退職時のもっと上手いムーブがある
俺が社会人になった頃から既に終身雇用という働き方は過去の遺物で、最近は俺も含めた周囲がもう一度か二度くらいは転職しているような年齢になってきた。
他人の転職話を聞いたり自分の転職を振り返ったりするにつけて思うのは、退職間際のもっと上手いムーブが明確に存在するということだ。
それは最もよく言われるような「立つ鳥跡を濁さず」という類のことではない。つまり共に働いた人々への感謝、現行プロジェクトからの滑らかな離脱、後継担当者への十分な引き継ぎについて考えているのではない。
そういう過去を清算する方向性ではなくて、むしろ逆で、旧職場の資産を未来に繋げていくムーブが強い。具体的に言えば、旧職場の人間関係を退職後のプライベートや仕事において使える人脈にしていくことを目的としたい。
普通に就業していれば、旧職場では周囲と協働してそれなりに高い評価を得ていただろう。新職場に向かうというだけでその評価を全て捨ててしまうのは勿体無い。概ね良好な人間関係は一度学校を出た社会人にとってはダイヤモンドのように貴重なもので、それを増やす機会を逃す手はない。
最も安直な戦略として、日頃から人脈をメンテナンスしておくという考え方もなくはない。つまり働いている内から日常的に声をかけたり飲みに行ったりして、「退職後も付き合うほど仲の良い人を作っておく」という友人戦略もなくはない。
ただ、これはコミュ強ではない我々にとってはややハードルが高い。業務上の人間関係と並行した友人関係を構築・維持するのは大変だし、もっと言えば、退職後に必要になる人脈は距離が近くて親しい同僚というよりは別の部署で別の職能を持っている人である場合の方が多い。
だからもっと妥協して、退職間際にだけちょっと頑張れば次回の接触に繋がるような伏線を張っておきたい。退職から半年〜数年後くらいに連絡してちょっと飲みに行けるくらいが理想的だ。
俺も前職の退職間際にちょっと頑張って接点を作っておいたおかげで、しばらく時間が空いてからも何人か誘って飲みに行って現場の話が聞けたりとぼちぼち機能したりしている。
今のところ現職を退職する予定は全くないが、次があればもっと上手く出来そうだし、人脈を自覚的にメンテナンスしなければならない年齢が来ているということでメモがてら書いておく。
補足592:以下の話は全て同性の社員に対するものを想定している。常識的に考えて、異性の社員と個人的な関係を持とうとするのはやめた方がいい(あなたが女性ならまだいいが、男性ならまずい)。
退職間際に人を褒めまくった方がいい
よほど切羽詰まった職場ではない限り、退職の準備が完全に完了してから実際に最終退勤するまでにはガチでやることがない空白時間が生じることが多い。
その時間が数日か数時間かはわからないが、もう二度と使わない共有フォルダを開いたり閉じたりして暇を潰しているくらいなら、他の社員に対して個別に褒めるメールかメッセージを書いた方がいい。
それも職能や人柄をふんわり褒めるのではなく、その人に紐付く功績を具体的に褒めた方がいい。
例えば相手が情シスだったらその人が管理しているツールを挙げて「毎日使っててめっちゃ助かりました笑」と褒めた方がいいし、デザイナーだったらその人が制作したプロダクトを挙げて「めちゃめちゃ好きで勝手にPCの待ち受けにしてました笑」と褒めた方がいいし、エンジニアだったらその人のQiitaやConfluenceの記事リンクを貼って「実は勝手に勉強させてもらってました笑」と褒めた方がいい。
もっと具体的に褒めたい場合は相手の職能領域を軽く勉強してみてもいい。「ちょっと◯◯を勉強してみたんですが、それで〜〜が〜〜なのがわかってすごいなと思いました」という「多少は理解ってる人」からの評価コメントは付け焼き刃でもかなり嬉しいし、自分の勉強にもなって一石二鳥だ。なお、この解像度で褒められるほどの実績が思い浮かばない相手はたぶん退職後も用事がないので無理に褒めなくていい。
褒めが具体的でなければならないのは、退職以降の関係は必然的に業務文脈ではなくプライベート文脈になるからだ。
