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19/9/8 シャドウバースのプレリリース制度ヤバくないですか?

・シャドウバースにプレリリース導入!

シャドウバースに突然プレリリース制度が導入されました。
プレリリースとは新弾パックの先行販売のことで、MtGでは毎回大々的にお祭りイベントとして開催されているのが有名です。
またしても国民的デジタルカードゲームであるシャドウバースが盛り上がってしまうのかと思いきや、この内容って……
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ヤバくないですか?

詳細は後日発表とのことですが、告知ツイートを一読して僕が感じたのは、「これって実はプロ制度ヒエラルキーを維持するための仕組みではないか?」ということです。

まずはe-sportsのプロ制度の話から始めましょう。
e-sportsの発展が著しい昨今ですが、どのゲームタイトルにおいても「いつも勝っているプレイヤー」「プレイヤーのトップ層」としてのプロが存在していることは運営側のゲーム会社にとっても非常に好都合な状況です。カリスマのあるプロを用意することがゲームの興行化の第一歩といっても大袈裟ではありません。例えば、有名なカリスマがいることでプロモーションを行いやすくなる、わかりやすい憧れの対象としてプレイヤーのモチベーションを上げられる、競技プレイヤーに「プロになる」という目標を与えてゲームを持続させられるなど、プロがもたらす効果は計り知れません。

その中でも特にカードゲームでプロが要請されるのは、「プレイングゲーであることを証明するため」でもあります
フィジカルスポーツの野球や運要素のない将棋とは異なり、カードゲームは常に運が絡むゲームです。ドローは確率的に決まるし、RND要素もあります。それがカードゲームの面白さでもあるのですが、だからといってユーザーが「これって完全に運ゲーなんじゃないだろうか?」と思ってしまうと競技への意欲を減退させてしまいます。全てが運で決まる頑張る意味がないゲームなんて誰も真面目にやりたくないですからね。
そこである強豪プレイヤーがいつも勝っていると、「あのプロがいつも勝っているということは、努力次第で運に左右されずにプレイングで勝ち抜けるゲームなのだな」という証明になり、競技へのモチベーションを繋ぎとめることができます。このように、特にカードゲームにおいては、プロ制度があるだけではなく「同じプレイヤーに常に勝っていてほしい」という需要があります。プロ制度ヒエラルキーは固定化されていた方が競技プレイヤーのモチベーションを煽る上では都合が良いのです。
実際、世界最大手の競技カードゲームであるMtGでは昔から大型大会では実績のあるプレイヤーに不戦勝枠を設けることで強豪プレイヤーをサポートしており、シャドウバースでも同様に大会上位者にRAGE2日目進出権を提供するなどの施策を行っています。プロ制度ヒエラルキーが固定化されていることはゲーム会社にとっても好都合ですから、そのためにbye制度のような施策は常に作られる可能性があります。

さて、今回のプレリリースの内容を見てみましょう。
プレリリースはお祭りイベントとしての側面がある一方で、誰も知らない新弾のカードを一早く使える「事前調整環境」でもあります。カードゲームは調整量が物を言うことは競技プレイヤーなら誰でも知っていると思いますが、特にゼロベースから調整を開始する新弾環境ではその効果は絶大です。今回のプレリリースも、新弾環境初期の大会に向けた事前調整環境となることは想像に難くありません。

しかし、今回のプレリリースではこの事前調整に使えるカードプールはアカウントごとに上限が設けられています
上記告知画像のPOINT2にある、「100パックが購入上限」「プレリリース期間中は新カードの生成ができない」という2点がポイントになります。これによって、ユーザーが使えるカードは100パック買って出てきたもので全てになるわけですね。普段のように追加課金やエーテル生成で使いたいカードを揃えることはできません。この不自由さこそがプレリリースの面白さではあると思うのですが、事前調整環境と位置付けた場合は話が変わってきます。調整ではとにかく多くの可能性を調査して試していくことが必要ですから、カードプールは広ければ広いに越したことはありません。
そこで浮上するのが複数アカウントの利用です。アカウントによってカードの引きは変わるでしょうから、別のカードプールを引いた別のアカウントを使えば、実質的により広いカードプールを使った調整が可能になります。例えば、友人が引いたカードプールで作ったデッキを回させてもらうことで、自分のプールにはないカードに触れて環境の理解が深まるはずです。プロでも新弾カードを使っていない状態での事前評価と使った後の事後評価はかなり異なっていることが珍しくないですし、たとえデッキが不完全でも、一度でもデッキを触ったか、一度も触っていないかはカードやデッキの評価をかなり変えてくるものです。

