当然ながらそれではデザイン業務としては成り立たないわけで、別に仕事ではなく卒展なので期末レポートレベルでも全然いいのだが、この会社ロゴ制作だけめっちゃ正しくかっちりリアルな仕事をしているのでかなり印象に残った。
アークナイツの新キャラみたいなやつ

9F展示の大学院勢は明確にクオリティのアベレージがワンランク上がっており、その中でも俺が好きそうなキャラがいた。
実際には「赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律」の第一条によって使用が禁止されるデザインと思われるが、その辺りも卒展らしさがあって良い。

このキャラにもキャラクターデザインの構造化という研究が紐づいており、意識的にモチーフを解体・選択して繋ぎ合わせた経緯などが語られている。
職業イラストレーターは皆やっていることだとは思うが、自覚的に作業手順を解体して実際にデザインまで実行してみましたというところまで試みの筋が通っているのは素晴らしい。特にソシャゲやVtuberのキャラクターはキャラクターの図像で売らないといけないため、内面も含めた人間的なキャラクターというよりは視覚的なキャラクターデザインの粒度で徹底的に構造化しなければならず、この研究の問題意識は非常に正しい。
結果的にキャラクターをデザインすることになった作品は多々あれど、キャラデザそのものを本丸とした研究は他ではあまり見なかった。