よって退職後の関係を見据えるなら、「あなたのおかげで私の業務も助かっている」という仕事上の評価ではなく、「私はあなたをすごいと思っている」という個人的な評価に持ち込む必要がある。客観的に明らかな美点について述べるのではなく、むしろ変なこだわりがあって意外なところに注目していたような体の方がいいかもしれない。
人は個人に個人として褒められたことをなかなか忘れないし、どこをどう評価していたのかがはっきりすれば、関係を人柄や好みなどの曖昧なファクターに帰さないわかりやすい形でセーブできる。次に連絡を寄越したときにロードして「ああ、◯◯を褒めてくれた人か」という想起のアンカーになれば最高だし、「そういえばめちゃめちゃ良かった◯◯って今どんな感じですか」と口火を切るのにも使える。
退職間際は他人を褒めるボーナスタイム
特に退職間際では人を褒めやすくなる理由が二つある。
一つは、整合性を取る必要がなくなること。
通常、他人を具体的に褒めてしまった場合はその後で整合性を取るのが大変だ。デザイナーに対して「あのキャラが大好きで〜」と迂闊に言ってしまった場合、その後もその人と顔を合わせるたびにそのキャラの動向全てに関心があって全てを把握しているかのように振る舞わなければならなくなる。そこをミスると逆に心象を大きく損ねるし、一般的に言って八方美人でいるのは善し悪し以前に莫大なコストがかかる。
しかし、退職間際だけはもはや今後の整合性を何も気にしなくて良くなる。もう日常的に顔を合わせる機会がなくなるからだ。もちろん過去の行動や言動と矛盾しない必要はあるが、それもそのとき一度だけよく考えてチェックすれば事足りる。
とはいえ、退職後に改めて顔を合わせる時には前回褒めた内容と整合した振る舞いをする必要はある。だから退職間際に褒めまくったメールやメッセージはスマホか何かの個人媒体に保存しておくことが望ましい。あとで連絡を取り始めるときはそれをトリガーにするのが一番簡単だし、必要があればいつでも復活させられるようにしておきたい。
もう一つは、あまり親しくない人を褒めても不自然にならないこと。
通常、業務であまり接点のない人をいきなり褒めるのは難しい。仕事において全く脈絡のない会話のような認知負荷が高い行動は嫌われる傾向にあるし、距離感がおかしいタイプの人間なのか、適当に褒めておいて無理難題を押し付けようとしているのかという疑念を抱かれるかもしれない(「いつでも誰でも褒める人」というキャラを作っておくのも一つの手だが、それはそれでコストが高い)。
しかし、退職間際に限っては「退職して話せなくなる前に何としても伝えておきたかった」という言い訳が立つ。これから仕事で絡まない相手を褒める直近の実利的なメリットは特になく、純粋に受け取ってもらえる可能性はそこそこ高い。むしろ心残りがないように絶対に伝えたかったという背景が勝手に生じて迫真の雰囲気が出るバフがかかる。
この二つのメリットは「基本もう会うことがない」という一点に支えられており、退職間際は人を褒めちぎってもコストを踏み倒せるボーナスタイムですらある。
補足593:ただし相手がフロントオフィス職の場合、特に営業に対してはあまり有効ではない印象がある(無駄なことはないにせよ、威力は落ちそう)。営業のように対人渉外で食っている職種は対人スキルが基本的に高く、そこは相手の土俵なのだ。逆にバックオフィス職やクリエイター、開発相手ならそれなりに戦える公算が高い。
お礼は程々でいい気がする
実際には褒めメッセージは単発で送るというよりは個人的な退職の挨拶としてまとめることになると思うが、そこで感謝の言葉はあまり強すぎない方がいい気がしている(諸説あり)。
もちろん感謝は大切だし言った方がいいが、それがメッセージの主題になってしまうのが望ましくない。
そもそも仕事の仁義は言葉ではなく業務で示すべきだし、少なくとも褒めより感謝が勝るのは良くない。褒めがいつどこで何が良かったかを長々と書いてもいいのに対して、感謝をいつどこでどんな風にお世話になったのかまで長々と書く必要はない。