以上のように、事前調整環境の質は触れるカードの量に直結するのですが、今回のプレリリースではそれは触れるアカウントの数に直結してくることになります。1ユーザーが扱えるアカウントの数とは、所属しているカードゲームコミュニティのユーザー数と概ねイコールでしょう。つまり、事前調整環境の質は結局のところユーザーが所属している組織の規模によって規定されます
これが冒頭で述べた「ゲーム会社にとってプロ制度ヒエラルキーが固定されている方が好都合」というところに繋がってきます。プロは資金的にも人脈的にも一般プレイヤーとは比較にならない後ろ盾を持っているので、プレリリースを利用した事前調整において明確に有利です。この意味で、今回のプレリリース施策は「個人が組織に勝てなくなる」という結果を生み出すシステムであることがわかります。

ここで疑問点についても整理しておきましょう。Twitterでは、

・現状でもゲーム会社がプロモーションを兼ねてプロにだけ新要素を先行配信させることは既に行われているのではないか?
・現状でもプロは優れた調整環境を持っているのではないか?

という指摘を受けましたが、いずれも今回のプレリリース手法とは少し論点がズレています。
まず一つ目については、今回の施策の本質は「個人が組織に勝てなくなる」というスケールに関する問題だということです。あるプロ一人だけが新要素を体験できるのは、そのプロだけが他のプレイヤーよりも少し優越するという「個人vs個人」における時間的な問題でしかないのですが、今回の手法は、時間的には全プレイヤー平等であるにも関わらず「個人vs組織」の格差が拡大するというもっとスケールの大きな影響をもたらします。
また、二つ目については、今回の施策はユーザー側ではなくプラットフォーム側が行っている支援であるというところが重要です。意識の高いユーザーが集まって数の力で質の高い調整を行うこと自体は、恐らくあらゆる競技ゲームシーンで既に行われています。しかし、今回は数の力があることで明確に有利になる仕組みがシステムレベルで整備されたところにポイントがあります。何度も述べたように、サイゲームス側には「プロ制度ヒエラルキーが固定化されている方が都合が良い」という動機があって、実際にそうなるような仕組みを構築したわけです。これはユーザー側が自主的に調整環境を整えるのとはレベルが違います。

今回のプレリリース手法のポイントをまとめれば、

・プロ制度を維持するために
・個人が組織に勝てない仕組みを
・プラットフォーム側が作成した


という3点に集約されると思います。

僕はこのことに対して良いとか悪いとかいう意見を持ちません。
「プラットフォームが実質的に一部のプレイヤーを贔屓してゲームを不平等にするのはおかしい」というユーザー側の不満があり得る一方で、「そうはいってもe-sportsだってビジネスなんだからプロ制度の維持は必須なわけで、直接誰かを贔屓するわけじゃないんだからいいじゃないか」という擁護も有り得ます。
ただ、今回のプレリリース手法は上のような機能を持ちうること、しかもデジタルカードゲームに限らずe-sports一般で利用可能な手法であることは認識されてよいと思います。

もう少し掘り下げると、今回の手法の本質は、

・1アカウントあたりの利用可能リソースに制限をかける
複数アカウントでリソースを共有すると有利になるようにする


という2つです。この2つさえ出来れば、あらゆるゲームに今回のプレリリースメソッドは応用可能なはずです。
例えば、格闘ゲームならプレイアブルキャラクターのうち、「特別にお気に入りキャラクターだけを先行配信!」などと銘打って1アカウントにつき1キャラクターだけを先行配信するという手法が考えられますね。 複数アカウントを扱えるユーザーは色々なキャラクターを触ってそれぞれの使用感を確かめながら対策を立てられる一方で、1つのアカウントしか扱えないユーザーは精々1キャラクターにしか詳しくなれません。この練習環境の差が実戦で絶望的な差を生むことは言うまでもありません。

わざわざこんな記事を書くのは、このプレリリース手法が実際に天才的アイデアだからです。
「プロ制度ヒエラルキーを維持したい」というのはあらゆるタイトルが持ちうる要求である一方、それをあまり露骨にやると「ゲームの参加者は平等である」という前提を破壊してしまうジレンマがあります。しかし、今回の手法のように意図を悟られずにシステムレベルで動作する仕組みの実装はそれを鮮やかに解決します。しかも本質は単純なのでどんなゲームでも応用でき、汎用性と実益の二点を兼ね揃えています。

だからこそ、これはシャドウバースのプレリリースという限定的な領域の話ではなく、e-sports全体に波及してもおかしくないと思っています。この手法を認めるのか認めないのか、いずれにしてもe-sports界の倫理が今決定される分岐点に立っていると言っても過言ではありません。