感謝のウェイトが高くないのは、根本的に過去の話ではなく未来の話をしたいからだ。相手に覚えておいてほしいのは、「過去にどんな関わり方をした人間か」というよりは、「現在と未来においてどんな評価を持っている人間か」だ。
次に連絡を取ったときに「過去にお世話してあげた人からまた連絡が来た」という印象になってしまうのもあまり嬉しくない。「今も自分を高く評価している人からまた連絡が来た」という認識だからこそ、接触もポジティブになってくる気がする。
ジッピーによる実演
実際にジッピーに書かせてみた。
プロンプト
以下は退職する際のメッセージについて考察したブログです。
このブログの文章を読み、その内容に沿った退職時の個人メッセージを書いてみてください。相手の具体的な役職や名前、自分の立場などは架空のものを適当に想定してください。
{ここにブログ全文}
サンプル1
件名:お世話になりました & またどこかで
宛:経理システム室 吉井さん
吉井さん
お疲れ様です。マーケティング企画部の岸川です。
このたび、7月末をもって退職することになりました。
個別にご挨拶する機会が取れなかったので、メッセージで失礼いたします。吉井さんの話を最初にちゃんと聞いたのは、2年前の請求書自動処理プロジェクトのときでした。
「自動化したら経理が楽になる」と簡単に言う営業サイドの意見に対して、
「楽にするのはシステムじゃなくて設計」とバッサリ返していたのが、すごく印象に残っています。それからというもの、システムや業務の背景にある「なぜそうなっているのか」を丁寧に説明してくださって、
資料の読み込み方や「社内のどこを押せば物事が動くか」の勘所まで、ずいぶん学ばせてもらいました。最近もConfluenceに上げていた「経理業務の月次処理を擬似SQLで言語化してみた」って記事、
密かに読んでました(笑)あの視点、めちゃくちゃ良いですね。
あれが書ける人は、どこへ行っても通じると思います。実は転職先でも業務設計やデータフローの整理に関わる予定で、
「ああいう考え方できる人に、いずれまた相談してみたいな」と密かに思ってました。
ですので、勝手ながらこのご縁を一度きりにせず、どこかでまた一杯ご一緒できたらと思っています。暑い時期が続きますので、どうかご自愛ください。
そしてこれからも、あの堅実な経理室の哲学が社内に根付き続けますように。またお会いできる日を楽しみにしております。
岸川 悠人
サンプル2
件名:いちデザインファンより、最後にひとこと
宛:デザイン戦略室 成瀬さん
成瀬さん
こんにちは。広報コンテンツの滝沢です。
突然のご連絡失礼します。今月末をもって退職することになり、個別にご挨拶させていただいています。お世話になった……というより、ずっと密かに尊敬してました。
特に、昨年のブランドリニューアルのときに成瀬さんが主導された「サブカラーのあの絶妙な赤茶」—
あれ、今でも一番好きな配色です。どこかに「揺らぎ」があるような色味で、最初見たとき鳥肌が立ちました。また、社内報のPDFで使われていたアイコンセット(2月号のやつ)、
あれも実は個人的に保存してスマホのショートカットに流用してました(笑)
たった24pxでも「丸いところと角のバランス」でその人の設計思想って出るんですね。デザインって、ロジカルなはずなのに情緒が滲み出るのが本当に不思議で、
成瀬さんの仕事を見てると、「仕事に感性を込める」ってこういうことなんだと、
毎回勝手に学ばせてもらっていました。正直、一緒にチームを組んだことはなかったけど、だからこそ、こうして離れる前にお伝えできてよかったです。
どこかでまた、「あの感じの赤茶」を見かけたら、たぶん絶対すぐに気づくと思います。こちらからいきなりご連絡してしまいましたが、
もしよければ、いつか飲みながらでも、配色やタイポグラフィの話、聞かせてください。それでは、お身体に気をつけて。引き続き、あの美しいUIを支えてください。
またどこかで。
滝沢 航平
岸川はちょっと上から目線だし滝沢はちょっと臭すぎるけどそれはそれで人間味あるしこんなもんか?